起きたらマさん、鉄血入り   作:Reppu

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32.不完全な人間が目指す未来に正解はない

フミタン・アドモスは現状に窮していた。ドルト3に滞在して2日、先ほどノブリス・ゴルドンより支援を受けている労働者組合の会長とクーデリアの会談も恙無く終了し、時刻は午後へと移っている。当初の予定では今日の午前中には労働者組合のデモが発生し、その中でクーデリアは凶弾に倒れるはずだった。想定外の状況にノブリスと連絡を取る事も考えたが、警護を理由にクーデリアと行動を共にする事を求められ、しかも離れる際も万一に備えるとの理由から護衛がフミタンにも付けられている。

 

(これは、私の事は露見しているという事ですね)

 

事実彼女に護衛という名目で付いているスピカ・ネーデルの仕草は監視者のそれだ。行動に移せば、彼女は即座に自身を拘束するであろう事は容易に想像できた。

 

「もう残り1日ですか。あっと言う間でしたね」

 

「それだけ充実していたと言う事でしょう。良い経験になりましたかな?」

 

「はい、とても」

 

そう笑うクーデリアの向かいに座っているのは途中から合流したCGSの社長相談役だ。想像以上に様々な方面に精通している彼との会話はクーデリアにとって大変良い刺激となるようで、昨夜などもかなり遅くまで話し込んでいた様子だった。

 

「お茶のお替りをお願いしてきます」

 

そう言いながら部屋を出たフミタンは、あらぬ妄想を抱く。このまま無事ドルトを出発し、クーデリアは地球に降り立つ。そしてアーブラウ代表との会談に成功し、火星へと凱旋する。自分は一人の従者として、それに静かに付き従うのだ。そんな甘い夢を見ていたせいだろうか、彼女は声を掛けられるまで、目の前の人物に気が付かなかった。

 

「従者のふりはまだ続けるのかな、フミタン・アドモス」

 

ホテルの廊下である。利用者はそれ程多くなかったが、それでもすれ違わぬ程ではない。だが、明確に自分へ向けた言葉に、フミタンは体を強張らせ相手を見て眉を寄せた。

 

「貴方は?」

 

率直に言えば目の前にいるのは不審者だった。背格好と声から男性、それも青年と呼べる年齢であろうと推察するが、顔立ちは解らない。何しろ目元はマスクに覆われ、頭部はそこから延びるかつらで覆われているからだ。人の服装にとやかく言う趣味はフミタンにはなかったが、少なくともこんな人物はホテルに入れる前にそんなものを外すよう注意すべきだと彼女は思った。

 

「私はモンターク。しがない商人だよ、今日は君の主に耳寄りな商談を持って来てね」

 

「素性も不確かな方をお嬢様にご紹介する訳にはまいりません」

 

「これは手厳しい。けれど、素性に関してならば君も人の事を言えた義理ではないだろう?」

 

モンタークと名乗った男はそう笑う。フミタンはその笑顔の意味を理解し背が粟立つのを感じた。何故なら、彼の視線はフミタンに向いておらず、その後ろを見ながら笑っているのだ。

 

「フミタン?そちらの方は?」

 

今最も聞きたくない声がフミタンの耳朶を打つ。そして彼女が振り返るより先に、目の前の男が首を垂れる。

 

「初めまして、ミス・バーンスタイン。私はモンターク、商人をしております。本日は耳寄りな情報をお持ちしました」

 

「それは興味深いですね。けれど私は今持ち合わせがありませんが?」

 

「問題ありません。私としてはこの一件をテイワズと同じく投資と考えておりますから」

 

「…随分と良い耳をお持ちなのですね」

 

警戒心をにじませた声音ではあるものの、クーデリアは会話を止める意思は示さなかった。その事実にフミタンは諦めから、体の力を抜いた。

 

「商人ですからね、どうでしょうか。私の商品にご興味を持っていただけましたか?」

 

「伺います」

 

はっきりとそうクーデリアが口にし、モンタークは笑みを浮かべる。そして彼は決定的な一言を口にした。

 

「お持ちしました商品は2つ、一つはギャラルホルンのアリアンロッド分遣艦隊がドルトへ向かっています。武装蜂起した労働者を鎮圧するためにね」

 

「武装蜂起!?一体何を仰っているのです?」

 

「そちらについては私から説明しよう。ノブリス・ゴルドンから依頼された輸送物資だ。あれの中身は歩兵用の火器とモビルワーカーだった。勿論戦闘用のね」

 

そうフミタンの後ろで別の男が喋った。その声はCGSの相談役のものだった。

 

「どう言う事ですか!?」

 

「そのままの意味ですよ、ミス・バーンスタイン。ノブリスは武器を労働者に供与し武装蜂起というお膳立てをし、その情報をギャラルホルンにリークする事で武力衝突を誘発させようとしている。そしてその場へ手駒を使って貴女を誘導し、ギャラルホルンに貴女を殺害させ更なる対立を生む。それが彼の計画です」

 

「……」

 

「そしてもう一つの情報は、彼の手駒が誰であるか」

 

限界だった。フミタンは言葉が告げられるより早く走りだす。それが何よりも雄弁に裏切り者が誰であるかを示す行為であると自覚しながらも。後ろから聞こえてくる、悲痛な呼び声に彼女は応える事が出来なかった。

 

 

 

 

「フミタン!」

 

叫んで走り去るアドモス女史を追いかけようとするバーンスタイン嬢の肩を掴んで強引に止める。そしてすぐ横に控えていてくれたスピカに目配せすると、彼女は頷いて直ぐに走り出した。

 

「ふむ、告げる前に姿を消したか」

 

そうアドモス女史の背を見送っていたモンタークとやらに俺は声を掛けた。

 

「情報提供感謝するよ。急ぎの用事も出来た事だし我々は失礼させてもらおうかな」

 

俺の言葉にモンタークは不思議そうに問いかけてくる。

 

「おや、ギャラルホルンの横暴をお止めにならないのですか?」

 

「仰っている事を理解しかねる。ギャラルホルンの何を止めるのだね?」

 

俺の返事にモンタークは声を硬くして応じる。

 

「殺戮される民間人を見殺しにするのですか?貴方達の正義はその程度のものなのですか?」

 

何言ってんだこいつ。

 

「正義の味方だなどと名乗った記憶は一度もないのだけれどね。そもそも聞きたいのだが、起きもしない武装蜂起を鎮圧に来ると言うギャラルホルンの何をどう止めろと言うのかね?」

 

「武装蜂起が、起きない?馬鹿な、貴方達は確かに武器を運んできた筈だ!」

 

「武器を運んでいるのは否定しないがね。何かの手違いで入れ替わっていた、ゴルドン氏が届けるつもりだった食料品や生活物資ならば彼らに渡したとも」

 

俺の言葉にモンタークは暫し呆然とした後、腹を抱えて笑い出した。

 

「成程!武器を持たぬ人間が武装蜂起など出来るはずがない!そんな無力な民間人を武力鎮圧などすれば、ギャラルホルンの名声は地に落ちる!」

 

その様子を見て俺は肩を竦める。

 

「尤も我々が彼らに追われる身である事は変わらない。だから早々にお暇させてもらいたいんだがね?」

 

「失敬、ですが彼女の件はどうするのです?確かに貴方がたは窮地を切り抜けた、しかし彼女が内通者であると言う事実は変わらない」

 

「話します」

 

俺の前に立っていたバーンスタイン嬢が毅然と言い放つ。

 

「まずフミタンから話を聞きます。そして話し合ってこれからを決めます」

 

「彼女が真実を語るとは限らない」

 

「そうですね、けれどそれは貴方も同じでしょう?モンタークさん。貴方が真実を話している保証なんてどこにもない。けれど、私たちは貴方を信じる。ならば同じようにフミタンの言葉を信じるのにどれだけの困難があると言うのですか?」

 

言いながら彼女は笑う。それはもう火星で見た少女の笑顔ではなかった。だから俺も彼女に続く。

 

「だそうだよ。クライアントがそう仰るならば是非もない。我々はその要望に応えるだけだ。ではモンターク殿、ごきげんよう」

 

そう言って俺達は彼の横を通り過ぎる。黙って見送る彼に俺はつい一言だけ付け加える。

 

「ああ、言い忘れていた。バーンスタイン嬢はともかく、私は人生の教訓から仮面で顔を隠している輩の事は信用しない事にしているんだ。本当に我々と話したいと思うなら、まずそれを外す事をお勧めしよう。ではな」

 

 

 

 

ホテルの裏口から飛び出し、とにかくこの場から離れるために表通りへと出ようとした瞬間、フミタンは腕を掴まれ強引に路地へと引き戻される。襲撃してきた人物はそのまま慣れた手つきで関節を極めつつ、口元を手で覆い声も封じる。

 

「騒がない。それから表通りには出るな、殺されるぞ」

 

視線だけを動かして確認した相手は、あの傷だらけのCGS4番隊隊長の娘だった。

 

「目標は確保、そちらは?成程、所詮素人ね」

 

何事かを話していたスピカ・ネーデルが視線をフミタンへと向ける。

 

「暴れない、逃げないと約束出来るなら拘束を解く。どうする?」

 

フミタンは僅かに逡巡するが、結局頷き拘束から逃れる。油断なくこちらを監視しているスピカに対し、フミタンは頭を下げた。

 

「助けて頂きありがとうございます」

 

「気にしなくていい。ドルトにいる間にこうなる事はある程度予想されていた」

 

「予想?どういう事でしょうか」

 

「アンタの本当のご主人様は随分と強欲だという事よ。火星での襲撃に耐えきった貴女とバーンスタイン様はより大きな火種になる可能性が出てきた。だからドルトでも試練を与える事にしたのよ」

 

「試練?それは」

 

フミタンの言葉にスピカは冷たい笑みを浮かべる。

 

「まずは労働者の武装蜂起。それで駄目なら混乱に乗じての暗殺。それすらも上手くいかなかったら、身近な人間の死を乗り越える悲劇のヒロインに配役される予定だったみたいね?」

 

身近な人物、そして表通りに出れば殺されるという警告。馬鹿でも理解できるような繋がりに、フミタンは体から力が抜けてしまう。路地裏に座り込む彼女に向かって、スピカが話しかけてくる。

 

「どうする?ノブリスはアンタを捨てたわよ。正直面倒なのは嫌いなの、まだアレに義理立てすると言うのなら、私たちとしても相応の対応を――」

 

「私は、お嬢様が嫌いでした」

 

今まで誰にも打ち明けた事のない胸中を、フミタンは漏らす。

 

「汚い事なんて何も知らない箱入りの小娘。真直ぐに向いている瞳も、現実を知ればすぐ曇ると思っていました」

 

「そう」

 

フミタンの言葉に、スピカが相槌を打つ。彼女も元ヒューマンデブリであるが故に、そういった類の人間に対する敢意が理解できたからだ。

 

「でも、お嬢様は違いました。どんな現実に突き当たっても、曇らず、曲がらず。そう、まるであの絵本の少女のように――」

 

「フミタン!!」

 

少女の叫び声と同時に、フミタンの胸元にぶつかる様にしてクーデリアが飛び込んできた。肩を震わせながら、決して離すまいと服を握りしめる彼女へ、フミタンは声をかける。

 

「お嬢様?」

 

「どうして!」

 

フミタンの言葉にクーデリアが叫ぶ。

 

「どうして、いなくなるのですかっ!どうして、何も言ってくれないのですかっ!私は、貴女にとってその程度の存在なのですか!?」

 

それに動かされるように、フミタンは言葉を紡ぐ。

 

「私は、貴女を裏切りました」

 

「だから何です」

 

「死ぬと解っていて、貴女をここまでお連れして」

 

「だから何ですっ!」

 

「ずっと、ずっと昔から、私は貴女を欺いて」

 

「だから何だと言うのですかっ!そんな事で私が貴女を嫌うと思ったのですか!?そんな程度で貴女を許さないと思ったのですかっ!そのくらいの事で壊れてしまうような安い間柄だと、貴女は言うのですか!」

 

「私は、お嬢様にお仕えするには相応しくない人間です」

 

「勝手に決めないで!」

 

フミタンの言葉を拒絶するようにクーデリアが叫ぶ。

 

「いつもフミタンがそばにいてくれた。私だけじゃここまで来れなかった、違う、フミタンがいてくれたから、私はここまで来れた。だから、相応しくないとか、いちゃいけないとか、そんな、こと、言わないでよ…」

 

絞り出すように紡がれた言葉は、次第に泣き声に変わる。腕の中で震える少女を見て、フミタンは笑いながら涙をこぼした。

 

「立派になられたと思いましたのに、まるでか弱い乙女です」

 

ゆっくりと持ち上げた腕で、フミタンは彼女をしっかりと抱きしめる。そして彼女ははっきりと、自らに言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

 

「誓わせていただきます。フミタン・アドモスは、命ある限りクーデリア・藍那・バーンスタイン様に仕え続けると」


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