「芋なんて焼きゃ食えるじゃねぇかよ」
「シノ、次に同じことしたら裸で船から放り出すからな?」
鉄華団一番艦、イサリビの厨房では数人の若者が車座になって芋を剥いていた。因みに文句を言ったノルバ・シノ以外はかなり殺気立っている。
「任せろなんて言ったこいつを素直に信じた俺達が間抜けだったんだ。耐えろ」
「バーンスタインさんなんて絶句してたよ」
因みにメンバーはシノを始め、オルガ、ユージン、ビスケットにミカヅキという豪華ラインナップだ。俺は鍋の中の芋を潰しながらそちらへ声を掛ける。
「世間話は良いが手も動かせ。カレーの無い夕食を私は断固として認めん。もしそうなったら、解っているな?」
金曜の夕食はカレー、これは鉄則である。俺の言葉にミカヅキを除く全員の手の速度が上がった。
「でもおっちゃん、昼食のあれはどうすんの?」
昼のあれとは、シノが制作した自称ベイクドポテトの事だ。適当に洗ってそのままオーブンに放り込むというワイルドな調理の結果、表面は炭化し中身は生という素敵な一品に仕上がっている。因みに昼食を任されたシノが用意したのはこの一品だけだった。
「食い物を粗末にするなど絶対に許さん。ちゃんと食えるようにする」
「どんな魔法?」
ただの調理だよ。
「それにしても随分と俺らも贅沢になったよな。食い物に美味い不味いが言えるなんてよ」
「食えるだけマシ、なんてのが遠い昔に思えるぜ」
「昔は酷かったからねぇ、アトラが来てくれた時のごはんが唯一の楽しみだったよ」
「そんな過去を掘り起こす食事を出した奴がいるけどね」
「ちょ、ミカヅキ!?せっかくいい話で流れが変わろうとしてんのに!?」
「相談役~、玉ねぎ切り終わったよ」
「他に何かお手伝いする事はありますでしょうか?」
再び騒ぎ出すシノ達の声を遮ったのは、ミリーとスピカの二人だった。
「ああ、ありがとう。そうだな、もしよければこちらでその玉ねぎを炒めてくれないかね?」
「はーい」
「承知しました」
ミリーは以前ブルワーズに囚われていたヒューマンデブリの一人だ。宇宙遊泳させた肌色オークの悪趣味に付き合わされていた彼女は5番隊に所属していたのだが、今回の仕事にあたり非戦闘員でありながら同行を求められた数少ない人材である。
「イサリビの厨房は綺麗だから使いやすいですよね」
ブルワーズ時代に給仕の真似事もさせられていた彼女は、装甲艦の厨房を熟知している上に調理技能を有していたのだ。スピカはあまり経験が無いとのことだったが、ナイフの扱いが妙に上手いので専ら食材のカットで助けて貰っている。
「……」
女人度が上がり、急に無口になる野郎共。全く初心な奴らだぜ。ここは俺が一肌脱いでやるとするか。
「そういえば、二人は料理が出来る男ってどう思う?」
「?」
「料理ですか?」
「サバイバル技能の一環として覚えさせようと考えているのだが中々浸透しづらいものでね、もしかして料理というものに何か悪いイメージがあるのかと思ったという訳さ」
そう聞くと二人は首を傾げながら答えてくれた。
「確かに料理している男の人ってあまり見ませんね?でも出来る出来ないなら、出来る方がいいんじゃないでしょうか?」
「一般論かは保証いたしかねますが、私は出来た方が好みですね。自分の為に手間暇を掛けてくれるという事自体が嬉しく感じます」
「成程、参考になったよ。となると料理が出来る男の方が、やはり異性としては好ましいのか」
わざとらしく大きな声で言ってやる。野郎のモチベーションを上げる手っ取り早い方法はこれに限るからな。
「あ、でもそういう事なら私は作ってもらうより作ってあげたいですかねー?」
ほほう?
「ミリーは尽くすタイプか」
「んー、尽くすって言うか。こう、仕えているとか、所有されてるっていうのがゾクゾクするというか」
え?
「そういう意味ではブルワーズも悪くない環境だったんですけどねー。ブタさん殴るのが下手で、痛くないのに傷ができやすい殴り方だったんですよ。あれはいただけませんでした」
まって、まって、まって?
「相談役がブタさん達を容赦なく殺したって聞いたときは、新しいご主人様はすっごいおっかない人だってワクワク、もといドキドキしてたんですけど、ふたを開けたらただの人の良い紳士さんですし、4番隊の所に通ってらっしゃる皆さんもどっちかと言うとプラトニック?な雰囲気じゃないですか。ちょっと違うなって」
誰だ、この子がトラウマで4番隊は無理だって言った奴。彼女の報告書を上げてきた本人であるスピカを見たら、即座に視線を逸らされた。あ、これは確信犯ですね。
「スピカ?」
「流石に、彼女の面倒を見るのは、ちょっと」
世界には様々な人がいる。それを垣間見る事が出来た貴重な経験だった。因みに聞いていた連中は暫く女性から距離を置いていた。頑張れ、若造。
「んっ!ふう」
大量のシーツを取り出し、籠へと運ぶ。水を使う都合上、重力区画にある洗濯場での作業は意外にも重労働だ。
「バーンスタインさんはやらなくてもいいのに」
そう言うミカヅキに対して、クーデリア・藍那・バーンスタインは頭を振った。
「これも、私が知りたかった事ですから」
「そっか」
文字通り朝から晩まで働き通しの生活。それはクーデリアの想像していた通りの過酷な環境。それが何と甘い考えであったかを彼女は学んでいた。後方の安全な場所で一日働いているなど、彼らの生活においては幸運な部類なのだ。一歩間違えば即座に死を迎えるような世界。そんな場所で生きている彼らを、何も知らない小娘の自分が本当に救えるのだろうか。
「また悩んでるの?」
ミカヅキの言葉に、クーデリアは自嘲の笑みを浮かべる。短い付き合いではあるがミカヅキがこちらを案じてくれていると解ったからだ。
「私はいつも皆さんに心配をかけてばかりですね」
そう言って彼女は益々自身の無力さを実感する。シャトルで死の恐怖に怯えていた自分、圧倒的な暴力を前に、成す術もなくただ守られていた自分。まるでピエロの様だとクーデリアは思う。救う、苦楽を分ち合うなどと意気込んで見せたところで、結局自分はあの屋敷の中に居た時と変わらず誰かに守られてばかりいる。そんな自分が息巻いて見せるのはさぞかし滑稽に映った事だろう。いっそ母のように外の世界を見ずに閉じこもっていた方が、誰も不幸にせずに済んだのではないか。
「別にいいんじゃないの?」
沈み込む彼女の心にミカヅキの言葉が投げかけられる。それは慰めでも、まして軽蔑では断じてない肯定の言葉だった。
「でも、私は」
「バーンスタインさんは戦えないんだから怖くて当たり前だし、そんな人が戦場にいれば心配して当然でしょ」
「それは、けれど私の我儘で」
「じゃあ、俺らはその我儘に感謝しないとだね」
自らの望みと真逆の言葉をかけられ、クーデリアは混乱した。ミカヅキはそんな彼女の様子など気にした風もなく言葉を続ける。
「バーンスタインさんが我儘を言ってくれたから、火星は豊かになるかもしれない。我儘を言ってくれたから、潰されるだけだったウチの会社が助かるかもしれない。戦場になんて来る必要がないバーンスタインさんが、怖くても、怯えても、我儘を言ってくれたから、俺達は助かった」
その言葉に、クーデリアの感情は簡単に決壊した。制御できない衝動が目から雫となって零れ落ちる。
「私は、何も知らない小娘でっ!本当に、何も解っていなくて!」
「……」
「一人では何も出来ないくせに!大口を叩いてっ、守られてばかりいて!」
静かに見つめてくるミカヅキの前で、クーデリアは絞り出すように言葉を吐き出す。
「私は、私は。こんなにも弱い。こんな弱い私が、誰かを救うだなんて――」
「社長達がさ、言ってた」
出来るはずがない。そう続けようとした言葉は、ミカヅキによって遮られた。
「バーンスタインさんと俺達はイチレンタクショウだって。良く解んなかったから、おっちゃんに聞いたんだ。どういう意味かって」
「それは」
出発前にマルバ社長が何気なく口にした言葉。
「いい事も、悪い事も、みんな一緒に受け止める事だって。それってさ、もうバーンスタインさんは、俺達の仲間って事でしょ?じゃあ、助け合うなんて当たり前じゃん」
「でも、私は、皆さんと違って」
たった数日前、自らが放った傲慢な台詞と行動がクーデリアの脳裏を過ぎる。そして、その時に告げられた言葉も。自らの手のひらを見つつそう吐露するクーデリアを見て、ミカヅキもその事に思い至ったのだろう。困った表情で頭を掻くと、再び口を開く。
「あの時、バーンスタインさんは対等になりたいって言った。それは対等じゃないって意味だ。今でも俺はそうだと思ってる」
「っ!」
「バーンスタインさんが言った対等って、同じになるって事でしょ?同じように働いて、同じ物を食べて、同じに眠る。でもそんなの無理だ。だって俺達は違う人間だから」
「…はい」
クーデリアは力なく頷いた。心のどこかで期待していたのだ。同じことをしていれば、いつか同じと認められるのではと。しかしそれをミカヅキは否定した。それが彼女には明確な拒絶に聞こえたが、それは続く言葉で否定される。
「オルガと俺だって違う、ビスケットやユージン、シノ、アキヒロも。誰も同じじゃない。でも俺達は対等じゃないなんて思わない、同じじゃないから仲間じゃないなんてことはない」
恐る恐る顔を上げるクーデリアの目に映ったのは、真剣な表情でこちらを見るミカヅキだった。
「おっちゃんが言ってた。違って当たり前だって、違って良いんだって。地球の偉い人と会う事も、話すことも俺達には出来ない。バーンスタインさんにしか出来ない。バーンスタインさんにとって、同じことが出来ない俺達は仲間じゃない?」
「そんなことはありません!」
思いのほか力強く出た否定に、クーデリアは思わず頬を赤らめる。ミカヅキはと言えば、そんなクーデリアを見て視線を和らげる。
「バーンスタインさんが出来ない事は、俺達が助ける。俺達が出来ない事は、バーンスタインさんが助けてくれる。これって、対等な仲間なんじゃないかな」
とっくに認められていた。その事実が再び目頭を熱くさせるが、クーデリアはそれを抑え込んで口を開く。
「握手をしてくれませんか?ミカヅキ」
そう言ってクーデリアが手を差し出す。対するミカヅキは、一度自分の手を見て笑いながら答える。
「俺の手、汚れてるよ?」
先ほどまで洗濯をしていたのだ。そんなはずはない。直ぐに以前の会話をなぞっている事が解ったクーデリアは勝気な笑顔で応じた。
「大したことではありません。それとも、綺麗な手とは握手できませんか?」
ミカヅキはその言葉に笑いながらクーデリアの手を握った。硬く、力強い感触を手のひらに感じながら、クーデリアは少しだけ近づいたミカヅキに告げる。
「クーデリア」
「え?」
「バーンスタインさんなんて呼び方は、他人行儀で嫌です。これからはクーデリアと呼んでくれませんか?」
そう提案するとミカヅキは一瞬驚いた顔をするが、笑いながらそれに応じた。
「わかった。宜しく、クーデリア」
因みに、早速その日の夕食でミカヅキがクーデリア呼びを全員の前でしたことで、様々な憶測が飛び交う事になるのであるが、今はまだ邪推の域を出ない話なのであった。
クーデリアさんをヒロインにごり押しする回