キツネ耳カルタによるイオク様へのヘイト緩和、ヨシ!(現場猫
「監査局より同行を命じられた、ガエリオ・ボードウィン三佐だ。世話になる」
「よろしくお願いします。アリアンロッド所属、ジュリエッタ・ジュリスです」
「……」
本社の応接室で目の前に座った三人がそう口にした。正確には二人だけど。俺が柔やかに待っていたら、沈黙していたイオク君の脇腹にジュリエッタ嬢の肘鉄が刺さった。あれは鍛えていても痛いな。
「うぐっ!…イオク・クジャンだ」
「はい、よろしくお願いします。私はCGS社長相談役のマ・クベと申します、以後お見知りおきを。イシュー一佐より伺いました内容では弊社の新人研修をお受け頂くとの事でしたが」
「新人研修だと?たかが民間警備会社のそんなものを何故受けねば――うごっ!?」
苛立たしげに噛みついて来るイオク君の脇腹に再び肘鉄が突き刺さる。うん、別に良いのよ、受けてくれなくても。
「と仰っておりますが、受講なさるのはジュリス様のみと言う事で宜しいでしょうか?」
その言葉に首を横に振ったのはガエリオ君だった。
「いや、ここに居る三名全員での研修を希望する」
おや?
「ボードウィン三佐もですか?」
「御社の精強さは身に染みて理解しているのでな。折角なのだから是非体験したい」
そいつは物好きな、だが研修費を頂けるなら何も問題無い。俺は笑顔で頷くと早速始める事にした。
「承りました。では、アキヒロ。三名を新兵コースだ」
「はっ!」
後ろに立っていたアキヒロが元気よく答える。その声量に驚いている三人に俺は笑顔のまま告げた。
「何をしている?取敢えず、良いというまで走りたまえ」
俺はそう言って外を指さした。
「なめてるのか!ジジイのマスかきでもまだ貴様等より元気があるぞ!!気合を入れろっ!」
ひっきりなしに飛んでくる罵声を聞きながら、ジュリエッタは黙々と走る。応接室での会話から僅か10分。既に準備されていた野戦服とブーツに着替えると、そこからは基地の周囲を延々と走っている。とはいうものの、ジュリエッタとその横を走るボードウィン三佐の顔に疲労は無い。火星の気温は過ごしやすく、彼女が新兵訓練を受けた地球のキャンプに比べれば遥かに走りやすい。何よりMSパイロットは体力勝負であるため、彼女は日頃から鍛えている。この程度は普段の準備運動と変わらない運動量だ。因みにイオクは2周目辺りから遅れ始めており、併走している教官から罵声を浴びせられている。
「あれでよくもレギンレイズに乗れたものだな」
振り返りそう呆れた声を出すガエリオにジュリエッタは視線を送らずに口を開いた。
「ボードウィン三佐は鍛えてらっしゃるのですね」
「監査局もMSには乗るから、多少はな」
そう返すガエリオを見て、ジュリエッタは彼の評価を上方修正する。火星に向かうシャトルの中では非常に軽薄な態度であったため、勝手にイオクと同程度と判断していたのだ。
「監査局にはまだレギンレイズは配備されていないのですよね?」
「実働部隊が優先だからな。もっとも、俺のように優遇されている人間には回ってきてるが」
その言葉にジュリエッタは少しだけ目を見開いた。レギンレイズを受領した日、イオクは周囲に散々自慢していたのだ。対してガエリオは、それが当然では無く優遇の結果だと認識している。
「どうした?」
「いえ、随分真面な方だなと。セブンスターズの若い男はイオク様しか見ていなかったものですから」
「いや、どちらかと言えばあっちの方が特殊な部類だろう…」
そう言ってガエリオが振り返った先には、足を止めて教官に食ってかかるイオクの姿があった。
「いい加減にしろ!私を誰だと思っているんだ!イオク・クジャンだぞ!?」
そう言われた教官の青年、アキヒロ・アルトランドはそれよりも遥かに大きい怒声で応じた。
「誰が止まれと命じた!?発言をいつ許した!クソ虫がベラベラとクソを垂れるな!貴様に許された発言は、ハイとイイエと教官殿だけだ!そのクソよりも価値のない頭に詰まったものにちゃんと覚えさせておけ!」
「なっ!?」
「貴様は誰なのか教えてやる!貴様はクソ虫だ!この世界で最も劣った生物だ!戦場に出れば味方の足を引っ張るどころか、後ろ弾で殺しかけた害悪だ!正に生きている価値のない存在だ!」
「あそこまで言うか」
引いた笑みを浮かべながらそう口にするガエリオに対し、冷めた目でジュリエッタは答えた。
「でも事実ですから言い返せません」
二人が呟く間もアキヒロの罵声は続く。
「訓練を受けている貴様がそれ以前は何であったかなど重要じゃない!貴様は価値がないから訓練を受けているのだ!そんなことも解らんのが貴様がクソ虫である証拠だ!解ったか!?」
「わ、私は」
「巫山戯ているのか!貴様が垂れて良いクソは!ハイとイイエと教官殿だけだと教えたはずだぞ!その大層な頭にはクソすら詰まっていないのか!?」
「い、いいえ」
「声が小さい!」
「い、イイエ!教官殿!」
「だったら走れクソ虫!勝手な休憩を挟んだ分は2周追加で許してやる!」
「な」
「返事はどうした!」
「ハイ!」
「良し、駆け足!!」
アキヒロの言葉に、イオクはのろのろと動き出す。つられて二人もランニングを再開した。
「懐かしいですね」
そう言って微笑を浮かべるジュリエッタに、今度はガエリオが話し掛ける。
「以前もこんな訓練を?」
「はい、地球で少し。でも彼は優しいですね、私が受けた訓練では教官に刃向かったりしたら即座に殴られましたよ」
「君の人生も中々に壮絶そうだな」
彼の言葉にジュリエッタは頷く。
「はい、ですから私は頑張るのです。あんな思いは二度とごめんですから」
「おー、やってんね?」
アキヒロの様子を眺めていたら、愉快そうな笑みを浮かべたシノがそう言いながら近づいてきた。
「まだ走らせるだけなんだがね。前途多難と言ったところだな」
ギャラルホルンってもしかして新兵訓練が無いのかな?って疑いたくなる行動を繰り返すイオク・クジャンに正直ハラハラさせられっぱなしである。教育係をアキヒロにして本当に良かった。
「あーあ、アキヒロの奴舐められてるなぁ。マッさん。俺が代わろうか?」
愉快そうに口元を歪めながら、全く笑っていない目でシノがそう聞いてくる。俺は溜息交じりに答えた。
「気持ちは解るが駄目だ。これは訓練であって報復の場ではない」
シノ自身はカルタ嬢とそこまで深い親交が有ったわけではない。むしろミカヅキやアキヒロの方が近いだろう。けれど彼は年少組の面倒をよく見ている分、彼等の悲しんだ姿を年長組の中で一番身近に見ていた人間だ。
「相手が理解出来ない報復はただの攻撃だ。敵を増やすだけにしかならん」
「もう敵じゃねえの?」
そう冷たい目で走るイオク・クジャンを眺めながら、頭の後ろで腕を組むシノに俺は頭を振って見せる。
「あれはそれ以前の問題だ。自分の行いが敵を作っている自覚すら無い」
だから今俺達が彼に敵対するならば、イオク・クジャンはこう思うだろう。CGSは突然こちらに牙を剥いてきた、意味不明の連中だと。そして何より恐ろしいのは、そう言った馬鹿は一度敵だと認識したら話が一切通じない事だ。彼のような人間にとって、敵とは対立している人間ではなく自身を害する悪でしかない。故に相手の言い分も立場も考慮せずに躊躇無く正義を行えるのだ。
「最低限戦争を理解させん事には、危なくて味方どころか敵対も出来ん。すまないな」
「マッさんがそこまで言うなら、我慢するよ。けどさぁ」
走ると言うよりも既に歩いている速度で動きながら、恨みがましい目でアキヒロを見つめるイオク・クジャンを見ながらシノがぼやく。
「あれ、本当に何とかなるのかね?」
その質問に答えられるだけの判断材料を持たない俺は、沈黙で応じるしかなかった。
だから、また溜めても平気だろ!(危険な発想