起きたらマさん、鉄血入り   作:Reppu

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38.楽しめる食事は人生を豊かにする

「あの、すみません。蒔苗先生に言われまして、こちらを皆さんでと」

 

年若い男性がそう言いながら大きな鍋を地面に置いた。時刻は夕暮れ時に差し掛かっており、太平洋へ沈み行く太陽が、周囲を赤く染めている。

 

「え、ナニナニ?」

 

「失礼します」

 

ラフタが興味深そうに声を上げ、フミタンが中身を確認するべく近づいて蓋を開けた。次の瞬間鍋が揺れ、中に閉じ込められていたものが飛び跳ねた。

 

「きゃっ!?」

 

「うわっ!?」

 

「魚、か?」

 

皿のように扁平なそれは、地面に飛び出した後も懸命に体を跳ねさせ逃走を試みる。その様子を見たオルガがそう口にすると、シノが微妙な顔になる。

 

「うぇ、魚かぁ」

 

「なんだ、アンタ達食べた事あるのかい?」

 

思わずといった様子で漏らすシノにアジーが意外なものを見る目で問いかけた。この時代、タンパク質を得る手段は専ら植物性のものやそれにアミノ酸を添加して動物性タンパク質に近づけたものを食べるのが一般的だ。特に火星や圏外圏といった地域では酪農が行われておらず、更に海も存在しない。代用品の方が安価で入手可能な事もあり、積極的にこれらを導入しようという動きも少ない。こうした地域では肉や魚は完全に財力を示すステータスであり、孤児である彼等だけでなく一般的な家庭であっても生涯口にしないことも珍しくないのだ。

 

「ええ、まあ色々と。有り難うございます、先生にもお伝えください」

 

そうオルガが言葉を濁した後、若い秘書の男に向かって頭を下げる。

 

「え、ええ。では私はこれで…」

 

それに応じた秘書は、僅かに顔を歪ませながらそそくさと車を操り去って行く。

 

「なんだぁ?」

 

「お前等の背中に付いてるもんが気持ち悪いってよ、地球じゃ阿頼耶識なんてやってる奴は居ねえからな。俺のコイツだってそうだ」

 

笑いながらそう教え、雪之丞は自らの足を振ってみせる。過去の事故で機械製の義肢になっている彼の足が、金属のすれる音を立てた。

 

「全くもって度し難い愚かさだよねえ、自分がどれだけ機械に生かされているかを理解もせずに、少しばかり体に付いていると言うだけで気味悪がる。まるで原始人だよ」

 

「いや、流石にそこまで言えるのは先生だけだと思うぜ?」

 

蔑んだ目で車を追いながらそう毒を吐くフレデリックに対し、シノが苦笑しながら突っ込む。何しろフレデリックは阿頼耶識の研究が止められなかったという理由でギャラルホルンに追われる身にまでなった男だ。間違い無く一般的な感性からは逸脱しているだろう。

 

「まあいいじゃねぇか。気味悪いって言っても石を投げてくるわけじゃねぇ、誠意をもって付き合おうとしてくれんなら俺らからとやかく言う事はねえさ。それより折角の頂きもんだ。有難く食わせてもらおうぜ。アキヒロ、頼めるか?」

 

「ああ」

 

笑いながらオルガがシノとフレデリックの肩を叩きながらアキヒロへ話を振る。難し気な表情で魚を見ていたアキヒロは即座に承知の声を上げた。

 

「え!?アキヒロ料理できんの!?」

 

「魚だよ?大丈夫なのかい?」

 

驚きの声を上げるラフタとアジーに対し、表情を変えぬままアキヒロは頷く。

 

「魚は何度か調理したことがある」

 

その言葉に首を傾げたのはクーデリアだった。

 

「火星には魚なんて居ないですよね?」

 

「いえ、そうでもありません」

 

彼女の疑問にフミタンが答える。

 

「水資源の浄化用に一部の都市では淡水魚を使用した処理槽を導入しています。また富裕層が飼育している個体が逃げ出し繁殖しているものもおりますから、皆無と言う訳ではありません。尤も、どちらも食用に向いているとは口が裂けても言えませんが」

 

因みに浄化槽での役目を終えた個体は合成タンパク質に添加される必須アミノ酸の供給源になっていたりする。

 

「アレ匂いがすげぇんだよなぁ」

 

嫌そうな顔でそう口にするシノをアキヒロが睨む。

 

「大分ましなんだぞ。最初なんてひでえもんだった」

 

「と言うか何でそんなの食べてんのよ?」

 

「おっちゃんが魚居たら食うだろ普通って言って捕ってくるんだよね」

 

「そんでアキヒロは調理実習兼試食係。お陰でウチじゃ相談役に次いで魚料理が出来る。な?」

 

「へぇー、じゃあ折角だからリクエストさせてよ!」

 

「いや、そんな大した事が出来る訳じゃあ…」

 

「大丈夫、アタシ等も手伝うからさ。そうだねぇ、これならアクアパッツァかね?」

 

ラフタとアジー、更にはエーコに囲まれるアキヒロを胡乱な目で見ていたシノの肩を引き寄せると、オルガは耳元でささやいた。

 

「どうよシノ、やっぱ料理が出来た方がいいと思わねぇか?」

 

 

 

 

「ここに居たのか、アイン」

 

「ボードウィン特務三佐」

 

地上戦用に調整を済まされた機体の前で佇むアイン・ダルトンに向かってガエリオは声を掛けつつキャットウォークから飛び降りた。ハーフビーク級戦艦の格納庫は整備性の観点から重力区画より離されている。ゆっくりと降下したガエリオはアインの横に並び立ち、彼へと譲ったシュヴァルベを見上げる。

 

「真面目なのは貴様の美点だが、あまり根を詰め過ぎるな。いざと言う時がいつ来るかもわからんのだからな」

 

「は、申し訳、ありません」

 

その返事にガエリオは言葉の選択を誤った事を自覚する。

 

「すまん、どうにも俺は人を使うのに慣れていなくてな」

 

「いえ、謝らなければならないのは私の方です!ご厚意で引き立てて頂いたにもかかわらず、私は何の戦果も上げておりません!」

 

「大げさだ、そもそも実戦経験の豊富な士官を俺達も求めていたのだ。決してお前の為だけと言う訳じゃない」

 

「それでも私は両特務三佐に機会を与えて頂きました。あのまま火星に残っても、私は近くギャラルホルンを去る事になっていたでしょう」

 

そう確信をもって告げてくるアインにガエリオは眉を顰めて応じる。

 

「何故そうなる?確かに連中を取り逃しはしたが、それは火星支部全体での失態だろう。貴様が責任を負うような事は無いはずだ」

 

「普通の隊員であれば、そうでしょう。ですが私には火星の血が流れています。父がギャラルホルンの人間であったため入隊こそできましたが、私はずっと薄汚い火星の血が流れる半端者として扱われてきました。クランク二尉を除いて」

 

「……」

 

「蔑まれ、腐る私に隊員としての矜持と誇り、そして何より自分がここにあって良いのだと思えるようにクランク二尉はしてくれました」

 

「貴様がクランク・ゼントに拘る理由はそれか」

 

「私はクランク二尉ほどギャラルホルンの正義を体現している方を知りません!あのような連中と共に居る事も、何か、何かあるはずなのです!私はその真実が知りたい!」

 

「それが貴様にとって、認めたくない真実であってもか?」

 

「どういう意味でありましょう?」

 

ガエリオが真剣な表情でそう問うと、アインは瞳を揺らしながら聞き返して来た。

 

「そのままの意味だ、アイン。今、貴様自身が口にしただろう?火星に生まれたと言うだけで不当な扱いを受けてきたと。それがギャラルホルンの標準的な考えである事を俺はよく知っている。何しろ俺自身がそうだったのだから」

 

「そんな!ボードウィン特務三佐は私を引き上げて下さったではないですか!?」

 

アインの悲鳴のような声に、ガエリオは顔を伏せながら答えた。

 

「それは貴様が既にギャラルホルンの人間だったからだ。もしお前がただの火星の住人だったなら、例え助けを求められても以前の俺は無視しただろう」

 

これまでのガエリオの世界において、環境へ不平不満を口にする連中とは自助努力の足りていない堕落した者であった。故に彼はギャラルホルン内の浄化には肯定的であったし、同時にギャラルホルンへ刃向かう連中やそうした人間に踊らされた者達を悪、或いは愚か者と切り捨てていた。だがそれが余りにも狭い世界の傲慢な理屈であったと彼は知る。

当たり前に食事をし、大切な人々と語らい、働き、眠る。そんなガエリオの当たり前はこの世界にとって全く当たり前では無いのだ。今日の食事にすら事欠き、大切な人や自分自身が何時理不尽にその命を奪われるか知れず、働ける場所も無く、明日の朝は迎えられるかと怯えながら瞳を閉じる。圧倒的多数の、そんな当たり前の中で生きる人々を踏みつけた先にある世界でガエリオは生きていたのだ。

 

「正義や悪などと言った単純なものではない。生きるためには戦わねばならない人々も存在する」

 

顔を上げ、ガエリオはアインを見据えながら言葉を続ける。

 

「クランク・ゼント二尉が貴様の言う通りの人物なら。果たして彼はそんな人々を踏み躙ってまで、今のギャラルホルンの正義を貫くか?」

 

「それ、は」

 

喘ぐように口を開き返事に窮するアインに対し、ガエリオは肩を叩きながら口を開く。

 

「俺達は一度ヴィーンゴールヴに戻る事になる。状況が許せば、彼と地上で再びまみえることになるだろう。その時どうするのか、貴様自身も答えを出しておけ」




因みにこの他にも色々料理研究と称して色々やっています。毎回アキヒロ以外にも声をかけたり参加させていますが、最近は逃亡者が多くなっています。
尚現在までミカヅキは逃亡率100%かつ全逃亡成功の記録保持者です。
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