「何があった?」
突然マルバから呼び出された俺は、そう言いながら会議室に入る。一緒に連れてこられたギャラルホルンの面々も戸惑いを隠せない表情だ。
「今、アーレスのイシュー一佐から連絡が入った。ハーフメタル採掘場で事故が起きたらしい」
「どう言うことだ?」
マルバの物言いに俺は疑問を覚える。ハーフメタル採掘場にはアドモス商会に依頼されて警備員を派遣している。だから襲撃やトラブルがあればウチの社員から連絡があるはずだし、それは事故であっても同様だ。そちらから連絡が無いのに事故があった?それもギャラルホルン経由で連絡?どう考えてもおかしな状況だ。
「待ってろ、すぐ説明して貰う」
そう言ってマルバが通信端末を操作すると、すぐにカルタ嬢に繋がる。どうやら慌てている上に執務室でも無いらしく、周囲の雑音が入っていた。これ、格納庫か?
『待っていました。そこにボードウィン三佐並びにクジャン二佐、それからジュリスさんは居ますわね?緊急事態です。火星地表面でMAの活動と思わしき痕跡が確認されました』
「「MA!?」」
驚愕する俺達を置いて、あまり余裕の無い声音でカルタ嬢が続ける。
『20分程前です。クリュセ自治区内のハーフメタル採掘場でビームと思しき光線が観測されました。同時に同地区の広域に大規模な電波障害が発生しています。原因は恐らく大出力のエイハブリアクターが起動している影響だと観測班が結論付けました』
「間違い無いのか?」
『断言は難しいわ、最後に観測されたのが300年前ですもの。けれど、間違いかもしれないことよりも本当であった場合を心配すべきだと考えるわ』
真剣な表情で問うガエリオに対して、返ってきたのは決然としたカルタ嬢の言葉だった。
『現在アーレスに待機中の部隊が降下準備を進めています。三人には先行し現場の確認を命じます、マルバ社長』
「はい、何でしょうか」
『彼等の支援をお願いできませんでしょうか?』
「承知しました、すぐ準備させましょう」
即座に応じるマルバにギャラルホルンの三人が目を見開く。はっはっは、ウチの社長は凄いだろう?
「採掘場はクリュセにも近い、我々としても他人事ではありませんからな」
本当にその場で端末を取り出し指示を出し始めるマルバを見つつ、そう三人に説明する。
「何であれ助力に感謝する。クジャン公、ジュリエッタ嬢、我々もすぐに準備を」
「承知した」
「はい」
しかし、MAか。
「イシュー一佐、発言を宜しいか?」
『何でしょう、クベ相談役』
「率直に伺わせて頂きます。原因がMAである場合、ギャラルホルンで対処可能ですか?」
俺の失礼な発言にカルタ嬢は一瞬沈黙し、その後苦しそうな声音で答えた。
『目標の種類にもよりますが、保証は致しかねます。勿論最善は尽くしますが』
過去のMAはその多くがガンダムフレームによって討伐されているが、現在のギャラルホルンはガンダムフレームを運用していない。代わりに使用しているレギンレイズはカタログスペックこそガンダムフレームと同等であるが、その性能は対MSに重きを置いたものだ。MA討伐なんていう怪獣退治に使うには少々物足りないというのが本音だろう。あの歯切れの悪さと言い。多分切り札になるダインスレイヴなんかも用意が無いと見た方が良さそうだ。
「マルバ」
「あ?どうした」
怪訝そうな顔でこちらを向くマルバの耳元で俺はささやく。
「旗色があまり宜しくない。保険が必要だ」
「おい、お前まさか」
「出来れば隠しておきたかったが、背に腹はかえられん」
MAは効率良く人間を殺すために人口密集地へ向かう習性があるらしい。どんな理屈か知らんがもし広域で人間を探知出来るような機能を有しているなら、その被害は文字通り火星全域に広がりかねない。なあに技術自体は法に触れてる訳じゃないんだ。ばれた所でどうとでもなる。…ならなかったら戦争かもしれないがな。
「せっかくギャラルホルンともいい関係になれたかと思ったんだがなぁ」
「そう悲観するな、まだ彼らが敵になると決まったわけではない」
俺がそう言えば、マルバは溜息を吐きつつ応じる。
「だと良いが。まあ先の心配は先の俺にしてもらうか。…ナディか?7番倉庫のヤツを使うぞ」
MAとやらがどんな化け物か知らんが、良いだろう相手をしてやる。
「この世で最も恐ろしい人間様を舐めるなよ、機械風情が」
「怖いのか?」
「ち、違う!これは武者震いというやつだ!」
パイロットスーツへの着替えに手間取るイオク・クジャンに対し、ガエリオ・ボードウィンは何気ない調子で話しかける。返ってきたのは何とも微笑ましい虚勢だった。
「そうか、凄いな。俺は怖くて仕方がない」
「随分と弱気ではないか、与えられたレギンレイズが泣くぞ?」
「レギンレイズを任されていればこそだ。もし本当にMAが居て、我々が足止めに失敗したらどうなる?」
ガエリオの問いにイオクは言葉を詰まらせる。
「火星支部にダインスレイヴは保管されていない。一撃で屠る事が出来ない以上、戦闘は数に任せての波状攻撃になる。問題は」
「プルーマ、か?」
イオクの言葉にガエリオが頷く。
「本体が居るならその子機も居ると考えるべきだろう。周辺の地図は頭に入っているか?あの辺りは平地で大軍が動くのに丁度良い。その上近くにはギャラルホルンの第三地上駐屯地がある」
真剣な表情でガエリオは続ける。
「カルタから連絡は行っているだろうが、あの辺りには最近開墾された農業プラントがかなりある」
当然そのような場所に緊急用の避難場所などあるはずもない。イオクは自らの肩に突然重しが乗ったような錯覚を受けた。それは彼が初めて感じた他者の重みだった。
「駐屯地が陥落でもすれば連中は更に数を増やすだろう。そうなればこちらの手に負えなくなる」
MAの厄介な特徴として、子機であるプルーマとの連携が挙げられる。プルーマそのものはナノラミネートも無く容易に撃破可能であるが、問題はこれらにMAの修復機能が備わっていることと、MA自体にプルーマの生産能力が備わっていることだ。侵攻した先の資源を略奪しながら数を増やし人を襲い続ける。それは正しく機械の姿をした厄災だ。
「つまり、増え出す前に叩き潰す必要があると」
「そしてその準備が整うまでの時間稼ぎが俺達の役目だ。どうだ、怖くなってきただろう?」
そう笑うガエリオを見て、イオクはゆっくりと深呼吸を一度した。そして正面からガエリオへ向かって頭を下げた。
「感謝する、ボードウィン三佐。私はまた大切なものを見落とすところだった」
緊張していたイオクは、MAと戦うことばかり考えていた。だが、それだけでは駄目なのだ。
「何のために戦うのか、その為にはどう戦うべきか。そこに考えが至らなかった。私はまだまだ未熟だ」
そう思い詰めた顔で口にするイオクの肩をガエリオは叩くと、口を開いた。
「今気付けたのなら、まだ取り返せるさ」
その言葉にイオクが顔を上げた瞬間、ドアが開き不機嫌そうなジュリエッタが怒鳴った。
「いつまで着替えているつもりですか!もうCGSの皆さんは準備ができていますよ!」
「悪い、すぐに行く」
ガエリオがそう応じイオクは黙って頷く。戦場はすぐそこまで迫っていた。