「所詮は賊の浅知恵ね」
望遠で捉えた艦艇を見て、カルタ・イシューは静かに笑った。敵艦の数は15隻、事前に報告のあった通りだ。敵の艦隊は現在デブリ帯、それも比較的地球側に位置するものに潜んでいた。それは昨日CGS経由でもたらされた航路、潜伏先から最も離れた位置だった。
「切り捨てる人間が知っている場所に身を隠す馬鹿も居ないでしょう」
そう言いながらここを指定してきた男の顔を思い出し、カルタは頬が緩むのを懸命に抑えながら命令を発する。
「各艦対艦戦闘用意。アリアンロッド到着まで、1隻たりとも逃がしてはなりません」
「目標艦より通信、メインモニターへ回します!」
『勇敢なギャラルホルンの艦艇に告ぐ。今すぐ武装解除し、装備を明け渡すなら命だけは助けてやる』
不遜な態度で艦長席に座った男がそう口にする。それを見てカルタはありきたりで詰まらない台詞だと思いながら、笑顔で応じる。
「それは実に寛容な事ですね。私達も今すぐ武装解除し降伏するならば、命だけで済ませて差し上げますよ?」
『威勢だけは一人前か。貴様の愚かな選択で死にゆく部下を見ながら後悔するがいい』
怒りを隠しきれない表情で海賊の男、サンドバル・ロイターはそう告げると通信が切られる。再び漆黒の宇宙を映し出すメインモニターを見ながら、カルタは困った表情で口を開いた。
「あの方は仕事を間違えましたわね。海賊ではなくコメディアンなら大成できたでしょう」
そう評すると艦橋に笑い声が響く。敵の戦力は7倍以上、しかし彼女に従う隊員達は悲壮とは無縁であった。敵の行動など歯牙にもかけない速度で戦闘準備完了を各部署が伝えてくる。
「レギンレイズ各機、出撃完了。続いてバルバトス、グシオン発進します」
オペレーターの言葉に彼女は頷きながら命じる。
「ヒューマンデブリは可能な限り捕らえなさい。彼らに降伏勧告は通じません。確実に機体を無力化するように。オペレーター、ガンダムとは通信が繋がりますか?」
「はっ!」
短いコールの後、メインモニターに二人の若者が映る。その表情は戦場を前にしても普段通りだった。
「助力に感謝します。ミカヅキ、アキヒロ」
『はい』
『おい、ミカヅキ!すみませんイシュー一佐。その』
素直に頷くミカヅキと慌てるアキヒロを見ながらカルタは笑いながら応じる。
「構いませんよ。私は貴方達の上官ではありませんし、助勢を求めたのもこちらです。でも一つ宜しいかしら?」
『なんでしょう?』
「大将であるサンドバルは可能な限り生け捕りにしてください。もしかすれば隠れ家などに戦利品を隠している可能性があります」
『了解しました』
その戦利品にヒューマンデブリが含まれる事を十分承知している二人はすぐに首肯する。そして同時に艦から飛び出していく。
それを見送ると、カルタはコーリスに向き直り口を開いた。
「コーリス三佐、艦を任せます。私もレギンレイズで出撃します」
「はっ、お預かりいたします。格納庫に連絡、カルタ様が出撃する!」
一瞬の逡巡も見せずコーリス・ステンジャは返事をすると、指示を飛ばす。その様子を確認しつつも、彼女は直ぐに指揮官室に入ると着ていた制服を脱ぎ、素早くパイロットスーツへと着替える。そして彼女が格納庫に着いた頃には、カルタの機体は最早乗り込むだけに準備がなされていた。機付きの整備員達に礼を言いコックピットに納まると、カルタは落ち着いた声音でオペレーターに告げた。
「カルタ・イシュー、レギンレイズ。参る」
「急げ!戦場に遅参するなど武門の恥だぞ!」
「既に最大戦速です。落ち着いてくださいイオク様」
「イシュー公は既に戦っているのだぞ!落ち着いてなど居られるか!」
ハーフビーク級戦艦は戦後長らく運用されているギャラルホルンの主力艦艇だ。MSの運用と戦艦としての能力の両立を図った艦であり、大口径の主砲と10機のMS運用能力を持つ。これは戦前に建造され民間で広く運用されている強襲装甲艦と比較した場合、敵艦に有効な打撃力を持ちつつ、搭載機数で3倍以上という破格の性能を有している。だがそれは絶対的な優位を常に保証している訳ではない。
「夜明けの地平線団は戦い慣れしている連中だ。おまけに数も多い」
特に近年は周囲の弱った海賊などを糾合し、艦艇だけでも15隻と以前の1.5倍もの戦力に膨れ上がっているのだ。MSの搭載能力がハーフビーク級より劣っていると言ってもその総数は40を超える。つまり火星支部艦隊はMSだけでも倍、艦艇に至っては7倍の数と戦っているのだ。
「とは言えこれ以上の速度は出せません」
「解っている!格納庫の機体は直ぐ出せるように準備しておけ!私の機体もだ!」
その言葉を聞き、ジュリエッタ・ジュリスが顔を顰めた。
「待ってください、まさかイオク様も出撃するのですか?」
「当然だ、私にはレギンレイズがあるのだぞ。これを遊ばせておく訳にはいくまい」
そう胸を張るイオク・クジャンに対し、ジュリエッタは半眼で応じる。
「やめてください。むしろ邪魔です」
「じゃっ!?」
「背後を警戒しつつ敵と戦うのは骨が折れるのです。だから出撃しないでください」
「人が支援してやっているのにその態度はなんだ!?」
「とにかく出てこないでください」
そう激高するイオクに対し、ジュリエッタは溜息を吐くと苛立たし気に言い放った。イオクに対しここまでものを言える存在はラスタル・エリオンとジュリエッタくらいのものである。問題はイオクがジュリエッタを馬鹿であると決めてかかっている事と、ジュリエッタが知識不足の為に自らの考えを上手く伝えられていない事だ。イオクのお守りをラスタルから言いつかる事の多いジュリエッタは、当然の様に前線に出撃したがるイオクの僚機を幾度も務めている。故に彼の技量の未熟さを最もよく知り、問題点を指摘できる立場でありながら、それを上手く言語化出来ないために諫める事が出来ないでいる。彼女の最大限の語彙で表現した結果が“戦場に出てくるな”なのである。当然イオクには伝わっていないし、むしろ語彙の少なさを馬鹿にされる始末だ。
「ふん、猿に指図される謂れはない」
険悪な空気を醸し出したまま、艦隊は戦場へと突き進んでいく。
『な、なんだこいつ等!?』
『動きが!?』
交戦開始から数分、夜明けの地平線団の擁するMS部隊は大いに士気を下げていた。多勢に無勢、倍以上の数で掛かった彼らは、当初以前と同じく一方的に相手を撃破出来ると考えていた。しかしそれはMS同士がぶつかり合う前から崩れ去った。いつものごとく集団で襲うべく編隊を組んだMSが唐突に弾き飛ばされる。見れば敵艦が主砲を発砲していた。何の変哲もない時限信管式の散弾を使っての先制攻撃だったが、戦艦がMSを支援するという戦術自体に初めて出会った彼らは動揺し、とにかく攻撃を貰わぬよう散開する。その行動こそが敵の狙いであるなど考えもせずに。
『だ、誰か助けろ!?』
『畜生っ、ギャラルホルンは弱兵じゃないのかよ!?』
相互に援護出来るような範囲に部隊が纏まれば、そこに砲弾が撃ち込まれる。故に大きく間を空けた彼らは、戦場で小隊あるいは個人単位で分散する事になる。それは戦域と言う限定された空間にかかわらず、部隊をそれぞれ孤立させる事になった。何しろMS同士では火器が牽制程度の役割しか果たせないのだから、集合していなければ満足に援護も出来ないのだ。そうして、更にその中で突出し過ぎてしまったり、位置を離し過ぎた機体がギャラルホルンのMSに襲われる。2個小隊6機で一つの部隊を編制する彼らは、危なげなく次々と海賊のMSを屠って行く。特に見た事のないギャラルホルンの新型MSの性能は凄まじく、一目で勝ち目がないと彼らが認識出来るほどだった。その上、見慣れたグレイズですらこれまで相手にしてきた敵とは一線を画す動きをしていた。これは彼らどころか火星支部の人間以外知らない事であったが、火星支部のMSは全てレギンレイズに採用されている新OSへカルタ・イシューの独断で更新されており、その為既存の機体に比べ運動性面で1割近い性能向上を果たしている。更に扱っているパイロットが頻繁に頭のおかしな連中と模擬戦を繰り返している事も手伝って、相手からすれば比較するのも馬鹿らしい程に総合的な差が開くこととなっていた。MS同士の戦いが始まって僅か数分で10近い機体を失ったサンドバルは苛立たし気に命ずる。
「敵MSに艦砲射撃を行え」
元々仲間意識などは希薄な海賊、それもMS隊は殆どが傭兵やヒューマンデブリである。躊躇なく実行されたそれは、形勢を決めかけていた戦場を再び混沌へと傾け直す。しかしその代償に、不幸な何機かが砲弾を浴びてその体を吹き飛ばされる。
「撃ち続けろ」
以前の環境ならばサンドバルもここまで酷薄な命令を出さなかったかもしれない。無論それは部下の命を考慮してではなく、貴重な戦力であるMSを無駄に損耗させないためだ。故にMSの調達が容易になった現在、彼は躊躇なくそれらを必要な犠牲だと割り切った。
『ひぃっ、だずげっ』
『やめっ――』
放たれた砲弾が、降伏して動きを止めた傭兵や推進器を破壊され無力化されたデブリ達のMSに容赦なく降り注ぐ。散弾と異なり、十分な殺傷能力を有するそれは簡単に彼らの命を奪っていった。友軍への損害に頓着しない行動に、流石のギャラルホルンも動きが鈍る。
(この辺りが潮時だな)
サンドバルは副長を呼びつけ、密かに旗艦と古参だけ離脱するように指示を出す。そして側近の双子へ目配せすると、大声で宣言した。
「仲間に伝えろ!このサンドバルが出撃するとな!」
サンドバルは元々MSの腕っ節でのし上がってきた男だ。今でこそ殆どを部下に任せているが、古参の者は彼の実力にほれ込んで下に付いた者や、その力を恐れて従った者が多い。そんな彼らにとって専用機を駆るサンドバルは力の象徴であり、大いに士気を上げる事に成功する。尤も、本人は既に負け戦を考えていたが。
(逃げ切れるのは良くて半数か?手痛い出費だが仕方あるまい)
圏外圏最大規模の海賊団。その名は耳心地こそ良いものの、その内情はお世辞にも良いとは言えない。そこそこの規模になるまでは襲える船団が増えると喜んだが、10を数えた辺りでそんな相手は頭打ちになった。動くだけで多くの資材を消費する上に、規模が大きい故にギャラルホルンもこちらの動きに目を光らせる。それでいて襲える相手はさして変わらないのだから、実入りを考えればむしろ以前の方が良かったほどだ。今の団はサンドバルからすれば無駄な肉を付けた肥満体であり、愚かな革命家気取りの依頼を受けたのも、少しばかり削り取って身軽になろうと考えての事だった。残念ながら多少本当の肉まで切らせねばならなくなってしまったが、それを惜しんで自分まで死んでしまっては意味がない。彼の行動は何処までも利己的な思考によって決定されていた。
「こいっ!このサンドバル・ロイターが相手をしてやろう!!」
乗機の両手に武器を構えさせると、彼はそう叫び戦場へと飛び出した。
次回、イオク出陣(予定