起きたらマさん、鉄血入り   作:Reppu

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71.善人の顔をした悪人はよりたちが悪い

「レギンレイズの改良か、つい先日配備が始まったばかりだというのに技術部門も大変だな」

 

「存外喜んでいるかもしれないぞ。MSと言う兵器が正しく使われる為の苦労だからな」

 

手渡された資料を眺めながらそうガエリオが言うと、マクギリスが笑いながら応じる。その言葉にガエリオは肩を竦めて見せた。

 

「確かに、権力闘争やそれの監視よりは遥かにギャラルホルンの本分たる仕事だな」

 

「それで、貴重な実戦経験者としてはどう思うね?」

 

言いながら資料を追い続けるガエリオにマクギリスが問いかける。教育課程においてMAを知識としては習得するものの、現在のギャラルホルンでMAと実際に戦った者は文字通り数えるほどしかいない。その中でもセブンスターズであるカルタ・イシュー、イオク・クジャンそしてボードウィン家の嫡男であるガエリオは優先して意見を聞き取られる立場にある。尤もそこにはセブンスターズの心証を良くしたいと言う感情も透けて見えるのだが、それで現場が望むMSが出来るならば許容すべきだと三人の意見は一致していた。

 

「欲を言えばガンダムフレームと同様にツインリアクターにして欲しいが、難しいだろうな」

 

ギャラルホルン内でエイハブリアクターの研究は進められているが、その歩みは遅々としたものだった。そもそもガンダムフレームに採用されていた当初ですらリアクターの並列同期稼働は難易度の高い技術であった事や、戦後の環境下においてMS自体が高出力のリアクターを要求しなかったために優先度が低かったのだ。

 

「研究は進められるだろうが当面はただの2基載せだな。生産性から考えれば仕方ないだろう」

 

「ああ、そうなったとしても遠距離での打撃能力は必須だ。それも真面に動ける機体であることが大前提だから、こうなるのも無理はない」

 

条約において禁止されているダインスレイヴであるが、ギャラルホルン内には相当数が保管されており、それを運用する専用のグレイズも存在する。ただし、これらは本当にダインスレイヴを撃てるだけという機体だった。まず左腕を発射器に交換しなければならない上にMSに搭載できるサイズに砲身長を抑えた弊害で大電力を消費する。このためグレイズに搭載されるリアクターでは発射時に全てのエネルギーを消費するので自走すら覚束なくなってしまう。それこそMAの認識圏外から周辺ごと耕すような戦法ならば運用出来るだろうが、今後想定されるMAの出現場所はもれなく民間人が存在するのだ。討伐のたびに被害を出していてはギャラルホルンの心証悪化は避けられない。

 

「経済圏向けのグレイズはバッテリーを増設するのだったか?」

 

「運動性に関しては何とか地上でも自走出来る程度だそうだ。弾頭についても供給が制限される。MS相手に使うには難儀するだろうな」

 

「難しい所だな」

 

そう言ってガエリオは唸った。突発的に発生すると予想されるMAに対し、初期対応可能な戦力を持つなと経済圏に要求したとして、ではその分の完璧なフォローがギャラルホルンに可能かと問われれば困難と言わざるを得ない。何しろ経済圏の抱える領域に対し、ギャラルホルンに属する人員が圧倒的に不足しているからだ。そもそも足りているならばこの様な事態になる前に掃海やMAの発掘をギャラルホルンが実施出来ていただろう。故にそれを可能にするならば装備人員共に大幅な増強が必要になる。だがそれを言い出すにはギャラルホルンは些か信用を失い過ぎていた。

 

「認定外部組織の件もバクラザン公とファルク公が難色を示している。ガルス様もだ」

 

「父上が?」

 

「MA討伐はギャラルホルンの本来の任務だからな。外部委託などせず人員配置を見直してでもギャラルホルン単独で当たるべき、と言うのがガルス様の主張だ。軍事的優位性だけを気にしている両公とは違うから安心しろ」

 

「そうなると旗色が不鮮明なのはエリオン公だけか?」

 

「ああ、クジャン公がこちらについてくれたのは僥倖だったな」

 

「あれと戦えばそうもなる」

 

ガエリオは顔を顰めつつそう口にした。周辺の資源を貪りながら無尽蔵に増え続け、そして只管人間を襲う。MAは襲う相手を区別などしないが、それでも逃げる人間側に経済や力の優劣が存在する以上、必ず弱い者達から犠牲になる事は明らかだ。それが許容出来るほどイオク・クジャンと言う人間は腐っていない。当然ガエリオもだ。

 

「では同じ意見の者として君にも一肌脱いでもらうとしよう」

 

そう言うとマクギリスは手にした端末を操作し、データをガエリオへと送る。

 

「…おい、マクギリス。お前、俺の事を便利屋か何かと勘違いしていないか?」

 

送られてきた改良機のテストパイロットへの着任指示を見て、ガエリオは胡乱な目でマクギリスを睨む。睨まれたマクギリスは気にした風も無く笑いながら答えた。

 

「カルタは火星支部、クジャン公はアリアンロッドに戻っている。現状手が空いているのは君だけだ。エリオン公の所から例のお嬢さんが参加しているようだが、立場のせいか技術者との折り合いが悪いらしい。残念ながら一朝一夕で意識は変わらないからな」

 

親友の言葉を聞き、ガエリオは深々と溜息を吐くのだった。

 

 

 

 

「お、甘いな」

 

社長室の隣に設けられた談話室。茹でたコーンにマルバと二人で噛り付く。

 

「市販されている食用の奴だからな」

 

サクラ女史の所で作られているバイオ燃料用のものは収量が多い分食味は落ちる。食えない訳ではないが、やはり食用に品種改良を続けられたものには敵わない。

 

「幾つかの畑でこっちを栽培して貰えばどうだ?」

 

そうマルバが言うが俺は頭を振る。なんでもコーンは非常に交雑しやすい種らしく、数百メートル程度の距離では余裕で交雑してしまうそうだ。すると収量が半端で味も大して良くない微妙な物だらけになってしまうんだとか。ちなみにこいつは第三演習場の輪作で作られたものだ。

 

「世の中思い通りには行かねえな」

 

マルバはそう言って手の中のコーンに視線を落としながら言葉を続ける。

 

「ハティに関して正式に保有制限がかかった。2台までだとよ」

 

「その辺りは外部委託の件がどうなるかだな。正直それまで保有禁止になるかと思ったが」

 

「制限に譲歩するから大人しくしてろってこったろうさ」

 

「ふむ…、甘いな?」

 

コーンを弄びながら、俺は口角を吊り上げる。

 

「あんだけ印象的に見せられりゃあな。おかげで全く警戒されてねぇ、確認の一言も出なかったぜ」

 

そう言うとマルバは愉快そうにコーンへ噛り付く。

 

「所詮ロディフレームの改造機だからな。自力で新型を開発できる彼らにすれば取るに足らんのだろうさ」

 

まあそう見えるように演出したわけだが。ハティが早い段階で制限、あるいは禁止される事は容易に想像出来た。何せ改善点は多く残しているが、ダインスレイヴ以上の火力を叩き出せるのだ。明らかに条約の抜け道を突いたこいつの存在を許容してしまったら、今後の地球圏は大いに荒れる事になるだろう。だから一度見せれば絶対に取引が出来る手札だった。

 

「MSの保有に関しちゃ要求通り緩和するってよ。全くありがてぇ事じゃねえか」

 

「増やすのは慎重に、だがな」

 

保有できる枠が増えたからと言って、即座に補充しては確実に怪しまれるからな。

 

「しかし、本当にスコルにゃ見向きもしなかったな」

 

「あれは一見すればただのバランスの悪いマン・ロディだからな。尤も彼らにもう少しMSに関する工学知識があれば別だったかもしれん」

 

強引な改造でトップヘビーになった機体は従来の機体より安定性に乏しく、追加した武装のせいで遠距離性能は向上している反面エネルギー供給が不安定になっている。射撃が決定打にならないMSにとってそれは改悪以外の何物でもないだろう。これで完成ならば。

 

「予定外の仕事も終わったし、本格的にミカヅキとアキヒロにはスコルの調整をしてもらう。1号機と2号機の換装は完了しているからな」

 

「バルバトスとグシオンはどうする?」

 

「二機とも一度オーバーホールをしたいな。問題は頼む相手だが」

 

「テイワズしか居なくねぇか?」

 

マルバの疑問に俺は素直に打ち明ける。

 

「カルタ嬢から今回の一件に関する補償と言う形で機体の整備について個人的に打診が来ている。穿ってみればガンダムフレームの情報が欲しいのかもしれんが」

 

俺達が知っているギャラルホルンのガンダムフレームはガエリオ君の乗るキマリスだけだ。対MAに向けて戦力を拡充するなら、過去の実績品を精査したいという話が出てきても不思議ではない。それにウチの機体なら万一壊してしまっても金で黙らせられるからな。セブンスターズの持ち物ではそうはいかんだろう。

 

「お前としてはどう考える」

 

「変に断れば要らん疑心を植え付けかねん。だから出すべきだろう。ただし一機ずつ、グシオンからだ」

 

アキヒロには悪いが、万一の時手元に残しておくならばバルバトスの方が優先だ。それにギャラルホルンに機体を預けるならパイロットも連れていかれる可能性が高い。制御モーションの制作はミカヅキの方が適任だから、出来るだけ拘束されるのも避けたい。

 

「アキヒロにゃぁ苦労かけるな」

 

俺の意図を悟ったのか、マルバが溜息を吐く。

 

「せめて出張費は奮発してやってくれ。他に何かあるか?」

 

言うべき事を言い切ったのでそう俺が聞くと、マルバは何とも言い難い表情で口を開いた。

 

「ああ、一つある。あの騒動でテイワズが世話になったっつって礼がしたいとよ」

 

「ほう」

 

俺はそう言って思わず身を乗り出した。地球と取引をしているテイワズは植物なんかも観賞用として持ち出しを許可されている。先日はその伝手でテキラリュウゼツランを仕入れてもらい、現在絶賛培養中である。目指せセルフテキーラ。

 

「MSを一機、くれるってよ」

 

「それは剛毅な事だな」

 

途端興味を失って俺はコーンへ齧りついた。老いたな、テイワズ。顧客の欲する物も解らんとは。

 

「…例の、一緒に埋まっていた奴だ」

 

その言葉に俺は手にしていたコーンを落としてしまう。え、マジで?


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