起きたらマさん、鉄血入り   作:Reppu

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7.悪人にも人権はある、考慮する必要はない

「どこのどいつかしらねえが、間抜けもいたもんだぜ」

 

火星に最も近いデブリ帯。その外縁近くに身を潜めていた彼等は、暢気に航行する獲物を見て下卑た笑い声を上げた。

 

『案内人も護衛も無し。素人か?馬鹿な奴らだ』

 

この時代厄祭戦の名残によって、惑星間の航行は大きく制限されている。戦争で大量に放棄されたエイハブリアクターによって引き起こされた重力異常宙域は多くのデブリ帯を形成しただけでなく、艦艇の航路そのものを歪めてしまう。そのため現在の惑星間航行はアリアドネと呼ばれる位置情報を発信し続けるマイルストーンを目印に、それに沿う形で進むというのが常識だ。だが物事には何事も例外が存在する。アリアドネはギャラルホルンによって管理運営されている装置である。当然定期的な点検や航路の掃海なども彼等が行っており、不審な艦艇などの臨検なども業務に含まれている。そして惑星間の荷物は合法のものだけとは限らない。そうした後ろ暗い荷物を運んでいる連中はアリアドネの位置情報を受け取れるギリギリの範囲を通り、ギャラルホルンの目を掻い潜ろうと試みる。

だがそれは別のリスクに繋がる選択だ。当然ながらそのような場所は掃海などされていないから、デブリ帯に接近、最悪その中へ突っ込む事になる。エイハブリアクターの影響で電波機器が有効に使えない状況で多数のデブリが残留した場所を通り抜けるのは、目隠しをして岩だらけの海に飛び込むに等しい行為だし、その海には海賊という海蛇たちが巣を作って獲物を待ち構えているのだ。ギャラルホルンが海賊の摘発に積極的でないのもこの辺りが起因している。どうせ被害に遭うのは法に触れる連中なのだ、そのような連中の手助けなどする必要は無いというのが彼等の偽らざる気持ちだろう。

故にこのような場所を使う連中は、一般的に自衛可能なだけの護衛を用意するか、或いは海賊の目をくぐり抜けられる案内人を用意するのが一般的だ。だが今海賊達の前を暢気に進む船は、そのどちらも伴っていない。警戒心の強い者ならば手出しを控えたかもしれない。しかし、年に1~2度はそうした無謀な連中が居るという事実が彼等の判断を鈍らせた。船そのものが厄祭戦時代の軍艦を転用したものであったから、船の性能を過信しているのだろうと言う思いも、それに拍車をかけさせたのだ。

 

「よし、やるぞ。鼠共を突っ込ませろ!」

 

海賊と言ってもその規模は様々だ。ブルワーズと名乗る海賊のように、MSを10機以上運用しているような大組織もあれば、艦艇すら満足に整えられていない零細もある。そのような中で彼等は2機のMSとヒューマンデブリによるモビルワーカー部隊を運用するそれなりの規模だった。だから海賊達が獲物に感謝していたその時、獲物側も神に感謝していた。

 

 

 

 

「はっは、見たまえ!実に手頃な相手じゃないか。我々は運が良い!」

 

襲い来る海賊に対してそう本気で笑い声を上げる男を見て、ユージン・セブンスタークは男の口車に乗って計画に参加したことを激しく後悔した。そもそも当初の想定はあくまでデブリからのエイハブリアクター発掘が主であり、海賊討伐は想定されるが副次的な目標のはずだ。だが、嬉々としてMSに乗り込もうとしている相談役は、明らかにこちらを目的にしている口ぶりだ。

 

「ミカヅキ、ササイ、準備はいいか?」

 

『うん』

 

『お、おうよ!』

 

「ハエダ、アキヒロ。連中が降伏を受け入れない場合もある。準備だけはしておけ」

 

『わかった』

 

『了解』

 

手慣れた様子で矢継ぎ早に戦闘指示を出した相談役は躊躇無くMSのコックピットへ収まると、最後の確認とばかりに作戦を説明しだす。

 

『では分担の最終確認だ。敵の旗艦はミカヅキ、モビルワーカーと本艦の防衛はササイ。相手のMSは私が受け持つ。ユージン、ミカヅキの説得が失敗したら白兵戦に持ち込む、合図の信号弾の色は覚えているな?見逃すなよ』

 

「は、はい!」

 

急に話を振られ、ユージンは慌てて返事をする。上擦った声が出たことで羞恥に顔が赤くなるが、それを指摘する者は居ない。否、誰も彼もが緊張していてそんな余裕はないのだ。

 

『ミカヅキ、ササイ。なるだけ殺すなよ』

 

『なるだけでいいの?』

 

『殺すな、と本当は言いたいがね。そこまでの余裕はまだ無い。敵よりもまず味方の安全確保が大切だ』

 

『…じゃあなんでこんな計画立ててんだよぉ』

 

『儲かるからだ。腹をくくれ』

 

情けない声でそうぼやくササイの不満を相談役はあっさりと切って捨てる。そして不敵な声音で開戦を告げた。

 

『では諸君。仕事の時間だ』

 

 

 

 

『ひぃ!?』

 

耳障りな悲鳴が聞こえると同時に、MSを操っていた海賊の視界が白く染まる。それが獲物である船から発射された閃光弾だと理解すると、頭に血がのぼるのを男は自覚する。食い殺すだけの筈の相手から受けた痛みのない反撃は本当の反撃よりも男を苛立たせたのだ。

 

「ただの閃光弾だ!さっさと突っ込め鼠共!!」

 

海賊の戦術は至ってシンプルだ。ヒューマンデブリで構成された部隊をけしかけ、相手の疲弊を狙う。デブリ達だけで船に取り付ければ儲けもの、失敗しても本命である部隊が後詰めをかける。一見すれば戦力の逐次投入という愚策でしかないのだが、当人達にとってはこれが最も理に適った戦術である。スクラップと同額程度のはした金で買い込める消耗品と自分達では命の価値が違う。彼等は本気でそう考えているし、阿頼耶識を施術されたデブリ達の動きは俊敏でこのような雑な扱いであっても一定の戦果が上げられてしまうことから、見直しを考えるような奴はいなかった。尤も、だからこそ組織を今以上拡大出来ていないのだが。

 

『ぎゃっ!?』

 

獲物の船は退避行動に移りつつ対空砲をばらまく。その射撃はお世辞にも良いとは言えず、弾幕も薄い。やはりものを知らぬ馬鹿な獲物、そう確信した所で不幸にも1機のモビルワーカーが被弾する。直撃こそ免れたものの、被弾で制御用の推進器が損傷したその機体はよろよろと戦域から外れていく。

 

「ちっ!あの程度の対空砲に当たりやがって…ん!?」

 

部隊の後方に陣取り、様子を見ていた海賊はそれを眺め舌打ちをする。相手を完全に侮っていた彼は、デブリよりも遥かに高価なモビルワーカーを損傷させた罰をどう与えるかなどという事に意識が向き、その僅かな時間で起きた変化への対応に致命的な後れを取る。

 

『も、MS!?』

 

『う、うわぁ!?』

 

船の後部、本来備わっている格納庫から3機ものMSが飛び出してくる。

 

「マン・ロディ!?それになんだアイツは!?」

 

安っぽい白色で塗装されたそれらは見るからに統制の取れた動きでこちらを迎撃する。だが愚かにも彼はそんな動きよりも、特徴的なデザインを持つ敵のMSに注意を引かれてしまう。

 

『邪魔』

 

「がっ!?」

 

通り抜け様に振られたメイスが掠り、右肩の装甲がはじけ飛ぶ。何とか姿勢を立て直した頃には、件の機体は自分達の母船へ向けて突進していた。

 

「野郎!舐めた真似を!!」

 

想定外の事態が連続したことで、彼は完全に冷静さを失っていた。もし彼が多少でも戦術を学んでいたならば、即座に撤退を指示し損害を最小限度に抑える事も出来たかもしれない。しかし悲しいかな、所詮ならず者である彼にはそのような知識はなく、戦場を把握するべき指揮官でありながら、指示も出さずに敵機を追撃するという愚行を冒す。先ほど敵が3機出てきた事も忘れて。

 

『ヘキサフレームとは珍しいな』

 

その事実を彼が思い出したのは、唐突に聞こえた接触回線とあらぬ方向へ自機が振り回された事による急激なGを受けた瞬間だった。同時に衝撃が走り、手にしていたマシンガンが破壊される。

 

「なっ!ぐが!?」

 

『野郎!』

 

「止めろぉ!?」

 

それを見ていた僚機がマシンガンを放つが、砲弾の殆どは敵のマン・ロディに盾として構えられた彼の機体に当たる。弾丸が装甲を叩く不快な音に思わずそう叫ぶが、返ってきたのは場違いな程平静な敵の声だった。

 

『ふむ、戦術も腕も酷いものだ。やはりこの方法で正解だな』

 

声と同時に機体が再び加速する。彼の機体を押さえ込んだまま、敵機が僚機に向かって突っ込んだからだ。襲う事には慣れていても、自分がMSに襲われた経験など皆無に等しい僚機は、宇宙空間にもかかわらずその場に留まりマシンガンを乱射した。

 

『来るな!来るんじゃねぇ!!』

 

連続の射撃で瞬く間にマガジンの弾を撃ち尽くしたマシンガンが沈黙するのと同時、抱えられていた男の機体が僚機へと投げつけられぶつかる。もつれ合うように回転する彼等が機体を立て直すより早く艦艇用の曳航ワイヤーが二機を縛り上げた。ワイヤーを手繰っていたマン・ロディが悠然と近づいてくると、手にしたチョッパーでコックピットの装甲を小突いてくる。

 

『降伏するか、このまま潰れるか。好きな方を選びたまえ』

 

そもそも何よりも自分の命が大切という価値観の人間である。相手が本気である事に気付いた彼は、即座に降伏を選択する。白色の信号弾が打ち上げられたのは、それからすぐ後の事だった。




ちょっと短め。

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