黄金のジャスレイ号、その艦橋にある艦長席でジャスレイはつまらなそうに頬杖をついていた。ここの所手をかけていた火星でのハーフメタル採掘が漸く軌道に乗ったため、その責任者であるジャスレイは報告の為に歳星に行った帰りだった。
「…叔父貴」
「前見てろ」
側近の一人が声を掛けてくるが、ジャスレイは短く返すと盛大に溜息を吐き、そして憮然と言い放つ。
「やっぱり厄ネタだったじゃねえかよ畜生が」
ハーフメタルの採掘は極めて順調。火星の経済活性化も手伝ってJPTトラストの経営は好調と言えた。だがそれ以上に業績を伸ばしていたのがタービンズである。アーブラウ上層部と繋がりが出来ていた名瀬・タービンが大口のMS販売の契約を取ってきた事で、テイワズの重工部門は莫大な利益を得ている。更に名瀬は火星と木星の間にあるアステロイドベルトのサルベージをCGSと共同で行う事で、リアクターの供給事情を大幅に改善させている。故にそんな言葉がマクマードの口から出る事を、ジャスレイはある程度は覚悟していた。
「なあ、ジャスレイ。おめえ、名瀬を支えてやっちゃくんねえか?」
瞬間沸騰しかける脳髄を、ジャスレイは大きく息を吐き出す事で抑える。そしていつもの態度でマクマード・バリストンに対し口を開いた。
「そりゃないでしょ、親父」
その言葉にマクマードは真剣な表情を崩さぬままに応じる。
「利に敏いお前なら解ってんだろう?今圏外圏は変わり始めてる。これまでみたいなやり方は上手くいかねえ」
圏外圏に住むものの多くはならず者だ。そんな彼らの中でテイワズがのし上がってこれたのはその流儀でもって力を示してきたからだ。しかし、これからは違うとマクマードは口にし、そしてそれはジャスレイも感じている事だった。
「海賊やマフィアなんて連中が肩で風を切って歩くなんざ、あと何年も続かねえ。これからは真っ当な商売を上手く転がす奴がのし上がる時代だ」
勿論暴力を筆頭とした後ろ暗い世界が消える訳ではない。だがそれは、今よりもずっと小さく深くなるだろう。ジャスレイは口角を吊り上げて同意する。
「アステロイドの海賊連中もCGSにかかりゃあ何年持つか。既にウチと付き合いがあるような連中は泣きながら下に付けてくれって来てるよ」
「そうなりゃ圏外圏との交易も盛んになる。木星の資源を押さえてる俺達にすりゃあ、正に黄金時代の到来だ。だがそれにゃあ」
「身奇麗な頭が要るって言うんだろ?そんで俺は不適当だとも」
「おめえには悪いと思ってる」
「そう思うなら今すぐ席を譲ってくれよ?俺だって一度くらいはテイワズのトップに納まってみたいんだぜ?」
そう肩を竦めるジャスレイに、ほろ苦い表情となったマクマードが答える。
「解って言ってるんだろう?名瀬をお気に入りにしている俺が指名すりゃあ、組織内の反発は最小限に抑えられる。だが、対立してるお前が指名しても従わねえどころか分裂の可能性だってある、悪けりゃ抗争だ」
「そんでそれを見逃すギャラルホルンじゃねえよな。なんせテイワズは叩きゃあ幾らでも埃が出る身だ」
ジャスレイの言葉にマクマードが溜息を吐く。
「一昔前ならいざ知らず、今なら連中も容赦しねえだろう」
以前の圏外圏に一定の秩序を築いたのは紛れもなくテイワズだ。しかし今では火星に十分取って代わることが出来る勢力が存在している。それもギャラルホルンと密接な関係を持っているというおまけ付きでだ。この状況で抗争など起こせば、ギャラルホルンは喜んで治安維持活動に勤しむ事だろう。ジャスレイは深々と溜息を吐いた後、草臥れた笑顔で不平を漏らす。
「ひどい話じゃないの、親父。俺がどれだけテイワズを儲けさせたと思ってんだい?その俺にこれからも、いや一生ナンバー2で居ろって言うの?」
「そうだ、おめえがトップになっても名瀬は従わねえ、アイツは潔癖だからな。だから、お前に割を食って貰うしかテイワズが今後も発展していく道はねえ」
「ひでえ話だ」
そう言ってジャスレイは喉を鳴らすように笑った。何故ならマクマードの信頼が心地よかったからに他ならない。本来こんな話を他の幹部連中にすれば、例え名瀬であっても不満を口にしただろう。彼等は多少の違いはあれど皆面子に拘る人種であり、組織の頂点に立つ事を目的にしているからだ。名瀬の場合はタービンズが彼以外が弱い立場の女性ばかりという特異な組織であるために、自分が侮られればテイワズ内で食い物にされるという問題からではあるものの、やはり面子に拘らねばならない点では変わらない。ではジャスレイはどうか?
「だが、おめえにしか頼めねえ話だ」
ジャスレイにとっても面子は決して軽んじて良いものではない。だが同時に、何よりも優先すべきものでもなかった。彼からすれば最も優先すべきは利益であり、面子も地位もそれを効率よく回収するための手段であった。つまり彼にとってテイワズのトップと言う地位は、現状よりも美味い思いが出来てこそ価値があるものなのである。自身が頂点に立った所で組織が衰退してしまえば意味が無いし、潰されてしまう可能性さえあるとなればその選択肢は最早論外とすら言える。ジャスレイはあくまでも暴力も使う商人なのだ。
「いいよ、解った。儲けが減ると理解出来て拘れるほど俺は子供じゃねえ。けど、ちゃんと美味しい思いはさせて貰うぜ?」
「心配要らねえ。真っ当なやり方じゃおめえと名瀬に敵う奴ぁウチにはいねえからな。精々儲けろや」
そう言って子供のように笑うマクマードを見ながら、ジャスレイは苦笑しつつカンノーリを頬張った。
「クソ、クソ、クソが!」
作業用のモビルワーカーを扱いながら、男は延々と悪態を吐く。それを聞いていた現場監督が煩わしげに注意を促した。
『13番機、口では無く手を動かせ!』
「くっ!」
思わず反論しかけ、彼は慌てて口を噤む。彼の働く職場は火星のハーフメタル採掘場だ。元海賊である男にしてみれば、監督者の気分次第ではギャラルホルンへ突き出される可能性がある現状は悪態の一つもつきたくなるものだが、不用意な行動は文字通り死を招く危険な職場だ。その上逃亡しようにも、周辺には野盗対策として武装した警備員達が常駐しているし、元海賊であれば殺傷した所でギャラルホルンや行政も精々注意を促す程度だ。つまり逃げれば躊躇無く殺される。彼に残された選択は、死ぬまで従順に働き続けるというものだけだった。
『あ?なんだぁ?』
同じように捕まり、モビルワーカーを隣で操作していた男が声を上げる。見れば彼の乗るモビルワーカーに取り付けられた削岩機が岩盤に潜り込まず、その場で止まっている。
「また残骸でも引っかかったか?」
彼等の掘削している地域は昔戦場であったらしく、MSの残骸が多く出土していた。今日などは珍しいMSが丸ごと出てきて、テイワズの歳星へ輸送する騒ぎになったほどだ。
『いや、なんかあるぞ?』
その言葉に男は機体を操作して周囲の土砂をエアダスターで吹き飛ばす。土煙がもうもうと上がり、その下から白い光沢が現れた。
「でかいな、おい周囲の土を退かすぞ」
それは何かのパーツのようだったが彼には何なのか判別が出来なかった。故にせめて形を把握しようと、掘削作業を続ける。
『いや、でかいなんてもんじゃねえぞ?MSよりでかい。船か?』
「かもしれんな。墜落したのが埋まったか?」
『取敢えず掘り出しちまおう、邪魔でいけねえや』
それがなんであるかよりも彼等の意識はそちらへと逸れる。値打ちものであっても自身の懐に入る訳でもなく、採掘作業が遅れればそれこそ死活問題になる彼等にとって、すぐにそれは邪魔な障害物に格下げされる。もし仮にこれがアドモス商会やノブリス・ゴルドンの経営している採掘所であったなら、その後の状況は大きく変化していたことだろう。だが、歴史にもしもは存在しない。
「ああ、コイツはモビルワーカーでは駄目だな。おいMSを呼んでこい、引っ張り上げよう」
手早く退かす事を優先し、彼はそう告げる。それに同意した仲間はすぐにMSを用意するように連絡をとった。それが古の悪夢を呼び覚ます事になるなど考えもせずに。
『全く、今度は何を掘り当てたんだ?』
「知らんよ、さっさとコイツを退かして――」
そう言った男は、違和感に気付く。周囲の土砂が僅かに振動しているのだ。
「なんだ?」
『おい、どうした?』
「いや、なにか――」
言い切る前に彼は衝撃と共に高く空へと放り上げられる。埋まっていたそれの一部が自由を求めて彼のモビルワーカーを土砂ごと吹き飛ばした為だ。そんなことを理解する暇も無く、男は地面へと叩き付けられあっさりと絶命する。だがそれは、ある意味幸運と言えたかもしれない。
『ひっ!?は、はなぐべっ!?』
持ち上げられた足が近くに居た同僚のモビルワーカーを掴み、躊躇無く握り潰す。異変に気付いた者達が確認しようと近寄るが、それは犠牲者を増やすだけの行為だった。
『い、一体なんだって!?』
動揺するMSに乗った作業者の前にゆっくりと姿を現わした鳥に似た物体は、その嘴をゆっくりと開く。
『へ?』
それに気を取られている隙に奇妙な音と共に放たれた鳥の尾が、コックピットを貫きMSをただの残骸へと変える。それに満足したように、地の底から這い出たそれは空へ向かって嘴を持ち上げ、その口内から光を放つ。厄祭の天使が、再び人類の前へと舞い戻った瞬間だった。
ごめん、流石に連日更新はもう無理です。