「何でチョコの人がここに居るの?」
片腕でバーンスタイン嬢を庇いながら、ミカヅキが拳銃を油断なく構える。その言葉に反応したのはオルガの横に居たビスケットだった。
「チョコ?ああっ!ギャ、ギャラルホルンのマクギリス・ファリド!?」
「ふむ、こうも簡単にばれてしまうとは」
そう言ってモンタークと名乗った男はマスクを外す。おや、金髪碧眼のイケメンじゃねえか。これで家柄も良いとかちょっと神様与え過ぎてませんかね?
「単身で乗り込んでくるとはいい度胸だな?」
そう顔を顰めるオルガに対し、男は笑顔で応じる。
「今日はギャラルホルンのマクギリス・ファリドではなく、モンタークとして来たからね。尤も、正体が露見しても無事に帰ることが出来ると確信しているが」
俺に向かって視線を送りながらそんな事を言うモンターク改めマクギリス氏。俺は厄介な事になりそうだと思いながら、取り敢えず口を開く。
「立っているのも何だし、食堂へ行かないかね?丁度昼だしね」
彼の船がこちらへ接近してきたのは、月のデブリ帯に隠れて1日が経過した頃だ。幸か不幸かこの辺りも厄祭戦の影響が残っていて艦を隠せていたから、見つかった時は肝が冷えた。因みにこんな所で何故隠れていたかと言えば、実に単純な話だった。
「アーブラウの宇宙港がギャラルホルンによって監視されている以上、艦を迂闊に向かわせる訳にはいかんな」
「かと言って持って来ているシャトルは低軌道用のものです。最低でも静止軌道付近までは接近しないと」
「なあ、指定してきた合流ポイント、おかしくねえか?俺達はアーブラウの代表に会いに来てるんだろ?」
「シャトルじゃMSは載せられて2機、それも丸腰だ。何かあった時には心許ねぇな」
そんな訳で地球に降りる手段が封じられ、侃々諤々と話し合いをしているさなかに商談を持ってきたと接近してきたのがマクギリス氏の船だった。
「持ってきた商品は単純です。貴方方を地球に降ろすための降下艇。それをこちらで用意できます」
そりゃ天下のギャラルホルン様なら楽勝だろうね。
「それは素晴らしい。でもどうせならあの宇宙港を監視しているギャラルホルンを退かしてくれた方が助かるのだが?」
「それは無理な相談だ。ギャラルホルンとしての私は君たちを捕縛しなければならない立場だし、そもそもあの艦隊への指揮権を持っていない。だからそちらに協力できるのはモンタークとしての私だ」
公私は分けるタイプにも程があるな。
「信用できる要素が見当たらねぇな。そもそもアンタが個人的にでも俺達に協力する理由はなんだ?」
「クーデリア・藍那・バーンスタインの革命を支援したい。では通じないかな?」
「そう言って近づいてきた者に私は家族を奪われかけました。よくご存じかと思いますが?」
バーンスタイン嬢が睨むが、彼は笑ってそれをいなして見せた。さて、どんなもんかね?正直俺達を見逃すどころか手助けなどしても彼にメリットがあるとは思えない。可能性としては降下艇に細工をして、バーンスタイン嬢の身柄を確保するとかだろうか。それにしてもこんな回りくどい事をせずに、あの艦隊に連絡するなりなんなりで解決できる。彼の本心が解らない。
「では火星でのハーフメタル利権ではどうだろうか?」
「それこそ面白くない冗談というやつだ。手に入るか解らない利権の為に危ない橋を渡る?そんな事をするくらいなら、私達を捕縛する方がよっぽど君にとって利益になるだろう。本心を語れないと言うならば交渉の余地はない、お引き取り願おう」
「だそうだが、社長殿の考えは如何かな?」
「俺は全部が全部話せるとは思わねぇ。仲間にだって隠し事の一つや二つはあるもんだ」
オルガの言葉にマクギリスは笑みを深める。だがオルガの言葉には続きがあった。
「だけど、アンタの話はアンタにとってでかいリスクを孕んだ話だ。つまり見合うだけのリターンが無いのに話を持ってくるはずがねぇ、商人なら猶更な」
「そこの人物は、損だと解っていてヒューマンデブリを解放したようだが?」
「それは、私のしたかったことがそれだからだよ。君の場合、そのしたい事が不明瞭なのにリスクを受け入れて支援すると言う。警戒されて然るべきだろう」
不敵な笑みを浮かべながらそうこちらへ水を向けるマクギリスに鼻を鳴らしながら応じてやる。すると何故かより深い笑みになった彼は口を開いた。
「では私の目的が明らかで、かつリスクに見合うものであれば納得すると?」
そらそうだろうよ。別に俺達は好き嫌いで判断してるわけじゃないからな。オルガが頷くと彼は楽しそうに口を開いた。
「現在蒔苗氏はオセアニア連邦へ亡命している。贈収賄疑惑で代表を退いた上でね。そして代わりに代表になろうとしているのがアンリ・フリュウと言う人物だが、彼女はファリド家と強いつながりを持っていてね。はっきり言ってしまえば、ファリド家は彼女を通してアーブラウに干渉出来る立場を構築し、自身の地位を固めようとしているんだが」
「おい、待てよ。ファリドってのはアンタの家だろう」
「その通り、公正な番人の最高機関たるセブンスターズの一家がそのような不義を働こうとしている訳だ」
「それを止めたいってことですか?」
「違うな。これを公にすることで、イズナリオ・ファリドを失脚させ、私がファリド家を掌握したい」
「意味が解んねぇ。そのイズナリオってのはアンタの親父だろう?それを失脚させて家を掌握?そんな事しなくたってほっときゃあアンタの手元に転がり込んで来るだろう。それもその固まった地位とやらのオマケつきで」
オルガがそう問えば、彼は真剣な表情で答えた。
「私はこれでもギャラルホルンの正義を信じている口でね。腐敗した組織を正したいと考えている。そんな私にとって不正な癒着によって固まった地位などむしろ足手まといだ」
「組織を正すにも力が必要。その為に家督がいるが、それが汚れていては不都合と。成程、筋は通っている」
「どうだろうか、ギャラルホルンの改革は貴方達にとっても有益だと考えるが」
何故か俺を見ながらそうマクギリス氏は問うてくる。なんだよ、俺そっちの趣味はねえぞ。
「確かに。そしてそこまで話させた以上、ここで乗らねばあまり楽しい明日は来そうにないな?」
「協力頂けると判断してよいかな?」
いや、そいつはまだだね。
「いや、まだだ。まず君がファリド家当主になったなら我々への容疑が解かれる確約がない」
そもそもMSの違法所持は擁護のしようがないしな。
「その点については既にコーラルの不正から解除の流れが出来ている。もう一つ、君たちが犯しているMSの不正所持に関しても考えがある」
「なんだと?」
「現在のギャラルホルンが中立性を維持できていないのは、ギャラルホルンのみが軍事力を保有しそれを背景に各経済圏を恫喝できてしまうからだ。故にMSの保有並びに軍組織に関する制限を緩和する」
「成程、上手い手だ」
「でもそんなことをしたら、紛争が激化するのでは?」
懸念を示すバーンスタイン嬢に俺が笑いながら答える。
「解除してもMSという最大戦力の根源であるエイハブリアクターはギャラルホルンの独占状態、今と大して変わらない。むしろ各経済圏が正式に武装化出来る分、小競り合いは減るだろうな。そして大規模な紛争になればそれこそギャラルホルンが調停に乗り出せる」
ならばもう一つ。
「成程、確かに実行できるなら我々は晴れて自由の身だな。だが、ギャラルホルンはセブンスターズの合議制だろう?君に賛同する家はどれだけある?」
「そちらも解決の手段はある」
成程、成程ね。
「マクギリス・ファリド。悪い事は言わん、それは止めておけ」
「何故かな?」
俺がそう言うとマクギリス氏は一瞬目を見開いた後、即座にいつもの表情に戻る。他の連中も俺の言葉の意味が解らないのかこちらを見ている。そんなに難しい事じゃねえと思うけどね。
「君は先ほど、私が賛同する家があるのかと言う問いに解決の手段があると言ったな? つまりそれは現在賛同する家は無く、そして何らかの方法でそれを覆すという意味だ」
「単純に説得をするとは考えないのかな?」
「それなら最初から説得出来そうな家を挙げればいい。そうしなかったし嘘を吐かない事は評価するが、そこから導ける答えは簡単だ。他の家を潰すか、ファリド家に取り込むつもりだろう?それも自身に権限が集まるようにだとすれば、当主の座を奪う形で」
セブンスターズの力関係は把握できていないが、合議制ならば4議席分の権力を集めれば好き放題出来るという事だ。ファリド家を掌握したなら残り3家何処かを潰して乗っ取れば完了だ。けど絶対上手くいかないぞ。
「父親を失脚させて家督を簒奪した人間が他の家の権力にまで手を伸ばしてみろ。一つ二つは落とせるやもしれんが、残りは必ず団結してお前を潰しにかかる、絶対にだ。だから貴様の案は成功しないと断言できる」
「私には不可能だと?」
「貴様の語る内容には大義がある。にもかかわらず賛同者を増やせないという事は、貴様は組織を作ることが出来ない人間だという事だ。たとえ貴様が卓越した人間であっても一個人で組織に勝利する事は不可能だ」
「……」
「そもそも貴様はギャラルホルンを正常な組織に戻したいと言っていたな?一個人の価値観や判断で意思が決定される組織が正常な組織だと本気で考えているのか?」
「ならば、どうしろと?」
は?簡単じゃねぇか。
「仲間をつくれよ、マクギリス・ファリド。一人では事を成せないと考えたから、私達に声を掛けたのだろう?同じことをギャラルホルンでもやってみせろ」
それが出来ないと言うのなら、お前は俺達を利用して権力を得たいだけの他の連中と変わらない。そしてそんな連中に遠慮をしてやるほど俺は大人しい人間じゃない。
「…降下艇は用意させて貰う。後の事は少し、時間が欲しい」
「良い返事が聞けるのを期待しているよ」
そう言って立ち上がる彼を、シノとダンテが送る。それを腕を組みながら見送り、完全に気配が消えた所で、俺はオルガに向けて頭を下げた。
「ごめん、社長。勝手に決めちゃった」
「いや、今更そこですか!?」
何言ってんだ、大事な事だろう。
「社の命運を分ける判断だぞ?勝手に決めて良い訳がないだろう」
「おっちゃんて変なところに拘るよね。俺達おっちゃんの指示なら従うのに」
「馬鹿を言うなミカヅキ。私がさっき言ったことを忘れたのか?一個人が組織の全てを決定するなど正気の沙汰ではない」
「あのう、結局どうなるのでしょうか?」
さて、そいつは彼の判断次第だね。
「先ず降下艇は手に入ったんだ。取敢えず蒔苗氏とやらにあいさつに行こう。そこから先は高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に、だな」
「つまり行き当たりばったりってことですね?」
ビスケットが俺を見て溜息を吐く。まあ、そうとも言うね。
「今までだって何とかなったんだ。これからだって何とかするさ。幸い、荒っぽい事は得意だしな」
オルガがそう言って笑い、他の連中もつられて笑う。そうだな、笑って前を向いてりゃ、大体何とかなるもんだ。俺は手をはたき、そしていつも通りに口を動かす。
「宜しい。では諸君、仕事の時間だ」