起きたらマさん、鉄血入り   作:Reppu

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さあ連休ざますよ。


42.冷水ごときで低体温症になる服が宇宙服に使える訳がない

「さみい」

 

そう言ったきり、アキヒロは微動だにしなくなった。外気温は-20℃、火星の夜もそれなりに寒かったが、流石北国の冬はレベルが違う。

 

「動かんと末端が凍るぞ。動けんなら車内に戻れ」

 

「けど、見張りが」

 

「そんなでは見張りも何も出来んだろう、代わってやるから温まってこい」

 

こいつら体を鍛えてる分体脂肪率がビックリするくらい低いからな。寒さには滅茶苦茶弱いんだよな。

 

「すんません」

 

そう言ってアキヒロはのそのそと車内に逃げ込んでいく。俺は通信機を取り出しオルガに連絡を入れた。

 

「社長、余っているパイロットスーツがあったら見張りに着せてやれ、多少はマシになるはずだ。このままでは戦う以前に皆凍ってしまう」

 

列車の速度は凡そ100キロくらいだろうか?テイワズが運営しているこの定期列車はアンカレッジを出発し、北米大陸の主要な都市を避けながら北周りにエドモントンへと向かう列車だ。この列車を使うことを提案してきたのはクーデリア嬢で、複線の大型貨物車であることに加え主要都市を避ける路線なので、エイハブリアクターを持ち歩いても露見しにくいという事と、定期便なのでこの状況下でも怪しまれずにエドモントンまで向かえるという正に俺達の望む移動手段だった。フミタン女史に手伝って貰っているとはいえこれを見つけ出し、更にはテイワズのマクマードから俺達の紹介があったとはいえ使用権をもぎ取る手腕は、彼女の高い政治力を窺わせた。

 

「警告!2時方向に機影らしきものを発見!数不明!」

 

俺の横で警戒に当たっていたディノスがそう叫んだ。手にした双眼鏡で彼の指し示す方向を探すと、確かに雪煙の向こうにMSらしき姿が見える。

 

「待ち伏せか。ミカヅキ、ラフタ嬢、アジー嬢出撃準備!」

 

『いつでもいけるよ』

 

『同じく!』

 

『右に同じ』

 

これはある程度予想出来たことだ。何しろ艦艇用のエイハブリアクターとは異なり、MSに搭載されている物は停止が出来ない。厳密に言えば停止は出来るが専用の外部装置を用いなければ再起動が出来ないのだ。当然そんな装備は持ち運んでいないからMSごと俺達がばれずに移動できるルートは限られる。だから当然それには備えていたんだが。

 

『マさん、本当に敵ですか?エイハブリアクターの反応がありませんよ?』

 

困惑した声でオルガがそう告げてくる。そうなのだ、今日は吹雪いていて視界が悪い。双眼鏡を使っているとはいっても目視で確認出来るような距離ならば、既にリアクターの反応をミカヅキ達の機体が拾っているはずだ。

 

「間違い無い。グレイズリッターが6、いや、7機だ。あのマークはカルタ嬢か?」

 

特徴的な赤い差し色を施されたグレイズリッターを先頭に綺麗に整列している。その振る舞いに俺も違和感を覚えた。

 

「何故進路を塞がない?」

 

堂々と突っ立っているから奇襲するつもりは無いにしても、せめて進路上に立ち塞がるくらいしなければこちらの足止めも出来ない。なのに連中は線路の横にまるでこちらを見送るように立っている。

 

『何だぁ?』

 

『おい、どうすんだ社長?』

 

モニター越しに外の様子を見たのだろう。シノとアキヒロが戸惑った声を出す。

 

『パイロットは全員機体で待機、いいな?待機だ。ただし何かあったら直に動けるようにしておけ!』

 

オルガがそう指示する間にも列車は彼女達へどんどん近づいて行き、

 

「っ!」

 

そして目の前を通り過ぎる。目を凝らせば機体の上に態々立ってこちらを見ているカルタ嬢の姿があった。

 

「全員絶対に動くな!」

 

俺が叫ぶ間にも景色は流れ、カルタ嬢達は後方へと小さくなっていく。あれは完全に戦うつもりが無い仕草だ。

 

「社長、警戒解除を」

 

『まだ近いですよ?』

 

硬い声でそう聞いてくるオルガに俺は断定した口調で告げる。

 

「いや、彼女達の機体は完全にリアクターが止まっていた。追撃は無い」

 

『訳が解りませんよ。連中一体何がしたかったんだ?』

 

だが俺には心当たりがあった。おそらくではあるが、彼が説得したのだろう。

 

「あちらにも都合があるのだろうさ。見逃してくれると言うなら我々は有り難く進ませて貰うだけだ」

 

俺の言葉に応じた訳では無いが、列車は速度を緩める事無く進んでいく。エドモントンはもうすぐそこまで迫っていた。

 

 

 

 

「本当に彼等を見逃すのですか、カルタ様。今ならば、まだ」

 

「機体がトラブルを起したのです。仕方がないでしょう」

 

小さくなっていく列車を見送りながら、カルタはそう聞いてくる部下に返事をした。

 

「しかし」

 

アーブラウ領にも駐留しているギャラルホルンの部隊は存在する。その中には数こそ少ないがMSを配備している部隊もあるし、何より先行してエドモントン近郊に仮設基地を設営中のコーリス・ステンジャが率いる部隊もいる。彼等へ連絡すらしないのは、最早任務の放棄に等しい。もしこのことがイズナリオ・ファリドの耳に入ったなら、カルタは間違い無く何らかの処罰を受けることになるだろう。それを案じてくれる部下に彼女は感謝をしつつも口を開く。

 

「機材が不調のため目視にて確認しましたが当該の車両に不審な点は見受けられませんでした。地上における臨検の権限を持たない我々にはこれが精一杯です」

 

もし彼等がこちらの意図を察せずにMSを見せたならこの言い訳は通じなかった。外に出ていた男、確か相談役などと巫山戯た役職を名乗ったマとか言う輩がこちらを見て叫んでいたようだから、おそらく彼がくみ取って伝えたのだろう。

 

(察しが良くて口も立つ。嫌な男)

 

更にはパイロットとしての技量も並外れていて、相手の事情を慮る度量まで見せてくる。金髪碧眼でもう少し年が若ければ色々と危ないところだったとカルタは明後日の方向な事を考えながら指示を出す。

 

「今回の一件は全て私が責任を取ります」

 

彼女達が機体のトラブルをアーブラウ駐留部隊に連絡し回収されたのは、列車が通過して6時間後、エドモントンまで列車が1時間の位置まで迫った時だった。

 

 

 

 

「話が違うではないですか!蒔苗がすぐそこまで迫っていると聞きましたよ!?」

 

ヒステリックに騒ぐ女から視線を逸らし、イズナリオ・ファリドは目を閉じた。

 

(カルタめ、まさかここまで役に立たぬとは)

 

一通りの罵声が脳裏を駆け巡る中、彼は声だけは冷静に言葉を紡ぐ。

 

「騒ぎ立てる必要は無い。エドモントンに着いたとしても、連中は議事堂までたどり着けんよ」

 

「随分な自信ですね。蒔苗派のラスカー・アレジが精力的に動いています。万一があればこれまでの準備が台無しになるのですよ?」

 

落ち着き無くまくし立てながら部屋の中をうろつくアンリ・フリュウの足音にイズナリオは溜息を堪えた。アンリ・フリュウは蒔苗が不在の現在、アーブラウの次期代表だと目されている。だが率直に言えば彼女は全ての能力面で蒔苗に劣っていた。特に想定外の事態に対する対応能力の低さや、その場合に他者へ当たると言った行動は大きなマイナスとして周囲に映っている事に気付けていない点などは致命的とすら言える。だからこそイズナリオの甘言に簡単にたぶらかされてくれるのだが。

 

(愚かな人間は引き入れるのは容易でも後が役に立たん)

 

ゆっくりと目を開け、不愉快な女を視界に入れるとイズナリオは口を開く。

 

「既にエドモントン市はギャラルホルンの部隊が展開し終えている。MSは強力な戦力ではあるが、市街地では使えない」

 

「火星の野蛮人共にそのような常識が通じると?」

 

その野蛮人に良いように感情を振り回されているお前よりは遥かに話が通じるだろうと内心思いながらイズナリオは続ける。

 

「連中がMSを持ち込めば君の勝利は確実になる。市街地に甚大な被害を与えた人間を代表に選ぶわけにはいくまい」

 

「しかしっ!」

 

「君は落ち着いて堂々としていたまえ。その様に齷齪していては周りの者に不安を与えるぞ」

 

そう言って彼は立ち上がると、一方的に会話を打ち切るように部屋を出る。静まりかえった廊下を歩きながら、想定外の状況が起き続けている現状に彼は顔を顰めた。

 

(蒔苗の排除までは順調だった。だがその後だ。あの鉄華団とやらが関わり始めてから予定が大きく狂いだしている)

 

待たせていた車に乗り込み、いつものように瞳を閉じる。これは彼が深く考える時の癖だった。連れてきていた新しい愛人の存在も、今だけは思考の外へと追いやる。

 

(状況はあまり良いとは言えない。カルタもどうやらイシュー家の悪癖が出ているようだ)

 

ギャラルホルンの正義などという存在しない物を懸命に守ろうとするイシュー家をイズナリオは内心馬鹿にしていた。カルタの後見人に収まったのもこのまま放置して他の家に取り込まれるのを防ぐためであり、彼女に対する評価は、言った事くらいは出来れば良いという低いものだ。故に彼は早々に彼女に見切りをつけ、次の手を打つ。

 

「ああ、私だ。部隊司令に繋いでくれ」

 

アーブラウ代表指名選まで後4日。世界は大きく動こうとしていた。


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