そして誤字報告も大変助かっております。
でもちょっと言わせて欲しい。
啓開は警戒の誤字じゃないから!
啓開
切り開くこと。軍事用語では障害物を取り除いて進路を確保する事を言います。
20件近く誤字報告が来たので念のため。
追伸
騙して悪いがケモ耳カルタは本作には登場しません。シナイデスヨ?ホントだよ?
「カルタ・イシュー。呼ばれた意味は解っているな?」
「…はい」
オセアニア連邦領内における作戦行動から5日が経過していた。ヴィーンゴールヴの司令室に呼び出されたカルタ・イシューは跪き、視線を床へと落としている。その立ち振る舞いが、部屋の主と彼女との力関係を如実に現わしていた。
「君の軽率な行動によって蒔苗東護ノ介は行方をくらまし、彼の手足となっている鉄華団なる武装組織は未だ地球上を闊歩している。言い訳のしようのない失態だ。君はイシュー家に泥を塗った」
「申し訳、ありません」
「謝罪する相手が違うな。尤も、後見人である私も忸怩たる思いだが」
「……」
「本来ならば君には謹慎を言い渡すべき所であるが、事態はその猶予を与えてはくれない。既に連中が消息を絶って5日、早急に手を打たねば地球は更なる混乱を招く事となるだろう」
窓の外へ視線を向けたまま、イズナリオ・ファリドは言葉を続ける。
「故にカルタ、お前に名誉挽回の機会を与える。ここまでの情報を精査した結果、連中はアーブラウ領エドモントンを目指していると思われる。これを追撃し、蒔苗の企みを阻止するのだ」
「イズナリオ様、お聞かせください。蒔苗の企みとは一体?」
カルタの言葉に、イズナリオが今日初めて彼女へ向けて視線を送る。細められた目に込められていた感情は明らかに非友好的なものだ。
「それを知ってどうする。お前に出来る事は粛々と任務を果たし汚名を雪ぐ事だけだ」
議論の余地など最初から存在しない。そしてお前は頭など使わずにただ命じられるままに動けば良い。明確にそう告げられ、カルタは唇を噛みしめながら、辛うじて頭を垂れると部屋を後にする。足早に部屋から離れた先の廊下で、彼女は今最も出会いたくない人物と遭遇した。
「…マクギリス」
「久しぶりだな、カルタ。残念ながら壮健とは言い難いようだな」
その言葉に、カルタは苦虫を噛み潰した様な表情になる。そしていつものごとく憎まれ口を彼女は放つ。
「そうやって涼しげな顔で無様な私を笑いに来たの?優秀な貴方からすれば今の私はさぞ滑稽でしょうね!?」
それは何度も繰り返してきたやりとり。彼女の言葉に微笑みを浮かべながら優しい言葉をマクギリスが返してくる。不器用な彼女の遠回しな甘えに、しかしこの日のマクギリスは応じなかった。
「ああ、そうだな。今の君には哀れみすら感じる」
「なっ!?」
思い人からの予想外の言葉に驚くカルタに向かって、マクギリスは視線で付いてくるように促す。訳も解らぬままに彼の後を追うと、監査局が管理しているエリアでも人気のない部屋へとマクギリスは入っていった。カルタが慌ててその後を追うと、閑散とした部屋の中で、マクギリスがこちらを向き静かに立っていた。
「一体何だと言うの!?」
「あの場所では誰に聞かれているかも解らないからな。ここならば多少はマシだ、油断は出来ないがね」
「どう言うこと?説明なさい」
苛立たしげに尋ねるカルタに向けて、マクギリスはギャラルホルンに入ってからは殆ど見せる事がなくなった冷たい表情で言葉を紡ぐ。
「ギャラルホルンの腐敗はどうしようもない所まで進んでいるという話だ。カルタ、君はイズナリオからどのような命令を受けた?」
「それを言う必要があるのかしら?マクギリス・ファリド特務三佐」
お飾りなどと揶揄されたとしても、カルタは地球外縁軌道統制統合艦隊司令であり、ギャラルホルン一佐の地位にある人間である。いくら馴染みの間柄だと言っても安易に任務の内容を漏らすことは出来ない。
「喋りたくないと言うなら構わない。私としてはイズナリオと同様に君にも然るべき対応をするだけだ。だが喋れないのならば、まだ君を助ける事が出来る」
迂遠な言い回しであるが、カルタは彼の言葉が最後通牒であることを直感で理解する。同時に彼の対応と言うのが決して穏便なものではない事も。
(マクギリスはイズナリオ様の事を常に父上と呼んでいたはず。呼び捨てにするなど余程の事だわ)
緊張に喉を鳴らしつつカルタは考える。イズナリオには大恩がある。病床の父に代わり当主として家を守らねばならなくなったカルタを後見人として支持してくれただけでなく、統制局に働きかけて地球外縁軌道統制統合艦隊の装備や人員についても便宜を図ってくれた。プライベートでも家の運営や父の入院に関する手配など、文字通り公私に渡って今のカルタを支えてくれている存在だ。対してマクギリスは、憎からず思っているもののあくまで良い友人がせいぜいで、それどころか最近は所属する局が違う事もあってやや疎遠だ。カルタの人間関係においてどちらが比重を占めているかなど考えるまでもないはずなのだ。それでも彼女は悩む。何故なら彼はカルタが知る中でも飛び切り優秀な人間で、監査局に所属しているからだ。ギャラルホルン内部の事情に関して確実にカルタより通じているし、何より先ほどのイズナリオの態度が、カルタの心境に大きな影響を与えていた。
(イズナリオ様は私の問いに答えて下さらなかった。もちろん軍人には知らなくてよい事は知らされない。けれど、もしイズナリオ様が私の問いに答えられない、いえ、答えたくなかったのだとしたら?)
「…監査局の人間に質問されたなら、答える義務があるわね」
幼馴染という間柄では話すことは難しい。しかしマクギリスは監査局の人間だ。彼らの調査にギャラルホルンに所属する人間は協力の義務があるし、質問された内容に答える義務もある。その事実を利用しカルタは口を開いた。
「アーブラウ領エドモントンへ向かっていると思われる蒔苗東護ノ介並びに鉄華団の追撃及び捕獲が私に与えられた任務よ」
「成程、それが重大な内政干渉になっている事を君は理解しているか?」
「勿論だわ。けれど彼らの企みを許せば、地球圏は更なる混乱を招くことになる」
「ほう、その企みとはいったい何だ?」
「っ、それは…」
そこで詰まるカルタに対し、マクギリスは冷たい笑みを浮かべながら口を開く。
「答えられないだろう?当然だ、何しろ彼らにそんな企みなど無いのだから」
反論も出来ずに黙り込むカルタに対し、マクギリスは言葉を続ける。
「彼らがエドモントンを目指している理由は簡単だ。アーブラウの代表指名選に蒔苗氏を送り出すために他ならない。そもそも鉄華団が地球に来たのは、彼と火星のアーブラウ自治区を代表したクーデリア・藍那・バーンスタインの会合を実現するためだ。私としては、その会合が地球圏にどのような混乱を齎すというのか是非聞いてみたいところだよ」
「なら、なぜイズナリオ様は私に追撃の命令を出したの?」
「知ってどうする?」
そう聞いてくるマクギリスにカルタは決然と言い返す。
「私はイシュー家の当主代行として恥ずべき行いは出来ない。それがたとえ大恩ある方からの命令であったとしてもよ」
その言葉にマクギリスは頷くと真剣な表情で口を開いた。
「君が家名を口にするならば信用に値する。イズナリオが命じた理由は至極単純だ。彼が蒔苗氏と敵対する派閥と繋がっているからだ。代表選で自身の協力者を確実に勝たせる為に、蒔苗氏を物理的に代表選の場から排そうというわけさ」
「そんな!それはっ!?」
声を上げるカルタに対し、笑顔のままマクギリスは頷く。
「まさに絵に描いたような内政干渉だな。それもセブンスターズに名を連ねる家が、自らの利益の為に行っているというのだから話にならない」
激高し部屋を飛び出そうとしたカルタの腕をマクギリスがつかむ。
「離しなさいマクギリス!」
「どうするつもりだ?」
「イズナリオ様を問いただす!そしてあなたの言葉が真実ならばお諫めするのよ!!」
「冷静になれ。ここまで監査局すら欺いてきた男だぞ。君が問いただしたところではぐらかされて終わるだけだ。そして適当な僻地にでも飛ばして君を飼殺すだろう。その程度は造作もないだけの力がイズナリオにはある」
その言葉にカルタは涙を浮かべながら叫んだ。
「ならばどうしろと貴方は言うの!?セブンスターズともあろう者が、簡単に騙され不義に手を貸していたなど!家の者に、部下たちに私はなんと詫びればっ」
「無謀な突撃などそれこそ君の自己満足になるだけだ。セブンスターズならば、本当に汚名を雪ぐならば、君がすべきは不義を正す事だろう」
「そんなことが…」
うなだれるカルタに向かって、マクギリスが真剣な表情で語りかけてくる。
「出来る。だがそれにはもっと力が要る。君だけでも私だけでも不可能だ。だからカルタ、力を貸してくれ」
孤島を脱出して早5日、俺達は太平洋を順調に航海中だ。
「ミカヅキに感謝しろよ?おめえはMSの使い方が荒っぽくていけねえや」
カルタ嬢との戦いで流し斬りを完全に決めてやったのだが、その代償に軸足にした右足のフレームに歪みが出てしまったのだ。うむむ、功夫が足らぬ。幸いにしてミカヅキが新鮮なグレイズリッターの体を手に入れてくれていたので、現在グレイズのコックピットを絶賛移植中である。
「なあ、おやっさん。これもう一機くらい直らねえ?」
暇なのか作業を眺めていたシノが雪之丞に対してそう問いかける。今回の戦闘でグレイズは1機、グレイズリッターは3機程強奪した。他にも程度の良い部分とエイハブリアクターは毟ってきた。自分の機体をバラされるのを見ていたギャラルホルンのパイロットが半泣きになっていたが、敗者は全てを奪われるのが戦場の習いであるからして、素直に諦めて頂いた。一番すげえ目で見てたのはカルタ嬢だったが。
「無茶言うんじゃねえよ。まともな設備もねえこんな所じゃコックピットの移植でも大騒ぎなんだぞ?阿頼耶識用になんか入れ替えられねえよ」
「いっそ阿頼耶識無しで使うか?」
俺がそう聞くとシノは少しだけ悩んでみせるが、結局頭を振った。
「今の俺じゃあ、阿頼耶識無しだと無理かなぁ」
フレデリックのおかげで阿頼耶識組、特に今回の仕事に参加しているメンバーは全員阿頼耶識の性能が向上している。特に複数の処置を受けているミカヅキとアキヒロは顕著で、彼らの操る機体は最早人体のそれと遜色ない程だ。これでもまだオリジナルの性能には届いていないというのだから、フレデリックの研究が完成した暁には文字通り一騎当千の兵士に彼らはなるだろう。それが良いか悪いかは別にして。
「これからを考えると阿頼耶識無しにも慣れてもらわねば困るぞ。特にお前やアキヒロは部隊長になるだろうからな」
「うえっ!?俺が?」
変な声を出すシノに向かって俺は笑いながら告げる。
「シノは周りを良く見ているからな」
「俺は一MSパイロットでいいかなぁーって」
馬鹿言うんじゃありません。
「年功序列というやつだ。年の分だけ荷物を背負え。それとも年下の奴らにお前が嫌なものを早めに背負わせるか?」
「その言い方は汚ねえって、マっさん」
口を尖らせながら退散するシノを笑いながら見送っていると、雪之丞が何やら言いたげにこちらを見てくる。
「どうした?」
「ああ、いや、シノに隊長任せるってのは本気か?」
心配な気持ちは解るけどな。
「シノは責任感が強いからな」
「だからよ、仲間が死んだらアイツ押しつぶされちまうんじゃねえか?」
雪之丞の心配ももっともだ。けど、このままの方がアイツやばそうなんだよなぁ。
「隊長を任せれば仲間が死ぬような無茶をシノはしないだろう。だが一兵士としてMSに乗せていたら、アイツは仲間の為に平気で死ぬぞ」
元ヒューマンデブリの奴らもそうだが、ウチの若い連中はとにかく自分の評価が低い。常に死んで死なせて、殺して殺されての日常を送ってきたのだから無理もない話であるが。
「価値観は一朝一夕では変えられん、ならばせめて環境で強引にでも繋ぎ止めておかねばならん」
命をチップにする日々から抜け出すその日を、一人でも多くの子供たちに迎えさせるために。
「そんな訳で、大人としてはまだまだ無茶をする必要がある。頼むぞ、ナディ」
「おめえはそれさえなけりゃ良い奴なんだがなぁ」
俺がそう笑い、雪之丞が溜息を吐く。船は確実に目的地に近づいていた。