起きたらマさん、鉄血入り   作:Reppu

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35.不変の価値観の中で生きる者は幸福であるが愚かである

『うわ、すっげぇ数』

 

『あれを維持するの、相当掛かるよね。飾りにそんなお金が出せるなんて、羨ましさを超えて呆れちゃうよ』

 

コックピットに響くユージンとビスケットの声に俺はつい笑ってしまう。あの大艦隊を見てビビるより先に維持費に目が行くとはね。ちょっと鍛え過ぎたかもしれん。

 

『配置に就きました、いつでも行けます』

 

うん、じゃあ始めようか。

 

「吶喊」

 

俺の号令を合図に、イサリビとカガリビの二隻から出撃したMSが正面の艦隊へ向けて突撃する。相手は情報通り練度が低いらしく、まだ満足にMSを展開すらしていない。

 

『まじか、本当に潜り込めちまった』

 

呆れた声で呟いたのはダンテだ。まあ陣形からしてコンバットボックスすらとってなかったからな、尤もこれは彼らの技量不足というよりは、考え方の違いだろう。MSより大出力のエイハブリアクターで稼働している艦艇は当然のように装甲も分厚く、ナノラミネートの性能も上だ。どこぞの宇宙世紀のようにMSごときが保有する携行火器ごときであっさり沈められる兵器ではないのである。だから艦艇に対応するのは当然艦艇という考えが浸透しており、MSに対する防空やそれに付随する陣形などは殆ど研究されていない。そもそも彼らが主力としている艦艇なんて艦底方向に碌な武装がないという、いったいお前は何処でこれを使うつもりだったのかと聞きたくなる設計だ。連邦軍のあの馬鹿みたいな防空網に比べたらザルも良い所である。

 

「あまり壊し過ぎるなよ!後で損害請求されてはたまらん」

 

『『了解!』』

 

俺の注意に笑い声と共に応じるMSパイロット達。俺達はそのまま艦隊の後方を占位すると推進器へ向けて手持ちの火器を放った。

 

 

 

 

「どうした!?」

 

艦を襲う振動にカルタが叫ぶ。即座にオペレーターが動揺しながらも答えた。

 

「て、敵MSの攻撃です!奴ら推進器を狙っています!」

 

ナノラミネートは熱で損耗してしまうため、どうしても推進器周辺は劣化が激しくなる。特にノズルそのものなどは顕著であり、艦にとって唯一の泣き所とも言えた。尤も艦対艦戦闘において敵艦に後方を取られるなどという事態はまず発生しない事から大きな問題とは見なされていない。そもそも艦隊同士の戦いの前にMSを突入させるなどと言う戦術自体が異常なのだ。艦艇を沈められるのは艦艇のみという思考からすれば、友軍機が敵の周りを飛び回っていては誤射の可能性から砲戦に躊躇いが生まれるからだ。彼らの常識で言えば、MSと言うのは艦隊決戦後の損傷艦艇へ白兵戦を仕掛ける友軍の護衛か、そもそも装甲化されていないエイハブリアクター未搭載艦への襲撃に用いられる存在だった。

 

「すぐMSを出撃させろ!艦隊は位置を維持し敵艦を牽制!私も出撃する!戦の道理も弁えぬネズミ共め!」

 

カルタはそう吐き捨てMSデッキへと向かう。その間も艦を揺れが襲っていたが、彼女がMSに乗り込んだ辺りで、敵の攻撃が急に減った。外部に繋がるモニターを確認すると、そこにはスレイプニル――ボードウィン家専用のハーフビーク級戦艦だ――から出撃したMSが敵と交戦しているところだった。

 

「ガエリオ坊やか?全機急げ!監査部などに後れをとるな!」

 

『『はっ!カルタ様!』』

 

カルタの発破に応じてグレイズリッターが次々と出撃する。それらは宇宙空間であるにもかかわらず一糸乱れぬ編隊を組むと艦上に姿を現したカルタ機の後方に整列する。

 

「我ら、地球外縁軌道統制統合艦隊!鋒矢の陣!!」

 

『『一点突破!!』』

 

カルタ機を中心に雁行陣を敷いたグレイズリッターが最寄の敵機へと肉薄する。

 

『うおっ!?』

 

大量の敵機に急接近されたランドマン・ロディが驚きの声を上げるが、即座に上昇して回避する。ついでとばかりに手にしていたトリモチグレネードを投げつけ、陣形の右端を担っていた機体を行動不能にする。

 

『な、なんだこれは!?』

 

「くっ、小癪な!各機2機連携!数はこちらが多い!踏みつぶせ!」

 

『『はっ!』』

 

集団での襲撃は効果が薄いと判断したカルタは即座に隊を分ける。しかし数で圧倒しているにもかかわらず、敵機は一向に減る気配を見せない。それどころか友軍機の損傷は増え、あまつさえMSを掻い潜り艦への攻撃を再開する機体までいる始末だ。

 

「ネズミ共がぁ!」

 

激高し益々攻撃の手を強めるカルタは敵機が少ない事にも、敵艦が不自然に距離を取り続けている事にも気づかなかった。

 

 

 

 

「今日はガンダムはお休みか!?」

 

『金持ちの貴様等とは違ってね。いつでも全員で掛かるような贅沢は出来んのだよ』

 

振るったスピアはグレイズの手にした刀にいなされる。出会った時とそのままの濃緑色のグレイズからは相変わらず人を喰ったような物言いが返ってきた。

 

「せっかく切り札を用意してやったと言うのに甲斐のない事だ!」

 

『ガンダムにはガンダムをかね?機体性能を埋める程度で倒せるほど彼らは甘くないぞ』

 

「ならばまず貴様を倒して腕試しをさせてもらおう!」

 

『宜しい、MS同士の白兵戦とはどういうものか教育してやろう』

 

ガンダムキマリス、ボードウィン家の所有するガンダムフレーム機は受け継がれてきた戦法と合致した突撃仕様の機体だ。機体以上の長さを誇るランスによる突撃は戦艦の装甲すら穿つ事が出来る威力を誇る。

 

『当たらなければどうと言う事はない』

 

繰り返す突進をそう評し、グレイズはまたも容易に躱してみせる。

 

『選択を誤ったな。機体の膂力は上がっているようだが肝心の加速性は以前のままだし旋回性は低下している。その戦法に固執するならば以前の機体の方がマシだな』

 

相手の言う通りであった。シュヴァルベグレイズに比べ機体重量が増加しているため、キマリスのランスチャージは打撃力と言う面は向上しているものの、扱いやすさと言う面ではむしろ低下していると言えた。

 

「その油断が!」

 

5度目の突撃、同じ様に回避したグレイズに向かってランスを強引に振るう。愚直な突進はこの一撃の為の布石だったのだ。しかし相手はあっさりとそれすらも超えて見せる。

 

『戦場で油断する馬鹿がいるか』

 

突進による加速が加わらなければランスは大した威力を発揮しない。正確に合わせられた刀によって勢いを殺された上に、強引にベクトルを変えたことで失速した機体の眼前に球状の爆弾が放られる。

 

「しまっ!?」

 

破裂すると共に広がったそれはキマリスの上半身を包み込むと即座に硬化する。

 

『ボードウィン特務三佐!!』

 

アイン・ダルトンがその様子に気づき叫び声を上げるが、彼も相手取ったロディ・フレームの敵機に手一杯で、こちらに助力する余裕は無い。

 

(いや、この場合好都合と言うべきか)

 

「一度引く!アイン、援護を頼む!!」

 

『くっ、承知しました!』

 

「すまん!」

 

そう言って二人は戦域から離脱を図る。その二人に対し敵機は追撃する素振りすら見せずに別の機体へと向かっていく。その行動を確信していたとは言え、堂々と見せつけられると、ガエリオは怒りより自らに対する笑いが先に来る。

 

(相変わらずの余裕。いや、アレは俺達への問いかけか)

 

ギャラルホルンは正義を司る組織だ。だがその正義とは、現在構築されている社会秩序を守ると言うだけのものでしかなく、その外に位置づけられた人々には無価値な存在である。

 

(いや、無価値なだけならば、彼等も遠慮はするまい)

 

価値がなく、必要なければ滅ぼしてしまって構わないのだ。そうしないという事は、彼等はギャラルホルンに一定の価値を認めつつ、その在り方を問うているとみるべきだろう。そしてその行動は間違いなく大きな波紋に繋がるとガエリオは確信していた。何故なら腐敗が進んだが故に、今のギャラルホルンに疑問を持つ者の多さも彼は実感していたからだ。

 

「さて、どうするか」

 

『ボードウィン特務三佐?』

 

こちらの呟きに反応したアイン・ダルトンの声に、ガエリオはまだ自分が戦場に居たことを思い出し苦笑した。どうやら自分は、完全に彼等を信頼してしまっているらしい。

 

「いや、キマリスの再出撃には少々時間が掛かりそうだと思っただけだ」

 

母艦へと帰還した彼等に鉄華団の降下艇を取り逃がしたとの連絡が入るのは、再出撃の準備が整った直後だった。

 

 

 

 

「小賢しい真似を!すぐに降下装備の準備を!それから地上部隊に連絡!降下位置が特定出来次第急行出来るよう準備させなさい!」

 

「り、了解しました!」

 

「イシュー一佐」

 

「何!?」

 

「その、ボードウィン特務三佐より通信が」

 

「今更何の用なの!あの役立たず!」

 

苛立ちながらもカルタは通信に応じる。

 

『イシュー一佐、力及ばず申し訳無い』

 

「殊勝な物言いが出来るようになったようね?それで何の用かしら?」

 

カルタはそう嫌味を口にするが、ガエリオは真剣な表情を崩さぬまま頭を下げてきた。

 

『恥を重ねる事を承知でお願いする。どうか追撃に我々も加えて頂きたい』

 

「幾ら我々に降下権限があるとは言え、経済圏の領域に投入出来る戦力には制限がつく。それを知った上での申し出かしら?」

 

『ああ、そうだ。頼む。逃亡した連中の装甲艦の捜索を考えれば、手は多い方が良いはずだ』

 

「駄目よ。公域である軌道上ならばまだしも、経済圏内での作戦に監査局の貴方達が参加するのは事が大きくなりすぎる」

 

一瞬だけ迷うが、それでもカルタはそう拒絶した。先の戦闘から、カルタは敵の脅威の本質が極めて高い連携であると考えていた。ならば多少の個人の技量差よりも日頃の連携を重視すべきであるし、MS部隊は多少の負傷者は出たが、出撃が困難な者は居ない現状ならばそちらを優先するのが道理だ。同時に彼に語った言葉も本心である。経済圏での作戦行動に監査局の部隊が同行するなどとなれば、同行された部隊に何かやましいことがあるのではないかとあらぬ疑いを持たれることになりかねない。ただでさえ独自の降下権限によって経済圏から厳しい目を向けられている以上、余計なリスクは抱え込むべきでは無いとカルタは判断した。

 

『…そうか、連中は地上での戦闘経験も豊富だ。注意してくれ』

 

「言われずとも解っているわ」

 

一方的に通信を切り、カルタは地球を睨み付ける。

 

「火星の鼠め、身の程を弁えさせてあげるわ」


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