エドモントン近郊、かつてのエドモントン事件の際に鉄華団が拠点とした旧鉄道駅は現在CGS地球支部の社屋として使用されている。そのオフィスにてトド・ミルコネンとビスケット・グリフォンは向かい合いながらタブレットの内容にため息をついた。そこに小脇にタブレットを抱えてロッド・ミライが入ってくる。
「失礼、今日の日報を持って来た。どうしたんだ、二人とも?」
二人の様子に怪訝な表情を浮かべたロッドがそう問えば、二人は何とも言い難い笑顔で口を開く。
「先日から打診があった宇宙空間での教導の件。本格的に考えてくれってアーブラウから連絡があってね。どうもギャラルホルンの方も承知してるらしくって断れそうにねえんだわ」
「にもかかわらず事務員の増員は当面無いと本社から連絡が、ふ、ふふふ。死にます」
その様子にロッドはため息をつく。夜明けの地平線団壊滅後、彼らにクーデリア・藍那・バーンスタイン暗殺を依頼したとして活動家団体テラ・リベリオスはギャラルホルンによって拘束されることとなった。とは言え捕まったのは代表を含む主要人物数名であり、その他多くの構成員は解散させられるに留まった。ところがその事で困窮する者が現れる。彼らに金銭で雇われていた事務職員達である。雇い主が捕まった以上、彼らの給金を保証してくれる存在はいなくなったわけだが、クーデリアを暗殺しようとしたという悪名だけはしっかりとついて回ることになった。結果彼らは働き口どころか再就職先にも困ることとなり、見かねたCGSが受け入れる事となる。そのおかげで地球支部でも念願の事務員増員が叶い、漸く安定した組織運営が出来ると喜んでいたのがほんの3か月前の事である。
「MAの衝撃は大きいな。かといって経済圏全体が動き出してしまっている以上、ここで宇宙開発から手を引けないか」
問題の発端はロッドが口にした通り火星で発掘され再起動してしまったMAだ。300年続いた平和に閉塞感を覚え文明再建を題目として宇宙の再開発に乗り出した人類に対し、それは自らが未だ戦後を脱していない事を強く印象付けた。そしてそこで止まれるような生物ならば人類は厄祭戦になど突入していなかったと証明するように、各経済圏は再開発の停止よりも障害排除の為の力を望んだ。
「各経済圏の戦力保有に対する規制緩和がこうなると裏目に出ていますよ」
最低限の治安維持からギャラルホルンを切り離すことで、各経済圏との癒着を是正する。そして相互監視しうる戦力を経済圏が確保することで、ギャラルホルンそのものの暴走を抑制するのが規制緩和の当初の目的であった。そしてその目論見は成功していたように彼らには思えた。各経済圏はギャラルホルンに支払っていた莫大な駐留費用から解放されると共に、時には警察機構すら上回る強権を有していたギャラルホルンがいなくなったことで、贈賄や癒着によって歪められていた経済活動は相応の健全性を取り戻すことになった。尤も自らがMSを運用する事になったことで、MS運用のスペシャリストであるギャラルホルンの軍事的な存在感は陰るどころかむしろ増したのだから、この手を考えた人間は間違いなく政治的判断に優れているといえるだろう。問題はMAが出現することを全く想定していなかったということだが。
「最低限の治安維持にMAに対する初期対応が含まれるのは完全に想定外だろうな。そんなものが予測できていたら最初から駐留戦力の引き上げなど言い出さん」
今でこそ治安維持組織としての性格が強いが、そもそもギャラルホルンは人類をMAの脅威から守る為に編成された組織である。脅威が残存し、かつ突発的に発生すると解っていて自身の対応能力を低下させるような選択は普通に考えれば採らないし、それどころか他者に任せるなどもっての外だ。
「むしろ再配備に関しちゃ経済圏側がゴネたってのが正解だろうね。一度手にした武器を手放せるのはよっぽどの聖人かただのバカだ」
トドがそう皮肉気に笑う。その様子にロッドはため息を吐くが否定しなかった。無理もない、事実経済圏は言葉通りの態度であるし、彼の古巣もあれこれと理由をつけてはいるが結局のところ自らの戦力が低下することは最小限に留めている。各地から引き揚げられた戦力にしても当然解散したわけではなく、再編され各部隊に再配置されているだけだ。そんな自分たちにはどうにもならない事をロッドはひとまず放り投げ、質問を口にする。
「宇宙での教導と言うが、拠点はどうする?」
「港湾施設はアーブラウのものを借りる事になりますね、艦に関してはこちらはシラヌイを、向こうはテイワズから購入した改造艦を使う予定ですね」
急速に進んでいる宇宙開発によって必要となる物資は経済圏内だけで賄いきれるものではなく、結果的に圏外圏と呼ばれていた地域との流通を拡大させた。当然その恩恵は火星にも波及しており、それによってCGSも多くの利益を上げている。そうした観点からすれば、彼らもこの状況を継続させるべき人間の側と言えた。
「出来ればMSの方は追加できんか?地上と宇宙ではセッティングが違う」
「今ある機体のうち1個小隊分を転用しようと考えていましたが、それでは問題ですか?」
怪訝そうな顔で聞いてくるビスケットにロッドは顔をしかめつつ近づき、耳打ちをした。
「アーブラウ防衛軍の動きが活発になっている。最悪厄介なことになるかもしれん、その時のために地上の戦力は減らしたくない」
「まさか戦争になるとでも!?」
驚きの声を上げるビスケットにロッドは表情を崩さぬまま続ける。
「少なくともアーブラウ側にその意思は薄い。だが他の経済圏はそうでもない」
「そんな、せっかくこれから…」
「だからだよ。このまま発展していくとして、既に圏外圏と強い繋がりがある上に軍事的にも懇意にしているアーブラウを放置すれば独り勝ちになっちまう。なら、まだ手が出せるうちに殴っちまおうって寸法さ」
二人のやり取りにトドがつまらなそうに口を挟む。
「自力じゃ勝てないから足を引っ張る。ま、解りやすい手だわな。しかもロッドの旦那がそう言うってこたあ、相手はSAUかい?」
「可能性が一番高いのはな。そこは旧世紀の頃に開発が進んでいた分、ほとんど鉱物資源を国内で確保出来なくなっている。再開発で後れを取れば間違いなく4大経済圏という枠組みから脱落するだろう」
だがそれ以外も決して順調とは言い難い。アーブラウ代表である蒔苗氏個人との繋がりが強く、協力関係にあるオセアニア連邦がアフリカユニオンと対立を深めているからそこから飛び火しないと言う保証はないし、万一再び蒔苗氏が失脚でもすれば、協力しているオセアニア連邦とてどのようなかじ取りを行うかは不透明なのだ。CGSからすれば迷惑以外の何物でもない他人事であるが、相手がどう考えるかは別問題だ。
「とにかく最悪も想定しておくのは必要だろう。存外それが抑止になるかもしれんしな」
『どうだ、アイン?』
漆黒の宇宙に複雑な光跡を引きながら駆けるアインの元にそう通信が入る。
「シュヴァルベに比べれば遥かに御しやすいですね、ただ少し加速が重い気がします」
スロットルを素早く操作しながら、随伴する機体に向けてそう返事をする。
『仕方がないな、装備を追加している分どうしても機体の重量は増加する』
「はい」
返される苦笑にアインは素直に頷いた。ベースとなったレギンレイズが良い機体である分欲が出てしまうが、ここから推力を向上させるとすれば神経質な機体になってしまう。隊員の平均的な技量を考えればこの辺りが妥当だろうとアインも考えた。
『よし、では模擬戦に移るぞ!』
「はっ!」
上官の言葉に短く答え、機体をさらに加速させる。既に対戦相手は目視できる距離に迫っていた。
『マクギリスの奴、張り切っているな?』
愉快そうな声音と共に後方から上官、ガエリオ・ボードウィン三佐が搭乗するガンダムが加速しながらそちらへと突っ込む。
『ふっ、滾っているのはどちらだ?ガエリオ?』
迎え撃つのは白を基調とし、美しいコバルトブルーの差し色で彩色されたガンダム。その手には金色に輝くロングソードがそれぞれ握られている。
『こちらも行くぞ』
そしてその横に居た流麗なフォルムの青いMSはその身に似合わぬバスターソードを両手持ちに構え、アインへ向けて突撃を開始する。この戦場において唯一遠距離攻撃能力を有しているアイン機の有利を潰そうという魂胆だろう。だが当然その様な事態は想定済みだ。
「ふっ!」
機体を大きく振ることでアインは加速方向を急激に変える。追随するように青いMSが進行方向を合わせるが、そのおかげで両機の速度は鈍る。そしてその一瞬を逃すことなくアインは機体背面に装備された武装を起動する。
『っ!厄介な!!』
青いMSは即座に回避を選択する。当然だろう、元の兵器より随分と大人しい性能になったとは言えこの武装はMSの装甲程度なら容易に破壊しうる。その威力を担保するために弾速も尋常ではなく、狙いを定めてしまえば回避することはまず不可能だ。尤もこうした腕の良いパイロットの駆るMS同士の巴戦では、その狙いを定めることが困難であるのだが、それでも向けさえすれば牽制になるのだから十分価値がある。
「とは言え、これは中々!」
相対する青いMS、ヴァルキュリアフレームのそれは新鋭機であるレギンレイズと比較しても遜色ない運動性を誇っていて、むしろ加速性では勝っているほどだ。だが速度に特化させた機体はその分扱いが難しく、阿頼耶識を持たないパイロットが十全に動かすことは極めて困難であるはずだった。
『易々と負けるわけにはいかない!』
的を絞らせない細やかな動きを交えつつ青いMSが迫る。まるで人間のよう。否、協力者達によって正しく人間と同等の制御プログラムを手に入れたヴァルキュリアフレームは、機体の持つポテンシャルを完璧に引き出している。その動きは以前火星で相対したガンダムに勝るとも劣らない。
「それでも、負けられない!」
ブリュンヒルデ・リヴァイヴ、厄災を打ち払うために再び誕生したギャラルホルンの新たなる刃。怨敵の心臓を刺し穿つ魔剣を携えたギャラルホルンのこれからを先導するこの機体をアインに預けてくれた上官の思いにこたえるためにも、そして出自や思想で立場が決まる古きギャラルホルンに対する楔となるために、アインは気炎を吐く。手にした長槍を振るいヴァルキュリアフレームの姿勢を崩す。機体を操っている石動・カミーチェ二尉は重量武器を得意とするパイロットで、軽量高速なヴァルキュリアフレームとは相性が悪い。それを考えれば猶更負けるわけにはいかなかった。
『ぐっ!?』
質量差という覆し難い力をもってブリュンヒルデはヴァルキュリアフレームを吹き飛ばす。姿勢が崩れたまま蹴り飛ばされては、さしもの制御プログラムも追いつかない。そんな相手をアインはガンカメラで捉え、素早くトリガーを引いた。
『お見事』
この模擬戦の1週間後、ギャラルホルンより正式に各経済圏へ向けてダインスレイヴ運用型グレイズが支給される事となる。それがどの様な変化を世界にもたらすのか、まだ誰も知らない。
もうネタがありません(タイトルの