震える手で操縦桿を握りながら、コーラル・コンラッドは機体を進める。その表情は屈辱に歪んでいる。
(私が、この様な汚れ役をっ!)
火星での一件により拘束された彼に取引を持ちかけたのは、誰であろうヴィーンゴールヴ司令その人であった。罪をもみ消す代わりに、名前と地位を捨て司令官の私兵となる。普通の人間ならばまず呑まない提案を、コーラルは即座に了承した。何しろ彼は言い訳のしようがない犯罪者だ。当然ギャラルホルン内での再起など望むべくもないし、最悪極刑すらもあり得る。否、むしろこの様な取引を耳にしてしまった時点で拒否すれば口を封じられるのは確定したと言って良い。そうとなれば彼に選択肢など存在せず、言われるがままにMSを駆り、エドモントンの市内を歩き回る。その心中は体の良い使い走りにされている事への苛立ちはあれど、巻き込み被害を受ける人々に対する感情は何も無かった。そう、弱者を嬲る暗い喜びすらも彼は覚えていない。彼にとってこの地に住む人々は好悪以前の無関心な存在なのだ。それが彼にとっては幸運だったと言える。余計な感情を挟まなかったために、この戦場において彼は十分に余裕を持って行動出来ていたからだ。
「ぬっ!?」
鳴り響く警告音と同時にビルの陰から白い機体が飛び出す。低い姿勢で獣のように走り寄ってきたそれは、両手に携えていたショートソードの片方で、すくい上げるように切りつけてきた。その攻撃を彼は上半身を仰け反らせつつ、左腕のバックラーでいなしてみせた。耳障りな金属が擦れ合う音と共に派手に火花が飛び散るが、機体は無傷だ。
「白い機体、ガンダムという奴か!」
『上手い』
コーラルの叫びに対し、返ってきたのは驚きを多分に含んだ少年の声だった。だがその様なことに拘泥せず、咄嗟に彼は外部スピーカーを入れて叫んだ。
「味方を攻撃するとは、どういうつもりだ!」
『はあ?知らないよ、アンタなんか』
当然の反応だがコーラルは構わず続ける。何しろ本来は適当なところでギャラルホルンの部隊に撃破され、回収される予定なのだ。予定の部隊が到着するまで倒されるわけにはいかないのだ。
「ふざけるな!まさか俺を捨て駒にするつもりか!?」
ついでとばかりに、自分が鉄華団の人間だという主張も入れていく。対するガンダムは平坦な声音で応じる。
『じゃあ、素直に投降しなよ。そしたら命くらいは助けるけど』
言い切ると同時に再びガンダムが距離を詰めてきて、ショートソードを連続して振るった。
「おおおおっ!?」
息も吐かぬ連撃にバックラーは見る間に削られ吹き飛ばされる。そしてコーラルの使っているロディ・フレームは偽装のために様々な装甲を接いだ機体であったため、その勢いにバランスを崩され転倒してしまう。即座にガンダムは馬乗りになるとショートソードを振りかぶった。
『そこまでだ』
刃が正に突き立てられるその瞬間、落ち着いた声がガンダムを制止する。声のした方へコーラルは目を向け、自分の賭けが成功した事を確信した。
(この小僧に助けられるのは業腹だが、贅沢は言っていられまい)
空から舞い降りてきたのは、濃紺の装甲を纏ったシュヴァルベ・グレイズ。この機体のパイロットはギャラルホルンには一人しかおらず、そして彼はコーラルの飼い主の息子なのだ。故に彼は次に放たれた言葉に驚愕する事になる。
『その男はギャラルホルンの不正を知る重要参考人だ。どうかこちらへ引き渡してはもらえないだろうか?』
「なっ!?」
思わず出た声に、マクギリス・ファリドが反応する。
『おや、どうやら随分と見知った人物の様だ。さて、どうかね?』
『アンタもギャラルホルンだろ?』
そう問うマクギリスに対し、ガンダムのパイロットは淡々と聞き返す。だがマクギリスは堂々と返事をした。
『確かに私はギャラルホルンだ。だが相談役の仲間でもある。それでは信用出来ないかね?』
『…いいよ、信じる』
『助かる。では早急に市外へ移動するとしよう。勿論、その男も一緒にね』
シュヴァルベ・グレイズとガンダムに両脇を挟まれる形で、コーラルの機体が引っ立てられる。コーラルは自らの人生が完全に終わったことを自覚し、コックピットで項垂れた。
『監査局のガエリオ・ボードウィン特務三佐だ!双方武器を収めろ!』
アキヒロのグシオンとギャラルホルンのモビルワーカー隊との間に降り立ったガンダム・キマリスからそう声が響く。同じく傍らに降り立った紫色のシュヴァルベ・グレイズがこちらを向いてはいるものの、武器は抜かずに盾だけを構えている。
「どういうことだ?」
混乱するアキヒロの言葉に応じる様に、ガエリオ・ボードウィンと名乗ったキマリスのパイロットは言葉を続ける。
『今回の治安維持活動の内容及び、その指示者に重大な背信行為の容疑が掛っている!故に監査局権限により現時点をもって任務を一時凍結する!ギャラルホルンアーブラウ駐留部隊は指示に従い駐屯地へ帰還せよ!』
その言葉の力は絶大だった。武器を構えていた歩兵とモビルワーカーが、先ほどまでの戦闘が嘘のように整列すると、整然と基地へと引き返していく。その様子を鉄華団の面々が呆然とみていると、橋からキマリスとシュヴァルベ・グレイズが飛び降り、道を空けた。
『通れ。…これで借りは返したぞ』
『蒔苗さんを呼べ!道が空いたぞ!』
その言葉に我に返ったオルガが即座に指示を飛ばす。言葉に応じる様に軍用の四駆が滑り込んできて、橋を渡って行く。それを呆然と眺めていたアキヒロにガエリオが声を掛けて来た。
『そこに居ては市街地の復旧の邪魔だ。さっさと帰れ』
橋を渡りきった四駆に隠れていたスーツの男が駆け寄る。その人物がラスカー・アレジである事を確認したアキヒロは自らの仕事が終わったことを確認し、機体を翻した。
『どうやら、終わりましたようね』
拠点として使っていた廃駅を取り囲んでいた機体の内、唯一こちらを向いていたグレイズリッターから、そんな声がスピーカー越しに伝えられた。
「そのようだね、これからどうするのかな?」
俺が問い返すと、彼女はロングソードを地面に突き立てたままに、溜息交じりで言葉を紡ぐ。
『理由はなんであれ、貴方達が正規の手続きを踏まずに地球に降りたという事実は変わりません。地球外縁軌道統制統合艦隊としては、ここで捕縛しないという選択肢は無いのです』
だよなぁ。お役所仕事と言えば聞こえは悪いが、そもそも治安を守る側が個人の裁量や感情で行動したからこそ今回のような事が起きているのだ。それを否定したのだから、俺達を見逃す訳にはいくまい。
『上等じゃん、返り討ちにしたげるわよ』
そう言って獰猛に笑うラフタ嬢を、俺は手で制する。
「少し落ち着きたまえ。殴ってでも捕まえるつもりなら、あの様な態度は取るまい」
何しろ彼女達は先ほど言ったとおりカルタ嬢の機体を除き全て外側、本来ならば味方であるアーブラウ駐留部隊のMSへ正面を向けているのだ。いくら正義に拘ると言っても、本気でこちらを制圧するつもりなら、まずあり得ない行動だ。
『私としても、素直に投降していただけると大変助かるのですが』
そうは言うものの、どこか歯切れの悪いカルタ嬢。おそらく自身の中にある正義と今の俺達を捕まえるべき法の乖離に悩んでいるのだろう。なればこそ、俺がすべき事は押し通る事ではない。MSに持たせていた刀をゆっくりと地面に置く、更に機体を正座させ他の装備も外して置いた。
「投降する」
『ちょっとおじさん!?』
『ラフタ、よしな!指揮官はあの人だよ!』
うむうむ、ナイスフォローと言う奴だよアジー嬢。後ろのシノやディオス、ガットの機体も俺に倣って武器を手放した。それを確認し、俺はカルタ嬢に告げる。
「見ての通り、彼等は私に煽動されたに過ぎん。寛大な沙汰をお願いしたい。全ての責任は私にある」
『それで、貴方は良いのですか?』
好き好んで捕まるような変態じゃねえよ。
「悪法もまた法なり。間違っていると声を上げることも、正すべく行動する事も大切だ。しかし、間違っているから守らなくて良いとはいかん。人が人として生きるには、どうしてもルールが必要だ。それを気に入らんと守らなくなれば、人はあっという間に獣に成り下がるだろう」
だから彼等に俺は示さなきゃならない。ルールを守らなかった者の末路を、そして悪法を放置することの理不尽を。
『承知しました。…鉄華団のマ・クベ、貴方を不法侵入及びMS不正所持の容疑で拘束致します。他の者達も、MSを降りて指示に従うように』
硬い声音でカルタ嬢がそう告げる。俺は機体を操作してコックピットを開放する。抜けるような青空の下でも冬のエドモントンは肌寒く、外気は肌を刺すようだ。ゆっくりと近づいてきたギャラルホルンの隊員に、俺は両手を上げ降伏の意思を示す。
『彼等は投降しました、手荒なまねはしないように』
カルタ嬢の声が響き、取り押さえようとしていた隊員は、俺を立たせたままに手錠をかけた。はっはっは、人生色々あったが、流石に犯罪者として捕まるのは初めての経験だな。
「こちらへ」
そう丁寧に対応してくれる隊員に頷いて彼の後ろを歩く。蒔苗氏の代表再選を俺が知ったのは、ギャラルホルンアーブラウ駐留部隊の留置所での事だった。
主人公、逮捕!