「A1から3区画まではトマトだったから2番肥料だ。混ぜ終えたら暫く馴染ませてから畝作りをするぞ」
手元のタブレットを操作しながらアキヒロはインカム越しにモビルワーカーを操っているマサヒロに向かって指示を出す。昨日最後の収穫を終えた第3演習場の区画の一部を整備しているのだ。因みに収穫された作物は市場に卸せないため、社内で消費されるか近くの農園との物々交換に当てられている。市販品と違いしっかりと熟れさせてから収穫されるCGS印の野菜はご近所でも美味いと評判である。
「芋も大分育ってきたなぁ」
散水用のタンクを運んできたシノがアキヒロに向かってそう話しかけてきた。タブレットから目を離さずにアキヒロは頷きつつ口を開く。
「収穫はあと1か月先だな。暫くはトウモロコシの方が忙しいぞ。何せ人手が足りねぇ」
「あー、ご近所への応援もあるしなぁ。まあ思っていたより新人が使い物になってる分マシかね?」
顔を顰めるアキヒロに向かって、シノはそう言うと笑顔で演習場の整備を行っている新人組へと視線を向けた。入社当初こうした雑務に対し露骨にやる気の感じられない態度だった新人達であるが、ここの所は積極的とまでは言わないものの真面目に作業に当たっている。特に阿頼耶識の施術を受けた面々はモビルワーカーを使った農作業に従事出来るため、貴重な戦力になっている。
「こんな時期に戦争なんてしやがって、迷惑な話だ」
「戦争なんて、いつやられたって迷惑な話だろ?」
鼻を鳴らすアキヒロの横でシノがそう皮肉気に呟いた。これまで彼らは生きるために戦ってきた。手にしたものを奪われないために。あるいは何かを手にする、つまり奪うために。それが間違いだとは思えない。そうしなければ死んでいたのだから。けれどいざ自分達が奪われるよりも奪う事が多くなった時、その生き方の危うさに彼らは気付いてしまった。否、気付かされたと言うべきか。奪われない程の強大な力と言うやつは、彼らが考えていたよりも遥かに大食らいだったのだ。成程、短期的に見れば奪うというのは魅力的な方法だ。農作業やサルベージ業に従事してみれば、食料やMSを生み出すのに掛かる時間と労力が如何程のものかが良くわかる。それらの収穫物をかすめ取ってしまえば労力を支払う事なく確かに手に入れる事は出来るだろう。だがそんな事が何時までも続けられる訳がない。
当然の話だろう。全てを奪えば生産者が困窮するから次の収穫は得られない。ならば程々に奪えば良いと考えるのは楽観が過ぎる。誰だって奪われたくなどないのだから、余裕を持たせれば身を護る為に力をつける。力をつけられれば、奪うために必要な暴力は更に大きくならねばならず、その力を維持するには更なる収奪が必要だ。しかも自分達で生産の計画を立てている訳ではないから程々の収奪で必要分が揃うかどうかすら解らない。そして一度でも弱れば奪われ続けた側は絶対に容赦などしない。海賊達と言う非常に解りやすい参考の末路を何度も見てきた彼らは、そんな生き方では大切な仲間と生き続ける事が到底出来ない事をしっかりと学んでいた。
「奪って奪われてなんてやってりゃ、あっという間に干上がっちまうってどうして解らねぇ?」
貧すれば鈍する。圧倒的多数の人間は自らが飢えた際、他者に迷惑をかけずにひっそりと死のうなどとは考えない。戦争という大量消費と荒廃がギリギリで生きている人間の多くをそちら側へ追いやる事は明白であり、生産者の喪失と収奪者の大量発生を引き起こす事は想像に難くない。満足な教育を受けていない自分達ですら想像出来る事が、何故解らないのか。いらだち紛れの言葉がアキヒロの口から零れる。
「戦争をするって決める奴は、死にそうなくれえ腹が減ったことなんてない連中だからだろ」
シノがしゃがみ、足元の土を掬う。そして視線を空へと向け呟く。
「俺らはよ。せめて俺達が作る世界は。そんなバカをしねえ世界にしようや」
そう言うとシノは立ち上がり、大きく背を伸ばす。そして明るい声音で口を開く。
「取りあえずはしっかり畑仕事をしねえとな!どうせマっさんの事だから、腹空かせた連中をごまんと連れて帰って来るに違いねえ」
澄み渡った空の先、遠く離れた地で戦う仲間たちを思いながら、アキヒロは苦笑しつつその言葉に同意する。
「ちげぇねえな」
まだ火星には、砲声は聞こえてこない。
「さあ、どんどんいこう」
邪悪と形容するのがぴったりな表情で俺は机に広げた地図を前にそう宣言する。各経済圏のコロニーを制圧して一週間が経過した。一見すると戦場は膠着状態に見えたが、内実的にはアーブラウが侵攻の準備を整えるまでの時間を各経済圏が手を拱いていたと言うのが正しい。SAU前線への襲撃を繰り返し生み出した戦力余剰を各戦線だけでなく、コロニーに送る事で防衛に従事していたCGSの部隊が地球へと降下。それぞれの戦線に10機ずつが送り込まれている。SAUだけは5機であるが、そもそも地球支部に配備されていた10機に加え戦争勃発前に規模拡大のために派遣されていた3機が存在していた事からむしろこちらの活動は活発であり、この一週間で更に被害を拡大させていた。既に喪失機が40に届きそうになっているし、士気も崩壊寸前だ。ぶっちゃけウチの機体を見ると逃げ出すらしいから既に崩壊している気もするがこのマ、容赦せん。
「今回の戦争は楽でいいな。手加減してもお釣りがくる」
既に最大の生産拠点は確保済み。更に最大の戦力であるMSの確保手段が無い相手は喪失機の補充どころか、損傷機の修復すら難しい。まあ事前に知っていた数よりも随分と持っているようだし、未だにパトロンから追加が送られてきているようだが、何も問題ない。数はともかくパイロットの練度がお粗末過ぎる。時たまギャラルホルン崩れと思われる動きの良いのが居るが、カルタ嬢の所の連中とは比べ物にならないくらい弱い上に使っている機体も旧式だ。無駄かもしれないが、一応そういった連中の機体は手足を破壊した後こちらで回収させて貰っている。マクギリス君へのちょっとしたプレゼントくらいにはなるかもしれないからな。ロッド=アイン君ホットライン経由で、敵にさー超ゲイレール居んの、一杯捕れたからお裾分けするね!って連絡したらとても良い笑みを浮かべていたらしい。因みにロッドの方は色々と諦めたのか慣れたのか、疲れた表情で乾いた笑い声を上げていた。
「しかし大したものだ、あの事件から何も学んでいない」
皮肉気に口元を歪めながら俺は地図を眺め続ける。指示した通りアフリカユニオン、オセアニア連邦の各戦線に送り込んだ社員達は元気にMSを狩っているとの事だ。既にSAUからは和平交渉の連絡が来ているらしいが知ったことではない。何しろ俺は政治家ではないからな、和平が締結されるまで徹底的に戦力を狩り尽くしてやる。恨むならどっかのイズナリオ氏の猿真似に乗った自分達の愚かさを恨むといいと思う。
「あのう、相談役」
「どうした、ビスケット?」
「この戦争は、終わるんでしょうか?」
「不安か?」
俺の問いにビスケットは素直に頷くと口を開く。
「相談役に教えて頂いていましたから、全部とまでは言えませんがそれなりに戦争を理解しているつもりです」
「謙遜するな、お前は教え子の中でも優秀だよ。疑問があるなら聞こう」
そう俺が言えば、ビスケットは真剣な表情で言葉をつづけた。
「はい、今僕達はアーブラウに与して他の経済圏全てと戦争をしています。開戦直後はアーブラウが劣勢でしたが、現在は予断を許しませんが優勢です」
「そうだな」
「既に敵にとって重要な拠点であるコロニーは押さえました。しかし各経済圏の工業地帯はコロニーだけじゃない。大きな痛手ではありますが、致命的とは言い難い。そうした状況下において、現在僕達が行っているのは消耗戦です。これは、教えられた戦術において最も双方に損害が増大すると同時に戦争解決までに長い時間を要するように思えます」
「成程、道理だ、ではビスケットはどうするべきだと考える?」
「SAUに生贄になってもらいます。CGSの戦力を分散ではなく集中して戦線に投入。工業地帯、あるいは行政機関の中央を制圧し降伏させます。SAUが脱落すればアフリカユニオンは単独でアーブラウに対抗できませんから降伏する可能性が高いですし、オセアニア連邦は最初から戦争には消極的です。損害が軽微ならば十分交渉に応じると思います」
いやあ素晴らしいな、ウチの若い連中は。ここが宇宙世紀で所属がジオン軍だったら満点の回答だ。まあ、俺がそう教えてしまったんだけども。だってしょうがないじゃないか、仕込んでる時は地球の経済圏がここまでグダグダだなんて知らなかったんだもんよ。
「民主主義国家とその軍隊を相手にするならば満点の回答だ、花丸をやってもいいくらいだな。問題は前提条件が幾つか間違っている事だ、とは言えこれは教えた私の不手際だ」
すまんね、と前置きをして、このふざけた戦争の内容を語る。
「今回の問題は相手が民主主義国家の軍隊ではなく、更に総力戦に対応した戦力ではないという事だ」
「どう言う事でしょうか?」
「まず戦力の主軸としているMS。これの製造能力をどの国も有していない。文字通り戦局を左右する兵器が生産できないのだ。総力体制で製造出来る兵器群でMSを止められないとなると、戦力についての評価が大きく変わる」
俺の言葉にビスケットが目を見開く。流石に察しが良い。
「何故コロニーを襲撃したか。あそこが彼らの工業施設だからではない。唯一MSを供給出来る可能性がある拠点だったからだ。つまり、逆説的に言えばここ以外の工業地帯は戦略的価値が極めて低い」
弾道ミサイルどころか長距離爆撃機すら保有していない軍隊だ。戦略爆撃が出来ない空軍なんぞ怖くも何ともないし、海軍は殆ど警備艇に毛が生えたようなものだ。陸に至っては推して知るべしというやつである。つまりこの世界における現代戦とはMSの多寡によって決定され、その上MSを満足に各陣営が自軍に供給できないという歪な環境になっているのだ。
「つまりコロニー以上に重要な戦略拠点は政治中枢を持つ首都くらいなものなわけだ。だがここでもう一つの問題、彼らが民主主義国家の軍隊ではない事がネックになる」
「そこが良く解りません。各経済圏は民主主義を標榜していますし、選挙によって代表を決めていますよね?そんな彼らが何故相談役の言う民主主義国家の軍隊に当たらないんですか?」
俺は笑いながらその事実を告げる。
「簡単だ、この戦争を望んでいる国民が居ないからだよ。いやそれよりも悪いかもしれないな。何故なら彼らは戦争に関心が無いからだ」
平和の代償とでも言うべきだろうか。軍事力から隔離され、その中で平和に育った彼らは驚くほど軍隊の行動を他人事のように考えている。彼らの知る対外的な戦争とは通常戦力やモビルワーカーを使った局地的な小競り合いが精々なのだ。同じ言葉で誤魔化せば経済圏同士の本気の殴り合いと知られずに戦争を実行できるという寸法だ。何せ彼等の知っている戦争とは大昔に沢山人が死んだ災害か、生活に何ら影響を与えない小競り合いだ。民衆が戦争に無関心になれる現状を構築出来たギャラルホルンと各経済圏の指導者の努力は称賛されるべきではあるのだが、それならば戦争という外交手段も選択肢から永遠に放棄しなければならなかった。
「係争地や国境付近で人知れず軍人同士が殺し合う分にはいい、だが斬首戦術などすればこちらが悪者にされてしまう。それでは占領した時に困るのだよ」
戦争が他人事であるのは、民間人に影響が出ないことが前提だ。自国の首都などという日常に突然そんなものが現れれば、恐怖と混乱でどんな結論に達するか想像もつかない。
「せ、占領?」
ああ、そうか、これは不味ったな。
「ビスケット、戦争を長期にわたって防ぐ方法は、究極的には3つだと私は考えている」
そう言って俺は人差し指を立てる。
「一つ目は軍事的な均衡による相互確証破壊、殴れば絶対に敵も自分も死に絶えると言う状況を創り出す事。まあどちらか片方にとんでもないバカが居た瞬間破綻するんだがね」
更に中指を立てて言葉を続ける。
「二つ目は、人類すべてが仲良く涅槃を渡る事。人という存在が無ければ争いは存在しないからな。問題はそもそも戦争をしてでも達成するべき人類の存続を否定している事だな、故にこれは戦争は無くなるが戦争という問題の解決にはならない」
俺はそう笑い、薬指を仲間に入れる。
「後は敵を無くしてしまう事。ここで言うならアーブラウ以外の政権を全て打倒して統一してしまう事だ。その上で政治、司法と独立した治安維持組織を持てば犯罪は起きても戦争は起きん。後はアーブラウの統治能力次第だな」
唖然とするビスケットに笑顔のまま俺は続ける。
「民主主義の何たるかさえ理解できていないような馬鹿共だ、怨恨さえ募らせなければ統治者がすげ変わったところで何も気にしないだろう。後はゆっくりと反乱の芽を摘むだけで長期の平和が訪れると言う寸法だ。だから民間に被害を出さず敵の軍事力だけを削ぎ落すのさ。世界平和の為だ、一つ頑張るとしようじゃないか」
MSと言う抵抗できる能力を奪ってしまえばその後どんな酷い事が起きるのか、為政者だけは理解出来る。何せ攻め込んで実行しようとした事をそのままやられるのだから。だから戦う術を失った時点で彼等は生き延びる為に降伏せざるを得ないのだ。そう告げてやると、ビスケットは引きつった笑顔で頷いた。
戦争で何万人も殺せる軍人よりも一人を食わせる事が出来る農民の方が偉いのだ。