起きたらマさん、鉄血入り   作:Reppu

46 / 85
45.自らの欲望の為に他者を踏みにじる者を悪魔と呼ぶ

「火星人風情が、煩わせてくれる」

 

会議まで残り1日となった朝、イズナリオ・ファリドはアーブラウ駐留部隊司令の泣き言によって起こされていた。蒔苗東護ノ介を市内に入れるよう繰り返し要求してくる鉄華団。その行動は初日の夕方には蒔苗派の議員達に届いており、彼らから駐留部隊に対し批難が発せられるまで大した時間はかからなかった。中には行動的な人間もおり、件の警告が続いている前線に赴いて隊員に直接抗議を行う者まで出る始末だ。更にその様子をメディアが取り上げた事で、ギャラルホルンへの風当たりは非常に厳しいものとなっている。そこに加えて地球外縁軌道統制統合艦隊の部隊が露骨なボイコットに及んだことで、駐留部隊司令の容量は完全に飽和してしまったらしく、朝食も済ませていないような時間からイズナリオに連絡を入れてきたのだ。因みに同じようにアンリ・フリュウからもひっきりなしに連絡が入っている。

 

(どいつもこいつも浮足立ちおって、それこそが連中の狙いだと解らんのか)

 

「ひっ」

 

抑えきれない感情が手にした杖を軋ませると、その音を聞いた愛人が小さく悲鳴を上げた。ここの所苛立ちから、少々手荒に扱ってしまった為の反応だったが、その怯えた表情がイズナリオの精神を満たす。

 

「部屋に行っていなさい」

 

頭に手を載せ、優しくそう告げる。一見すれば怯える子を宥める紳士に見えるが、勿論そのような健全な間柄ではない。怯えた表情のまま少年は一度頷くと足早に与えられた部屋へと戻っていく。それを満ち足りた表情で見送った後、イズナリオはいつも通りの鉄面皮を被り直し廊下を進む。そして執務室にたどり着くと、専用の回線を起動させた。

 

「私だ、君が役に立つときが来たようだ。頑張り給え」

 

名乗らず、聞かず、必要な事だけを告げて通信を切る。高く昇りつつある太陽に照らされる木々を眺めながら、イズナリオは静かに笑う。

 

「所詮は悪あがきである事を教えてやろう」

 

その醜悪な笑顔を見る者は、幸運な事に誰一人いなかった。

 

 

 

 

「大分良い感じじゃねえか」

 

双眼鏡越しに対岸を見ていたオルガがそう言って口元に笑みを浮かべる。彼自身も当初この案を聞いたときには懐疑的であったが、その効果は彼らの想像を遥かに上回るものだった。

 

『すげえよ。弾の一発だって使ってねえのに、向こうはもうグダグダだぜ』

 

オルガの乗るモビルワーカーの操縦を受け持っているシバ・アミィが感嘆の声を上げた。

 

『ああ、こういう戦い方もあるんだな』

 

そう応じたのはモビルワーカー隊を取りまとめているライナ・フローラルだった。彼らとて三番隊の古参であり、相談役とは長く接しているので戦場における心理状態が戦闘に影響を与える事は理解していた。それでも情報の操作と心理的圧力のみで相手の抵抗を奪い去る事が出来るなど想像の埒外だったのだ。

 

「よぉし、お前ら!道を開けるぞ!」

 

そう叫んでオルガは車内に引っ込むと、スピーカーから流していた放送の内容を切り替える。勿論近くのビルに報道陣が居る事を確認した上でだ。

 

『ギャラルホルンの部隊に告ぐ。度重なる警告に対し、貴官らは悉く沈黙を続けた。故に我々は交渉の意思は無いと判断する。これより我々は実力をもって、蒔苗氏を議事堂までお連れする』

 

その宣言は場の空気を一変させた。どこか浮ついた雰囲気であったギャラルホルンの部隊は慌てて持ち場に就き始め、実力と言う言葉から想像される衝突をカメラに収めんと報道陣も身を乗り出す。だが、彼らの目の前に出てきたのは、その言葉とはかけ離れた代物だった。

 

『おーおー、混乱してる混乱してる』

 

愉快そうなシバの声に背を押されて進んでいくのはテイワズから買い付けたモビルワーカーだ。しかしその姿はとてもギャラルホルンが喧伝しているならず者の武装集団が運用している装備には見えなかった。足回りこそそのままであるが、車体周辺は追加で取り付けられた装甲板で覆われている。それだけならば装甲を強化しただけと言い張れなくもないが、一方で肝心の武装であるはずの主砲は取り外され、代わりにアームが付いたクレーンが鎮座している。その姿はどう贔屓目に見ても作業車だった。

 

「よし、やれ!」

 

誰もが硬直する中、順調に橋を守っている部隊の前まで辿り着いたクレーン車はアームを伸ばし、バリケードの一つを掴むと橋の外へ放り投げた。コンクリートと鋼板を重ねて作られたバリケードは、重々しい音を響かせながら地面に落下する。呆然とギャラルホルンの隊員が見守る中、更に追加で送り込まれた作業車が別のバリケードに取り付き、再び持ち上げて放り捨てる。

 

『と、止めろぉ!?』

 

駐留部隊の指揮官らしき人物がそう叫ぶが、部下たちはどうして良いのか解らないらしく右往左往している。それはそうだろう。動き回っている重機を生身で止められる訳がないし、かといって武装もしていない相手をメディアの前で攻撃するのも問題だ。結局彼らが、鉄華団が人間に危害を加えられない事に着目し、人間でバリケードを作り作業車の行動を阻むまでに、三層分のバリケードが突破されていた。

 

『クソ!後ちょっとだったってのに!』

 

ライナがそう叫ぶが、その声は何処か弾んでいる。武力で脅してくる連中を手玉に取るのが楽しくてしょうがないのだろう。その声を聴いた他の連中も同じような反応である。そしてオルガもその一人だった。

 

「はは、すげえ」

 

彼らの世界はシンプルだった。殴って殴られて、奪って奪われて、そして殺し殺される。暴力とは最も身近で手軽で、何より解りやすい彼らの手段だった。しかし学ぶことを覚えた今の彼らは、それが如何に危険な選択肢であるかを十分に認識させられていた。

 

(あの防衛線を暴力で突破しようとしていたら、どれだけの武器や弾薬が必要だ?そして、突破しきるまでに一体何人が死ぬことになった?)

 

成程、暴力と言うのはとても簡単な解決方法だ。何せ馬鹿でも出来る。だが逆に言えば暴力で解決する人間は、他の方法で問題を解決できない馬鹿だという事だ。最初から殴り掛かるような馬鹿に言葉で応じようとする人間は居ない。暴力に返ってくるのは暴力だ。そして振るわれた暴力はその場限りで終わるのではなく、その先まで影響を与え続ける。それも大抵は悪い方向でだ。一度でもこいつらは話の通じない、暴力でしか物事を解決しない連中だと認識されれば。そんな奴と真面に付き合おうとする奴は居ないだろうし、取引をしようなどと考える人間もいなくなる。そんな状況でも生き延びようとするならば、誰かを襲って奪うくらいしか方法は無い。そんなものは最早人間ではなく獣か何かだろう。否、道具を使い人間を積極的に襲う分、それよりも醜悪な何かかもしれない。そんな未来をオルガは幻視する。それは学ばぬまま、ただミカヅキの力だけを頼りに先を目指していた自分がたどり着いたであろう未来だ。

 

「もっと、もっと色んなことを覚えなきゃなんねぇな」

 

今の彼には仲間がいる。あの頃ミカヅキと約束した場所を目指しているのは、もう二人だけではない。そんな彼らの前を歩くなら、もっと自分は賢くあらねばならないとオルガは強く思った。

 

『おい、社長見ろ!』

 

シバの声でオルガは現実に引き戻される。そして彼の言葉の意味を直ぐに理解した。最後のバリケードの前、ギャラルホルンの隊員達に対し詰め寄って交渉しているのはアンカレジで出会った蒔苗派の議員であるラスカー・アレジ議員だった。つまり彼の目の前に蒔苗氏を届ければ作戦は成功するのだ。

 

「輸送班に連絡しろ!ここしか――」

 

ない。そう言おうとしたオルガの言葉が、在り得ない音でかき消された。驚愕にオルガが目を見開き、何かの間違いではないかと計器を確認する。しかし機器は正常に作動しており、今目の前で起きている事がどうしようもない現実であることを彼に突き付けてくる。

 

「冗談だろう!?」

 

橋の向こうで、その事実に追随するように異常が発生する。灯りの灯っていたビルが次々とその灯を消し、電子機器を抱えていた報道陣が突然故障した機器に困惑の表情を浮かべる。そしてギャラルホルンの隊員は、砲口をこちらへ向けて戦闘態勢に入っていた。

 

「全機後退しろ!」

 

オルガの怒鳴り声に反応の遅れていたモビルワーカーが慌てて敵モビルワーカーの射線から退避する。彼らにとって幸運だったのは、ギャラルホルンの最寄に作業用に改造した無人機があった事だろう。何の被害も受けないままに陣地の大半を無力化してくれたそれらに対し、ギャラルホルンは躊躇なく発砲し、そしてスピーカーを通して大声で宣言してきた。

 

『鉄華団のMSが市内に侵入!繰り返す、鉄華団のMSが市内に侵入!各隊は所定の作戦要綱に基づき対象を鎮圧せよ!』

 

 

 

 

「これも想定内かの?」

 

「勿論、と言いたいところですが、残念ながら予定外です」

 

市街地に侵入したMSを双眼鏡で確認しながら、俺は蒔苗氏の皮肉に付き合った。入り込んだ機体はロディ・フレーム。あり合わせの装甲を取り付けているらしく、どうにもちぐはぐな印象を受ける。問題は無駄にでかい肩の装甲に鉄華団のマークがこれ見よがしにペイントされていることだろう。

 

「少々敵を過大評価していたようです」

 

そりゃ勿論そんな可能性がゼロではないとは考えてはいたさ。けどさ、仮にもここは守るべき市民が居る都市なんだぜ?お前達など知るかと放り捨てた火星の人間でも奴隷のように扱っているコロニーの人間でもない。自分達を食わせるために働いてくれている、絶対に守らなきゃならない人間の筈だ。そんな人々の生活を、俺達を貶める為だけに破壊する?そんなことした日には、間違い無く自分達の首も絞める事になる。だって、侵入した俺達を批難する前に、人々は侵入を防げなかったギャラルホルンを責めるはずだからだ。だから俺は、想定の中でこれは一番あり得ない状況として考えていたんだ。

 

「なんじゃ、プロも大した事がないのう?」

 

言ってくれるじゃねえか、爺。

 

「予定外ではありますが、対処出来ないとは申しておりませんよ。まあ、力攻めになってしまうのが残念ですが」

 

そもそもこちらのMSが市街地には入れなかったのは、エイハブウェーブによる損害を考慮しての事だ。先に破壊されてしまっているなら、遠慮する必要はない。問題は時間だ、俺達が身の潔白を示すには、あの偽物がギャラルホルンに撃墜される前に確保する必要がある。

 

「ミカヅキ、アキヒロ。悪いが追加の仕事だ。ミカヅキはあの偽物の確保、アキヒロはモビルワーカー隊の支援だ」

 

『『了解』』

 

通信機にそう話し掛ければ、即座に応じる声と共に、丘陵の裏側に待機していた二機のガンダムが飛び出して行く。それを見送りながら俺は爺に話し掛けた。

 

「蒔苗氏は移動用の車両でお待ちください。こうなってしまえばすぐにでも議事堂までお連れ出来てしまうでしょう」

 

「お主はどうするのかね?」

 

大義名分が出来てしまった以上、連中が狙うのは俺達の殲滅。ならば確実にこちらの本陣を狙ってくるだろう。

 

「本陣を守らねばなりません。ご安心を、そちらにはちゃんと護衛を付けますとも」

 

さあ、ここからが正念場だ。




議事堂が、議事堂が遠いっ!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。