起きたらマさん、鉄血入り   作:Reppu

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50.思想家が自らの正当性を疑う事は無い

「いやあ私も鼻が高い。あのノアキスの七月会議にまだ無名だった貴女を登壇させた甲斐があったというものです。革命の乙女、クーデリア・藍那・バーンスタイン」

 

「その節はお世話になりました。ギョウジャンさん」

 

目の前の男に視線を合わせる事無く、事務的にクーデリア・藍那・バーンスタインはそう口にした。

 

「いえいえ、それで今日伺ったのは外でもない。来月再びクリュセでこのアリウム・ギョウジャンが主催する大きな集会を開くのですが、是非再びそこで――」

 

クーデリアの様子を気に掛ける素振りも見せずに、ギョウジャンは自らの要求を口にする。それを言い切られる前に彼女は再び口を開いた。

 

「申し訳ありませんが、今は公の場での発言は控えたいと考えています」

 

「ふむ。今は、ですか」

 

「はい、あの頃と違い、私も立場と言うものが出来ました。そうした者が、公の場で特定の誰かと懇意にし発言すると言う意味を私も理解しています」

 

そう言って、クーデリアはその日初めてアリウム・ギョウジャンと目を合わせた。彼は微笑んだまま眼鏡の位置を直すと、気にした風もなく話題を変えた。

 

「そうですか、残念です。ああ、それならば月末にアーブラウ以外の植民地の方を招いて行うハーフメタル採掘現場の視察。そちらをクリュセの思想家代表として私が同行しましょう」

 

「え?」

 

「貴女の思想は私の影響を強く受けている。その私が隣に立てば、必ず力になれるでしょう」

 

「失礼します。社長、そろそろ次の時間の予定です」

 

クーデリアが我慢出来ずに口を開きかけた瞬間、入り口のドアがノックされ、部屋に入ってきた女性が落ち着いた声音でそう告げてきた。

 

「なんだ君は、失礼じゃないか。まだ私が――」

 

「有り難う、フミタン」

 

席を立ち、フミタン・アドモスに対しそうギョウジャンが何かを言いかけるがそれを制してクーデリアは言葉を紡ぐ。そして目の前の男に解るように自らの意思を告げた。

 

「ギョウジャンさん、先ほどのお話はお断りします。今の私に特定の思想は必要ありません」

 

そう言って彼女はブラインドの隙間から窓の外を眺める。クリュセの商業区に近いオフィスから見える景色は十分に手入れが行き届き、歩く人々は皆身なりの良い者だ。だがそれは彼女が幼少期を過ごしたバーンスタイン家の邸宅と同じ、箱庭の中の存在である事を彼女は既に知っている。

 

「今私に必要なのは、行動する事です。口先だけで変わる世界など無いのですから」

 

「…本日は失礼する」

 

全く笑えていない笑顔でギョウジャンはそう言うと部屋から出て行った。黙って見送ったクーデリアとフミタンはビルから彼が出たところで重々しく溜息を吐いた。

 

「ノブリスからの支援が打ち切られたことで、彼の団体は活動の資金繰りに手間取っているようです。お嬢様に近づく事で、支援の再開と新しいパトロンを得ようと言う腹積もりなのでしょう」

 

「ええ、でしょうね。悪いけれどククビータさんを呼んでくれるかしら」

 

「どうかなさいましたか?」

 

フミタンの言葉に表情を険しくしながらクーデリアは答える。

 

「隠していた訳ではありませんが、彼はハーフメタル採掘場視察の件を知っていました。一応警戒はすべきでしょう」

 

 

 

 

「おーしっ!お前等ラスト1周!気合入れろ!」

 

息を喘がせながら走る新人の横を併走しながらノルバ・シノは発破を掛ける。その言葉に遅れ気味だったザック・ロウが泣き言を漏らした。

 

「うぇぇぇ、違う地平が見えてきたっすぅぅ」

 

「口開ける上に文句たぁまだまだ元気じゃねえかザック!追加で1周いっとくか!?」

 

「ひぃぃぃ…」

 

そんなザックの悲鳴は第一演習場から聞こえてきた騒音にかき消された、新人達は思わず足を止め、そちらを見る。

 

「すげえ」

 

「あれ、MSだろ?」

 

「おー、模擬戦やってんのか」

 

向かい合っているのはランドマン・ロディと、タービンズから研修でCGSに来ているラフタとアジーが駆る獅電と呼ばれるテイワズのMSだ。双方激しく位置を変えながら手にした演習用のブレードで切り結んでいる。その動きはMSが18mを超える巨大兵器である事を無視したかのように俊敏で滑らかだ。

 

「すっげぇ、アレが阿頼耶識ってやつかぁ」

 

「違うよ。獅電には阿頼耶識は付いてないし、ランドマン・ロディの方も非対応の機体。乗ってるのは阿頼耶識持ちだけどな」

 

そう感嘆の声を漏らすザックの言葉を否定したのは、ハッシュ・ミディだった。

 

「お?どした、ハッシュ?」

 

最低限の体力維持は求められているが、事務職のハッシュは殆ど体力訓練には顔を出さない。そんな彼が来たことにシノが首を傾げる。するとハッシュは苦笑しながら返事をした。

 

「三番隊の皆さんに召集が掛ってます。シノさん、インカム外しちゃってるでしょ?呼びに来ました。後は新兵の皆の確認ですね」

 

現在彼は事務職に身を置きつつ、医療関係の資格を習得中だ。既に簡単なバイタルチェックが出来る彼は、訓練生の体調管理も任されていた。

 

「うん、まだ余裕がありますね。もうちょっと厳しめで良いですよ」

 

そしてこの様に平然と訓練の引き上げを提案してくるため、新兵からは悪魔と認識されている。

 

「そうか?んじゃお前等、休憩もしたしもう2周!終わったらクールダウンを忘れんなよ!」

 

そう言って社屋へ戻っていくシノに新人達が力ない返事をする中、ザックはまだ続いている模擬戦を眺めていた。

 

「阿頼耶識無しでも、あんなにやれんだ」

 

「ありだともっと凄いけどな」

 

ザックの呟きにハッシュが答える。

 

「あれよりっすか、そんなにすげえなら、ぱぱっと俺等にもしてくれりゃいいのに」

 

その言葉に幾人かが同意の声を上げた。

 

「MSだけじゃなくてモビルワーカーとかも簡単に扱えるんだよな?確か」

 

「宇宙での作業なんかでも使えるんだろ?ちょっと手術するだけで手に入るなら欲しいよな」

 

そんな事を口にする彼等に、ハッシュは笑いながら応じる。

 

「ああ、頼めばしてくれると思うぜ?失敗すると良くて半身不随、最悪その場で臓器不全を起こして死ぬけどな」

 

「うぇ!?」

 

「あの人達が入社した頃は、未成年者は施術が必須だったんだってよ。成功率は6割だったかな?10人受けりゃ、4人は廃人になる。流石に今はマシになってるみたいだけど、絶対安全なんて誰も保証できねえ。だから俺達は施術を自分で選ばせて貰えてる」

 

「なんでそんな詳しいんすか?」

 

壮絶な物言いに引きながらザックが尋ねると、ハッシュはそちらを向いて答える。

 

「俺の友達がその失敗に当たって死にかけたからだよ。だからあの人達の前で、阿頼耶識を羨ましがるような発言は控えた方がいいぜ?」

 

 

 

 

「すんません、遅れました!」

 

そう言って慌てて席に座るシノに向かって、俺は笑いながら応じる。

 

「訓練中に呼び出して済まないな。全員揃ったので始めるぞ」

 

俺がそう宣言すると、オルガが頷き口を開いた。

 

「1時間程前に、アドモス商会から連絡があった。月末にあるハーフメタル採掘現場の視察について、良くない連中が嗅ぎ回っているそうだ」

 

アドモス商会というのは、クーデリア嬢が設立したハーフメタルの加工と流通を扱っている企業だ。アーブラウから勝ち取った採掘権のおよそ30%を持っている。当初は彼女の家名であるバーンスタインを使うという案もあったが、家に良い感情の無いクーデリア嬢の意向でフミタン女史の家名を使う事にしたそうだ。

 

「良くないったって、あそこの殆どはテイワズとノブリスの所が仕切っているだろ?喧嘩を吹っ掛ける馬鹿なんているのか?」

 

ユージンが疑問を口にした。彼の言う通り残りの採掘権はテイワズとノブリス・ゴルドンが丁度半分ずつ確保している。特にテイワズは直轄組織であるJPTトラストが仕切っていて、警備にMSまで持ち出している。圏外圏で生きている者なら、余程の馬鹿でない限り殴り掛るようなことはしないだろう。問題は海賊連中などの中にはその余程の馬鹿が交じっている事だが。

 

「そんな馬鹿は居ないだろうと楽観するよりは、そんな馬鹿が万一いるかもしれないと備えておいた方がいい。取り越し苦労は笑い話で済むが、被害が出ちまったら問題だからな」

 

オルガがそう言って釘を刺したので、俺は同意するように頷いた。

 

「当日はモビルワーカーがメインになるが、一応MSも1個小隊待機させる。新人も参加させるので留意するように」

 

「機体はランドマン・ロディですか?」

 

アストンの質問に俺が答える。

 

「そうだ、またJPTトラストからの要請で現在研修中のタービンズ二名が同じく待機となる。万一の場合は我々がフォローする事になるだろうから、その点も頭に入れておけ」

 

「因みに相談役。吹っ掛けてくるとしたらどこですかね?」

 

そうだなあ。小さい所は粗方平らげたから、残っている馬鹿はと言えば。

 

「夜明けの地平線団辺りかな」

 

連中最近小規模な勢力を糾合して更に規模を拡大しているから、遠からず身代がでかくなり過ぎて首が回らなくなるはずだ。だから口減らしに仕掛けてくるなんて事も十分あり得る。もしそうなれば、戦力を使い捨てるつもりで来るだろうから少々厄介なことになりそうだ。俺と同じ事を考えたのか、指揮官組の連中は顔を顰めている。

 

「マさん。待機のMS小隊ですけど、2隊に増やしませんか?」

 

「寧ろモビルワーカーは止めて、MSのみで対応するべきじゃ?」

 

言いたいことは解るんだけどね。

 

「そうしたいのは山々だが、今回の仕事はVIP、それも他の自治区の人間だ。露骨に武力をちらつかせれば、クーデリア嬢の交渉に悪影響を与えかねん」

 

ただでさえCGSとアドモス商会は共同出資で農地開発をしたり、孤児院なんかも運営しているんだ。俺達をクーデリア嬢の私兵と見ている連中も少なくないだろう。そんな奴らが大量のMSで取り囲めば、軍事的な恫喝と取られても不思議ではない。

 

「でしたらせめてギャラルホルンに連絡しときましょう。軌道上を抑えられれば、連中も派手に戦力は送り込めない筈だ」

 

オルガの提案に俺は頷き、全員に告げる。

 

「今回の内容は相手を潰せば良いという単純なものじゃない。その事を十分留意するように、解ったな?」

 

頷く皆を見て、俺は笑みを浮かべつつ言い放った。

 

「宜しい。では諸君、仕事の時間だ」


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