起きたらマさん、鉄血入り   作:Reppu

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44.物事の終わりが劇的に始まることは希である

その始まりは、実に奇妙なものだった。

 

『我々は鉄華団、アーブラウに認定された民間軍事企業である。現在我々は蒔苗前アーブラウ代表を護送中である。前方に展開するギャラルホルン部隊に告げる。即刻進路を開けられたし、貴官らの行為は蒔苗氏の行動を著しく阻害するものであり、これはアーブラウに対する重大な内政干渉である。繰り返す、ギャラルホルン部隊は即刻進路上より退去せよ。聞き入れられない場合、内政干渉と見なし実力をもって貴官らを排除する』

 

その言葉を聞いた部隊長の男は困惑した。無論言葉が通じないというわけではない。むしろ十分理解出来たからこそ彼はどう行動するべきか迷ったと言えるだろう。

 

「た、隊長。どうすれば?」

 

歩兵用装備に身を包んだ若い隊員が震えた声音でそう尋ねて来る。

 

「…現在本部に問い合わせている。我々の勝手な判断で持ち場を離れるわけにはいかんからな」

 

「は、はい。その、隊長」

 

「まだ何かあるのか?」

 

「連中の言っている事は本当でしょうか?その、我々が内政干渉をしていると」

 

「それも含めて本部に確認している。良いから持ち場に戻れ!」

 

強めの語気で新人を追い払うと、男はバイザーを上げ熱を持った顔を外気に晒した。

 

(内政干渉か、だと?これがそうでなかったら何がそうだと言うんだ!)

 

口に出さずそう彼は罵りつつ、周囲をそれとなく見回す。鉄華団を名乗る武装組織からの通告は今も続いており、それを耳にした多くの隊員が動揺している。無理もない。モビルワーカーや歩兵部隊に配属される隊員は一般募集によって集められた所謂“家無し”と呼ばれる人間で、更にその中でも特にコロニー出身者といったコネを持たず、実力も示せなかった者達で構成されている。

 

「いかんな」

 

男は顔を顰めながらそう呟く。元々ギャラルホルン内でもこれらは士気の低い部隊であるが、自分達の行動を明確に批難される事で更に士気を低下させられている。加えて部隊長クラスの中にも今回の任務に対し懐疑的どころか否定的な者も少なくない。足並みが揃わない状況では数の優位が生かし切れるとは思えない。

 

(そもそも連中はMSを持っているじゃないか。それを歩兵とモビルワーカーでどう止めろと言うんだ!?)

 

今は行儀良くしているが、追い詰められればどうなるかなど解ったものではない。対応するために地球外縁軌道統制統合艦隊のMS部隊が増援として来ていた筈だが、今のところ動いた様子は無い。

 

「まさか、連中が痺れを切らすのを待っているのか?」

 

嫌な予感が男の脳裏を過ぎる。何しろ今こちら側には彼等を止める正当な理由が無い。MSの保有を理由に武装解除を迫る事が出来るが、それでは本来の目的である蒔苗東護ノ介の拘束が叶わない。護衛であると明言された以上鉄華団との繋がりを理由にギャラルホルンが身柄を確保するのは、誰の目から見ても越権行為だからだ。だがもし彼等が武力をもって強引に突破を図れば、更にその為にMSまで持ち出したなら?

治安維持の大義名分を掲げ、ギャラルホルンは大手を振って蒔苗ごと彼等を鎮圧するだろう。その為にはギャラルホルン側が先に撃たれ、被害を出す必要がある。そしてその担当は、現在鉄華団の進路を塞いでいる彼の部隊になるだろう。

 

「冗談じゃないぞ」

 

今まで鎮圧してきた暴徒などとは比較にならない暴力を目の前にして男は顔を顰めた。そして万一の場合は独断で行動する事を心に決める。上層部の政治など末端である彼には関係の無い話であったし、部下達の命を巻き込んでまで理不尽な任務に従事するだけの忠誠心を彼は持ち合わせていなかったからだ。

 

 

 

 

「随分暢気なものだのう」

 

スピーカーでギャラルホルンの部隊に警告を続けているウチのモビルワーカー隊を遠巻きに眺めながら、蒔苗氏が髭を弄りつつそう口にした。どうでもいいけどすげえ髭だな。それ癖毛なの?

 

「これで退けば儲けもの、そうでなくても彼等の正当性を攻撃する事で士気の低下、連携の齟齬を狙える。加えてギャラルホルンによって貴方が不当に抑え込まれていると言う喧伝にもなりますから、議会でロビー活動をしてくれている貴方の派閥の人間には追い風になるでしょう」

 

「そんなことは解っておるよ。だがその努力も儂が議事堂にたどり着いてこそ意味が生まれる。こんなに悠長なやり方で間に合うのかね?」

 

長生きの割には忙しねえジジイだな。まだ3日もあるだろうが。

 

「無論間に合わせますとも、そういう約束ですからな」

 

「口ではどうとでも言えるの、だが儂は納得できる成果を見せて欲しい。あの様子でたどり着けるとは儂には思えん」

 

まあスピーカー越しに好き放題喋ってるだけで距離としては1ミリも進んでねえからな。けどな、爺さん。アンタが満足したい1ミリにはウチの社員の命が懸かっているんだぜ?

 

「失礼ですが、蒔苗氏。部隊を指揮したご経験は?」

 

「そうした機会には恵まれなかったの」

 

この世界の地球は随分平和みたいだからな、当然そうだろうよ。連邦みたいに軍属経験が無きゃ大統領になれないなんて事も、こんな体制じゃまず無いだろうしな。

 

「我々も政治は素人です、貴方がもう一度アーブラウ代表に確実に就けるかなど解りませんし、貴方の行動からそうと納得できるだけのものなど頂いていない。ですが我々はそんな口先だけの爺を命がけでここまでお連れしています」

 

俺がそう言い返すと蒔苗の爺様は髭を弄っていた手を止め睨み付けてきた。そこらの若造ならびびらせられたかもしれんが、相手が悪かったな。いつでも簡単にくびり殺せる相手に睨まれたところで屁でもねえよ。ついでに言えば殺気も足りん、出直してこい。俺は目を細め爺様を睨みながら言葉を続ける。

 

「何故なら我々は貴方の口にした約束を信じているからです。たとえ目に見える成果を出していなくても、貴方は我々が契約を果たした暁には必ず約束を守ると思っているのです。そんな我々を貴方も多少は信じてほしいものですな」

 

「信じろか、それを政治家の儂に言うのかね?」

 

化かし合い、だまし合いが当たり前の世界に住んでいるとまあそうなるよね。

 

「言うとも。勘違いしているようだから訂正させてもらうが、我々は貴方の商談相手であって部下でも走狗でもない。要望に可能な限り応える努力はするが、貴方の満足のために社員の命を無駄に危険に晒すわけにはいかん」

 

「無駄にか。商談相手の心証は考慮せんのかね?」

 

「勿論考慮しているとも。それでも呑めんと言っているのだ。貴様にとっては記録上の数字に過ぎない損失は、我々にとって無視出来ない喪失なのだよ。素人のご機嫌取りに付き合って出して良いものではない」

 

「言ってくれる。そこまで言うのなら、必ず間に合わせてみせろよ?」

 

そう言って踵を返す爺様に向けて、俺は言い放った。

 

「当然です、我々はプロですからな」

 

 

 

 

『コーリス隊長、アーブラウ駐留部隊の司令より出撃の指示が』

 

コックピットに収まり腕を組み瞑想していたコーリス・ステンジャの耳にオペレーターからの通信が入る。彼は目を開くことすらせずに短く告げた。

 

「無視しろ」

 

『はっ!』

 

彼の言葉に逡巡も見せずにオペレーターは応じる。だが暫くすると、今度は彼の乗機に直接通信が入った。

 

『コーリス・ステンジャ三佐!何故出撃しない!?』

 

アーブラウ駐留部隊の司令である三佐がそう怒鳴る。それに対しコーリスは静かな口調で応じた。

 

「出撃命令が出ていないからだ」

 

『巫山戯るな!何度もこちらから――』

 

「こちらから、なんだ?」

 

『っ!?』

 

相手に言い切らせることなく、コーリスが告げる。

 

「我々は地球外縁軌道統制統合艦隊に所属する部隊だ。我々の地球における行動権限は司令であらせられるカルタ・イシュー一佐に一任されている。何故我々が貴官の指示に従って出撃せねばならないのかね?」

 

既にコーリスには、カルタを通してアーブラウ駐留部隊の司令がイズナリオ・ファリドの私兵として部隊を私物化していることが伝えられている。そしてそれは、ギャラルホルンの正義に対し誇りを持って任務に当たっている彼等にとって許しがたい背任行為であった。もし許可が出ていたならば、コーリスは躊躇無く駐留部隊司令部を強襲し背任者達を拘束していただろう。

 

「そんな事よりも我々としては君たちの部隊展開こそ危惧している。彼の様な配置では万一戦端が開かれた場合、市街地に被害が出る恐れがある」

 

『わ、我々は戦術的に適切な用兵をしているだけだ!』

 

馬鹿か貴様は。そう出かけた言葉をコーリスは呑み込む。しかし感情までは抑えることが出来なかった。

 

「治安維持の為に展開している部隊が、戦闘時に防衛対象へ被害が出る配置で適切だと?連中は貴官が懸念するMSも装備しているのにか?私には市街地を盾にしているようにしか見えんがね」

 

そのおかげで武装勢力が攻めあぐねていると言うのだから、どちらが市民に配慮しているかなど一目瞭然である。そしてこの司令官殿はそんな事も理解出来ない程頭が悪いようだ。

 

(所詮不正に手を出す輩などその程度と言う事か。しかし、そんな者が三佐と言う地位に就ける。これは深刻過ぎる事態だ)

 

何かをまくし立てている駐留部隊司令からの通信を一方的に切断すると、コーリスは溜息を吐きながら眉間を揉む。

 

「ギャラルホルンの正義、それそのものを守らねばならぬ日が来るとはな」

 

彼の呟きは誰にも聞かれず、コックピットの中に溶けて消えた。


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