起きたらマさん、鉄血入り   作:Reppu

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55.過度の信頼は時に味方を危険に晒す

「いらっしゃい、マッキー!」

 

花束を持って現れた婚約者の胸にアルミリア・ボードウィンは飛び込んだ。以前は淑女らしくないと自制していたが、二年前の一件から彼女は婚約者への好意を素直に表すようになっていた。

 

「お邪魔するよ、アルミリア」

 

「あー、一応俺も居るんだけど?」

 

優しく微笑みながら抱きしめてくれるマクギリスの後ろで、頬を掻きながらガエリオ・ボードウィンはそう主張する。そんな兄を半眼で見ながらアルミリアは口を開いた。

 

「兄さんはデリカシーが足りません、後気遣いも。そんなだからカルタ姉さまに振られたんですよ」

 

「振られてない。と言うか、カルタなんてこっちから願い下げだ」

 

「確かにその発言はデリカシーが足りないな、お義兄様?」

 

「俺に味方は居ないのか…」

 

大げさに肩を落として見せる兄に、アルミリアは笑いながら二人を家の中へ招き入れた。応接間に二人を通すと、お茶をメイドに頼んで用意してもらう。部屋の中に視線を戻せば、二人はソファに座って寛いでいた。

 

「ヴィーンゴールヴ内の掃除は漸く一息つけそうだな、バクラザン公とファルク公が協力的で助かる」

 

「まだ気は抜けないさ。摘発した人員の多くはファリド家に近しい者が大半だ。つまり彼らからすれば私が勝手に自分から弱っていくんだ、手を貸さない訳がない。それに彼らの家に近しい者は迂遠ではあるが調査を妨害されている。決して善性だけの行動ではないよ」

 

「気の遠くなる作業だ。いっそ全てを壊してしまった方が早いんじゃないか?」

 

「組織の健全化だけ見ればそうかもしれないな。その場合世界は未曽有の混乱に陥るだろうが」

 

「何事も手間を惜しめば、その分は身に跳ね返ってくるという事か」

 

「それに時間は私達の味方だ。ファルク公はともかくバクラザン公はかなりの高齢、しかも双方後継者は幼い」

 

「たしか、バクラザン公の方はアルミリアと同年だったか?どんな子だ、アルミリア?」

 

婚約者の顔をのんびり眺めていたアルミリアは突然そう振られ、慌てて記憶を手繰る。だが彼らに話せるような鮮明なエピソードは残念ながらなかった。彼女は首を傾げつつ、顎に指をあてながら思ったことを口にする。

 

「静かな方ですね。これと言って特別なお話は聞きません。学校でも特にこちらと関わってこようともしませんし。普通の男子より大人しい印象です」

 

アルミリアの言葉に二人は難しい顔になる。

 

「単純に大人しいだけか?案外目立たないように周到に爪を隠している可能性は?」

 

「あり得そうなのが嫌な所だ。なにしろバクラザン公が後継者に指名しているのだから。子供を疑わねばならないとは、嫌な仕事だな」

 

そう二人が溜息を吐いたところでメイドがティーセットを持ってきた。アルミリアは礼を言いながらそれを受け取り、それぞれの前へ茶の入ったカップと皿に盛られた見慣れない菓子を置いた。

 

「うん?これは?」

 

「カルタ姉さまから教えて頂いたベイクド・モチョチョと言う焼き菓子だそうです」

 

「モチョチョ?変わった名前だな」

 

そう言いながらガエリオは皿の上のそれを一つ摘まむと口に含んだ。セブンスターズという名家の出であるが、彼もマクギリスも訓練で携行食などを口にする機会も多い。そのため見慣れない物を口にすることにもあまり躊躇が無かった。

 

「へえ、素朴な味という感じだな。ストレートの茶と良く合いそうだ」

 

「ほう」

 

ガエリオに続いてマクギリスも口に含む、それをアルミリアは真剣な表情で確認する。

 

「ああ、確かに。柑橘の香りで後味もいいな」

 

そう言って二つ目を手に取るマクギリスを見て、アルミリアは安堵の笑みを浮かべた。それに気付いたマクギリスが再び口を開いた。

 

「アルミリア、もしかしてこれは君が作ってくれたのかい?」

 

婚約者が気付いてくれた事に胸を高鳴らせつつ、アルミリアは頬を染めて頷く。

 

「いつも頑張ってるマッキーに何かしてあげたくて」

 

「ありがとう。とても美味しいよ、アルミリア」

 

「…なんだか急に甘さが増したな」

 

仲睦まじく笑顔を向けあう二人に対し、ガエリオがそう言って茶を口に含む。そして思い出したように口を開いた。

 

「カルタと言えば、火星支部とアリアンロッドの共同作戦は今日辺りだったか?」

 

「ん?ああ、そう聞いている。レギンレイズが揃うまで待つように言ったんだが」

 

そう眉を寄せるマクギリスにガエリオも顔を顰めながら応じる。

 

「仕方がないだろう。ヒューマンデブリの市場は今好景気だからな。連中を野放しにすればするほど被害者が増える。カルタが逸るのも無理はないさ」

 

「お前も行きたそうだな、ガエリオ?」

 

マクギリスの言葉に、ガエリオは肩を竦めて応じる。

 

「本音を言えば政争よりもMSで暴れる方が好みだな。だがここにお前だけを置いていく訳にはいかないだろう」

 

ガエリオの言葉に、マクギリスは静かに微笑む。二人の様子を見て、アルミリアが不安げに口を開いた。

 

「カルタ姉さま、危ない任務をしているの?」

 

ファリド家が騒動を起こした一件で、アルミリアとマクギリスの婚約についても解消と言う話が浮かんだ。これは周囲が元々彼らの婚約を政略結婚であると認識していた事と、弱ったファリド家に娘を送り込み、セブンスターズに影響力を持ちたいと考えている名家と呼ばれる家の人間達の思惑が一致したためだ。この状況を打開したのが、現ボードウィン当主であるガルス・ボードウィンへマクギリス本人が婚約を解消しないで欲しいと嘆願した事に加え、新たな婚約先の最有力候補の一人だったカルタ・イシューが二人を応援する旨の発言を積極的に行ったからだ。それまで本当は愛されていないのではないかと不安を募らせてたアルミリアは以降素直に好意を示すようになり、同時にカルタ・イシューとの関係も大きく変わり、今では定期的に連絡を取り合う程親密な間柄である。そんな彼女が危険な任務に就いているとなれば、アルミリアが不安になるのも無理からぬことだった。

 

「心配するな、アルミリア。カルタはあれで指揮官としても兵士としても一流だ。そうそう危ない事になどならん」

 

「でも…」

 

「大丈夫だよ、アルミリア。ガエリオの言う通りカルタは強い。それに」

 

「それに?」

 

聞き返すアルミリアにマクギリスは笑顔で答えた。

 

「火星には、心強い仲間がいるからね」

 

 

 

 

「味方諸共ですかっ、外道が!」

 

迫りくる砲弾を躱しつつ、カルタ・イシューは思わず吐き捨てた。死んだ彼らは海賊だ。この戦闘に生き残っても、余程の事がない限り極刑は免れない。そしてカルタ達が優勢に戦闘を進めていたのだから、彼らは既に死んだも同然と言えただろう。だとしてもだ。

 

「自らの命令に従い命を賭ける者を背後から撃つなど!」

 

世界には様々な事情を背負った者が居る。彼らの間柄はカルタ達とは異なり、もっとドライで打算的なものだったのかもしれない。それでもMSに乗り戦場に出た彼らは指揮官の命令に従い、信じて背を預けたのだ。指揮官と言う立場を同じくするカルタは、その立場を平然と汚した敵に対し激高する。

 

「お前のような存在は、断じて許しません!」

 

弾雨の中をカルタのレギンレイズが疾駆する。艦隊へと肉薄すると機銃が放たれるが、機体を捻り最小限の動きでそれを躱し、大見得を切って現れたMSへと切りかからんとロングソードを振り上げる。

 

『『やらせん!』』

 

サンドバルが乗る特徴的なヘキサフレームと同型が2機、叫びながらアンカーをカルタ目がけて放ってきた。片方は機体の軌道を逸らして避け、もう片方はロングソードで打ち払う。しかしそうしたことで僅かに隙が生まれた。

 

『死ねぇ!』

 

「そう簡単に!」

 

振り抜かれるシミターを、左腕で殴りつけ強引に逸らす。その衝撃を逃がしつつ、機体を回転させ放った回し蹴りは敵がもう片方の手に握っていたシミターで防がれた。

 

『ぬ、ぐう!?』

 

互角に見えたのは最初の一合のみ、応酬の数が増えるごとに天秤はカルタへ傾いていく。そもそもレギンレイズとヘキサフレームでは地力が違う上にパイロットの技量もカルタが上なのだ。それは当然の帰結と言えた。

 

『このっ!』

 

大将の劣勢に焦った敵が加勢しようとカルタへ近づこうとするが、それは間に割り込んだ2機のMSに阻まれる。

 

『やらせないよ』

 

『一佐の邪魔はさせねえ!』

 

刀とハルバードを構えたガンダムのパイロット達が口々にそう言い、敵機へと襲い掛かる。その援護に感謝しつつ、カルタはより苛烈に敵を攻め立てた。

 

『がっ、ぐうっ!ぬあぁぁ!?』

 

ロングソードが左腕を切り飛ばした瞬間、戦いの趨勢は完全に決まったと誰もが考えた。しかし予想外の事態は唐突に起こる。

 

「うぁっ!?」

 

もう片方の腕を切り飛ばすべくカルタがロングソードを振り上げた瞬間、背後から衝撃が走る。振動でぶれた視界に入ったのはメインスラスターへの損傷警告。その意味を理解するよりも早くカルタは左腕を機体の前へ突き出す。しかし連続して酷使された左腕はわずかに動きが鈍っていて、そしてそれは敵の攻撃を防ぎきるには致命的に速度が不足していた。

 

「あぁぁぁぁ!?」

 

迫り来るシミター、そして先程とは比べ物にならない衝撃。カルタが最後に見たのは、機体の装甲を破壊しながら自らに迫る刃だった。




サンドバルを圧倒するカルタ様を背後から一撃できる狙撃兵、
一体何・クジャンなんだ…。

出陣=描写するとは言っていない(とんでもない言い訳)

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