「CGSはなんと言っているのですか」
「はっ、仲間を迎えに行く、とだけ」
アーレスに存在する第三埠頭。ハーフビーク級戦艦を10隻係留可能なこの場所から遠ざかっていく艦をモニター越しに見つつカルタ・イシューは溜息を吐いた。
「ウィル・オー・ウィスプ以下5隻。どれも近代化改修を施したCGSの虎の子を全て持ち出して、ですか?」
「輸送艦の改造艦は残されております」
表情を変えぬままそう報告するコーリス・ステンジャにカルタは益々眉間の皺を深める。
「どう考えても後詰の輜重用ではないですか。ヴィーンゴールヴは何と言っているのです」
「戦争勃発に混乱しており指揮能力が低下しております。待機せよ、とだけ」
コーリスの言葉にカルタは思わず額を押さえた。待機命令が出てしまっては彼らに警告は出来ても止める事は出来ない。あれだけの事をしでかしたCGSをまた野放しにする気かとカルタは考え、そしてそれを望みそうな人物を即座に思い浮かべる。
「マクギリス、まさかこの状況を利用するつもりですか」
現在ギャラルホルンは三つの派閥に分かれている。旧来の体制維持を主眼においた保守派、情勢の変化に応じ組織の変革を望む改革派。そしてギャラルホルンの原点に戻りつつこれまでの家格などを廃却し、一からの再建を望む一新派だ。そんな各派閥の動きが、戦争を受けて加速している。
(確かに好機ではあります。けれど些か性急に過ぎる)
信条としては一新派に属するカルタであるが、その立ち位置は改革派と保守派の中間というのが現実だ。世界最大の暴力装置が統制を失う事の危うさを彼女は十分理解していたし、それによって引き起こされる混乱がどれだけ弱者を痛めつけ、そして新たな弱者を生み出すかが想像出来てしまうからだ。
「…アリアンロッド艦隊に通達します。CGSが有力な戦力を保有するまま地球へ移動を開始したと」
「彼らの邪魔をする事になりかねませんが」
「コーリス・ステンジャ三佐、我々は治安維持組織です。地球圏に大きな混乱を齎す可能性があるならば、それに対処せねばなりません」
そう口にしたカルタの表情はいつまで経っても晴れる事は無かった。
「ラスタル様、宜しいのですか?」
「何がだ?」
報告書から目を離さずにそう聞き返して来る上官に、オペレーターはどう言うべきか悩んだが、結局思ったままに口にした。
「カルタ・イシュー一佐から連絡を受けております件です。5隻ともなれば立派な艦隊ですが」
火星支部から送られてきた情報は正確にアリアンロッド艦隊へ齎されている。近代化改修済みの装甲艦が5隻、それぞれがMSを満載した状態で地球圏に向けて移動中だと言う。近代化改修が施されているならば、搭載出来るMSは5機になる筈であり、そうならば戦闘艦艇5隻にMS25機と言う極めて有力な戦力になる。数だけならば過去討伐した夜明けの地平線団なる海賊が伍するものの、それを遥かに少ない手勢で圧倒してみせたアーレスの艦隊を鍛え上げたのがCGSである。数字以上の脅威である事は確実であり、だからこそ上官の判断に彼は疑問を覚えるのだ。
「それがどうした?提出されている書類に不備はないし、申請内容に誤りもない。出発前の職員による立ち合い検査もちゃんと受けている。疚しいところのない彼らの行動を、一体どのような権限で止められるというのかね?」
成程言っていることは当然だ。幾ら治安維持組織と言えど、正規の手続きを取って行動している相手を怪しいからと拿捕していては健全な社会は保てないだろう。だが、そんな建前を騙しながら世の混乱を事前に収めてきたのがアリアンロッド艦隊である。その事実を通信手として理解している彼からすれば、どう見ても導火線に火のついた爆弾が地球へ向かおうとしているのに止めもしないのは明らかにおかしい。しかし艦隊の最高責任者がそうだと言うのであれば、従う以外に選択肢がない事も事実だった。
「出過ぎた事を申しました。申し訳ありません、失礼致します」
通信手の気配が遠のき、十分な時間が経ったのを見計らってラスタルは読んでもいないタブレットから目を離した。
「さて、どうしたものだろうな?」
中々に嫌らしい手を使うCGSに対し、ラスタルは苦虫を嚙み潰したような表情で頬杖を突く。率直に言えば、今回の一件は通したと言うよりも、通さざるを得なかったという方が彼の正確な心境だ。止める事は不可能ではないが、その場合アリアンロッド艦隊に甚大な被害が出る事を覚悟しなければならないと言うのがラスタルの分析だったからだ。
(MSは25機。これだけでも厄介だが、問題はここにガンダムが含まれていないという事だ)
これは明確なメッセージだとラスタルは考える。火星を出発する際に装備についてこちらまで情報が流れるのを承知した上で、彼らはあえて最高戦力であるガンダムフレームを残すという手を採ってきた。つまりこれは、足止めを受けた場合追加の戦力を投入して突破するつもりがあるというメッセージだ。そして想定しうる状況に陥った場合、彼らは躊躇なく実行するであろうとラスタルの勘が告げてくる。
(猛獣の方が余程可愛げがある)
もし仮に彼らが力を持っただけの存在であったなら、ラスタルは大した苦労もせずにCGSを容易に潰せただろう。自身より力のある獣たちを下してきたからこそ人類は地球の頂点に立ったのであり、その経験と実績はしっかりと受け継がれているからだ。その一方で、300年の平穏は軍事組織であるギャラルホルンから互角の戦力を有した人類同士の対決を奪ってきた。そのツケが今ラスタルに牙を剝いている。
「…ここでアリアンロッドの力を削ぐわけにはいかん」
レギンレイズへの置き換えが始まった矢先に起きたMA復活騒動によって更新速度は鈍化していた。代わりに少数ながらブリュンヒルデが回されてきているものの、全体を見れば殆どはグレイズのままだ。ここで徒に戦力を消耗した場合、一新派や保守派の動きに対応出来なくなる可能性が高い。
(それに地球に残っている戦力はほぼ保守派の部隊だ。連中にぶつけて削らねばならんのなら、押し付けてしまうのが良いだろう)
そう考えると彼は背もたれに体を預け、そしてこの戦後にどう動くべきかへと意識を切り替える。それは強者の驕った姿であったが窘める者はいない。事実彼は今日に至るまで強者であり、常に誰かを見定める側の人間だったからだ。
故に彼は、自身にどのような値がつけられたのかを知る由もなかった。
「老いたな、ワシも」
「蒔苗先生」
蒔苗・東護ノ介がそう呟くと傍に控えていたラスカー・アレジが気遣わし気にそう呼びかけてくる。だがそれに対し蒔苗は首を振る事で応じる。
「性急に事を進めすぎた。もう少し慎重さがあれば、この戦争は回避できたじゃろう。無様よな」
それは自身の中に明確な焦りがあったと自覚している故の発言だった。4年前の失脚から感じ始めていた老いはここの所明確な焦燥となって蒔苗を襲っていたからだ。
「愚かな老いぼれだ。静かに枯れていけばよかったものを、欲をかくからこの様なことになる」
180余年の月日を生きた蒔苗は自身の終わりを間近に感じた時、この世界に何の爪痕も残せていない自分に愕然とした。無論アーブラウの代表という肩書は後の世で歴史書を紐解けば、誰もが目にするくらいの立派な痕跡である。しかし彼からすれば、それも歴史の中で現れるその他大勢の政治家の一人であり。人類史に自らを強く刻み付けたとはとても思えなかった。だからこそ彼は、火星の不平等条約を撤回し、人類史の転換点を生み出すことを画策したのだ。勿論そのようなことをすれば、不平等条約の上に成り立っている地球の経済に打撃を与える事になる。故に規制緩和後、その行いが誤りでなかった事を示すために、蒔苗はより積極的な経済政策を執ってきた。その結果が他の経済圏よりも一歩抜き出た経済成長であり、圏外圏との強い繋がりであった。無論この躍進が他の経済圏に危機感を与える事は理解していた。しかし同時に楽観もしていたのだ。何せギャラルホルンに見とがめられない程度の小競り合いは経験していても、本格的な戦争などこの世界では誰も経験していない。だから例え戦力が増強されたとしても、本気で踏み切れる人間はまず居ないと考えていた。勿論油断はせず圧倒的な軍事力をアーブラウが備えている事を示していたし、万一の保険とも両立させていた。
それがまさか、強大な敵に一撃入れられる内に入れてしまおうなどという博打のような判断を経済圏のトップが下すなどと思いもしなかったのだ。
「オセアニア連邦に協力の打診を…」
「無駄じゃよ、もう向こうで話がついておる。ここで寝返ればどの経済圏も二度とオセアニア連邦を信用せん」
既にアーブラウを裏切っているのだ。2度裏切れば最早誰もオセアニア連邦を頼ろうとはしないだろうし、第一ここで裏切ればオセアニア連邦も戦争に巻き込まれることとなる。漁夫の利を得ようとしている連中が首を縦に振る訳がない。
「オセアニア連邦の国境沿いに展開している部隊を転用できれば…」
悔しそうにそう漏らすアレジを見て蒔苗は苦笑した。それこそが連中の狙いだからだ。他の全ての経済圏と国境が陸で面しているアーブラウは必然国境に張り付ける戦力が増える。その主張は受け入れられ、他の経済圏よりMSの配備数は優遇されていたが、それでも三方から同時にとなれば劣勢となるのは明白だ。かといってオセアニア連邦との国境から戦力を抽出すれば、これ幸いとオセアニア連邦は国境を押し上げ実効支配するだろう。
「彼らを使うほかあるまいな」
開戦直後から撤収準備に入っていたCGS地球支部であるが、蒔苗の手回しによって未だにアーブラウ領に留め置かれている。
「お言葉ですが、契約で彼らは直接戦闘に参加しない事になっております」
その言葉に対し即座にアレジが応じるが、その内容は否定的なものだった。アレジは彼らが直接ギャラルホルンとやり合う所は目撃していなかった事に加え、研修と称して青年とすら呼べない子供達が地球支部で勤務している事を知っていたからだ。だが彼らの戦闘能力を正しく理解している蒔苗は躊躇なく決断する。
「知っとるよ。じゃが彼らとて降りかかる火の粉は払わねばなるまいて」
「それは、そうでしょうが?」
どうやら良識ある人間のアレジには思いつけないと見て、蒔苗は腹案を告げる。
「エドモントン近郊の守備隊を全て別戦線に移せ。あそこには彼らの家族もいる、捨てて逃げられればそれまでだが、まあ彼らなら懸命に護るだろう」
「本気ですか!蒔苗先生!?」
強引かつ人質を取るような指示にアレジが悲鳴じみた声を上げる。だがその声を聞き、蒔苗はむしろ決意を固めてしまう。
「勿論だとも、連中を巻き込めるならエドモントンを危険に晒すくらいはどうという事は無い。なにせ引き込めずに負ければ、それより遥かに多くを失うのだからのう」
細められた彼の目は、沈みゆく夕日を眺め続けていた。
180歳とかちょっと盛りすぎじゃないですかね?