起きたらマさん、鉄血入り   作:Reppu

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31.時と相手を選ばずに発揮されるのは勇気ではなく蛮勇である

「よくいらして下さいました。鉄華団の皆さん」

 

「は、はあ、どうも」

 

入港するなり熱烈な歓迎を受ける事となったオルガは顔を引きつらせながら握手に応じる。一緒に降りていた俺やシノの周囲にも人だかりができている。ドルトコロニーはアフリカユニオンという経済圏が所有しているコロニーだ。中でもこのドルト2は所謂工業用コロニーで、ドルトカンパニーと言う企業が占有している。当然生産物の出荷や資材の搬入で輸送船などの民間船舶の出入りが激しい上に、入港管理そのものを企業の労働組合が管理しているという杜撰な対応であるため、俺達のような連中も潜り込めてしまう。まあ、そんな連中相手に企業側もぼったくり値段で物資を流しているようなので案外わざとやっているのかもしれない。

 

「すみません、取り敢えず入港の手続きを。荷物も降ろさなきゃいけませんし」

 

「ああ、すみません!火星の英雄に会えてすっかり興奮してしまって!さ、こちらです」

 

笑顔で案内してくれる職員の後ろを付いて移動を始めると、すぐ横に並んだオルガが嫌そうな顔で話しかけてきた。

 

「ギャラルホルンに喧嘩を売った俺達が英雄だそうですよ」

 

「素晴らしい情報収集能力だな、鉄華団の名前なぞごく一部にしか名乗っていないと言うのに」

 

「…仕込みは万全と言う訳ですか。じゃあ、俺達が持って来ている物の事も知っているんでしょうね」

 

「あの、何か?」

 

小声で話していたら、案内役の人がそう振り返って聞いてくる。

 

「いえ、何でもありません。コロニーは初めてのものですから、いろいろと珍しくて」

 

「ああ、そうでしたか。といってもこの辺りは殺風景なものですよ。富裕層が使っているドルト3なら色々揃っていますけどね」

 

「そうですか」

 

言葉に滲み出る嫌悪感を敏感に察したオルガがそう言って話題を打ち切ろうとする。だがそこで唐突に重要な事柄が告げられる。

 

「安心してください。流石にロイヤルスイートとは行きませんでしたが、ちゃんとクーデリアさんのホテルも用意させていただいています。場所はドルト3ですから、買い物なども不便はないと思います」

 

は?

 

「お待ち頂きたい。バーンスタイン嬢のホテルとは?」

 

「あれ?補給で2~3日は滞在されるはずなので、ホテルをお取りするよう連絡を受けていたのですが」

 

ノブリスの野郎、本気でバーンスタイン嬢を始末する気か?

 

「…お心遣い感謝します。しかし彼女には艦内で過ごして頂く予定なのですが」

 

「とんでもありません!革命の乙女を船に押し込めたまま放置したなどと言われては、私たちの沽券に関わります!是非ホテルに滞在ください!」

 

「警護の観点から同意いたしかねる。申し訳ないが…」

 

「一体何の騒ぎですか?」

 

「ナボナさん!」

 

立ち止まって案内役の人と問答をしていると、中年の男性が声を掛けてきた。彼を見て案内役の人は安堵した表情でそう名前を呼ぶ。

 

「失礼します。ナボナ・ミンゴと申します。ここで組合のリーダーをしている者です」

 

「鉄華団のオルガ・イツカです」

 

「同じく、マ・クベと申します」

 

俺達が頭を下げると、ナボナ氏は笑顔で応じてきた。

 

「クーデリアさんの護衛の方々ですよね。如何なさいましたか?」

 

「ええ、実はバーンスタイン嬢の処遇で少々」

 

「それは、立ち話で済ませるものではありませんね」

 

ナボナ氏の言葉にオルガが頷く。

 

「はい、入港の手続きもまだですから、終わり次第一度お話しさせてください」

 

「承知しました、では後程」

 

そう言って去っていくナボナ氏を見ながら、俺は溜息を吐いた。これは少々面倒な交渉になりそうだ。

 

 

 

 

ナボナの下に緊急の報告が告げられたのは、クーデリア・藍那・バーンスタインの滞在中の処遇について話をしている最中だった。

 

「な、ナボナさん!積み荷が!」

 

「どうしました?まさか事故ですか?」

 

ノブリス・ゴルドンからの支援物資。それはこれから行う会社側との交渉において重要な役割を果たす物だ。そして万一の場合非常に危険なものでもある。

 

「それが、中身が違っているんです!どのコンテナも食糧と生活雑貨ばかりなんです!」

 

その言葉にナボナは思わず立ち上がり、先ほどまで会話をしていた男達を見る。そこには何食わぬ顔でこちらを見返す青年と、出された茶を飲む顔色の悪い男が平然と座っていた。

 

「どうかされましたか?」

 

ぬけぬけとそう聞いてくる青年を、ナボナは思わず睨んでしまう。そして問いただすべく口を開いた。

 

「積み荷の中身が違っています。どういうことですか?」

 

「どういうと言われましても。我々は受け取った荷を運んできただけですから」

 

「そんなはずはありません。ノブリスさんは確かに我々に――」

 

「武器の供与を約束でもしてくれましたかな?」

 

カップを置いた男の言葉と同時に、壁際に立っていた護衛と思しき青年が静かにドアの前へ移動する。ナボナはこの時になって今更彼らが戦闘を生業にしている集団である事を思い出した。渇く喉を唾を飲み込んで強引に潤し言葉を続ける。

 

「そうです。あれは会社との交渉に使う我々の希望です。返して頂きたい」

 

「交渉、それに希望ですか。宜しいですかな、ナボナ氏」

 

爬虫類のような男が目を細めながら、ゆっくりと口を開く。

 

「武力を背景に行う交渉は戦争と言います。そして戦争は命のやり取りが含まれている。それを理解した上での選択ですかな?」

 

「わ、我々は本当に使う気など!」

 

それは咄嗟に出た言葉ではない。ナボナ達はあくまで示威として武装するつもりだったのだ。

 

「通常の話し合いでは会社は全く応じようとしないのですよ!?我々も意思を示す必要がある!」

 

「馬鹿を仰らないで頂きたい。いざとなったら使うつもりだから用意するのです。貴方達が本気かどうかなどというのは関係ない。武器を持った時点で相手はそう解釈します」

 

そう言いながら男は指先で机を叩く。

 

「そして武器を持ち出すという事は、武力による交渉に同意したと見做されます。私が会社ならば、喜んで応じるでしょうな。何せ向こうにはギャラルホルンという素晴らしい武力がある。必ず勝てると解っている交渉程楽なものは無いのですから」

 

「そんな、馬鹿な」

 

「その御様子ですとノブリス辺りに吹き込まれたのではないですか?例えばそう、社と対峙するならば断固たる姿勢を見せねばならないとか」

 

「そんなことはありません、これは我々の意見だ!」

 

即座に否定するが、目の前の男は愉快そうに口元を歪めた。

 

「本当に?それを言い出したのは誰ですか?その人物はどうしてそう思ったのです?その人物がノブリスの影響を、もっと言えばノブリスの手先ではないという証拠は?」

 

ナボナが想像すらしなかった事を平然と言い放つ男は肩を竦めながら続ける。

 

「私に言わせれば、貴方もバーンスタイン嬢も武器商人を信用しすぎている。彼らは破壊と混乱にこそ利益を見いだす人間です。そんな彼らが平和的な解決など望む訳がない」

 

「しかし、彼が我々を支援してくれたのも事実です」

 

「当然でしょう。対立とは両者が拮抗すればするほど長く続くのです。そして長期の闘争はそれ自体が争いの火種になりうる。彼からすれば今後の収穫に向けての投資ですよ」

 

そう言い切る男に、ナボナは拳を机に振り下ろしながら叫ぶ。

 

「ならばどうしろと言うんだ!?このまま食い物にされて我々に死ねと言うのか!?」

 

「そんな事は言っていません。武器を使うなら覚悟を持って、必ず勝てる戦いをしなければならないと言っているのですよ。何しろこれは文字通り最後の手段です。負ければ最早交渉の余地はない」

 

そう言って男は鼻を鳴らす。

 

「そして付け加えるならば、今は絶対に勝てません」

 

「なぜ、そう言い切れるのです?」

 

聞き返すナボナに男は獰猛な笑みを浮かべながら答える。

 

「ノブリスの目的がこの地の混乱に乗じてのクーデリア・藍那・バーンスタインの殺害だからだよ。悲劇は大きければ大きいほど新たな混乱の火種になる。君達はそのスケープゴートと言う訳さ」

 

カップの冷めた茶を男は飲み干すと、真剣な表情で口を開く。

 

「我々は彼女をここで死なせる訳にはいかない。そしてそれは貴方達にとっても希望に繋がる話だ」

 

「なんですって?」

 

「彼女は今火星の経済的自立の為に、アーブラウ代表との交渉に向かう最中です。これがなされれば、各地の不平等条約や経済格差は大きく取り上げられるでしょう」

 

「何故、そう言い切れますか?」

 

「人間は本質的に自分が悪者にはなりたくないですし、同時に自分だけ損をするのは嫌うからですよ。火星との不平等貿易を是正すれば、アーブラウは必ず他の経済圏の現状を問題として投げかける。そうなれば悪者になりたくない多くの人々は、多少の不便さを受け入れてでも善人であろうとする。その時こそが貴方達の立つべき時だ」




あくまで作者の主観です。

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