起きたらマさん、鉄血入り   作:Reppu

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84.継がれゆく意思

『あの、本当に良いんすか?』

 

「おう、いいからやれ」

 

命令に従い、新人が操る2機のMSが地面に杭を突き立てる。その様子を見てアキヒロの横に立っていたマルバ・アーケイは深々と溜息を吐いた。

 

「遂に第1演習場まで潰しやがった」

 

「大丈夫です社長。これは工場付近での訓練を想定した演習場です」

 

タブレットから目を離さずにそう欺瞞を吐くアキヒロに対し、マルバは半眼になって応じる。

 

「お前らが食品加工業の資格を取るまではな。まったく、あの馬鹿の悪いところばっかり覚えやがって」

 

「恐縮です」

 

「褒めてねえよ馬鹿野郎この野郎。はあ、またどっかに土地買わねえと」

 

そう言って頭をかくマルバに対し、アキヒロは困った笑みを浮かべる。

 

「本社も手狭になってきましたからね」

 

拾った。端的にそう口にして、社長相談役が地球からヒューマンデブリや孤児やらを連れてきたのは半年程前だ。行きよりも輸送船が2隻増えていた時点で皆凡そ察してはいたが、今回は今までと文字通り桁が違った。

 

「鹵獲したリアクターの殆どをアーブラウが買ってくれたから何とかなったが。絶対あれは確信犯だな」

 

先の大戦においてCGSは200近いリアクターを無傷で鹵獲していた。半分ほどはその場でアーブラウが買い取っていたが、残りの半分について相談役が火星への帰還間際にアーブラウに対して問いかけたのだ。

 

「このままだと全部持って帰るが、どうするね?」

 

その言葉の意図を正確に察した蒔苗・東吾ノ介は顔を青くした。既に火星全土はアーブラウが権利を掌握しており、委任統治という形で旧統治領管理者達から発足した議会が統治している。但しその関係は決して良好とは言えず、その調整に苦慮しているというのが実情だった。仮にそんな所へ100機ものMSが供給されたなら。そんなものは特大の火種になる事は想像に難くない。しかも万一武力衝突にでも発展した場合、今度はCGSが敵になるのである。そしてアーブラウにはCGSへリアクターの販売を止めさせる権利も権限も持っていない。つまり事前にこの火種を潰すには、残りのリアクターをCGSの言い値で買う以外の選択肢が残っていなかったのである。

 

「良くギャラルホルンに泣きつきませんでしたね?」

 

「現アーブラウ政権にしてみりゃ、折角大人しくなった奴にまた色々と口実を与えて干渉されちゃ堪らないだろうからな。本当にあくどい事しやがる」

 

「今まで渋って来た分ですから、同情する気にはなれませんね」

 

「違ぇねえな」

 

鼻を鳴らしてそう切り捨てるアキヒロにマルバは笑って応じる。

 

「そんで?あの馬鹿は今クリュセか?」

 

「ええ、クーデリアさんの所へ」

 

「あっちも大変だろうからなぁ。まあこればっかりは仕方ねえか」

 

MSによる建設風景を眺めながら、二人はそう言って笑った。

 

 

 

 

「オルガさん。俺、昨日会社の経理の手伝いしてたっすよね?」

 

「ああ、してたな」

 

本社のオフィス、据え置きの情報端末に向かってひたすら手を動かしながらザックは同じく端末に向かっているオルガ・イツカに話しかけた。

 

「先週は一週間サルベージに行ってたっす。ちょっと阿頼耶識が羨ましくなったっす」

 

「モビルワーカーを使っての実作業はどうしても差はでるな。申請なら受け付けてくれると思うぞ?」

 

言いながらオルガが手元のパネルを操作し自軍を素早く操作する。見る間に敵軍が数を減らし、遂には敵の母艦を沈める。同時にザックの端末からチープな電子音が鳴り響き、目の前に使用者を煽り立てるような敗北メッセージが表示された。

 

「ぬぁぁぁ!?」

 

「奇襲や強力な持ち駒に頼り過ぎだ。華麗に勝つことよりまず堅実に戦う事を覚えたほうが良いぞ?」

 

「うっす…、いやそうじゃなくて!?」

 

「なんだよ?」

 

感情を乱高下させつつザックは訝し気な表情のオルガに対して訴える。

 

「なんで俺部隊指揮の演習やらされてるんすか?ウチの会社は俺に何をさせるつもりなんすか!?ちょっと業務内容が節操なさすぎじゃありません!?」

 

「まあ、実際ウチの業務は節操がねえからなぁ」

 

そう言ってマグカップの中身を飲みつつ笑うオルガに、ザックは眉を寄せながら疑問を口にする。

 

「いや、そうなんすけど。他の奴らはもっと適性を見てるっていうか、仕事の割り振りに方向性があるじゃないっすか。同期で部隊指揮の演習やってんの俺だけだし」

 

「ありがてぇ事じゃねえか」

 

「ありがたいっすか?」

 

その言葉にオルガは真面目な表情になると、マグカップを机に戻しザックへと向き直る。

 

「色々教えてもらえるって事はよ、ザック。色々な可能性を貰えてるって事だぜ」

 

「可能性…」

 

「他の奴らがやれる事を見つけちまってよ、お前が焦る気持ちも解らないでもねえよ。けどよ、あいつらからすれば、お前の方が何倍も羨ましい立場に居るんだぜ?何せお前は、これから学んで、そんで自分の好きな事を選べるんだ」

 

「……」

 

「お前が憧れてた鉄華団を名乗ってた連中なんて、俺も含めてひでえもんさ。出来る事を必死にやっちゃいるが、それ以外はからっきしだ。自由に選ぶどころか、選択肢すら無かった。だからよ、ザック」

 

そう言ってオルガは笑顔をザックに向けて来る。

 

「お前は、俺達の希望の星なんだぜ?元デブリ、浮浪児、半端物。そんな奴らでも学べれば自分のなりたい自分になれる。お前は今、お前という存在そのものでそれを証明してくれているんだからよ」

 

「…ウス」

 

そう肩をたたいてくる憧れの先輩に、ザックは何とかそう短く応えるのが精一杯だった。

 

 

 

 

「何故、こんな事になっているか理解しているな?」

 

クリュセの一角、消毒液の匂いを僅かに感じる一室で、俺は目の前で正座をするミカヅキに向かってそう声をかけた。

 

「あ、あのクベさん!」

 

焦りを多分に含んだ声音でそう俺の名を呼ぶアトラ嬢。だが人は鬼にならねばならぬ時があるのだ。

 

「アトラ嬢、本当は君にも色々と言いたいところだが、まずは男同士の話にケリをつけねばならん。少し待っていたまえ」

 

「で、でもっ」

 

まだ何かを言いたげな彼女から視線を外し、強引に会話を打ち切る。そして床で正座を続けるミカヅキに話しかける。

 

「前にも言ったな?未成熟な体での妊娠は母体に大きな負担がかかる。それは命に関わるという事だ。パートナーの願いを叶えてやりたいという心意気は解る。だが、本当に相手を思うならば、危険とわかる行為には注意をすべきだし、それに自身が関わるなら止めることが正しいと思わないか?」

 

「…うん」

 

神妙な顔でミカヅキが頷く。視線だけで彼の思い人を確認すれば、既に腹部は注意深く見れば解る程度の変化を起こしていた。

 

「解ったなら、しっかりとフォローをするように。男なぞ種を付けてしまえば後は原則女に全てを任せっきりだ。ならば最低限それ以外の負担を肩代わりするくらいの度量は見せろ。ミカヅキの分の産休も申請しておいてやる」

 

「おっちゃん、流石にそれは」

 

ミカヅキは働き者だ。阿頼耶識組のパイロットに対する教練に農作業、最近では追加した養鶏場と養殖池の管理まで担当している。これでいていざ事が起これば我が社のエースとして前線に出張ると言うのだから、どこの超人だと問い詰めたいほどだ。だが俺は知っている。育児とは子供という最強の相手を敵にしたゲリラ戦である事を。昼夜どころか周期すら存在しない不規則な赤ん坊の泣き声、目を離した途端何をしでかすか解らない予測不能な行動。武力も交渉も一切通じない相手に、それを年単位で繰り広げねばならないのだ。そしてその前哨戦は既に始まっている。

 

「子育ては戦場だ。甘く見るな、一人でも大騒ぎだと言うのにお前の場合二人なのだぞ。通常業務などしている場合か」

 

「申し訳ありません…」

 

弱弱しい声でそう謝罪したのはベッドに横になっているクーデリア嬢だった。その顔色は悪く、一目でつわりが酷いことが見て取れる。そう、つわりだ。俺達が地球で戦争の真っ最中、クーデリア嬢の妊娠が発覚した。当然父親はミカヅキである。アトラ嬢とそういう関係である事は明白だったので注意はしていたのだが、その仕方を俺は失敗していた。

 

「いいかミカヅキ、アトラ嬢はまだ体が出来上がっていない。だから妊娠は危険だ」

 

これを聞いたミカヅキはクーデリア嬢と致す際に準備を怠った。そらそうだ、なんせクーデリア嬢は体が出来上がっているからな。ついでにクーデリア嬢も確かなつながりを欲して準備を確信犯的にしていなかったらしい。勝ち誇った声音で懐妊を告げてきたアドモス女史がそう言っていた。この主従さては策士ですね?そしてそれが羨ましくなったアトラ嬢の懇願にミカヅキが折れる形で更に新たな命が誕生。現在に至ると言う訳である。因みに妊娠後もアトラ嬢はギリギリまで隠匿していて、普通に本社で働いていた。身重の体で仕事とか本当やめてほしい。

 

「傍でしっかり支えてやれ。仲間も大事だが、家族を蔑ろにしてまでお前に仕事をしてほしいなんて奴はCGSには居ない。だからしっかり、父親としての責任を果たせ。解ったな?」

 

「解った。おっちゃんも頑張ってね」

 

頷いたミカヅキがそう返してくる。頑張る?ああ、お前が抜けた分は頑張るとするさ、それが大人の見栄だからな。と、思っていた時期が俺にもありました。

 

「失礼、お話は終わりましたかしら?終わっているならこれを頂いていきたいのですけれど」

 

「「「どうぞ、どうぞ」」」

 

先程から入り口でこちらを待っていたカルタ嬢がそう言って俺の肩を掴む。その笑顔に対し、同じ様に笑顔で俺を指し出すミカヅキにアトラ嬢とクーデリア嬢。

 

「今日という今日は逃しませんよ?」

 

そう言って俺をズルズルと引きずっていくカルタ嬢。その間にもお小言は忘れない。

 

「まったく!ふらふらふらふらと!解っているのですか!?今の貴方はギャラルホルンの要監視対象なのですよ!?どうして一所で大人しくしていないのです!?」

 

事の発端は終戦交渉の際にしたコロニー落としの恫喝である。本気に見せかける為に住民の疎開までやったから流石にギャラルホルンにバレた。そこからは蜂の巣をつついたような大騒ぎである。厄祭戦の時代、コロニーを制圧したMAによって件の蛮行は実施された訳だが、この世界は以前の世界に比べてコロニー落としに対する危機感が強かった。何せコロニーは巨大なエイハブリアクターを備えていて、宇宙塵対策にナノラミネートが施されているのだ。遠距離攻撃で破壊する事はほぼ不可能な上に大気圏に突入しても間違いなくリアクターが燃え尽きずに地表に落着する。それで壊れればまだマシで、機能を維持したまま残ってしまえば一帯に強力な機器障害を起こす偏重力帯を形成するという、控えめに言って地獄が生まれる。そんな事の実行を示唆したもんだから、流石にギャラルホルンとしても無視はできず、再び俺は観察処分となったわけである。

 

「外出届は出していたと記憶しておりますが」

 

「不用意に出歩くなと言っているのです!…あまり自由にされては、私としても庇い切れません」

 

その表情を見て、俺は小さく溜息を吐いた。皆が笑って、明日が訪れる事に疑問を持たない世界。それのなんと遠い事か。

 

「まだまだだな」

 

「何か?」

 

「いえ、なんでも。そろそろ自分で歩きますから手を放してください、カルタ嬢」

 

そう言って俺は立ち上がり、大きく背をそらす。さあ、今日も夢に向かって足掻くとしよう。




ここまでお読み頂き有り難うございました。
これにて本編第二期編を終了させて頂きます。
ご愛読有り難うございました。

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