起きたらマさん、鉄血入り   作:Reppu

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5.成功には才覚が要る、そして才覚のある者は少ない

マルバ・アーケイは良くも悪くも凡人である。彼の不幸は言ってしまえば凡人でありながら幸運だった事だ。クリュセのそれなりの家庭に生まれた彼は、多くの恵まれた若者がそうであるように良識と常識を身に付け社会へと巣立つ。彼の不幸の始まりと言える最初の幸運は、個人商の真似事をしている最中に、悪魔の名を持つMSを発見してしまった事だろう。教えられてきた正義と遥かに乖離した現実に憤っていた彼にとって、この出会いは運命に感じられたのだ。もちろんそれは運命だったのだろう、尤もそれが良いか悪いかは別として。もし彼が根っからの悪人だったならば、手にした幸運を悪用するに留まり、もっと平穏に惨めな終わりを迎えられたかもしれない。しかし若かりし頃の彼は、この力で不条理な世界に抗えるのではないかと考えた、考えてしまった。なけなしの財産に親の遺産までつぎ込んで会社を設立。社会の弱者として扱われる者たちの受け皿になろうと、彼は本気でそう思っていた。だが幸運は永遠には続かない。会社の運営に対する知識を持っていても、彼にはそれを大過なく運用する才覚は持ち合わせていなかったのだ。当初は彼の熱心な態度に乗り気であった出資者達も、業績が上がらないと見ると、一人また一人と手を引いていった。知識のない者、未熟な者を扱う事の難しさをマルバが痛感した時には、CGSは投げ捨てるには大所帯であり、マルバのなけなしの才覚とコネで何とか自転車操業を続けているという有様だった。

そして人は貧すれば鈍する。能力がない従業員は扱えない、ならば使えるようにすればよい。

どちらにせよこのまま放置すれば衰弱して死にゆくのだ。ならば多少の犠牲は出るにしても多くの命が明日へつながるだけの力が手に入るなら、使わない事はない。

自らをそう欺瞞して、マルバは浮浪児達へ阿頼耶識システムの施術を指示する。最初は能力の低い者だけだったそれが、全員に植え付ける事が当たり前になるまでそれ程時間はかからなかった。

 

「声かけに応じたのは10人か」

 

「ウチは悪名高い人さらいのCGSですからね。むしろ10人集まっただけ上出来でしょう」

 

そう言ったのは2番隊を纏めているサブード・カタンだった。元は最近変死した金持ちの私兵をやっていたとのことだが、詳しい経歴は聞いていない。ある日埃まみれで帰ってきた相談役が戦利品と称して連れてきた人間の一人である。

 

「予定通り体力テストの後、配属を決めます。まあ、半分は5番行きだと思います」

 

そう続いたのはヤスネル・ハンクだ。彼も同じく戦利品の一人であり、マルバは経歴について目を瞑っている。彼の口にした5番隊は4番隊とほぼ同時期に編成された新設の隊で、主に基地内の雑務全般を取り扱う隊である。年齢性別すべて不問のこの隊は言ってしまえばマルバが最初に目指した弱者救済用の隊だ。表向きは経験豊富な老人の技術吸収並びに若手の育成と言う事になっているが、内容が文字通り子供の手伝い程度で衣食住を提供しているのだから。設立当時は古参の大人達から不満の声も上がったが、相談役の、

 

「ならばすべて自分でやれ(意訳)」

 

と言う非常に解りやすい説得と、雑務の拘束時間が減ることで慰安施設の利用時間が増える実利の前に沈黙した。

 

「施術無しならそんなもんだろう。全員満足に雇えるだけ気楽なもんだ」

 

阿頼耶識システムの施術成功率は決して低くない。だがそれは施している側の理屈であり、施される側からすれば何人かに一人は必ず発生するリスクだ。マルバはその成功率の低さから目を背けるために次第に施術に立ち会わなくなったが、それでも浮浪児達を運んできたトラックが再び何かを載せて走り去るのを何度も見送っている。そう溢すと二人が驚いた表情を作っている事に気づき、マルバは不機嫌そうに睨みつける。

 

「なんだ、悪名高い人さらいの親玉が浮浪児の事を心配するなんざ滑稽か?」

 

「はっきり申し上げれば、驚いています。まあ、良い方の驚きですが」

 

「…俺だって正論だけで生きられるならそうしていたさ」

 

会社を興し人を雇えば、そこには必然的に彼らに対する責任が発生する。凡人のマルバには綺麗ごとだけで彼らへの責任を果たせるだけの能力がなかった。だが同時にそれが出来るならば、綺麗ごとを優先する程度に彼は平凡な男だった。

 

「あの馬鹿のおかげで資金繰りは順調なんだ、経営拡大を狙うなら今だろう。引き続き人員の募集を――」

 

そう今後の方針をマルバが告げていると、遠雷のような地響きと共にオフィスが僅かに揺れる。不審に思ったヤスネルがブラインドの隙間から外を見ると、巨大なトレーラーが格納庫へ向けて移動していた。

 

「トレーラー?」

 

「また何かしでかしやがったか!?」

 

ヤスネルの言葉にマルバはそう叫ぶと格納庫へ向けて走り出す。暫くしたら社長の中年太りが解消しそうだなどと、どうでもよい事を考えながら二人は肩をすくめるのだった。

 

 

 

 

「おまっ!これ!?なぁ!!?」

 

搬入作業に立ち会っていたら、息を切らせたマルバが走り寄るなりそう叫んだ。うむ、中々の反応速度だな。別に大したことじゃないからどっしり構えてればいいのに。

 

「お前、いったいこれは何なんだ?と言うところか?」

 

見ての通りですよ?格納庫でも一番奥のスペースに移動したトレーラーの荷台からシートがはがされる。そこには仰向けに寝かされたMSが鎮座していた。

 

「どーよぉ、マっさん。ご注文の品だぜぃ!」

 

トレーラーの助手席から降りてきたトドがどや顔でそう告げてきた。俺は笑顔でサムズアップし、トドに応える。

 

「パーフェクトだ、流石だよトドさん」

 

注文した通りの満額回答に思わず頬も緩むというものである。入ってきたトレーラーは4台。内3台にはMS、そして残りの1台には武装や補修用の装甲材などが積まれている。

 

「ご要望通り全部ロディ・フレーム!ちゃんと交換用のシートもセット!まあ、ちょっとばかし値は超えちまったけどね?」

 

そう言って彼はタブレットの画面をこちらに見せてくる。うむ、想定より30%程高いが、十分許容範囲だ。同じようにタブレットを見ていたマルバが目を見開くとトドからそれを引っ手繰り、わなわなと肩を震わせた。

 

「こ、ここ、この、こ!?」

 

うん流石に何言いたいか解んねえや。

 

「鶏の真似かね?あまり似ていないぞ、社長」

 

「これ、おま、この額!?」

 

そんなに驚く額か?たかだかわが社の年間運営費4年分じゃないか。知ってんだぞ、内部留保が大分貯まってんの。

 

「そろそろ所帯もでかくなってきたからな、事業拡大の時期だろう?その為の投資だ」

 

もっとも、この事業が上手くいくかはマルバ次第だったりするのだが。状況がまだ呑み込めないのか、酸欠の鯉みたいに口を開け閉めするマルバの肩を強く叩き、正面から見据える。頼むぜ社長、こんな程度で怖気づいてもらっちゃ困るんだよ。

 

「しっかりしろ、社長。もう買ってしまったんだから後には引けん。この事業の成否はお前の双肩にかかっている」

 

「お、俺の双肩だぁ?適当な事を言って誤魔化そうったって」

 

失敬なやつだね。

 

「面白半分でMSを買う馬鹿が居るか。ちゃんと収益を考えて買っている」

 

「ほう?ギャラルホルンに喧嘩でも売って火星の独立でも勝ち取るのか?」

 

何を馬鹿なことを。

 

「それは追々だ、今は戦力が足りんから手近なところから始める。差し当たって火星周辺のデブリ掃除だな」

 

「とてつもなく不穏な発言が聞こえた気がするんだが」

 

マルバの言葉を無視して話を進める。

 

「デブリ帯の原因はエイハブリアクターだ。こいつを回収する」

 

「馬鹿か、儲けが出せるなら誰でもやってんだ。脳みそ天気な相談役様に教えて差し上げるがな、宇宙ってのは滅茶苦茶広いんだ。てめえが言ってるのは砂漠で一粒の砂金を探して儲けようって話なんだよ!それもその砂漠は縄張りにしている海賊どもがわんさと居るんだ。そんな所で呑気にデブリ拾いだ?命がいくつあっても足りねぇよ!!」

 

そらそうよ、小遣い稼ぎにゃリスクが高い。何せ大抵の連中は持っていても作業用のMS、大半はモビルワーカーだ。

だがここで重要なのは、実のところリアクターの回収そのものはそこまで確率の低い話じゃないということだ。何せデブリの濃いところならほぼ確実に存在しているし、そうした宙域の位置は粗方マッピングされている。じゃあなんでジャンク屋が群がらないかと言えば、大きく分けて二つの理由がある。第一がエイハブリアクターの使い道だ。保護されていない電子機器を破壊してしまうこの動力は都市部での起動どころか持ち込みすら禁止されている。つまり拾ってきても売る相手が極端に限定される。もう一つがマルバが言う通り、デブリ帯は海賊どもが根城にしているため、相応の自衛手段がなければ自分がデブリの仲間入りをしてしまう事だ。そしてこの世界はギャラルホルンによって戦力の保有が厳しく制限されている。真っ当な手段で海賊に対応可能な戦力を整えるなど、それこそギャラルホルン以外には出来ないのだ。

 

「はっはっは、言われんでも承知の上だ。だが問題ない」

 

「どこがだよ!ああ…、折角まともに会社が回せるって矢先にこんな…」

 

前にも言ったと思ったけどなぁ。この会社の資産はちゃんと把握しているって。

 

「むしろ海賊が来るなら大歓迎だ。稼働状態のリアクターが向こうからわざわざ来てくれるんだぞ?探す手間が省けるじゃないか」

 

「本気で馬鹿か、たった3機やそこらのMSで海賊を返り討ちにするってのか?」

 

勿論大真面目にそのつもりだ。

 

「行けるさ。何せこちらには悪魔が味方についているんだからね?」

 

俺の言葉の意味を理解したマルバが顔を青くする。しかし俺は気にせずに話を続けた。何せ本当にお前さんが青くなるのはここからだからな。

 

「問題はリアクターを確保した後だ。特殊な分利率も期待できるが、如何せん買い手が確保できなければ意味がない」

 

「そ、そうだ!肝心のそこが抜けてる!やっぱりこんなのは――」

 

止めろと口にする前にマルバの肩を強くつかんで黙らせる。悪いが俺はもう覚悟しちまったんだよ。

 

「そこで社長の出番だよ。君の知人にはリアクターを喜んで買ってくれそうな人がいるだろう?」

 

「そんな奴知らねぇよ!?」

 

嘘は良くないなぁ。

 

「そうかい?名瀬・タービン辺りは欲しがると思うのだけれどね?」

 

俺の言葉に青を通り越して土気色になるマルバ。だがこのマ、最早引かぬ。

 

「リアクターの製造をギャラルホルンが独占している以上、彼らが戦力を拡充するには鹵獲か発掘品を使うしかない。欲しがる人間に欲しいものを売りつけるのが商売の基本だよ?」

 

俺は笑顔でそう言い切った。




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