起きたらマさん、鉄血入り   作:Reppu

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2. 企業とは営利団体であり、社員はそれに準じた権利と義務を持つ

「踏み込みが足りん」

 

気の抜けた台詞がハエダの耳に届いた瞬間彼の視界は回転し、気が付けば青空を眺めていた。思い出したように襲い掛かってくる背中の衝撃に彼がむせると、その原因となった張本人が声を掛けてきた。

 

「受け身を取らんと死ぬぞ」

 

「な、うげっほっ!投げてからいうんじゃねぇ!?」

 

盛大に咽ながら文句を言えば、相手は不思議そうに首をかしげる。

 

「交戦中の相手にもそういうのかね?体で覚えたまえ」

 

そう言うと男は倒れていたハエダを持ち上げると再び放り投げた。

 

「ぐげ!?」

 

「呑気に寝ていると追撃を受けるぞ。戦闘中は体を止めるな、動け」

 

隊長であるハエダが赤子のように扱われる様を1番隊の面々は青い顔で見続ける。全員の顔には絶望がありありと浮かんでいるが、それでも逃げ出す者はいない。逃げ切れない事は解っているし――以前逃亡を企てた者は、モビルワーカーでひき殺されかけた――逃亡を許せば連帯責任の名の下に、全員に更なる地獄が待っている事を知っているからだ。

 

「次」

 

4回ほどハエダが宙を舞い、ぐったりと倒れ伏したところで無慈悲な言葉が彼らへと投げかけられる。

 

「はい!」

 

涙目になりながらも元気のよい返事をし、次の隊員が前へ進む。指導教官の言いつけを守れなかった場合も追加の指導が待っているからだ。何故このようなことになったのか、宙を舞う仲間を見ながら、彼らはその原因を後悔と共に思い出していた。

 

「何をしている?」

 

声を掛けられたのはその日演習場整備を任されていたハエダだった。

 

「あん?なんだてめえ」

 

声のした方へ彼が振り返ると、そこには目を細めた男が立っていた。2ヶ月ほど前に社長相談役なる妙な肩書で社に入ってきた新参である。

 

「今、彼を殴ったように見えたが?」

 

そう指さした先には、ヒューマンデブリの青年が口の端から血を流して倒れている。そんな当たり前の光景がどうやら目の前の男は気に入らないらしいとハエダは理解し、嘲るように挑発する。

 

「これがウチのやり方だ、文句があるなら辞めちまえよ。あ?」

 

ヒューマンデブリ、人買いに売られ、人権を奪われた人だった者たちのなれの果て。その理由は様々ではあるが、買った側からすればそんな事情は知ったことではない。斟酌の必要ない便利な道具として使いつぶすというのが正しい扱いであり、世界の常識である。少なくともCGSにおいてもそれは共通の認識だった、その瞬間までは。

 

「成程、口をきくだけの知能はあるか。ならば私も最初は言葉で応じよう。今、貴様が彼を殴って負傷させたように見えたが、相違ないかね?」

 

「それがなんだ?あ?」

 

長ったらしい言葉に苛立ちながらハエダはすごんで見せた。しかし男はまるで意に介さず、言葉を続ける。

 

「そうか。ならば彼の治療費は貴様の給料から引いておく、今後注意するように」

 

ハエダは男の言っている事が理解できなかった。何故ヒューマンデブリを治療するのか、そして何故その金を自分が支払うのか。意味不明な言葉に思考が追い付かなくなった彼は、衝動的に目の前の男に殴りかかる。しかしその結果は彼の予想と異なるものだった。ハエダは短絡的かつ粗暴な人間だ。それは恵まれた体躯により、物事の大半をそれで解決可能だったからだ。故に彼が物事の解決手段として暴力を選ぶことは至極当然の帰結であったが、今回は相手が悪かった。

 

「獣かね君は」

 

呆れた言葉と同時に顎へ衝撃が加わり、視界が揺れる。それが殴られたことによる脳震盪であると自覚するより先に足が払われ、彼の体は宙を舞っていた。碌に受け身も取れないまま地面に叩きつけられたハエダは悶絶し目を見開く。その先には靴の裏が迫っており、素早く下ろされた。咄嗟に目を瞑るが衝撃は来ず、代わりに顔の横から土埃が上がるのを彼は頬で感じた。明確に命の危機を感じるハエダに向かって、その張本人は凄むでもなく世間話のような気楽さで告げてきた。

 

「一丁前に社員を気取るなら、社会人としての常識くらい弁えたまえ。ヒューマンデブリは君たちの玩具では無い、我が社の大切な備品だ。常識的な使用で壊れたならば許容もするが、面白半分で傷つけたり、まして壊すなど言語道断だ。その足りていない頭にしっかりと刻みつけておきたまえ。…さて」

 

ゆっくりと男が顔を上げる。何処か爬虫類を思わせる容貌に何人かの隊員が後ずさるが、逃亡を図るにはあまりにもタイミングを逸していた。

 

「私の好きな言葉に連帯責任というものがある。良いも悪いも皆で分かち合おうというとても素敵な言葉だ」

 

ゆっくりとした動作で男は歩き出す。

 

「君たちは職場の同僚が蛮行を働いているにもかかわらず、止めもせず眺めていたな?つまり、同罪だ」

 

その日、1番隊に所属する全員が背中を強打すると共に、序列の変更を頭にたたき込まれる事になった。

 

 

 

 

「なあ、トドさんや」

 

「なんだい、マっさん」

 

1番隊との運動を終えて、事務所でスポーツドリンクなぞをキメながら、仕事仲間の一人に声を掛ける。彼の名はトド・ミルコネン、元1番隊の隊員でオルガ達3番隊の教育係だった男だ。俺が入社した当初はあまり褒められた勤務態度ではなかったのだが、一回投げたら真面目になった。見ているとどうもこの人計算とか計画立てるのとかが得意っぽいから、事務方に異動して貰って教育係に専念して貰っている。それから何かと嗜好品を差し入れしてくれるので気になって話を聞けば、個人的にオルクス商会と関わりがあると言う。オルクス商会といえば火星と地球間の通商を担っている大手企業であり、この世界の支配者と言っても過言ではないギャラルホルンとも繋がりの深い企業だ。まあ、繋がりと言ってもお綺麗なものではなく、癒着と表現すべき関係だが。

 

「前にオルクスと個人的に付き合いがあると言っていたね?」

 

「ああ、あるよ。何だい、何か入り用かい?マっさんの為なら、俺頑張っちゃうよ?」

 

露骨な胡麻擂りだけど今はその言葉が聞きたかった。

 

「それは有り難い。実はどうしても欲しいものがあってね」

 

「ほうほう、言ってご覧よ。大体の物なら持ってこれるぜ」

 

良いねぇ、その安請け合い。

 

「MS」

 

「…は?」

 

「MSが欲しいんだ。勿論軍用の主力なんて贅沢は言わないよ。取敢えずちゃんと動くなら何でも良い」

 

「いやいやいやいや、まてまて、待てって。MS?MSって言った?」

 

おや、急に耳が遠くなったのかな?

 

「ああ、言ったよ。最低1機、可能なら3~4機欲しいね。もっと贅沢が言えるならロディ・フレームの機体なら最高だ」

 

「聞き間違いじゃ無かったかぁー」

 

そう言って頭を抱えるトドに向かって俺は笑いながら続ける。

 

「無理って事は無いだろう?」

 

何せ火星圏の航路は危険が山盛りだ。300年前に起こった厄祭戦という戦争の名残であちこちにデブリ帯がある上に、それを隠れ蓑にして海賊行為を行う輩も掃いて捨てるほど居るのだ。本来治安維持機構であるギャラルホルンが掃海を行う筈なのだが、火星は地球の植民地的な扱いという事もあり、送られてくる戦力も少なければ士気も低い。そんな中でオルクス商会がしっかりと業績を上げているのは、それなりの理由があると言う事だ。尤も、火星圏では有名な話だからちょっと調べれば直ぐに解った。

 

「海賊には物資の提供やMSのレストアを請け負う事で見逃させ、そうした違法行為はギャラルホルンに鼻薬を嗅がせて目こぼしさせる。実に強かだ、嫌いではない」

 

俺の言葉にトドは恨みがましい視線を向けてくる。

 

「だが独り占めは些か欲張りすぎだろう。他の連中に迷惑を掛けているなら尚更な」

 

「言いたいことは解るけどさ、マっさん。喧嘩を売るのは拙い相手だぜ」

 

そう忠告してくるトドに俺は言葉を続ける。

 

「喧嘩なんて売らないさ。MSを売ってくれないかと聞くだけだよ」

 

幸いにしてウチは警備会社、ちゃんと登録すればMSの保有も正式に認められている。まあ、真面目に登録する気なんてさらさらないが。

 

「…本当に何でもいいかい?」

 

「ちゃんと動くならね」

 

現在合法的にMSを入手するならば、各経済圏に存在するギャラルホルン認定企業から購入する事になる。正直馬鹿みたいに費用がかかるし、当然その機体はFCSも付いていない純粋な作業機だ。そして扱うオルクス商会も美味しくない。何故ならMSの輸送には非常に高い関税が掛けられていて、企業が儲けにくい環境になっているからだ。これはMSという強力な兵器に転用可能な装備がみだりに拡散しないようにするための措置なのだが、同時に大きな社会問題を生んでいる。

密造MSの横行だ。この世界のMSは非常識と思える程の耐久性を誇る動力と骨格を持っている。なにせ300年前の機体がメンテナンスをすれば問題無く動くのだ。そしてデブリ帯には戦争中に放棄された機体が大量に残されている。無論その殆どは損傷しているわけだが、フレーム側はある程度補修出来るし、元々整備のために交換可能な構造であるために、損傷機を持ち寄って1機分を組み上げるなんて事も不可能では無い。こうしたジャンクから再生された存在しない機体が海賊や民兵組織などに出回っているのだ。当然そんなものを売るのも買うのも大問題であるが、そこはそれ、バレなきゃいいのである。

 

「今後を考えれば絶対に必要な投資だ。悪いが頼まれてくれないか?」

 

俺の言葉にトドはがっくりと肩を落とし、力なく頷いた。




ちょっと調べました。この世界同性婚OKなんですよね。
いえ、何でもありません。

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