『踏み込みが足りんっ!』
『ぬぁぁぁっ!?』
振り下ろされたロングソードをスウェーで躱し、ランドマン・ロディがレギンレイズにサマーソルトを決める。それをくらい綺麗に弧を描きながら吹っ飛ぶレギンレイズ、格ゲーだったら“YOU WIN!”とかテロップが出そうな見事な動きである。
「まあ心を入れ替えたからと言って、劇的に能力が上がるなんて事はないな」
イオク君が俺の所にカルタ嬢に謝罪の時間を貰いに来たのが一週間程前。早乙女流奥義が一つ猛虎落地勢を伝授し送り出した所、どうやらちゃんと和解出来たようだ。カルタ嬢から何故か執拗に食事の献立やら試作料理を食わせなかったか聞かれたが。
「素直に言う事を聞くようになっただけでもすげえ進歩ですよ。アイツ等もおかげで大分落ち着いてます」
あれで?
『ヘイヘイ!どうしたどうした!ギャラルホルンってのはこの程度かよ!?』
『まだまだぁ!!』
『だが踏み込みが足りん』
『ぬぁぁぁぁっ!?』
安い挑発にレギンレイズが立ち上がり再びロングソードを振り上げるが、やはりあっさりと回避されて背中を蹴り飛ばされる。今度はドロップキックだった、ビトーの奴ノリノリだな。でも今の踏み込み云々関係無いぞ?その台詞流行ってんの?
「アキヒロ、ちゃんとデブリーフィングはしてやれよ。あれではただ転がされているだけだ」
そう俺が窘めると、アキヒロは渋い顔で口を開く。
「MSの操縦そのものがあまり向いてねえと思うんですが」
阿頼耶識組の君らから見ればそうかもしれんね。俺は苦笑しつつ言い返す。
「再訓練だと思えばな、だがMSに触ったことがある新人くらいならあの程度だろう?大目に見てやれ」
そう言って俺は自分の番の準備に入る。たまのレクリエーションだ、楽しませて貰おう。
「本っ当にロディ・フレームですか!?」
振るわれたショートソードは空しく空を切る。直後に襲ってきた射撃が左手を襲いマニピュレーターが損傷、武器を取り落とす。既に間合いの外に出ている丸い機体を恨みがましく睨み、ジュリエッタは機体を加速させた。
『悪くないが動きが直線的過ぎる』
フェイントを入れようとするより先に通信が飛んできたかと思えば、先ほどまで逃げていたはずのランドマン・ロディが反転、距離を詰められたと思った次の瞬間には横をすり抜け様に右足を引っ掛けられ、ジュリエッタのレギンレイズが派手に転倒する。
(動きが速いわけじゃない、出だしが早いんだ!)
ジュリエッタは戦慄した。レギンレイズは対MS戦を想定して設計されたMSだ。その性能は出力以外ならばガンダムフレームすらも上回る。特に機体の反応速度と重心制御は大幅に改善されていて、グレイズでは絶対に勝てないとまで言わしめる程だ。その機体に乗ってすら、動きの出かかりを一方的に潰されているという事実は、ジュリエッタに彼我の圧倒的な技量差を否応なく見せつける。
「機体ではなく、人間の性能差!」
そう叫び彼女は口角を吊り上げる。ジュリエッタはただの人間だ。阿頼耶識を施術されている訳でもないし、かと言って幼少からMSに乗っていたというような特異な経歴もない。身体能力は高いもののそれでも人類を逸脱する程ではないし、知識に至ってはギャラルホルンの隊員として最低限という有様だ。だがそれ故に彼女は笑う。
「私は、まだまだ強くなる!」
目の前で見せつけられる光景。彼女と同じく、何も持っていない男が繰り出すそれは、いずれ自らがたどり着ける境地にある。その事実に彼女は興奮を覚えずにはいられなかった。
翻弄され土まみれにされる2機のレギンレイズを見ながら、ガエリオ・ボードウィンは溜息を吐いた。
「違うだろう、イオク・クジャン。ジュリエッタ」
二人が努力しているのは理解できる。訓練中驚くほど従順になったし、与えられた内容にも真摯に取り組んでいる。しかし、根本的な所がずれているとガエリオは思った。
「お前たちは指揮官になるんだぞ?MSの技量を磨き上げてどうする?」
勿論個人の武力を疎かにして良い訳ではない。特に実働部隊を率いるような立場となれば、部下に舐められない為にも相応の技量は必要だ。だが彼らが踏み込もうとしているのはそんな程度の話ではない。
(相談役殿は何を考えているんだ?)
ジュリエッタ機を派手に転ばせているランドマン・ロディに乗り込んだ男を思い出し、ガエリオは頭を掻く。自分の価値観を変えてしまう程の言葉を放った彼が、考え無しに訓練を施しているとも思えない。けれどこのまま続けても、生まれるのは凄腕のMSパイロットが精々であり、彼らの望んでいる未来は難しいだろう。
「まさか、新人研修だからと本当にそこまでで済ますつもりじゃないだろうな?」
「どうしたんです、ガエリオ三佐?」
嫌な汗を掻きながらそう呟くガエリオに声が掛けられる。振り返るとそこには小柄な青年が立っていた。
「ああ、ミカヅキか。休憩か?」
ガエリオの問いに彼は頷くと、籠から真っ赤なトマトを取り出し差し出してくる。
「第三演習場の整備が終わったんで。食べます?」
「頂こう」
以前数奇な縁で顔見知りになっていたミカヅキとガエリオは短期間で良好な関係を構築している。特にガエリオがミカヅキの技量に対し敬意を抱いており、積極的に関わった結果、ミカヅキの方からも姿を見ればこのように話し掛けてくる間柄になっている。受け取ったトマトを服で適当に表面を擦ると二人はそれに齧り付く。十分に熟したトマトのしっかりとした甘みと爽やかな酸味を口いっぱいに感じながら、転げまわるレギンレイズを二人で眺める。暫く無言が続いたが、トマトを食べきった所でガエリオが口を開いた。
「ミカヅキ、お前はあれをどう思う?」
ガエリオの質問にミカヅキは一瞬疑問符を浮かべるも、直ぐに手を顎にあてて訓練の様子を見比べる。僅かな間をおいて彼は評価を下す。だがそれは、ガエリオの求めていた答えではなかった。
「ジュリエッタさんの方は良く戦えてる。おっちゃんがああいう戦い方をするのは余裕が無い時だから、結構追い込んでるよ。クジャンさんの方はちょっとビトーが酷いな、あれじゃ訓練にならない。後でアキヒロに言っとかないと」
「ああいや、そうじゃなくてな?アイツ等はこの先指揮官になる人間だ。そんな彼らにあの訓練は適切かと思ってな」
そう質問の意図を口にすると、ミカヅキは不思議そうな顔で問い返して来た。
「でもカルタさんもガエリオさんも強いよ?ギャラルホルンの隊長ってそういうもんじゃないの?」
確かにそうだな、などと友人たちの顔を思い出しガエリオは納得しかけ、慌てて首を振る。
「強ければそれに越したことはないが、指揮官は指揮が執れてこそだろう?俺としてはそちらを優先すべきだと思うんだが」
技量も高いが、あの相談役は指揮官としての能力にも優れている。そんな彼から学べる時間は少ないのだから、効率よく必要なものを学習すべきではないかとガエリオは考えたのだ。故にそう持論を口にすると、ミカヅキは難しい顔をした後に返事をする。
「多分おっちゃんは、これからを考えてるんじゃないかな?」
「これから?」
「今MSがすごく増えてるでしょ?だからこれからの戦場って、今みたいに指揮官が船から細かく指示なんて出来なくなると思うんだよね。だからMSを有効に使いたかったら、優秀な指揮官を乗せて前線に出さなきゃいけなくなる。でも、幾ら指揮が優秀でもMSの腕が悪かったら戦場で冷静な判断なんて難しいし、最悪狙われて指揮どころじゃなくなっちゃうから、最低限の技量くらいは持たせようって事だと思う」
「これからの戦場」
ガエリオは自らに抜けていた点を指摘され思わず唸る。ギャラルホルンに対しても監視の目を。その題目の下各経済圏は再軍備を進めている。特に注目すべきは経済圏が公共事業として推進しているサルベージ業だろう。ギャラルホルンを通さないエイハブリアクターの争奪戦が活発化しているのだ。加えてこれらの技術研究が進められている事は明白であり、リアクターの製造施設が経済圏の手によって生み出される可能性も否定できない。そうなれば希少品であったMSは今後主力兵器として戦場を闊歩することになる。当然部隊運用は複雑化するし、その際MSへの指示が増大する事は間違い無い。相談役の懸念は全くの絵空事と断じるには現実味があり過ぎた。
「成程、確かにそれならばジュリエッタには必要だし、クジャン公も知っていて損はないな」
ガエリオは素直に自身が指揮官の技量を軽視していた事を認める。その上で二人の今後を考えるなら、確かに有益な訓練であると考えた。ジュリエッタは今後もMSパイロットを続けるはずである。今でこそラスタル・エリオンの私兵と言う扱いではあるが、今後ギャラルホルンの改革が進めば正式に士官として取り立てられるだろうし、そうなれば部下を持つ事になる。クジャン公の場合部下に委任する事も出来るが、その部下の技量を見極める為にもそれなりの実力を持っている事はプラスに働くだろう。
「しかし、最低限の技量か」
再び盛大な土煙と共に地面を転がるレギンレイズを眺めながら口にしたガエリオの呟きに、気にした風も無くミカヅキが応じる。
「ジュリエッタさんは、あそこからおっちゃんに一本取れるようになればまあ。クジャンさんは要訓練かな」
お前たちはどんな水準を想定しているんだ。顔を引きつらせつつ、そう口にしかけてガエリオはそれを呑み込んだ。何故なら彼らの指揮官は目の前の出鱈目な男なのだから。
Q:何でビトーは踏み込みが足りないとか連呼しているの?
A:ササイのおっさんが相手を煽る時に使う台詞って吹き込んだから。