「良いんですか、叔父貴?」
積み込まれるMSを眺めながら名瀬・タービンはそう隣で手すりにもたれかかっている男に問うた。
「あ?良くなかったら渡さねえよ」
咥えていた葉巻を吸い、紫煙を吐き出しながらジャスレイ・ドノミコルスはそう返事をする。歳星に存在するテイワズのMS工廠、そこから運び出されているのは先日火星で発掘されたガンダムフレームだ。
「好事家にでも卸せば幾らか補填になるでしょう?」
「守銭奴の俺らしくねえってか?」
「そういう訳じゃ」
「顔に書いてあるんだよ、もうちょっと腹芸くらい覚えろってぇの」
そう言いながらジャスレイは葉巻の火を消し懐にしまう。そして件のMSを横目で見ながら名瀬へと向き直るとしっかりと見据えて口を開いた。
「今回の一件でアドモス商会にゃでっかい借りが出来ちまった。バーンスタインのお嬢さんはまだいい、儲けさせれば返せるからな。問題はCGSの連中だ、アイツ等にはMAの破壊って言うとんでもねえ尻拭いをさせちまってる」
「けどそれはギャラルホルンの要請あっての事でしょう?正直そこまで叔父貴が気を遣うってのが腑に落ちない」
「おめえはホント嫌な野郎だな」
半眼になって睨みながら、ジャスレイは溜息と共に心中を語る。
「まあ間違っちゃいねえけどな。すっかり仲良くやってて忘れているみてえだが、連中はちゃんと損得勘定が出来て、得の為ならギャラルホルンにも喧嘩が売れる奴らなんだぜ?そしてその得ってのは商売人ともやくざモンとも違う基準ときていやがる。今回の件でいやあ、連中からすれば俺達がどれだけMAを掘り起こしちまった事に責任を感じているかを態度で示す必要があるんだよ」
頭を掻きながらジャスレイはそう説明する。現在比較的友好な関係にあると言えるCGSとテイワズであるが、それはあくまでビジネス上での事だ。得られる利益よりもテイワズが自分達の目的に対して障害になると判断すれば、彼らは躊躇なく敵対するだろう。それはある種商人に通じる酷薄さであるが、それを強力な暴力装置が有していると言うのだから始末が悪い。それに加えて判断基準が自己の物的金銭的な利益でなければ権力や名声でもない、見ず知らずの誰かの幸福であると言うのだからジャスレイにしてみれば頭を抱えたくなるような話である。経済と言う最低限の共通言語が存在していなければ、今頃テイワズは連中に食い殺されていただろう。
故にジャスレイは誰かを傷付けてしまいかねなかった事態を未然に防いでくれた事に対し感謝を伝え、そしてそのような状況を招いた事を反省しているとCGSに強くアピールする必要があると考えていた。
「ま、そんなに悪い話でもねえさ。こっちが仲良くしようとしていればあっちも無下にはしねえよ。逆鱗に触れでもしねえかぎりな」
地球と火星間のサルベージは順調に進んでいるが今後この規模が拡大しアステロイドベルト、更には木星を超えた宙域へ拡大する事は明らかだ。それは長期の経済活動になる事は間違いなく、同時に今回のような危険を多く孕んだ内容となるだろう。その時の為にMAの討伐経験を持つ武装組織と懇意にしておくことは重要であるし、彼らの戦闘能力が向上する事は決してマイナスではない。後は敵対しないよう慎重に立ち回るだけの事である。
「その点でいやあ、ゴルドンの所とは距離を置いておくべきだろうな。年のせいか、近くに何があるのかあの爺良く見えなくなっていやがる」
2カ月程前にあった会合の席を思い出し、ジャスレイは皮肉気に口角を上げた。口先ではあれこれ言いつつも自己の利益を最優先とした言動。揚げ足を取られた事で話自体は無難な着地を見せたが、その後の態度から全く納得していない事は火を見るよりも明らかだった。
(まるで解ってねぇ。ま、無理もねえ話か)
ノブリス・ゴルドンの取引相手は多岐にわたる。商人、ギャラルホルン、思想家、犯罪者。彼らと渡り合い財を成して来たという実績があればこそ、それらに通用した手法でノブリスはCGSにも臨んでいる。だがそれは大きな誤りだとジャスレイは考える。何故ならノブリスが相手にしてきた者は一様に、自己の経済的利益を至上とする者達だからだ。だから彼は、経済よりも自己の主義主張を優先する者を愚かだと切り捨てるし、ましてや損失を被ってでも何かを成し遂げようとする人間が理解できる日は永劫にこないだろう。故に近い未来、ノブリスが彼らの逆鱗に触れるとジャスレイは確信している。
「それなりに良い商売相手ではあったんだがな」
さして惜しむことなくそう口にするジャスレイを名瀬は複雑な表情で見つめていた。
アキヒロ・アルトランドは努力の人である。幼少の頃、不幸にも海賊に襲われ両親を失い弟と共にヒューマンデブリとして売り払われた彼は、しかしその境遇に絶望せず自らを鍛え生き延びた。奇跡的な幸運により二度の阿頼耶識手術に成功した彼であるが、その同僚には文字通りの天才が存在した。
ミカヅキ・オーガス。
常人よりも遥かに短期間で物事を習熟し、使いこなす彼は更に三度の阿頼耶識手術に成功してみせる。背格好こそ小柄で細身だが、その肉体は余計な無駄をそぎ落とした肉食獣のそれに近い。そこに人間でも類まれな器用さが加わるのだから、戦いにあって正に神がかった活躍をしてみせる。
「ふっ!」
身長の倍、普段扱っている長槍と同じサイズに切り飛ばした鉄棒をアキヒロは振るう。既にその回数は100を超えていて、体からは滝のように汗が流れている。しかし適当に布の巻かれた穂先は彼の腕の動きに合わせ、ぴたりと止まる。
「しっ!」
すぐさま振り上げ、再び振り下ろす。愚直に繰り返されるそれがアキヒロの日課になったのは、彼がガンダムフレーム、今の愛機であるグシオンを任されるようになってからだ。当時グシオンを任されることはアキヒロにとって大きなプレッシャーでもあった。3番隊においてミカヅキに次ぐ実力を持っているという自負はあるものの、それは他者より多く施術された阿頼耶識システムの恩恵であるという気持ちが強かったし、何よりMSの技量に関して間違いなく自分より上だと思える人間が近くにいたからだ。尤も、彼をグシオンのパイロットに推薦したのはその男なのだが。
「俺がこいつのパイロットですか?」
テイワズによってレストアされ、ガンダムらしい姿で戻ってきたグシオンを前にそう告げられた時、アキヒロは思わず問い返した。体力には自信がある、阿頼耶識システムの分、ほかの3番隊や1番隊の面々より多少は上手く使えるだろう。だがそれだけだ。自らを苛め抜いているからこそ、アキヒロは誰よりも自身が凡人であると自覚している。様々な武器を使いこなすような器用さはないし、かといって何か飛びぬけた才能を持つわけでもない。だから他よりも高性能なこの機体を扱うならば、相応しい人間が別にいると考えたのだ。
「やはりここか」
「どうしたんです、相談役?」
声に対して手を止めずにそうアキヒロは聞き返す。
「ちょっとした予定の変更があってね、その連絡だ。例のギャラルホルンでのオーバーホールの件だが、先にテイワズから貰った機体を送る事にした」
ギャラルホルンからの厚意をそのまま鵜呑みに出来るほど彼らは心を許していない。無論カルタ・イシューやガエリオ・ボードウィン、そしてマクギリス・ファリドやイオク・クジャンといった個人の善性や好意を否定しないし彼らに好感も持っているが、それと彼らの所属する組織が自分たちにとって友好的であるかは全く別の問題であるからだ。そして胡散臭いからといって安易に拒絶できないこともアキヒロ達は十分に承知している。
「パイロットは誰が乗るんです?」
「シノだな。ハティを取り上げられて拗ねているから丁度良いだろう」
相談役の言葉にアキヒロは苦笑を浮かべる。他のMSパイロットに比べシノの技術が突出していることはないが、その中で一番愛機と呼ぶ存在に強い執着を見せていた。その意味でシノが選ばれるのは適任と言えるだろう。他の面々はMSに対してあくまで道具という接し方であるし、1機のMSをローテーションで乗っている都合上、極端に性能や性質の異なる機体が存在すると、操縦感覚に狂いが出る可能性があるからだ。特に今回送られてくるガンダムフレームは随分と変わり種だと言うから、専属パイロット、それも喜んで特別な機体に乗るような人間が適している。
「ところであの機体をギャラルホルンに見せて良いんですか?」
300を数えたところでアキヒロは残心を解き、相談役に向かってそう問いかけた。譲渡されるガンダムフレームについては既にパイロット全員に資料が開示されている。だからその機体がダインスレイヴを運用可能な機体である事も知っていた。
「どうせリアクターの波形でどんな機体かはすぐに露見する。隠し続ける訳にもいかんからな。ならば先に見せておいたほうが余計な腹を探られずに済むというものだ」
それにダインスレイヴなど大した武器ではないからな。そう続けて悪い笑顔になる相談役を見て、アキヒロも笑った。禁止条約が施行される程の兵器を大したことはないと言い切る事も大概であるが、事実それを超える兵器を準備して見せるのだから目の前の男は厄介である。そして武装面で互角になってしまえば、後のことは今のCGSならばどうとでもなってしまう。
「本来の務めを果たすのに必要だというならば相応に協力は惜しまんさ。幸い次の世代は割と真面な様だしね」
「下手に隠してカルタさん達に迷惑をかけるほうが良くないってことですか?」
「せっかくこちら側に傾いている天秤だ、どうせなら精々利用させてもらおうじゃないか。まあ邪魔になったらぶっ壊すが」
平然と言ってのける男にアキヒロは浮かべていた笑顔を引きつらせる。普段は他者の攻撃的な発言を諫める事が多い相談役であるが、その内面は誰よりも過激だ。そもそも彼が注意するのは短絡的に暴力を行使することであって、十分に検討を重ねた結果武力的解決に達する事を否定していない。それは常にギャラルホルンと敵対する準備を整えている事からも明らかだ。
「そういう訳で悪いがアキヒロ、シノの代わりに新人達の訓練を受け持ってくれ」
その言葉にアキヒロは首を傾げた。
「そりゃ構いませんが、俺でいいんですか?」
新人達の訓練は入社当初からシノが面倒を見ていたから、だから誰が言ったわけでもないが新人の担当はシノだという認識が社内には出来ていた。加えて最近では、指導の仕方も板に付いているようにアキヒロには見えたための発言でもあった。
「寧ろアキヒロでないと困る。シノには最終的に彼奴らの指揮を執らせるからな、恐れられすぎても支障が出る」
相談役の言葉にアキヒロは納得する。部隊長には部下を納得させるだけの実力も必要であるが、同時に頼れる存在でなくてはならない。恐怖だけでまとめ上げた戦力はそれ以上の恐怖を前にすれば簡単に瓦解するし、何よりも指揮官に対し意見具申が困難な環境は思考の硬直化に繋がる。
「何よりそうやって愚直に鍛え続けられるお前は、誰よりも連中の気持ちが解るだろう?」
アキヒロは間違い無くCGSにおけるエースの一人だ。しかし彼が才能に恵まれていたかと言えば、誰もが否と答えるだろう。そしてそれを誰よりも理解している彼自身が、相談役のその言葉に口角を吊り上げると、目の前の男に向かって口を開く。
「凡人の俺じゃ、あれこれと使い分けるなんて器用な真似は教えられませんよ?」
「使い分けが出来んと言うなら、何とでも戦える一つを極めれば良いだけだ。凡人の我々にはその位が身の丈に合っている。幸い、それを成した前例も居るんだ。存分に頼らせて貰うさ」
そう言って相談役は笑う。後にアキヒロによって鍛え上げられた新人達が特徴的な紅い槍を携えて戦場を駆ける事になるのだが、それはまだ暫く先の事である。