起きたらマさん、鉄血入り   作:Reppu

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56.人の身で全ての問題を解決することは出来ない

夜明けの地平線団討伐作戦から2週間が経過した。表面上はCGSの面々もいつもの日常に戻れているように見える。俺は池で元気に泳ぐ魚を見ながら溜息を吐いた。

 

「しおらしい面してんじゃねえか」

 

そう声を掛けてきたマルバが横に並ぶとしゃがみ込み、手にしていたパンくずを池へと投げ込んだ。食欲旺盛な魚たちは我先にと飛びつき、水面を騒がせる。

 

「良くない状況だからな。オルガ達年長組が抑えてくれているが、そのオルガ達だって納得はしていまい。特にミカヅキとアキヒロはな」

 

この2週間、いつも終業後に通っていた第三演習場に二人は一度も顔を出していない。何処にいるかをオルガ達に聞いたら、トレーニングルームに籠っていると言う。怒りを運動で強引に誤魔化しているのだろう。良くして貰っていた年少組もかなり殺気立っている。

 

「解ってると思うけどな?」

 

マルバは池から視線を逸らさぬまま、顔を顰めつつそう口にした。ああ、言われなくても大丈夫だよ。

 

「これはギャラルホルン内の問題だ。余計な藪などつつかんよ」

 

言いながら俺は再び溜息を吐く。事のあらましはこうだ。掃討作戦の終盤、主力であるアリアンロッド艦隊が戦域に突入、この時点でカルタ嬢はミカヅキとアキヒロの支援を受けつつ、敵大将と交戦していた。ミカヅキ曰くもう勝っていた戦闘だったが、アリアンロッドの人間はそう思わなかったらしい。交戦中のカルタ嬢を見て、支援射撃を実行したそうだ。それが運悪くカルタ嬢の機体に被弾。態勢を崩された彼女は敵機からの反撃を受けてしまう。

 

「新型機が間に合っていて良かったよ」

 

レギンレイズと呼ばれている新型はグレイズに比べ出力が高く、その分重装備が可能だ。カルタ嬢の場合は、指揮官という事もあって防御力に重点を置いた調整がされていたらしい。おかげで命に大事は無いらしい。

 

「一部じゃ暗殺なんて話も流れちまってる」

 

二年前の一件でイシュー家の前当主は責任を取る形で隠居。正式にカルタ嬢はイシュー家当主に就いている。そして火星での実績に加え、彼女が訓練を施していた地球外縁軌道統制統合艦隊の内実が周知された事で彼女の評価は上がり続けている。落ち目であったセブンスターズ第一席が再び返り咲こうとしているのだ、面白くない人間が居る事は確かだろう。

 

「そんな訳があるか。暗殺だとして、それを当主が直々に行う理由がどこにある?これは事故だよ」

 

俺は早口でそう言い頭を振る。そうしなければ、俺に都合の良い考えを口にしてしまいそうだったからだ。例えばセブンスターズはギャラルホルン内で非常に大きな権限を持っている。それこそ前ファリド家当主のように、戦力を私物化出来たりするほどだ。そんな連中ならば、機体に残るログの改竄だって可能かもしれない。あるいは一般兵と異なり、責任追及の場において権力で逃れられるかもしれない。だから、自らの手の者ではなく、確実に問題を有耶無耶に出来る自分が実行したのではないか。なんて妄想だ。いかん、俺も相当頭が茹っているようだ。

 

「とにかく今は余計な行動は慎もう。我々の軽挙が彼女の足手まといになっては申し訳ないからね」

 

俺の言葉に、マルバは黙って池を見続けるだけだった。

 

 

 

 

「何故そうなる?」

 

眉間をもみほぐしながら、ラスタル・エリオンは思わずそう口にした。火星支部とアリアンロッドの合同作戦。担当区域が重なる二つが、そこで暴れる厄介な連中を共同で対処しようと言うのは別段不思議な話ではない。規模で勝るアリアンロッドが主力を務める事もおかしくないし、囮である火星支部艦隊が、敵と先に交戦するのも自然の流れだ。

 

「夜明けの地平線団は壊滅。首魁であるサンドバル・ロイターも拘束。それは良い」

 

だがそこまでの過程でラスタルは頭を抱える事となる。海賊と交戦状態に入った火星支部艦隊は数的不利にありながら優勢に作戦を展開、アリアンロッド艦隊が合流する頃には既に海賊は敗走を始めていたという。この時点で逃さぬために艦隊に追撃を命じたイオクの判断は間違っていない。だがその次の行動が酷い。追撃の命令だけ出すと彼は自らMSに搭乗し出撃する。本人に理由を問えば、戦域には未だ敵MSが残留していたため、MSによる掃討が必要だと考えたのだそうだ。因みに戦域に残っていた海賊側のMSは火星支部艦隊に拘束されているか、降伏信号を発信しているものばかりだった。その中を移動中、イオクは未だ交戦を続ける友軍を確認。激しい応酬を繰り返す敵首魁のMSとレギンレイズを見て、援護しなければと考えレールガンを3発発砲。2発はそれぞれが移動していたこともあり外れたが、最後の1発が不幸にもレギンレイズに被弾。態勢を崩した友軍は、その隙を突いた敵機の攻撃を受け大破。不幸中の幸いは、パイロットが大きな怪我を負ったものの命に別状は無く、復帰も可能だという事だろう。問題はそのパイロットがセブンスターズ第一席、イシュー家の当主であるという事だが。

 

「どうにもならんな、こんなものは」

 

現在セブンスターズは3つの派閥に別れている。一つはラスタルが構成しているエリオン家とクジャン家、そしてもう一つはファリド家を中心にボードウィン家とイシュー家が纏まった派閥だ。ファルクとバクラザンは共同歩調ではあるが、積極的に動いていない風見鶏なので、派閥と数えるべきか微妙なところであるが、敵でも味方でもない勢力である事には違いない。アーブラウ事件以前はファリド家の行動によって水面下で対立していたラスタル達であったが、マクギリス・ファリドへの当主交代以降は比較的良好な関係を築けていると考えていた。無論幾つかの対立事項はあるので完全な派閥の統合は難しいが、それでも今後のギャラルホルンの在り方についての認識は同じであるとラスタルは考えていたし、以前は危ういと感じていたマクギリス・ファリド個人もここの所は大人しい。そしてその変化にイシュー家の当主とボードウィン家の嫡男が関係している事は明白だった。

 

「余計な庇い立ては、むしろ状況を悪くするな」

 

イオク・クジャンを受け入れたのは、先代のクジャン公への恩もあるがセブンスターズ内で派閥を拡大するファリド家に取り込まれないようにするという意味が強く、故にラスタルは彼へ自らが教育を施すという考えは希薄だった。それは先代に仕えた部下を多く持つクジャン家ならば、イオクへの教育も彼らが行えるだろうという希望的観測も多分に働いていた事は否めない。ラスタルからすればイオクは少々知識不足ではあるものの、こちらの言葉は素直に受け止めるし、任務にも誠実だ。特に潔癖とまでは言わないが、正しくあろうとする姿勢が強く、そこが人を引き付ける魅力になっていると評価していた。ラスタルの様に清濁併せ呑むと言った指導者にはなれないだろうが、部下達に好かれ支えられる王道の指導者になれる資質があると彼は考えていた。

 

「クジャン家の連中は何をしていたんだ」

 

彼の失敗は、イオクと言う人間が誰に対しても自分に見せるような態度で行動すると考えていた事だろう。ジュリエッタに対し悪態をつくことはままあるが、それも名家の人間には珍しい事では無い。むしろラスタルの様な考えの方が異質であると言う自覚もあった事から、普通のギャラルホルンの人間に対しては違う態度なのだろうと勝手に考えていたのだ。それに加えて彼自身の境遇がその思考を助長していた。ラスタルは気安く社交的な性格であるため、セブンスターズの嫡男という立場でありながら、周囲から親しく接せられていた。それは彼ならば諫言しても受け止めてくれると言う信頼にも繋がっており、それ故に彼の周囲には遠慮なく意見を言ってくれる人間が多かった。それが普通であった彼には、主人の不興を買えばどうなるか解らないので主人を注意出来ないと言う人間関係を知識として知ってはいても、そんな暗愚な行いをセブンスターズに名を連ねる家がしているなど想像出来なかったのだ。

 

「手に余るならば、扱いも考えねばなるまいな」

 

状況が状況である、今イオクをアリアンロッドから離したとしてもファリド家に取り込まれる心配はない。ならば今のうちに数合わせを使える戦力に変えておくことも悪くないとラスタルは考えた。そしてそれは今後のギャラルホルンにとっても重要な事だ。このまま順調に進めば、次代のセブンスターズはファリド家の意見のみで動くようになってしまうだろう。マクギリス・ファリドが優秀である事は疑うべくもないが、合議制においてそのような環境が健全でない事は誰の目にも明らかだ。少なくとも一人はその意見に疑問を投げかける者が必要だろう。自分が居る内は良いが、それでも若い彼らより確実に先に引退する身としては、出来るだけ後顧の憂いは潰しておきたかった。

 

「となると、必要なのは教育係だが…、良さそうなのが居たな」

 

そう言って彼は口角を上げる。思い浮かべたのは、拘束中であっても何らこびへつらう事も無く、それどころかセブンスターズの当主相手にも平然と言い返す男の事だった。

 

 

 

 

独房の中でジュリエッタ・ジュリスは膝を抱えて座り込んでいた。アリアンロッド本隊と合流し作戦の報告をした後に、ラスタルから直々に独房入りを言い渡されたからだ。命令には従い独房に入った彼女は酷く気落ちしていた。

 

(悪いのはあの馬鹿ではないですか)

 

出撃すると言って聞かないイオク・クジャンにそれこそMSに乗る瞬間まで翻意を促したが、聞き入れられることは無く出撃してしまった。仕方なく護衛として出撃したが、既に大勢は決していた事から、彼女にも油断が生まれていた。だから、そばにいた彼が突然発砲し始めたのを止める事が出来なかったのだ。

 

「いえ、言い訳ですね」

 

確かに大本となる原因はイオクのせいだろう。しかし自分は確かに僚機として出撃していたし、あの場で彼を止められる唯一の人間だったのだ。そして何より、イオクがその様な行動に出る事を、唯一予想出来たのも自分だけだった。

 

「解っていたはずなんです。あの馬鹿はいつもそうなんですから」

 

彼女の知るイオク・クジャンという男は、信じられない程視野の狭い人間である。支援機に搭乗しているため、他の隊員よりも多く他者の動きを見ている筈なのに、自身の技量が劣っている事に気付かない。どころか、支援機を任されたのは自分の射撃の腕が優れているからだと勘違いしている節がある。尤もこれは、彼を後方に押し込めるためにあれこれと吹き込んだ部下達にも問題があるのだが。とにかくそれもあってか、彼はジュリエッタが交戦している際にも頻繁に支援射撃を行う。その際も自身が当てられると思った瞬間には躊躇なく発砲するので、連携などお構いなしだ。敵機ともつれ合っている際に撃たれた事も一度や二度ではない。撃って当てられると考えた瞬間、彼の頭から友軍機という存在はすっぽりと抜け落ちるのだ。幸いと言うべきか、狙った所へ弾が飛んでくる方が稀なため、今まで被弾した事は無かったが。

 

「どうしよう」

 

謹慎を言い渡された瞬間、彼女は自分がとんでもない勘違いをしていたのではないかと考えた。ラスタルはイオクが行動する際、頻繁にジュリエッタを護衛と称して同行させていた。自分はその言葉を鵜呑みにしてただ彼が死なないように行動していたが、本当はそれ以上の事を求められていたのではないだろうか。思い返せば彼の部下達は、彼の行動を止めたり苦言を呈する事が無い。そんな中で自分はあれだけ暴言を吐いているにもかかわらず、それを注意されたりブリッジから追い出されたりもした事が無い。ラスタルの指示であるから強く出られないとも思えるが、それでも嫌味や陰口の一つくらい聞こえても良かったはずだ。それが無かったのは、彼らも密かにイオクに彼女が正しく諫言してくれる事を期待していたのではないだろうか。だというのに自分は馬鹿に言っても無駄だなどと考え、伝える努力を怠った。その結果が今回に繋がっていると考えれば、ジュリエッタはラスタルの期待を裏切った事になる。

 

「どうしよう」

 

腹の底から冷たいなにかがせりあがってくる。ジュリエッタは孤児だ。幸運にもラスタルの友人に拾われ、才覚を認められたためにラスタルの下でギャラルホルンの隊員になることが出来た。それは逆に言えば、ラスタルが彼女の才覚に不満を感じたならいつ捨てられてもおかしくない立場であると彼女は考えていた。今の自分がその瀬戸際に居ると考え、彼女は恐怖する。温かい世界を一度でも知ってしまったが故に、あの冷たい世界に再び戻らねばならない事が恐ろしくて仕方がない。

 

「どう、しよう」

 

独房の中、一人呟く彼女に答えを示す者は居なかった。




イオク様については正直やり過ぎたかなと反省はしていない。

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