「圧倒的敗北じゃないか、わが軍は」
「ランドマン・ロディじゃ無理だってー」
「グレイズもらって来てよ相談役。グレイズ」
机にへばりついて垂れているペドロとビトーが口々にそう不平を述べる。ええい、贅沢を言うんじゃありません。
「無茶を言うな、経済圏ですらフレック・グレイズが供給待ちなんだぞ?民間企業相手にグレイズを回せるわけがないだろう」
「「正論なんて聞きたくなーい」」
生意気に育ちおってからに。
「まあしかし、やられっぱなしは確かに業腹であるな。どうしたものか」
「ガンダムを手に入れる!」
「超凄い新型を開発する!テイワズみたいに!」
そんなもんホイホイ落ちてる訳ねえだろ、後我が社とテイワズの企業体力差を考えろ。
「不穏な悪だくみはせめてこの艦から出てからして下さいませ」
入口からそんな声が届き、そちらを見れば困った笑顔でこちらを見ているカルタ嬢がいた。ですよねー。
「お疲れ様でしたイシュー一佐」
「ありがとうございます。レオン二尉が来次第デブリーフィングをしたいと考えております」
「はい、構いません」
俺がそう答えると彼女は笑いながら近づいてくる。
「それまでは休憩ですわね。どうでした?レギンレイズと戦ってみて?」
「は、はい!その、すげえ強かったです!」
「スピードもパワーもあるんですけど、なんて言うか動きが阿頼耶識に似ているって感じました」
「グレイズに比べて重心の移動が滑らかですな、それに動作が随分とシームレスになったように感じます。旧世代、それも阿頼耶識無しではもう手に負えんでしょう」
「成程、私自身も手ごたえを感じていますが、やはりOSの更新が大きいようですね。仰る様に以前は付いていくだけで精一杯だった機動も随分余裕があります」
そう言って頷くカルタ嬢。そうだなぁ、確かに一対一でやりあうならせめてガンダムでも引っ張り出さなければ辛いだろう。
「当面注意すべきは他機種との連携ですな。レギンレイズはまだ数が少ない」
運動性能は互角になってもまだ反応速度には差があるし、何より阿頼耶識が無いから空間認識は機体の機器頼りだ。突出しやすい分一対多の状況に陥りやすいとも言えるから、数が揃うまでは注意が必要だろう。
「確かに。今回のような同数ならば問題ないでしょうが、複数と同時となれば話は全く変わりますね」
「あー、殴り合いになるとどうしても数が多い方が有利ですもんね」
「マシンガンじゃMS撃墜出来ないもんな。キャノンならいけるけど、あれ遠距離で当てられるのなんてミカヅキやアキヒロみたいなヘンタイだけだろうし」
ビトー、今何でこっち見た?そしてそんな言葉に真剣な表情で考え込むカルタ嬢。
「射撃武器の性能向上はギャラルホルンでも進められています。レギンレイズにも専用のレールガンが開発されていますが、MSの装甲を撃ち抜く程ではないですね」
射撃武器なぁ。この世界に来てMS関連の知識を得た際に疑問だったのが、射撃武器の未発達さだった。成程ナノラミネートは極めて強力な性能を有している。光学兵器はほぼ完全に無力化出来るし、ちょっとやそっとの砲撃ではびくともしない。そう、ちょっとやそっとならだ。ビトーが言った通り、大口径砲ならば十分損傷を与えられるし、対艦用なんて銘打たれている物を使えばちゃんと破壊できる。事実艦砲射撃の直撃を喰らえばMSは簡単に吹き飛ぶのだ。ならば何故こんな事になっているかと言えば、恐らくギャラルホルンによる意図的なものだろうと俺は推察している。彼らにとってMSは絶対の優位の象徴であり、最強の軍事力である事が望ましかった。なにせこの世界でMSを製造出来るのは彼らだけなのだから。だから彼らは、MSが容易に撃破される技術を意図的に制限したのだと思う、それこそ自分達が遠距離火力を失う事になってもだ。現実問題としてナノラミネートの許容値を超える運動エネルギーをぶつけてやれば突破できるのだからして、射撃武器だけ無効に出来るなどという都合の良い素材が出来ようはずもない。そしてMSが振り回す近接武器程度のエネルギーならば、火砲で生み出すこともそれ程難しくない筈なのだ。
「お待たせして申し訳ありません」
思考が演習と違う方向へ飛び始めた所で、そんな声がかかる。見れば金髪碧眼のイケメンが部屋に入ってくる所だった。
「揃いましたね、ではデブリーフィングを始めましょう」
そんなカルタ嬢の言葉によって俺の思考は中断され、そして何処か和気藹々としたデブリーフィングが始まったのだった。
「んー、携帯食も飽きましたねぇ。ちゃんとしたものが食べたい」
「今日が定期補給の日ですから我慢して下さいよ、フレデリック先生」
フレデリックの愚痴に付き合いながらも、ビルスは手慣れた動きで工作機械を操作する。
「でもねビルス君、あの相談役、僕の扱いが雑だと思うんだよね。地球の時なんか僕が居るのにギャラルホルンに投降したんだよ?僕指名手配されてるのに!」
「でも無事に帰ってきたじゃないですか」
「まあ、ねぇ」
そう笑うビルスから椅子を回転させる事でフレデリックは表情を隠しつつ、内心で毒づいた。
(無事に帰ってこれるわけねえだろ、ばぁーか)
彼を直接捕縛したカルタ・イシューこそ気付かなかったが、身柄を預かったマクギリス・ファリドはそうはいかなかった。何しろ彼とはギャラルホルンのデータベースで幾度も顔を合わせているのだ。騙しきれるものではなかった。
(まあ、別に僕は困らないからいいけどね)
命の危機を感じていたフレデリックに対し、意外な事にマクギリスは取引を持ち掛けてきた。その内容は見逃す代わりに、今後彼の研究成果を定期的にマクギリスへと送ると言うものだった。
(ギャラルホルンでも阿頼耶識の研究を再開した?まあ、ウチのデータベースが閲覧出来ない以上、絶対に僕より研究は進まないだろうね)
皮肉気に頬を歪ませてフレデリックは嗤う。以前ブルワーズが本拠地としていた旧世代の工作艦、現在はCGSが秘密の拠点として運用しているそれは、順調に拡充されている。他の遺棄されていた艦艇の残骸や、輸送用コンテナを改造した簡易ステーションなどで増築。見られては困る設備を纏めて扱っているのだ。最近圏外圏で噂の“絶対に失敗しない阿頼耶識施術キット”の出所も、ここに集められたナノマシン施設である。
(相談役は僕の研究を止めるつもりはない、むしろ推奨している。ファリド家とこっちで繋がっている様子はないから、偶然利害が一致してるのか?)
「先生?」
不思議そうに声をかけてくるビルスにフレデリックはいつもの笑みを浮かべながら向き直る。下半身の不随を治療して以降ビルスはフレデリックを信頼しており、人体実験にも快く付き合ってくれている。戦闘に関しては間違い無く天才であるミカヅキや経験豊富なアキヒロ達に劣るが、阿頼耶識の性能では間違い無くビルスが今現在生存してる人間の中で最も優れている。何しろ今のビルスは単独でこの工作艦のシステムを問題無く扱えるのだ。
「いやあ、このエネルギーバー最悪だなと。誰です、麻婆チョコ味なんて買ってきたの?」
本心を隠してそうフレデリックはおどけて見せた。尤も携帯食の味が酷いというのは偽らざる感想だったが。
(ビルス君に施した脳強化処理は概ね成功ですねぇ。オリジナルとほぼほぼ同性能まではたどり着いた)
それは間違い無く歴史的快挙と言えるだろう。阿頼耶識の完全再現は戦後300年の間、誰一人として成し得なかった事だ。しかし彼の欲望はこの程度では止まらない。
(問題はここから。今の処理量でもガンダムフレームが要求する最高値には届かない。これをクリアするには、オリジナルを超える必要がある)
自然と彼は本当の笑みを浮かべながら思考を続ける。正にそれこそ、彼が求めているものに他ならないからだ。
(当面は大人しくしていましょう。折角手に入れた環境だ、簡単に手放すのは少々惜しい)
全面的な理解にはほど遠いが、研究を止めない出資者に及第点の設備。何よりここならば、あの相談役の望みを叶えている限り命の危険が無い。そこまで考えたところで、彼は自身の生きる意味に対する思考を一時中断し、ビルスの様子を確認しながら声を掛ける。
「で、今は何をしているんでしたっけ?」
「この説明3回目ですよ?ロディ・フレームの拡張とアーカイブにあった武装の試作です」
半眼で答えるビルスに対し、さして悪びれた様子もなく彼は肩を竦めながら口を開く。
「ああ、確か大戦中に製作されたレールガンだったっけ?」
「記録だとガンダムフレーム用のやつみたいですね」
ビルスの返事にフレデリックは苦笑しながら、以前自らが所属していた組織を評した。
「旧体制の維持も結構だけど、ちゃんと時代に沿って改善するべきだよねえ。間抜けな話だよ」
そう言ってモニターに映し出されるレールガンのデータを眺めた。ダインスレイヴ。魔剣の名を冠するその武器は、人類がモビルアーマーを撃破するために創り出したものだ。高出力のレールガンと特殊弾頭の組み合わせによって運用されるそれは、その後の人類史においてMSを撃破可能な武器であった為に人類同士の争いでも使用され、多くの命を奪うこととなった。それ故にギャラルホルンは使用禁止条約を制定するも、その内容は杜撰なものだった。
「どうせ制定当時は自分達だけ上手く使ってやろうとか考えたんだろうね」
高出力レールガンを用いて、ダインスレイヴ専用弾頭の投射を禁ずる。ここで杜撰と評したのは、この組み合わせだけが明確に禁止された条約であり、高出力のレールガン自体は保有も使用も制限されていない事である。つまり、実質この条約は専用弾頭に関する禁止条約でしかなく、高出力なレールガンの出力に対する制限もなければ、それに使用できる新型弾頭の設計製造に関する禁止事項も存在しないのだ。
「エイハブリアクターをギャラルホルンが独占しているからってのもありそうですけど」
ダインスレイヴの運用には莫大なエネルギーを必要とする。それこそ標準的なシングルリアクターのMSでは出力が不足する程だ。運用を考えるなら当然相応の機体を用意する必要があるのだが、MSの開発に関してもギャラルホルンがほぼ独占していたという経緯がある。つまり事実上、ダインスレイヴないしそれ以上の武装を開発できるのはギャラルホルンだけだったのだ。ほんの2年前までは。
「こんな物が出来たら、既存の戦術が完全に覆っちゃいますねぇ。怖い怖い」
フレデリックは心底楽しそうな表情を浮かべながら、そう口にした。
読者が今後の予定について信じてくれないと友人に愚痴ったら、100%お前の行いが悪いと鼻で笑われたでござる。