48.リスク管理は社会人の持つべき大切な技能である
「良かったんですか、親父?」
名瀬の問いにマクマードは葉巻をくゆらせながら問い返す。
「良かったって、何がだよ?」
「鉄華団との交渉ですよ。アーブラウの軍事顧問なんて、地球に食い込むならいい話だと思うんですが」
「おいおい、名瀬よ。お前にしちゃ随分危ねえ橋を渡ろうとするじゃねえの」
二人の会話に口を挟んだのはジャスレイ・ドノミコルスだった。
「危ない、ですか?」
「おうよ、確かに経済圏の軍事顧問なんていやあでっかいヤマだ。それこそ火星でのハーフメタル利権よりよっぽど未来があらぁな。けどな、あそこは俺等が生まれるずっと前、それこそ文明なんて呼ばれるモンが出来たころから騙し合い化かし合いをしてきた連中の巣窟よ。そんな連中が再軍備をこれからしようって時なんだぜ?ただの商売相手ならともかく、軍事で一国に肩入れすりゃあ確実に他からはそいつの身内だと思われる。まかり間違って戦争なんか起きた日にゃ、他の経済圏からそっぽ向かれるだけなら儲けもの、最悪一緒くたに殴られちまわぁ」
「ジャスレイの言うとおりだ。確かに商売を広げる良い機会じゃあるんだが、しくじった時が火傷じゃ済まねえ。だから連中もこっちに投げてきたのさ」
そう言ってマクマードは皮肉気に頬を歪めた。
「それに地球周辺の軍事関係はタントテンポとの兼ね合いもあるからな。下手に荒らして難癖付けられてもつまらねえ、ここは大人しく地道に穴掘りといこうや」
「はい、出過ぎた口をききました」
頭を下げる名瀬に、雰囲気を変えるように口を開いたのはジャスレイだった。
「そういや、名瀬よ。おめえんとこの女が随分火星に入り浸ってるそうじゃねえか?」
「ええ、回して貰ったイオフレームのテストをCGSとやっていまして。別にやましい事はしてませんが?」
元々反りの合わない二人である。つい棘のある返事を名瀬はするが、ジャスレイは気にした風もなく話を続ける。
「別に疑っちゃいねえよ。そうじゃなくてな、ウチも結構な数のデブリが居るんだが、連中に稽古を付けてもらえねえかと思ってよ」
ジャスレイの率いるJPTトラストは輸送部門であると同時にテイワズ内でも有数のMS保有数を誇る暴力装置である。しかしその内情はお世辞にも良いとは言い難い。金で雇っている傭兵はそれなりの技量であるが、組織の為に命がけで戦えるような連中ではないし、命がけで戦うデブリ達は技量が未熟だ。
「デブリ達に教育を、ですか?」
彼から出た意外な提案に名瀬は驚いた表情になる。ジャスレイは社会的弱者を平然と食い物にしてきた男だ。だからこそ名瀬や彼の身内であるタービンズから嫌われている。そんな男の口からヒューマンデブリの待遇を改善するような提案が出るとは考えもしなかったのだ。名瀬の表情にジャスレイは溜息を吐きながら答えた。
「連中のおかげでデブリ共に駆け込み寺が出来ちまったからな。今までみたいに扱ってちゃ、どいつもこいつも逃げ出しちまう。それこそMSごと逃げ出されでもしたら大損だ、それならちょっとくらい飴を与えてウチに居つかせた方が得ってもんだろ?ついでにデブリの腕があがりゃぁ、傭兵連中を放り出すなり値引きするなり出来るからな。懐自体は大して痛みやしねえって寸法さ」
あくまで自身の利益を優先する姿勢に名瀬は顔を顰める、それを見たマクマードが苦笑しながらジャスレイの言葉を継いだ。
「こいつの言い方は悪いが、デブリ達にとっても悪い話じゃねぇ。ウチ全体としても抱え込んでるデブリの質が上がるのはいい事だ。この一件はお前に任せようと思うんだが、やっちゃくんねえか?」
「その言い方は狡いですよ、親父。解りました、けど教育って言うなら幾らかかかりますが」
「そいつは必要経費だ、仕方ねえよ」
マクマードの返事に名瀬は頭を下げて部屋を出ていく。それを見送った二人は、名瀬が屋敷から出たのを確認して漸く口を開いた。
「で、あっちの方はどうなんだ?」
「裏ルートを探ってみたが、間違いねえよ。例のキットは全部火星から出回ってる」
「ノブリスん所か?」
マクマードの言葉にジャスレイは首を横に振った。
「あそこも随分扱っちゃいるが仲卸だな。大本はまだ解んねえが、かなりでかい組織だぜ」
「効果は確かなんだな?」
神妙な顔でジャスレイは頷く。
「ああ、売り文句通りだったよ。ウチのデブリ20人で試したが、本当に失敗は一人も出なかった」
「…100%成功する阿頼耶識、ねえ」
そんな売り文句の施術キットが出回り始めたのは、アーブラウと火星の一件が終わってから暫くしての事だった。面白い商品を仕入れたとノブリス・ゴルドンが持ち込んできたそれは、現在圏外圏に急速に広まりつつある。
「捌いてる連中は笑いが止まらねえだろうな。何せコイツのおかげで以前のキットは不良品扱いだ。まあ無理もねえよな」
ヒューマンデブリも阿頼耶識施術キットもはした金である、しかしそれは同時にただでは無いという事だ。それに消耗品と言っても、使わぬうちから半数が駄目になるよりは全てが使える方が買い替えの頻度が減るし無駄がない。しかもキットの値段が変わらぬとなれば費用は半分に節約できる。これに飛びつかない馬鹿は居ない。更に可笑しな事態まで引き起こしている。
「従来品の方を扱ってたバイヤーは不良品を掴ませたっつって海賊や犯罪者共に掃除されちまった。おかげで今や阿頼耶識の施術キットはコイツに独占されてきてる」
元々正規の市場で扱われるような品ではないから、独占禁止法も何もあったものではない。マクマードとジャスレイは施術キットの市場が確実にこの新キットに独占されると確信していた。
「荒れるな」
マクマードはそう呟く。CGSの活動によって、ヒューマンデブリの有用性を圏外圏の無法者達は身に染みて理解している。そして追い散らされた彼らが戦力を容易に回復する手段を与えられたなら、その先は想像に難くない。圏外圏の安定はまだまだ時間を要するようだった。
『クッソ!振り切れねぇ!』
『ペドロ、シザース!』
2機のランドマン・ロディが虚空をスラスター炎の尾を引きながら駆ける、複雑に絡まる様に動くそれを、やはり2機の機体が追いかける。
『貰った!』
連続して放たれた砲弾がペドロ機のメインスラスターを正確に捉え、大破させる。推力の均衡を崩された上に出力まで奪われたペドロ機は見る間に距離を詰められる。
『そう簡単に!』
止めの刺突を見舞う敵機に対しペドロは左腕の装甲を犠牲にマシンガンを接射、損傷は与えたものの撃破には至らず、再び振るわれたロングソードをコックピットに受けて撃破される。もう1機を相手取っていたビトーも一対二では如何ともし難く、程なく撃墜された。二人が撃破されると信号弾が上がり、演習の終了が告げられた。
「すげえなぁ、ギャラルホルンの新型」
「ランドマン・ロディでも引き離せないって、もう無理じゃん」
ハーフビーク級に帰還し、コックピットから降りたペドロとビトーが感想を言い合う。その視線の先には、先ほどまで戦っていたギャラルホルンの新型MS、レギンレイズが駐機されていた。その足元で整備員と話し込んでいたパイロットが二人に気付き、近寄ってくる。
「訓練の相手をしてくれてありがとう。デブリーフィングを行うから、さっきの部屋で待っていてちょうだい」
そう言って笑う年上の女性に二人は顔を赤くしながら頷き、慌てた様子で通路へと駆けて行った。それを見送っていた女性に対し、近づいてきた整備員が口を開く。
「ああしていると、ただの子供にしか見えませんね」
その感想に、カルタ・イシューは眉を寄せながら応じる。
「彼らはただの子供です。そうでないと言うなら、それは私達の責任でしょう」
彼らの境遇について、カルタは指南役と呼んでいる男から聞き及んでいる。当初こそ阿頼耶識に対する生理的嫌悪感を覚えていたが、交流を深めるうちにそうした忌避感も薄れていった。何しろ話してみれば、本当にただの子供なのだ。立ち振る舞いや言動に粗野な部分は見られるが、それらはカルタとて幼い頃から教育されて身に着けたものだ。元々弱い者を放っておけない気質であるカルタにしてみれば、一度理解してしまえば後は早かった。既に彼女にとって、ヒューマンデブリの子供達は守らねばならぬ存在である。
「失言でした。申し訳ありません」
「いいのです。私もそう思えるようになったのは、ほんの最近なのですから。ですが変えていかねばなりません、以後は気をつけるように」
「はい。それにしても、レギンレイズは素晴らしい機体ですね」
カルタが火星支部に赴任して1年ほどが経過している。その間に非常に高い頻度で演習を行っているが、ここまで一方的な戦果を挙げるのは初めてだった。
「ええ、グレイズリッターも悪い機体ではなかったけれど、レギンレイズは一段上とはっきり感じます」
そう言って機体を見るカルタの頬は上気していた。その理由を知っている機付きの整備員は密かに苦笑する。レギンレイズは本格的な対MS戦闘を想定して開発された初の量産機である。根本的なフレームから設計を見直し、更に性能を向上させたエイハブリアクターを搭載する事で、より重装甲高出力の機体となっている。本来ならばこのような機体は扱いが困難になるものだが、意外な所からこの問題の解決策がもたらされる。それが、アーブラウ事件の後に鉄華団から返還されたグレイズとグレイズリッターの存在だった。これらの機体には、阿頼耶識を用いて制作されたと思われる制御データが多数存在しており、これを解析あるいは転用する事で機体動作が大幅に改善したのだ。現在はレギンレイズに使用されているのみであるが、問題がなければ近くギャラルホルンの機体は全てこの新しいOSに置き換えられる予定である。
「問題は無いと思いますが、機体の確認をお願いします。特に手首周りは重点的に。私はデブリーフィングに行きます」
「了解しました。お気をつけて」
「はい、頼みましたよ」
何処かそわそわとした様子でブリーフィングルームへ向かう上官を整備員達は微笑ましい思いで見送った。
さあ、第二期行ってみよう。
目標:原作と同じ話数で終わらせる。