起きたらマさん、鉄血入り   作:Reppu

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53.想定外に陥った時こそ、その人物の力量が解る

「おい、話が違うぞ!」

 

「降下してくるMSは8機のはずだろう!」

 

声を荒げながら詰め寄ってくるモビルワーカー隊の連中に、男は忌々し気に応じた。

 

「ギャラルホルンの警戒が強すぎて船が近づけられんのだ」

 

男は夜明けの地平線団に所属しているものの、表向きはPMCを名乗るペーパーカンパニーの代表だった。略奪だけでは限界のある弾薬や補修物資といったものを買い付ける役割だったのである。そのためMSの保有も申請していたために正規のルートで火星へMSを持ち込むことが出来たのだが、それは登録済みの3機だけだった。

 

「ふざけるなよ?小娘はCGSとも繋がりがあるし、なにより襲撃場所にはテイワズも居る。こんな数で仕掛けるのは自殺行為だ!」

 

「馬鹿が、逃げ帰っても死ぬだけだ」

 

「なっ!?」

 

「考えてみろ、この状況で地上に降ろされている意味を。俺達は捨て駒にされているんだよ、どうせ帰った所で殺されるのがオチだ」

 

アリアンロッド艦隊が増強されたことで地球と火星間の密貿易は難しくなっている。何しろ終着点に厳重な網が張られているのだ。しかも火星支部が精力的に活動しているために、仮に火星側でギャラルホルンを撒いても即座に地球側へ連絡が行くようになってしまった。おかげで最大の収入源であった違法業者が減り、海賊の多くは真っ当な航路を使っている民間船や共食いで糊口を凌いでいる。夜明けの地平線団も例外ではなく、むしろ身代が大きい分切実だった。

 

(サンドバルは俺の事を煙たがっていたしな)

 

軍人崩れであった男は、MSの補給や運用でしばしば団長であるサンドバル・ロイターと意見をぶつけ合う事があった。特に最近は襲撃のリスクが増大しているにもかかわらず、MSの整備や補給が絞られており、その傾向は顕著と言えた。

 

「な、ならどうすんだよ?」

 

どちらにしても未来がない。そんな現実を突きつけられたモビルワーカー隊の男達が、露骨に動揺した声でそう尋ねてくる。それに溜息を吐きつつ男は答えた。

 

「頭を使えよ。襲えねえし帰れねえなら、襲わずに帰らなきゃいいんだ」

 

「はあ?それでどうやって食ってくんだよ?」

 

そう聞き返され、男はニヤリと顔を歪ませた。

 

「手切れ金を貰って再就職だよ。火星にゃ仏のCGSが居るんだぜ?」

 

 

 

 

「ど、どういう事だね!?」

 

『言ったそのままだ。残念だが襲撃は失敗した』

 

「失敗!?失敗だと!?してもいない癖にふざけた事を言わないでくれたまえ!」

 

月末に開かれたハーフメタル採掘場の視察は恙無く終了していた。各地区の代表と笑顔で握手を交わすクーデリアの姿を民間放送越しに見たアリウム・ギョウジャンは、自らの計画が失敗したことをそんな段階になって知ったのだ。

 

『戦力は送った。だが、考えていた以上に腰抜けだったようでな』

 

「そんな言い訳が通じると思っているのかね!」

 

『ならばどうする?ギャラルホルンにでも訴えてみるか?雇った海賊がちゃんとクーデリア・藍那・バーンスタインを始末してくれなかったと』

 

嘲りを含ませた声にギョウジャンは歯噛みするも、指摘通りどうにもならない事を理解する。

 

(くそ、どいつもこいつもこの私を馬鹿にして!!)

 

革命の乙女クーデリア・藍那・バーンスタイン。彼女に向けられる称賛は師である自身にも浴びせられて然るべきものである。なぜなら彼女を見出し、教え導いたのは自分なのだから。だというのに民衆は愚鈍にも目先の功績にのみ着目し弟子だけを持て囃す。調子に乗った彼女はギョウジャンに説教までしてくる始末だ。出資者であったノブリス・ゴルドンもここの所そんな小娘に入れ込んでいて、挙句こちらの活動支援を停止すると言ってきた。目先の欲ばかり追う商人ごときでは、自身の理念は理解できないようだった。現在は粘り強く諭しているが状況は芳しくない。そしてついには海賊などと言う犯罪者が彼を虚仮にする。彼の理性は限界を迎え、通信を一方的に切る。そしてノブリスに連絡を取るべく再び受話器を握りしめた。今後をどの様にするにせよ、金は必要だったからだ。

 

 

 

 

「ノブリス様、アリウム・ギョウジャンより連絡が入っております」

 

報告してきた秘書を一瞥し、ノブリス・ゴルドンはアイスを口に運んでいたスプーンをゆっくりと口から抜き取った。

 

「またか、無視しろ」

 

「かしこまりました」

 

綺麗な礼をした秘書がタブレットを素早く操作する。クレーム担当に通信が回された事を確認した彼女が再びいつもの姿勢でノブリスの言葉を待つ。その様子に満足しながら、ノブリスは穏やかな笑顔で口を開いた。

 

「随分と投資をしたが、あれは毛ほども役に立たなかったねぇ。いや、クーデリア・藍那・バーンスタインを見つけたか?だが彼女ならあれが居なくてもいずれ頭角を現しただろうから、やはり何の役にも立たなかったでいいのかな」

 

そう言って彼は手にしていたアイスの皿を机に置いた。そして窓の外へ視線を送りながら言葉を続ける。

 

「しかし思想家という奴はどいつもこいつも馬鹿ばかりだね。まあ、だからこそ思想家にしかなれないのだろうけどね」

 

ノブリスは思想家と呼ばれる人間たちを心底馬鹿にしていた。

 

「理想を語るなど子供にだって出来る。彼らはそんな事も解らないようだ」

 

成程、理想は大事だ。ゴールを定めると言う意味でも、指標を立てる上でも大きな意味を持つ。しかしそれは定めて終わりではなく、定めてからが本番なのだ。

 

「名のある思想家と呼ばれる人間は、皆それ以外の実績を持っていた。思想家だけなどと言うのは妄言を垂れ流すスピーカーでしかない」

 

理想へ向かうためには様々なものが必要になる。弱者を救うために物が要ると考えれば商人になり金を稼ごうとするだろう。人々の意識を変えようと考えるならば教育者に。より良い制度が必要だと考えたなら政治家に。本来世界を変えたいと願うなら、理想を定めた後に現実との乖離を埋めるべく行動を起こすべきなのだ。だが、思想家と呼ばれる人種は致命的にその部分が欠落している。幾ら理想を語ろうとも、ではそこにたどり着くためにどのような事をすべきなのかを示せない。故に多くの人々は、彼らを地に足のついていない理想主義者と嗤うのだ。

 

「どちらにせよあれはもう要らん。以後連絡は受けんでいい。それから、アイスをお替りだ」

 

大して気にすることもなく。ノブリス・ゴルドンはアリウム・ギョウジャンをあっさりと切り捨てた。

 

 

 

 

ありのままに起こったことを話すぜ?

夜明けの地平線団の襲撃を警戒していたら、戦う事もなく降伏された。うん、訳が解らねえよ。しかもご丁寧に本隊の良く使っている航路や潜伏先までゲロって下さる。成程、ますます解らん。

 

「なあ頼む。俺らは切り捨てられたんだ。降伏する、装備だって持って行ってくれて構わねえ、だから助けてくれ」

 

「と、言っているようですが?」

 

「あ?ウチに聞いてんのか?」

 

そらそうでしょ、彼らに一番最初に対応したのはJPTトラストなんだから。

 

「あいつらはおめえんとこに降伏してえみたいだぜ?」

 

愉快そうに笑うジャスレイ・ドノミコルスに向けて肩をすくませる。

 

「それは彼らの都合でしょう?私が知った事ではない」

 

俺の言葉に何故か驚いた表情になる海賊達。え、何その反応。

 

「無理やり使役されているヒューマンデブリならばともかく、彼らは自らの意思で海賊業に手を染めているのです。別に我々が引き取っても構いませんが、その場合ギャラルホルンに突き出して終わりですね」

 

因みにギャラルホルンにおける海賊への罰則は一律で銃殺である。大航海時代並みのアバウトさだが、何せ海賊があほ程いたからな。ちゃんと刑務所に放り込んで刑罰なんて与えていたら、それだけでギャラルホルンの財政を圧迫する事は間違いなく、そしてそこまで犯罪者に温情を示せるほど寛容な世界ではないのだ。

 

「そ、そんな!?頼む!助けてくれ!!」

 

どんな自信があったのか、いきなり全員で降伏してきたからな。普通に今は周囲を取り囲まれてるから、逃げる事もMSで暴れる事も出来ない。ひょっとしなくてもこいつ等頭が弱いのではないだろうか。

 

「助けてくれ?お前たちが今まで襲ってきた人々もそう言ったのではないかね?その方々は今どうしているのかな?自分の番だけ飛ばそうなどというのは、虫の良すぎる話だと思わんかね?」

 

「だとよ、どうするお前ら?」

 

「た、頼む!殺さないでくれ!何でもする!!」

 

あーあ、言っちゃった。

 

「よし解った、お前らの身柄はこのジャスレイ・ドノミコルスが預かる。それでいいな?」

 

その言葉を聞いた瞬間、ジャスレイは太い笑みを浮かべながらそう宣言した。こちらとしても異論はないので素直に頷いていると、命を救ってもらったと思っている海賊達は嬉しそうな顔で彼の事を見ていた。いや、なんて言うかさぁ。君ら本当に考えが足りないな?その男はテイワズのナンバー2だぞ?反社集団の奴に何でもするなんて言って、何故自分達が無事で居られるなんて楽観出来るんだ。

 

「モビルワーカーもMSも火星じゃ扱いに困るな、そっちはどうするよ?」

 

「連中の身柄を預かるのでしたら、装備もそちらの物では?」

 

俺がそう言うと、ジャスレイは嫌そうな顔で口を開いた。

 

「総取りの代わりに今回の面倒全部押し付けようって腹積もりだろ?そうはいかねえよ。ゴルドンさんとこの兄さんも黙ってるのはそう言う事だろう?装備は三等分、そのかわり面倒も三等分だ」

 

「それでは御社が少々利益を上げ過ぎでは?」

 

「対応したのはJPTトラストです。その位の役得はあって然るべきでしょう。本来なら人死にが出てもおかしくなかったのですからね。CGSとしましては異存ありません」

 

俺がそう援護すると、ジャスレイはにんまりと笑ってノブリス氏の部下を見た。

 

「二対一だな、どうするよ?」

 

「…致し方ありません。因みに弊社ではリアクターを高価で引き取らせて頂いておりますが。如何でしょう?」

 

「買ってくれるって言うならウチは構わねえよ」

 

「同じく。ああ、どうせならフレームも付けますから勉強していただけませんか?」

 

居心地悪そうに座り込んでいる海賊達を前に、俺達は暫し交渉を続けたのだった。




やっと本編1話分が終わりました。
大丈夫、ここから巻き返すから。

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