『時間だな』
オルガの言葉と共に敵艦の主砲が光る。僅かに間を置いて島のあちこちで爆炎が上がる。
『ちゃんと時間を守るなんて、ギャラルホルンにも真面目な指揮官がいるんだね』
『お決まりの飽和攻撃な辺り教科書至上主義って感じ』
アジーが皮肉気にそう口にし、ラフタが辛口の評価を付ける。その姿には余裕すら感じられた。
『とは言えいつまでもバカスカ撃たれて楽しいもんじゃねぇ。アキヒロ、シノいけるか?』
『おう』
『ま、こんくれぇなら』
オルガの言葉に応じてグシオンとビビッドピンクに染められたジルダが滑腔砲を構える。僅かな間を置いて2機はほぼ同時に発砲、重い砲声と共に飛翔した砲弾は最も島に近づいていた敵艦の艦首に連続して命中した。巨大な破孔を開けられた敵艦は急速に速度を減じ艦隊から離脱していく。
『はっ!逃がすかよ!!』
離脱の為に側面を晒した敵艦に、シノがそう叫びながら砲撃を繰り返す。側面に新たな破孔を追加された敵艦は徐々に傾斜を始めると、搭載されていたMSを慌てて発進させ始めた。
『アキヒロとシノはこのまま敵艦への砲撃を継続!アジーさんとラフタさんは揚陸してくるMSを水際で叩いてくれ!』
『『了解!』』
「本当に真っ直ぐ突っ込んで来るんだ」
『経験不足だな、準備の出来ておらん相手を襲撃する事しかやっておらんのだろう。そもそも地球ではギャラルホルンと戦える者がおらんしな』
突入してくる敵機を眺めていたミカヅキがそう呟くと、ロッドが溜息交じりにそう評した。
「無駄になんなかったから、こっちとしては良いけどね」
ミカヅキの言葉に反応するように、海面が盛り上がり巨大な水柱を作る。目の前に突如として現れたそれに対応しきれず、先頭を進んでいたグレイズが水柱へフライトユニットを引っかけ派手に転倒した。
『ほらほらぁ!動きが止まってるよ!!』
その様子を見て動揺した後続の機体が慌てて減速するも、それを狙っていたラフタとアジーの駆る漏影の砲撃が襲う。続けざまに2機を失ったことで動揺した敵部隊が漸く回避行動を始めるが、その先でまた1機が水柱に呑み込まれた。
『進路上の啓開しねえとか、マジかよ』
水中にIEDをばらまき即席の機雷原を作った張本人であるオルガが、その様子を見て露骨に呆れた声を上げた。これについては敵兵士側の油断もあるが、そもそもMSという兵器が極めて堅牢であることの方が大きな要因である。生半可な攻撃では傷すらつかず、むしろ目障りな攻撃をすれば余計な恨みを買い執拗に攻撃される事を熟知している地上の武装勢力は、MSに対して殆どが遅滞行動すらとらない逃走を選択する。その様な状況が恒常化しているために、MSパイロットへの教育課程においてすら啓開について全く触れられないというのが現状である。事実水柱に突っ込んだ機体もフライトユニットが損傷こそしたものの、機体は無傷で十分戦線に復帰できる状態なのだ。尤も、パイロットの心理状態を考慮しなければという但書きは付くが。
『楽勝と言いてえが、そう簡単にゃいかねえか!』
弾倉の交換を行っていたシノがそう叫ぶや、頭上へ砲口を向ける。そしてすぐさま発砲すると同時に周囲へ警戒を促す。
『敵機直上!突っ込んできやがる!』
『MSでの単独降下!連中、これを狙っていたのか!?』
『アキヒロ、シノ、ロッドとミカヅキは降下してくる敵機を迎撃!アジーさんとラフタさんは海岸線から後退して戦線を縮小してくれ!』
『島に入り込んじゃうよ!?』
『二人がそこで孤立する方が不味い。それに乱戦はこっちの得意分野だ』
『了解。ラフタ、下がるよ』
ラフタの驚いた声にオルガが平然と言い返す。それにラフタが何かを言う前にアジーが返事をして機体を下げ始めた。
『ちょっと、アジー!?』
『降下してきてるのは7機。後ろから襲われたら阿頼耶識の無いあたしらじゃ確かに不味い。悔しいけどね』
『やっぱ阿頼耶識ってずっこい!』
アジーの言葉にラフタは唇を尖らせた。個々の技量において彼女達はテイワズでも上位に食い込む能力の持ち主だ。その彼女達ですら鉄華団の中では予備パイロットと良い勝負であり、阿頼耶識の恩恵を最大限に受ける事が出来る乱戦においては手も足も出ないと言うのが本音だ。
「なにあれ?」
そんな姦しい通信を聞きながら、空を見上げていたミカヅキは降下してくる敵の変化に気付く。明らかに先行していた機体より速いスピードで降りてくる一機が、突然目の前の機体へ向かって発砲したのだ。
『なんだぁ?仲間割れか?』
射撃の手を止めずにそう漏らすシノの言葉を否定したのは、高性能な長距離カメラを装備したグシオンを操っていたアキヒロだった。
『ちげえぞ。ありゃ相談役だ!』
愉快な速度で大気圏に突入すれば、視界は一気に真っ赤に染まった。そうそう、おっちゃんが小さい頃はこの熱は大気との摩擦って教えられてたが、実際は加圧された空気の断熱圧縮による熱なんだってね。などとどうでも良い事を考えながら見る間に迫った敵機に向かって減速をかけながらトリガーを引いた。
『!?』
はっはっは、誰かを頭上から攻撃したことはあっても、自分は初めてかね?慌てるのはいいが、ちゃんと機体を制御しないと地面まで真っ逆さまだぞう?
『奇襲だ…卑怯っ…!?』
ノイズ混じりの怒声が届く。時々思うのだが、この手の連中は自分がやっている事を他の者がやると卑怯だと罵ってくるが、客観性とかは何処に置いてきているのだろうか。
「寝言は寝てから言いたまえよ。そら、もう地表だぞ」
健気にも指揮官機と思われる機体との間に割って入ってきた敵機に降下ユニット――耐熱タイルを金属フレームに張り付けただけの簡素なものだ――を減速ついでに蹴り飛ばしぶつけてやる。真後ろに指揮官機がいたために回避する訳にもいかない敵機は、甘んじてそれを受け止めて吹っ飛ばされていった。なんだろう、この忠誠心も技量もあるはずなのにそこはかとなく漂う残念臭は?
『私の大切な部下を、よくも!!』
声から察するに指揮官はどうも女性らしい。地上に降り立つやMSに仁王立ちをさせて手にしたロングソードを突き付けてくる。実戦経験が不足しているとは思っていたが、どうも彼女達は戦争を勘違いしているようだ。実に羨ましい。
「覚えておくと良い。部下の喪失は敵が悪いのではない、指揮官の無能だ」
言いながら俺は指揮官機に向けて躊躇なく発砲する。既に降下した敵機は態勢を整える余裕も与えられずにミカヅキを筆頭とした地上組に襲われて無力化されている。ミカヅキに至っては器用にコックピット周辺の装甲を切り飛ばしコックピットを強制排出させて機体に殆ど傷つける事無く無力化するなんて離れ業をやってのけている。タツジンかな?
『か、カルタ様!』
ピンクのド派手なジルダに絡まれている機体のパイロットがそう悲鳴を上げた。それにしてもシノは射撃武器を持ちたがる割にはすぐ格闘戦に切り替えるんだよな。しかもジルダで大型のアックスなんて使うから動きが単調になっている。はたから見ると狂ったように斧を叩きつけているようにしか見えん。
「降伏するなら命くらいは保証するぞ?それ以外は諦めてもらうが」
なんせ軌道上から地球まで追っかけてくるような連中だからな。暫く動けんように色々と奪っておきたい。
『私は誇りあるイシュー家の人間!降伏などしない!』
うわ、めんどくせぇ!?切り掛かってきた彼女を適当にいなしつつ、叫びそうになるのを懸命にこらえる。確かイシュー家ってマクギリス君が取り込もうとしている家だよな?よりによってその関係者がこんな所にMSで出張ってくんなよ!と思ったけどよく考えたらマクギリス君もボードウィンさん家の子も戦場に出てたな。あれか、中世の貴族的なやつか?成人すると初陣もするみたいなやつか?だったらせめてもう少し真面に教育しておけよと声を大にして言いたい。
「殊勝な物言いだな、つまり君は家の誇りの為に部下を道連れに死ぬという訳だ。君の可愛い部下たちも君の家の誇りを守れてさぞ本望だろうな?」
『貴様!脅すつもりか!?』
「脅す?何を言っている。殺し合いの最中に降伏を蹴るという事は、死ぬまで戦うと宣言しているのだと馬鹿でも解る事だぞ?そして君は指揮官、部下の命を預かる身だ。その発言が全員の命運を左右するなど当然ではないか」
俺の言葉に動揺したのか、僅かに剣先が揺れる。ふむ、あと一押しって感じか。既に上陸したMSは彼女を除いて制圧済み。更に混線してきた通信から、別働隊もこちらに制圧された事が伝わってきた。はっきり言ってもう勝負はついているが、ここで精神的に敗北を植え付けておかないとこの娘っ子はどこまでも追いかけてきそうだ。なんとなくそんな気がする。
「手を出すな!」
さっさと終わらせようと思ったのだろう、ミカヅキが背後へ移動したのを見て俺は叫ぶ。そして目の前の機体に向けて提案を口にした。
「提案がある。戦闘で降伏出来ないというならば、私と1対1の決闘をしないかね」
『何!?』
「君が勝ったなら、そちらの要求を呑もう。だが負けたなら私達の要求を呑んでもらう。嫌ならばここで皆殺しだ、どうするね?」
無論皆殺しなんてつもりはさらさら無いのだが、敢えてそう口にする。決闘を受けなければ部下が殺される、そう思考を誘導するためだ。
『決闘を受ければ、部下の命は保証してくれるのね?』
「ああ、約束しよう。それとも火星の野蛮人の言葉は信用出来んかね?」
『っ!』
俺の言葉に彼女は大きく飛び退くと、ロングソードを眼前に構え儀礼的な立ち姿を機体に取らせる。俺も機体を僅かに下がらせ、刀を腰だめに構えさせた。
「決闘を承知したと受け取る。全員武器を下ろせ、そしてどんな結果であっても受け入れろ」
『そんな!?なんで!?』
俺の言葉にラフタ嬢が叫ぶ。まあ、効率的でも合理的でもないからね。でもそういったものの外の理屈で戦っている連中を解らせるには、こっちがそこまで歩み寄ってやる必要があるんだ。
『大丈夫だ、ラフタさん。聞こえたな!全員武器を下ろせ!』
オルガが指示を飛ばし、全員がそれに従う。奇妙な静寂が生まれた戦場で、俺達のMSは向き合い名乗りを上げた。
『地球外縁軌道統制統合艦隊司令!カルタ・イシュー一佐!』
「鉄華団社長相談役、マ・クベだ」
『「参る!」』
敵の機体はグレイズリッター、簡単に言ってしまえばグレイズの姉妹機で低軌道や地球上での運用を前提に機動力を向上させた機体らしい。見た所単純に推進器の出力を上げているだけだが、こと突進からの刺突であれば俺が使っているグレイズよりも強力だろう。だから正面からは付き合わない。
『なっ!?』
MSは人型の兵器だ。だから多くの人間がそこに思考を引っ張られる。まあ、最初の訓練として人間側にやりたい機動を覚え込ませ、それを機体に再現させているのだから人体の延長として捉えるのも無理はない。けれど、MSは機械であり、人体が持ちえない器官も有している。
「失礼」
間合いに入る刹那、蹴り出していた足を地面に接触させると同時にスラスターを噴射、回転方向の運動エネルギーを得た機体はその場で丁度一機分左に逸れながら回転し突進してきていた敵機の背後を取る。そして彼女が避ける時間を与えずに、健気に進行方向を変えようとしている推進器へと俺は刀を逆袈裟に振り抜いた。
『うっ、あああああぁ!?』
推力の均衡が崩れたグレイズリッターが、衝撃に負け転倒する。俺は即座に近寄ると肩の隙間へ刀を潜り込ませ両腕を切り飛ばし、ついでに腰部へ刃を突き立て敵機を地面に縫い止める。動ける内は負けてないなんて言い訳はさせてやらん。
『そ、んな。こんな、私は…』
『カルタ様!?』
敗者に鞭打つような行動になったのは否めないが、まあここまでやれば大丈夫だろう。
「さて、決着はついたと思うのだが、まだやるかね?」
俺の問掛けに弱々しい降参の言葉が返ってきたのはすぐのことだった。
カルタさんはケモ耳(キツネ)とか似合いそうですよね。(性癖暴露