起きたらマさん、鉄血入り   作:Reppu

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58.敵を知らず、己を知らず

「ラスタル様!申し訳ありません!」

 

夕日に照らされた廊下にイオクの声が響いた。前を歩いていたラスタル・エリオンは足を止めると、振り返ること無くそれに応じる。

 

「謝る相手が違うな。イオク・クジャン」

 

突き放した物言いにイオクが怯んだのを感じながらも、ラスタルは構うこと無く言葉を続ける。

 

「合議の場で、問われるより先にイシュー公へ貴公は謝罪すべきだった。そうすればせめて謝らぬうちに許されるなどと言う無様を見せずに済んだだろう」

 

「その、イシュー公には後日正式にお詫びを」

 

未だにそのような悠長な事を言うイオク・クジャンにラスタルは頭を痛めた。クジャン家の席次はエリオン家より上である。個人の実績や勤続年数でラスタルが面倒を見る形になっているが、階級が同格になれば頭を下げるのはラスタルの側になる。そしてそれは決して遠い未来ではない。何故ならセブンスターズの席次はそのまま昇進速度にも影響しているからだ。溜息を吐いていると、騒ぎを聞きつけたのか、ジュリエッタ・ジュリスが近づいてくるのが見えた。普段は活発な彼女だが、今は大人しく廊下を歩いている。二週間以上蟄居が続いたのだから無理からぬ事だろう。しかしあれは周囲からの彼女への反感を抑える為には必要であったとラスタルは考えている。

 

「ラスタル様」

 

「丁度良い、ジュリエッタ。お前にはクジャン公と共に火星へ行って貰う」

 

その言葉に一瞬ジュリエッタが目を見開くが、彼女が何かを言う前にイオクが再び叫んだ。

 

「お待ちくださいラスタル様!どうかお考え直し下さい!私が学ぶべき方はラスタル様しかおりません!」

 

そう熱弁する彼に向き直り、ラスタルは正面から見据えながら口を開く。

 

「ほう、そうか。私から学ぶと。ところでクジャン公、貴公は私から何を学ぶのかね?」

 

「え?」

 

驚くイオクに対し、彼は皮肉気に口元を歪めながら更に問う。

 

「どうした?私も他のセブンスターズも、君が学ぶべき相手はイシュー公だと考えた。だが貴公はイシュー公ではなく、私でなければならないと言う。つまりそれは、イシュー公に無く私からしか学べない何かがあると言う事だろう?それは何だと聞いている」

 

「それ、は…」

 

言い淀むイオクなどお構いなしに喋り続ける。

 

「知っての通り私は誰かにものを教えると言うのが不得手でな。何が学びたいのか解らぬ相手を教え導ける程の器量は無い。せめてその者の参考になりそうな人間を紹介してやるのが精々だ。しかもだ」

 

ラスタルは遠慮せずに更に言葉を叩き付けた。

 

「貴公はその教え方が不服だという。さてクジャン公、私の教え方が気に入らぬと言う貴公に、何をどう教えたら良いのだね?」

 

「……」

 

彼の問いに対してイオクが言い返せずに沈黙していると、思い詰めた表情のジュリエッタが口を開いた。

 

「ラスタル様。イオク様が火星に行かない場合、私はどうなりますか?」

 

「うん?」

 

質問の意図が解らずラスタルは首を傾げた。イオク・クジャンが火星に行くことは決定事項であり、覆るものではない。同行を命じているジュリエッタの扱いもそれに倣うのだから、行かない場合の処遇など存在しないのだ。それ故の行動だったのだが、どう受け取ったのかジュリエッタは勢いよく頭を下げると大声で懇願してきた。

 

「どうかその場合でも私を火星へ行かせてください!」

 

「言ってみろ、ジュリエッタ」

 

彼女の予想外の願いを聞き、ラスタルは即座にそう返した。ジュリエッタの言葉をイオクに聞かせるべきだと判断したからだ。

 

「私は、今回の事で自分の力不足を知りました。私はもっと学ばなければいけません。だから火星に行かせてください!」

 

その言葉を聞きラスタルは思わず頬を緩めた。ジュリエッタは彼の親友が才覚を見いだし拾い上げた孤児だ。出自によって採用の成否が決まってしまうギャラルホルンにおいて彼女はラスタルの私兵と言う扱いであり、その事に彼女は満足しているように彼には見えていた。故に相応の扱いをしてきたのだが、どうやらジュリエッタはその上を目指すつもりになったようだ。才能がありそれでいて向上心のある人間をラスタルは好んでいる。この瞬間、彼の中でジュリエッタの立ち位置が明確に変わった。

 

「お前はあくまで私の私兵と言う立場だ。そのお前が一人で火星に向かってもアリアンロッドでのような扱いは受けられん。それどころか学ぶ機会が与えられるかも解らんぞ?」

 

「いいえラスタル様。あの作戦の時火星支部の部隊は、数で負けていたのに戦いでは勝っていました。個人の技量もあるのでしょうが、それよりも彼等は一つになって戦っていたことがあの勝利に繋がっていたと私は思います。そしてそれが今の私には足りないものです。だから彼等の側に居るだけで、幾らでも学ぶことはあると思います」

 

彼女の返事にラスタルは頷く。

 

「よく言った。さて、クジャン公。貴公はどうするかね?」

 

視線の先に居た、イオク・クジャンは俯いたままだった。

 

 

 

 

「お久しぶりです、もうお加減は良いのですか?」

 

「ええ、随分とご心配をおかけしました。皆さんにも大事ないことをお伝えください」

 

そう笑うカルタ嬢に俺は笑顔で頷いて見せる。

 

「良い話を持って帰れる私は運が良い。皆も聞けば喜ぶでしょう」

 

事実ここの所CGSの空気は控え目に言って最悪だったからな。彼女の無事を知ればかなり改善されるだろう。そんなことを考えていたら、何故かカルタ嬢は表情を曇らせながら口を開いた。

 

「ですが、悪いお知らせもあるのです」

 

「悪い、ですか。一体何が?」

 

聞き返した俺に、彼女は真剣な表情で告げてくる。

 

「今回の一件は偶発的な事故である事は証明されました。本来ならばそれだけで済むはずの話だったのですが、アリアンロッド艦隊の司令が信賞必罰は必要であると言い出しまして」

 

「道理ではありますが、それがどう悪い知らせになるのですか?」

 

「誤射をした隊員の再教育を火星支部でして欲しいと」

 

何でそうなる?

 

「再教育ならば地球本部で行えば良いのでは?何故態々ここでやる必要があるのです?」

 

そもそもガンダムに残っていた画像を確認したけど、あれどう考えても誤射で済ませて良い攻撃じゃねえぞ?格闘戦してる友軍MSの背後から射撃って、射撃の基本すら理解していない可能性がある。はっきり言って新兵訓練からやり直せと言うのが俺の意見なのだが。

 

「発砲したのがセブンスターズの現当主である事はご存じでしたね?つまり、そう言うことです」

 

その言葉に俺は無言で頭を掻く。ギャラルホルンははっきり言って歪な組織だ。俺から言わせれば世界で唯一――今ではだった、だが――の武装組織が、合議制と言いながらもごく一部の人間の意見で動いているなんて正気の沙汰ではない。これでせめて隊員達からの推挙なりなんなりで入れ替わりでもあれば多少はマシだが、300年前の戦争で功績の高かった7名の子孫が独占しているとか、一体いつの時代の話かと言いたくなる。無論目の前の彼女のように名に恥じない働きをしようと努力し、更には才能に恵まれる人間もいることはいるだろう。けれど組織の運営や意思決定を努力せずとも与えられる立場にいる人間が、常に全員堕落せずに職務に当たれると思えるほど俺は人間が信じられない。そもそも功績順だって気に入らん。MAの討伐数が多い順?そんなので解るのはパイロットとしての技量くらいなもので、組織の運営能力なんて何も担保されてねえじゃねえかと声を大にして言いたい。

 

「面子と言うのも厄介ですな」

 

軍組織と言うよりギャラルホルンって武家社会なんだよな。だからセブンスターズの、しかも当主が再訓練なんて受けたら舐められると言う事なんだろう。そうなると暫くは合同訓練も休止だろうか?

 

「しかもまだ続きがあるのです」

 

なんですと?

 

「アリアンロッド艦隊では火星支部の訓練を非常に高く評価していると。なので現地協力企業との合同訓練など通常行っている訓練を実施し、是非参加させて欲しいとのことなのです」

 

それはこっちの持ち出しが多すぎませんかね?事故だって言ってもカルタ嬢は被害者だぞ?そこに馬鹿の再訓練を頼むのだけでも大概だと思うんだけど。

 

「…火星支部に対して、アリアンロッド艦隊に配備予定だったレギンレイズと艦艇を融通するそうです。それに掛かる運用費も受け持つと」

 

溜息を吐きながら、カルタ嬢は更に続ける。

 

「更にイシュー家が支援している火星企業を、エリオン家とクジャン家でも支援したいと提案されました。率直に申し上げて、これはかなりおいしい内容です」

 

貧困こそ治安維持の最も大きな障害であるとして、イシュー家名義でカルタ嬢は火星の企業、ウチみたいに浮浪児を雇っている所やアドモス商会みたいに孤児院なんかを経営している企業に出資してくれている。そうした人が増えることは純粋に助かるし、何より世界がそれを良い事だとか、メリットだと認識してくれる様になれば万々歳だ。成程、嫌らしい手を使ってくれる。

 

「ですな、そこまで言われては断れません。皆には上手く私から言いましょう。しかし本当に良いのですかな?普段通りと言われますと、その」

 

俺が言い淀むとカルタ嬢は良い笑顔で応じる。

 

「ええ、問題ありませんわ。何しろ普段通りと言われたのですから」

 

俺が苦笑し首肯して見せると、彼女は笑顔のままお辞儀をする。

 

「ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願い致しますわ」

 

そう言った彼女の頭から珍しく付けていた髪留め、カチューシャと言うのだろうか?そんな大きさのものがズレて落ちる。すると何故か彼女は慌てて頭を押さえた。

 

「大丈夫ですか、カルタ一佐?」

 

「ふぁいっ!大丈夫です!?」

 

いや全然大丈夫に見えないんですけど。不思議な行動を取る彼女に思わず近づいたら、もの凄い勢いで彼女が立ち上がり飛び退かれた。因みにその間も彼女の手は頭を押さえたままだ。その行為に俺はなんとなく察する。そうだよな、一月近くも医療ポッドに入っているような怪我をしたんだ。頭部に大きな傷なんかがあっても不思議じゃない。あの髪留めもそんな傷を隠すものだったのだろう。

 

「申し訳ありません。配慮に欠けていました」

 

俺はそう言って髪留めを拾うと机に置き、部屋を出ようとする。彼女は軍人であるが同時に年頃の女性だ。特に容姿に関係する事ならば気にするななどと言うのは無神経な話だろう。ここはこのマ、大人しく去るぜ。

 

「あ、ま、待って!待って下さい!?」

 

思えば前世も女心が解らないとか鈍感とか朴念仁とか散々な評価だったな、などと遠い目をしていたら、彼女が慌てて呼び止めてきた。いや、いいんだカルタ嬢。俺のようなデリカシーの無い奴をフォローする必要なんてないんだ。

 

「重大な誤解をされておられます!大きな怪我などはしておりませんから!!」

 

いやでも、じゃあその仕草はなんですか。言いながらも頭から手をはなさない彼女に首を傾げると、カルタ嬢は顔を真っ赤にしながら、恥ずかしそうに目に涙まで浮かべてゆっくりとその手を退けた。

 

「後遺症や傷跡は無いのですけれど、その、治療後に毛髪に変な癖が付いてしまいまして」

 

彼女の言葉を肯定するように、毛髪の一部が大きく跳ね上がっている。いや、跳ねすぎだろこれ。でもなんて言うか。

 

「無礼を承知の上で、敢えて言わせて下さい」

 

湧き上がる衝動を抑えきれず、俺は口を開く。

 

「大変愛らしいですよ、カルタ嬢」

 

「…本当ですか?」

 

俺の言葉に、狐耳を生やしたような髪型になった彼女は俯いて、小さな声で問うてくる。なんだ?彼女は俺を殺しにきているのか?

 

「嘘など言うものですか。それとも、こんな男の言葉は信じられませんか?」

 

俺の言葉に、彼女は顔を赤くしたまま、いつまでも俯いていた。

後日、彼女は髪留めを外して業務に当たるようになったのだが、彼女の部下達から大量の感謝のメールが俺宛に届く事になる。そしてCGSの4番隊でも暫くコスプレが流行る事になるのだが、まあそれは別の話である。




イオク様、今日の大罪:カルタ様にケモミミを生やさせる
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