起きたらマさん、鉄血入り   作:Reppu

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52.正しさだけで動ける程、人間は強くない

「え!?じゃあCGSの人が迎えに来るの?」

 

「多分ね」

 

「きっとね!」

 

驚きの声を上げる級友に、クッキーとクラッカの二人が答える。数人の男子は驚いているものの、多くは不思議そうな顔である。

 

「CGS?」

 

「クリュセ・ガード・セキュリティ!知らないのかよ、MSを何十台も持ってるすっごい会社なんだぜ!」

 

「聞いた事ある。クーデリア・藍那・バーンスタインさんを守って地球に行った人たちだよね?」

 

「それって鉄華団っていう人達じゃなかった?」

 

「鉄華団はCGSから分かれた会社だったの。クーデリアさんを守るのは危険な仕事だったから、戦えない人達が困らないようにって名前を分けたんだって。だから仕事が終わった時にまた一つになったんだよ」

 

疑問を口にする級友にクラッカが得意げな表情で説明する。

 

「でもそんな人達が何で二人を迎えに来るの?」

 

「ウチの農園がCGSと業務提携しているの。それにお兄ちゃんがCGSの社員なんだけど、今は地球にお仕事で行ってるから」

 

「社員に対するふくりこーせー?なんだって!」

 

その言葉に更に大きなどよめきが起こる。寄宿学校に在籍する生徒の中には、比較的裕福な家の子供も存在する。そんな彼らの両親でも仕事とはいえ地球に滞在するなど一生に一度あるかないかなのだ。多くの子供たちが憧憬の眼差しを送ってくる。それを見て、クッキーは困った顔で付け足した。

 

「でも私達は普通に農園の子だし」

 

「長期休暇も帰って畑仕事だしね。あーあ、私も地球へ行ってみたい!」

 

そうクラッカが頬を膨らませると、廊下に笑い声が響く。そんな中で窓の外を見ていた友人が二人に声を掛けた。

 

「あ、ねえねえ。迎えの人ってあの車じゃない?」

 

その声に反応して二人は窓へと近づく。そして車から降りてきた男を見て、嬉しそうに声を上げた。

 

「「モチョチョさんだ!」」

 

荷物を持って二人は教室を飛び出していく。それを見送りながら、クラスメート達の心はある意味一つになっていた。そう、モチョチョってなんだ?と。

 

 

 

 

「迎えがこんなおっさんで済まないね。他の連中は別件で少々立て込んでいるんだ」

 

「そんな…」

 

「いいよ!許したげる!他ならないモチョチョさんだから特別だよ!」

 

困ったようなクッキーの声を、元気なクラッカの声が吹き飛ばす。

 

「ありがとうクラッカ、クッキーもね。どうだい、学校は楽しいかな?」

 

「はい、いろいろな事が知れて楽しいです」

 

「クッキーなんてすっごい難しい本読んでるんだよ!私も字がいっぱい書けるようなったんだ!」

 

得意げにそう自慢するクラッカを見て、俺も思わず笑顔になる。やっぱ子供は笑ってるのが一番だな。

 

「それは凄い。そうだ、なら休み中に手紙を書いたらどうかな?機密もあるから直接話させてあげる訳にはいかないが、メールならばビスケットに届けられる」

 

「いいの!?」

 

「勿論だ。二人が元気な事を知れればビスケットも喜ぶ――」

 

そんな話をしていると、突然衝撃が車を襲った。直ぐに急ブレーキと共に運転席のサブードが険しい表情でこちらを振り向いた。

 

「申し訳ありません。お怪我は?」

 

「ああ、こちらは問題ない」

 

そう返事をしている間に、助手席にいた2番隊の隊員が外に出て周囲を確認、報告してくれる。

 

「停められていた車両が爆発した様です、周囲に怪我人は確認出来ません」

 

そう言っている間に野次馬が集まり始める、だが彼らが爆発した車両に近づくより早くギャラルホルンの隊員が現れ、対応し始めた。

 

「怪我人は居ないか!?居たら直ぐに申し出るように!」

 

「危険だから離れて、離れて!!」

 

「…上手く機能しているようですね」

 

その様子を見てサブードが目を細めながら笑う。そうだな、以前のギャラルホルンと言えば、デモ隊を鎮圧するか、思想家を逮捕するくらいしか働いていなかった印象だ。特に火星の地上部隊はやる気がなく、住民などに横柄な態度も取っていた。だから民衆側もこんな時にはギャラルホルンを悪し様に罵っていたりしたものだが。

 

「カルタ嬢は良くやってくれている」

 

今だって隊員の誘導に従って集まりかけていた野次馬も解散しているし、その事に文句を付けている連中も居ない。まあ地上部隊のこうした即応要員に現地の人間を契約職員として雇っているのも大きいだろう。最初の頃こそ弾圧者に尻尾を振った裏切り者みたいに活動家連中に罵られもしていたが、市民からすれば、本当に治安維持に励んでくれている頼りになる存在なのだ。そのおかげでウチみたいな民間軍事企業は警備関係の業績が右肩下がりだったりするのだが。

 

「それにしても、こんな場所で車爆弾など何を考えているんだ?」

 

再び走り始めた車の中で、クッキーとクラッカを餌付けしながら俺は首を傾げた。因みに今日のおやつはプリンモドキ、コーンスターチと植物性クリームを使って作ってみた。切実に卵と牛乳が欲しい。

 

「とろとろ~」

 

「ひやひや~」

 

この子達にいつか絶対本物のプリンを食わせる事を固く誓いながら、先ほどの疑問に思考を移した。先ほどの車爆弾はクリュセのキャンパス区画、学校などの施設が集められた地区の外れに置かれていた。しかも爆発したのは下校時間帯。幸い被害は出ていなかったようだが、まかり間違えば多数の児童が被害者になっていただろう。その不快さを強引に押し込めながら、実行した連中は何を考えているのかが解らず俺は顔を顰めた。工業施設やギャラルホルンの駐屯地を狙うならまだ解る。未だ多くの工場はアーブラウ本国の企業が保有しているから、活動家の言う所の搾取の証拠であるし、駐屯地は彼らにしてみれば自らの活動を妨げる忌むべき者であるからだ。対して学童を狙った場合、敵対者に対する武力的制裁としての意味合いは完全に無くなる。何故なら子供達とその親は彼らと共に独立を勝ち取る側であり、味方にすべき存在だからだ。社会不安を醸成しその不満を政府に向けると言うのは、本国内でのみ通用する手段であり、植民地の独立を狙うならば悪手に他ならない。

 

(ギャラルホルンのマッチポンプ?だが、カルタ嬢がそのような手段を取るとは考えにくい)

 

そもそもそんな事をしなくても、彼女は十分に火星におけるギャラルホルンへの認識を改善している。それに爆弾テロなど起こらない日常を維持する方が、余程民衆に好印象を与えることが出来るだろう。

 

「となると、相手はとんでもない大馬鹿者か」

 

ヤバイな。日頃の不満を車爆弾で晴らすような連中とか、敵だとしても関わりたくない。けどなぁ。

 

「モチョチョさん?」

 

「どしたの?お腹すいたの?食べる?」

 

そう言って渡したプリンモドキを差し出してくるクッキーとクラッカ。うん、決めた。

 

「いや、何でもないよ。それはサクラ女史の所で穫れたコーンを使っているんだ、いずれは商品化も狙っているから、しっかり食べて意見をくれると嬉しい」

 

彼女達の安全のためだ。頭の足りない連中もちゃんと相手をしてやろう。

 

(幸い尻尾を掴むのは、そう遠い話ではなさそうだしね)

 

俺はそう思いながら、二人を農園まで送り届けるのだった。

 

 

 

 

「しつれーしまーす。今日の日報でーす」

 

やる気の感じられない口調と共にザックは事務室に入る。新人には全員その日の日報をつける事が義務付けられているためだ。因みに文字が書けない者は音声データでの提出も認められているが、同時に読み書き計算の時間外労働が言い渡されている。修学経験のあるザックはこの残業が無い数少ない新人のため、取り纏めた日報の提出係になっていた。

 

「お疲れ様、ここに置いておいて」

 

「ウス、あの、今日は相談役居ないんですか?」

 

メリビットが指定した机にタブレットの束を置きながらザックはそう尋ねた。3番隊の隊長であり、解散した鉄華団の社長だったオルガ・イツカや新人訓練で世話になっているノルバ・シノといった面々はザックにとって少々野性味が強く、むしろデスクワークが主で時折料理などをしている相談役の方が彼は親しみを感じていた。舐めているとも言うが。

 

「ああ、今日はビスケットの所の妹さんを迎えに行っているよ。サクラ農園は提携先だからってね」

 

「そうなんすか」

 

釈然としない顔でザックはそう答えた。CGSは今や火星でも有数の組織だ。クーデリア・藍那・バーンスタインを通して政界にもパイプを持ち、更にギャラルホルンの火星支部とも懇意にしている。火星のたかだか一企業の人間をギャラルホルンの隊員が迎えに来た時などザックは目を剝いた程だ。連れていかれた相談役に対する畏敬の念は、翌日の養殖池脇で魚を炙っている姿を目撃することで消え去ったが。ともかくCGSは大企業と言って差し支えない規模であり、サクラ農園は提携と言っても所詮幾つかの農場を経営する零細だ。少なくとも相談役が直接送り迎えをしなければならない程重要な相手とは彼には思えない。だが、事務所の人間はその事に疑問は無いようで、特に気にした風もなく業務を続けている。

 

「ビスケットさんって、3番隊の人ですよね?」

 

「ああ、お前さん達が入社した頃は、もう地球支社に出向してたか。そうだよ、ついでに鉄華団の参謀役だった奴だ」

 

「へー。あれ、でも3番隊って事はビスケットさんも結構若いですよね?」

 

「うん?ああ、まだ19だったかな。それがどうした?」

 

「え、いや、その」

 

本来ならば出張る必要のない迎えに参加、妹、兄は部下。適当に切り取られたピースが、ザックの中で音を立てて結合する。

 

「なんだ、はっきり言えよ」

 

「いや、相談役、もしかして妹さんに会いたくて迎えに行ったのかなぁって」

 

その瞬間、ザックの背を悪寒が走り抜けた。そしてそれは勘違いでない事を、周囲の者が表情で伝えてくれた。尤もそんな必要もなく、すぐに彼は実感できたのだが。

 

「面白い事を言っているわね?新人」

 

優しく肩に置かれた手。しかしそこには信じられない程の力が伴っており、ザックの体をその場に縫い留める。

 

「訳の解らない妄想をたれ流せるなんて、シノは随分温い訓練をしているのね。後であの子も再訓練かしら?」

 

脂汗を流しながらザックはゆっくりと振り返り、手の主を確認する。そこにはとても良い笑顔のスピカ・ネーデル4番隊隊長が立っていた。

 

「上司を貶めるような発言をする部下には教育が必要よね。そうは思わない?答えろ、新人」

 

泣きそうになりながらザックは助けを求めるべく室内を見渡す。しかし大半が視線を逸らし、逸らさなかった者達は神妙な顔でスピカに同意するように首肯していた。

 

「返事も出来ないのかしら?これは教育よりも先に躾が必要ね。来い」

 

悲鳴を上げる間もなく、ザックは物凄い力で部屋の外へ引きずり出される。その日は深夜まで鍛錬室から悲鳴が途切れなかったが、誰一人救助に向かう者は居なかった。




更新速度が低下するとは言った。
だが今日更新しないとは言っていない。

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