「ふむ、お前さん達が鉄華団、でよいのかの?」
降下艇から物資を降ろしている最中、それを指揮していたオルガにそう話し掛けてきた人物は禿頭の老人だった。視線をそちらに送ったオルガは一瞬目を見開くと、素早く頭を下げた。
「はい、お初にお目にかかります。蒔苗先生」
その態度に声をかけた蒔苗は残念そうな声を出す。
「なんじゃい、ワシの顔を知っておったのか。折角驚かせてやろうとしたのにの」
「重要な相手の顔はちゃんと覚えろと教えられていまして」
「成程の。若い連中にしては上手く立ち回るものだと思っとったが、そう言うからくりか。着いてすぐで悪いが、少々話したい事がある。いいかの?」
「はい、直に向かいます。チャド、悪いがクーデリアさんとメリビットさんを呼んできてくれないか?それからここの後を頼む」
「了解」
その様子を見ていた蒔苗が呟く。
「ふうむ。良く訓練されておる。まるで軍隊じゃの?」
「え?」
「いや、何でもない。では待っておるぞい」
そう言って歩き去る蒔苗の背をオルガは見送る。彼の元にクーデリアとメリビットが来たのは、その背が完全に見えなくなってからだった。
「よう来た。だが少しばかり遅かったのう」
「遅れましたことは謝罪致します」
髭を扱きながらそう暢気な口調で話す蒔苗に対して、クーデリアは視線を逸らすこと無く応じる。既に交渉という戦場に自らが居ることを自覚したからだ。
「あの、蒔苗先生。遅かったと言うのは?それに、何故オセアニア連邦に?」
クーデリアの隣に座ったメリビットが、予定通りに困惑した声音でそう問いかける。
「ああ、そっちは移動中で解らんかったか。ワシは今贈賄疑惑で失脚、オセアニア連邦に亡命中なんじゃよ」
「それはっ!?」
声を上げかけるメリビットを手で制し、クーデリアが問いかける。
「先生も容易ならざるご状況である事は理解致しました。一つお伺いしても?」
「なにかな?」
「今回の地球訪問の目的は、先生との会談を通してアーブラウとの火星ハーフメタル資源の規制解除をお願いすることで――」
「おお、覚えているとも。ワシとしても実現したいと常々考えている事だったからの」
そう頷く蒔苗にクーデリアは笑顔で告げる。
「ですが今のご様子ですと実現は難しく思われるのですが?」
「うむ、今は無理だな」
「今は、ですか。では、いつなら?」
「三週間後にエドモントンで開かれる全体会議、そこで代表の指名選挙がある。そこに行けばワシは再び代表に返り咲ける」
「つまり三週間以内に先生をエドモントンへお連れする必要があると言うわけですね?」
沈黙を保っていたオルガがそう口を開く。対して蒔苗は一度片目を開くと愉快そうに彼へ問い返す。
「疑わんのかね?」
「先生に再選の可能性がなければ、こんな所にいないでしょう?」
そう言ってオルガは笑い返す。それは降下前に話し合った際に出した結論だった。一経済圏の代表が公式な会談を他の経済圏で行うのは不自然である。ならば彼は何らかの理由で亡命中である可能性が高い。そして最後のピースであった理由が事前情報と一致した事で、クーデリア達の次の行動は決まった。故に笑顔のままクーデリアはオルガの言葉に続く。
「たかが贈賄疑惑程度で亡命しなければならない。即ちそれは対立候補に命を狙われているから。つまり対立候補から、物理的に排除しなければ自身が代表になれないと認識されているという事に他なりません」
「ほう?」
「ですから先生をエドモントンへお連れする事自体に問題はありません。尤も、全く無償というわけにはいきませんが」
「酷いのう、こんな老いぼれからまだ毟るつもりかね?」
「ええ、ですから遅参の分はサービスさせて頂きます。如何でしょう?」
「承知した。再選の暁には鉄華団に相応の謝礼を用意する。何なら証文を認めるかね?」
「問題ありません。我々は先生を信じておりますので」
「やれやれ、小娘とそれに乗せられた跳ねっ返り共と聞いておったのに、中々どうして」
「宜しかったのですか?彼の様な約束を」
「可愛いものじゃないか。あの時助けてやったと延々集る気はないと言っとるんじゃよ、大人の付き合い方を心得ておる」
そう言って蒔苗は髭を弄る。
「ハーフメタル利権の為にはワシをエドモントンへ送らねばならぬ。底の浅い連中ならば目先の利益のためにタダでワシを連れていっただろうが、あやつらはしっかりと手間賃を取る上に、ワシに願われて連れて行くという体裁を整えおった。それもこちらが許容出来る線の内でな」
目を細めつつ、更に蒔苗は思考する。
(しかもギャラルホルンと一戦交えた上での事、それでもあの自信。いや、あの練度ならばあながち過信とは言えまいな)
アーブラウ代表という立場にあった蒔苗はギャラルホルンの式典に参加することも少なくなかった。そんな彼から見ても鉄華団を名乗る子供達の動きは、極めて統制された集団だったのだ。
(毒をもって毒を制す。とは言うものの、これは少々刺激が強すぎる)
多少賢い猛犬ならば飼い慣らすという選択肢も存在しただろう。しかしあれは狼の群れ、それも飛切り悪辣な頭に率いられた連中だ。体よく使おうなどとすればこちらを躊躇いなく食い殺し、その皮を使って化ける位のことはしかねない。
「ま、良い商い相手くらいが丁度良かろうて」
そう言って蒔苗は好々爺然として笑うのだった。
「カルタは軌道上での迎撃に失敗したか。まあ彼等相手では難しいだろうな」
直属の部下には技量に優れた者も何名かいるが、それでもガンダムフレームを抑え込めるような水準ではないし、自信の拠り所としている連携は対MS戦闘を想定したもので無いのだから話にならない。
(出自に拘らず、技量を鑑みての抜擢。問題は彼女の忠誠心の向かっている先か)
彼の当初の予定ではカルタ・イシューは死ぬ筈だった。現当主は病床にあり代行しているカルタは若輩の身、ファリド家の後見を受けてお飾りの艦隊を預かっていると言うのが現状だ。ギャラルホルン内での権力掌握を目論んでいたマクギリスからすれば、排除しても家間の力関係に大きな影響を与えず、ファリド家が後見していたという実績から勢力を取り込みやすい、手頃な相手であったのだ。しかし計画の修正を余儀なくされた彼に、彼女を排除するという選択肢は残されていない。
「現状家の誇を守ることに注力しているだけに、義理堅さと生真面目さが悪い方向へ向かっているか」
現当主が倒れ、急遽カルタが代行となった際に真っ先に後見人に名乗りを上げたのがイズナリオ・ファリド、現ファリド家当主だ。閑職とは言えセブンスターズの体面を保てる役職に彼女を推したのもイズナリオであり、カルタが並々ならぬ感謝の念を抱いているのは想像に難くない。何しろ彼女はイシュー家の現当主と同じく高潔であるのと引き換えに政治的バランス感覚を持たない人間だからだ。
(他家への影響力を確保するためだけに後見されているなど、考えもしていないのだろうな)
そんな彼の脳裏に、幼少の頃の記憶が甦る。何かにつけては彼を連れ回したカルタ。ファリド家の嫡男とは言え、妾の子であると公表されていたマクギリスは当然のように好奇や蔑みの視線の中で生きていた。その中で他へ向ける視線と変わらぬ目で彼を見ていたのはカルタとガエリオだけで――。
(違う、俺は俺の目的を果たすために奴らを利用するのだ)
変わり始める思考を、頭を振って強引にマクギリスは修正する。
(そうだ、鉄華団という有効な駒を利用するために利用方法を変えるだけに過ぎない)
「失礼します、モンターク様。クーデリア・藍那・バーンスタインからメッセージが届いています」
「ああ、有り難う。ほう?」
メッセージの内容を見て、マクギリスは口角を上げる。
「鉄華団は、進む事を止めないか」
そう呟いた瞬間、ブリッジに警報音が鳴り響き、オペレーターが緊張した声を上げる。
「エイハブウェーブの接近を感知、これはMSです!数1!」
マクギリスが有効な指示を出すよりも早く船体が揺れ、接触回線が開く。送りつけられてきた文章は巫山戯たもので、もしマクギリスでなければ激昂していた事だろう。
“失礼、モンターク商会の船と見受けるが、相違無いかね? 鉄華団社長相談役”