起きたらマさん、鉄血入り   作:Reppu

58 / 85
57.善意で舗装された道であっても、当事者が喜ぶとは限らない

「ミカヅキ?」

 

久しぶりの行為を終えた気だるい感覚の中で、胸の中に居るミカヅキが身動ぎしていない事に気付きアトラはそう声を掛けた。度重なる社員の増加に耐え切れなくなったCGSは、旧第二演習場を社宅区画に変更し、そこに多くの従業員を住まわせていた。アトラとミカヅキの二人は共同でマンションタイプの一部屋を借りて暮らしている。決め手は本社までの距離と防音性の高さであった。

 

「ん」

 

返事をするとミカヅキはアトラの胸元へ顔を擦り付ける。あの海賊討伐作戦から1カ月以上が経過していた。ここの所ミカヅキは苛立っていて、少し前までアトラが誘っても応じてくれない状態が続いていた。曰く、

 

「今、イライラしてるから」

 

小柄ではあるものの、MSパイロットを務めているミカヅキの体力は凄い。そう、とても凄い。普段から劣勢ではあったがそれでも手加減されていたらしく、フラストレーションで抑えが利かない状態で及んだら、アトラを傷付けてしまいかねないからと言うのが彼の言い分だった。全力のミカヅキに大変興味を覚えた彼女だったが無理を言う訳にもいかず、寂しく自分で慰めて我慢した。そんな彼から一カ月ぶりにお誘いがあり、先ほどまで彼女は愛しい男を堪能していたのだが。

 

「ちょっと考え事。ごめんね、アトラ」

 

「イシューさんのこと?」

 

謝罪してくるミカヅキの頭を抱きしめながらアトラは問い返す。海賊討伐の際不幸な事故があり、カルタ・イシューが負傷した事は5番隊に就職していたアトラも聞き及んでいた。地上の視察のたびに少年兵の多いCGSを気にかけ訪問してくれる彼女はセブンスターズの一家、それも当主とは思えない程温厚で気さくな人柄なため、CGS内でも人気者だ。唯一スピカだけが彼女を警戒しているものの、人間的には好感を持っていると話しているのを聞いた事があるから、事実上全員から好かれていると言えるだろう。そんな彼女が怪我、それも事故とは言え友軍に撃たれた事が原因だなどと聞けば、多くの者が殺気立つのも無理からぬことだった。

 

「そうなんだけど、ちょっと違うかな」

 

そうミカヅキは眉を寄せると息を吐く。その様子にアトラは首を傾げた。先日カルタが医療ポッドから出た旨を相談役の口から聞いていた彼女は、まだカルタが本調子でない事をミカヅキが気に病んでいるのかと考えたのだが、どうも違うらしい。

 

「ならどうしたの?」

 

基地内の雑務を担当している5番隊に比べ、実働部隊である3番隊に所属するミカヅキの方がどうしてもその手の情報に詳しくなる。聞いてミカヅキの憂いを解決出来るとまで自惚れてはいないが、それでも口にすれば気持ちの整理がつくかもしれないと考え、彼女はそう聞いた。

 

「うん、なんか面倒な事になりそうなんだよね」

 

そう言ってミカヅキは、今日聞いた内容をアトラへ話し始めた。

 

 

 

 

ギャラルホルンの地球本部であるヴィーンゴールヴには、円卓と呼ばれる部屋が存在する。勿論本当に円卓があるわけではなく、セブンスターズの当主達が合議する部屋をそう誰かが呼び出したのだ。今ではすっかりギャラルホルン内でその名が定着した部屋は、現在剣呑な空気に包まれていた。

 

「揃いました事ですし、そろそろ始めましょう」

 

そう口を開いたのはファルク公だった。バクラザン公と共にヴィーンゴールヴを預かっている彼は、この場で進行役を受け持つことが多い。

 

「…そうですな、我々も時間が惜しい」

 

普段の穏やかさなど置き忘れてきたかのように、低い声音でガルス・ボードウィンが賛同した。部屋にはセブンスターズそれぞれの家紋が掲げられた椅子が用意されていて、その椅子には各家の当主が座っている。その中で一つだけ、イシュー家の椅子だけが空席だった。ただし、その椅子の前には通信端末が置かれている。

 

『この様な格好での会議への参加、平にご容赦下さい』

 

その端末から、申し訳なさそうなカルタ・イシューの声が発せられる。ほんの3日前まで医療ポッドに納まっていた彼女は、現在火星支部の本部であるアーレスに身を置いていた。故に全員が揃わねばならない会議であっても、簡単にヴィーンゴールヴまで来る事は難しかった。

 

「仕方ないでしょうな。かと言ってこれ以上この問題を放置も出来ない」

 

バクラザン公が痛ましげに首を横に振り、話を進めるよう促す。それに頷き、口を開いたのはマクギリス・ファリドだった。

 

「では今回の一件について、当事者より何か言いたいことはありますか、クジャン公?」

 

言葉使いこそ丁寧であるが、その声音は多分に険を含んでいる。だがこの場にそれをとがめる者は居ない。それどころかボードウィン公に至っては、クジャン公を睨みつけている始末だ。

 

「わ、私は――」

 

「申し訳ない!全て私の監督不行き届きだ!」

 

イオク・クジャンが口を開こうとした矢先に、大声で隣に居たラスタル・エリオンが謝罪し頭を下げる。それを冷たい目で見つめながら、マクギリスは口を開く。

 

「私はクジャン公に聞いているのですが?」

 

「解っている、だが私にも謝罪の機会を与えて欲しい。本を正せば彼女の作戦に賛同し、クジャン公を派遣したのは私の判断だ。現場での判断に問題があったとしても、その責任を負うのが上官の務めだと私は認識している」

 

「問題ですか。エリオン公はこう仰っていますが、クジャン公はどの様にお考えですか?」

 

「それはっ」

 

「無論クジャン公は猛省している。地球に戻るまでの間彼は独房で蟄居していたのだ」

 

イオクが喋る前に、再びラスタルが遮って答える。その様子に苛立った様子を隠すことなく、ガルス・ボードウィンが責め立てた。

 

「私達はその反省の言葉を彼の口から直接聞きたいのだよ、エリオン公」

 

「一部ではここの所評価の高いイシュー公を妬んでの行動、などという流言も飛び交っている」

 

「戯言だ!なぜ私がその様な!」

 

立ち上がり叫ぶイオクに対し、マクギリスが手をかざし制する。

 

「無論、監査局の調査で今回の事が残念な事故であると言う事は解っています。それを公開し誤解を払拭する事も可能だ。しかし」

 

そう言ってマクギリスは手を静かに机の上に置く。

 

「しかしそれにはクジャン公、貴方からの誠意も必要だとは思いませんか?事故であれ何であれ、貴方が彼女を窮地に追いやった事は紛れもない事実だ。それとも事故なのだから謝罪の必要など無いとお考えかな?」

 

見れば机に置かれた手はきつく握りしめられ、僅かに震えている。その様子にイオクは動揺した。彼の中でマクギリス・ファリドと言う男は常に冷静で、それでいて他者を何処か見下している人間だった。妾の子と言う卑しい出自にありながら、才覚を見せつけるその姿にイオクが不快感を覚えたのは一度や二度ではない。そんな男が近しい友人の怪我に対し激しい感情を見せた事は、イオクのマクギリス・ファリドに対する印象を大きく揺るがせた。

 

「その、私は…」

 

『もう良いでしょう』

 

言うべき事は理解していた。だが躊躇ううちにその機会は失われることになる。

 

『事故である事が明白なのです。セブンスターズがこのような事で不和を見せるべきではありません。特に今は民衆も厳しく私達を見定めています。この件は水に流すという事で如何でしょうか?私はクジャン公を許します』

 

イオクの口から謝罪の言葉が出るよりも早く、カルタ・イシューが許しを与える。その言葉にマクギリスとガルス・ボードウィン、そしてラスタル・エリオンは苦い表情で、バクラザン公とファルク公は安堵しながら受け入れる。取り残されたイオクが脱力して席に座ると、ラスタルが難しい顔のまま口を開いた。

 

「イシュー公の寛大な心に感謝します。しかし信賞必罰は世の習いですし、許したとしてもそのままでは収まりも悪い。どうでしょうか、暫くクジャン公をイシュー公の補佐として火星支部で働かせるというのは?」

 

「そ、私にはアリアンロッド艦隊の指揮官としての責務が!?」

 

「そちらは私が何とかしよう。幸い目下最大の悩みであった海賊問題は沈静化しているのだ、貴公が抜けた穴を私が埋めるくらいの余裕はある。それよりもイシュー公との間に確執が無い事を明確にすることの方が大切だ」

 

『成程、ありがたいお話ですがアーレスは少々手狭ですよ?』

 

ラスタルの言葉にそうカルタが応じる。それは言外に拒絶の意思を表していたが、ラスタルは引き下がらない。

 

「出向く人員は最小限度、更に監視として監査局から人員を派遣頂くならどうだろうか?」

 

ラスタルは視線をマクギリスに送りながら言葉を続ける。

 

「流言が既に流れている以上、否定材料を用意しなければ痛くもない腹を探られることになる。それは今のギャラルホルンにとって大きな痛手になるのは間違い無い、何せあの事件からまだたった2年しか経っていないのですから」

 

『…監査局から人員の派遣は問題無いのでしょうか?』

 

カルタの問いにマクギリスが口を開いた。

 

「人員は問題ありません。しかし、監視が居ては確執があると明言しているようなものでは?」

 

「だからこその監査局からの派遣です。そもそもこの派遣には刑罰の意味も含まれるのだから、監視が居るのは不自然ではない。更にそれが双方に中立の立場ならば何ら問題とならないでしょう」

 

「私はエリオン公の意見に賛成です。セブンスターズの結束を見せる良い機会だ」

 

沈黙を守っていたバクラザン公がそう口を開くと、それにファルク公が首肯しつつ続く。

 

「何よりイシュー公の火星での活動は非常に評価が高い。そこからクジャン公が学べることも多いでしょう」

 

半数が同意した事で、合議の流れは固まる。それを察したカルタが疲れを隠さぬ声で答えた。

 

『では、若輩非才の身ではありますが、精一杯務めさせて頂きます』

 

その言葉に部屋の空気は少しだけ弛緩する。しかしイオク・クジャンは俯いたまま、その日の合議が終わるまで口を開くことはなかった。




堅苦しい話が続いたのでそろそろ(頭を)緩くしていこうと思います。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。