「久しぶりだな、マルバ。随分羽振り良くやってるみたいじゃねぇか」
「え、ええ。お陰様で何とかやってます」
女をしなだれかからせた優男が、親しげな様子でマルバへそう話し掛ける。俺はその横で出された茶を暢気に啜っていた。
「お前さんから話があるなんて連絡がまさか来るとはなぁ。輸送業からは手を引いたもんだと思っていたが」
勿論男が言う輸送は真っ当なものではない。彼の名は、名瀬・タービン。タービンズと呼ばれる、所謂御法に触れる運び屋のトップだ。ついでに言えばタービンズは木星圏に一大勢力を築き上げている、テイワズという反社会勢力直轄の組織という肩書きも持っている。真面目に生きようと考えるならば、まずお近づきにはなりたくない、ならない方が賢明なお相手と言えよう。
「さ、最近事業を拡大しまして。その、良ければご相談をと」
震える声でそう告げるマルバを、彼は愉快そうに目を細めて眺めつつ口を開く。
「へえ、そいつは最近噂になってる海賊狩りと関係があるのかい？」
その言葉に音が聞こえてきそうな程身を強張らせるマルバ。おいおい頼むぜ社長。相手はこの辺りを縄張りにしている運び屋、商人だぞ？その位の情報収集はしていて当たり前だろう。冷や汗を掻くマルバの脇を小突いて再起動させる。彼はポケットからハンカチを出し、頻りに額を拭うと、真面目な表情で名瀬を見た。
「我が社も全く無関係とは言い難いですね。最近ウチはサルベージ業に手を出していまして」
「そいつはまた博打に出たな」
「少々会社がでかくなりすぎましてね。警備や人材派遣だけでは人が余っちまうんです。そん時に以前、名瀬さん達から買わせて頂いた船のことを思い出しましてね？遊ばせておくくらいなら、何か使えやしないかと」
「そんでゴミ拾いって訳かい？普通に輸送業じゃなく？」
「そ、それはその…」
言葉に詰まるマルバを見て、俺はカップを机に戻すと努めて友好的な表情を作りながら名瀬に話し掛けた。
「失礼、私からご説明させて頂いても？」
「ああ、アンタは？」
「申し遅れました。私はCGS社長相談役を任じられておりますマ・クベと申します。以後お見知りおきを」
「へえ、噂の相談役さんか。聞いていたより普通の人間だな」
普通って、一体俺は世間で何と言われているんだ。咳払いをして俺は説明を始める。
「火星から地球圏への貿易の殆どはオルクス商会が担っています。つまり今更大口の顧客を捕まえる事は難しい上に、例え捕まえられても応じきるだけの輸送能力を我が社は持ち合わせておりません。そこで目を付けたのが、デブリ帯のエイハブリアクターでした」
「はは、誰もが一度は考える一攫千金だな。実行する馬鹿は初めて見たが」
「本気でやろうと考える者がいなかったというだけですよ。それなりの投資と準備はしましたが実際に成果は上がっています」
「…へえ？」
「ですが如何せん物が物です。欲しがる連中には事欠きませんが、安易に流して世を乱すのも本意ではない」
俺の言葉に、名瀬は目の笑っていない笑顔で返事をしてきた。
「ならギャラルホルンに届けりゃ良い」
「それこそ冗談でしょう。持っていったところで回収されて終わりです、礼の一言があるかすら怪しい。我々は営利団体であってボランティアではありません」
「つまりアンタは俺にこう言っているのかい？海賊共にリアクターを流されたくなけりゃ、タービンズで買い取れと」
「別に本社でも関連企業の方でも構いませんよ」
俺がそう返せば名瀬はこちらを睨み付けてきた。なんだよ、もっとフレンドリーに行こうぜ。
「成程、成程な。お前さん達の言い分はよぉく解った。そっちの態度次第じゃウチが引き取るのも吝かじゃない」
名瀬の言葉にマルバが喜色を浮かべる。馬鹿、まだ早い。
「だが、付き合うとなりゃ相手をちゃんと知らなきゃならねぇ。こんな時代だ、背中を見せた途端ズブリといかれちゃたまったもんじゃないからな」
「企業のトップならば当然の判断ですな」
そう応じれば名瀬は口角を上げる。
「ありがとよ。じゃあ、腹を割って話そうじゃねぇか、最近の海賊狩りはお前さん達の仕業か？」
「あくまで本業はサルベージですがね。降りかかる火の粉は払っています」
「よく言うぜ。ならもう一点。お前さん達が使っているMSの中に二つ目のヤツがあるって聞いたが、事実か？」
ちっ、もうそこまで漏れてるか。まあ、毎度全滅させられてるわけじゃない。逃げ延びたヤツもいるだろうからある程度覚悟してはいたが。
「…ええ、色々と幸運が重なりまして。戦力として使っています」
俺の言葉に名瀬の瞳に剣呑さが宿る。
「ほう、俺の知っている限りありゃ相当古い機体でな、阿頼耶識を使わねえと動かせない筈なんだが」
「そ、それは！」
何かを言おうと立ち上がるマルバを手で制して俺が答える。
「はい、我が社には阿頼耶識システムの被術者が在籍しており、彼等が運用しております」
「在籍？お前達が無理矢理受けさせたんだろう？」
「否定は致しません」
俺の言葉で名瀬から殺気があふれ出す。何だ、ヤクザ者の割には良い奴じゃねぇか。
「つまりてめえ等は弱い者を食い物にして儲けているわけだ。マルバ、てめえ良くも俺の前にツラ出せたな？」
睨め付ける名瀬に対して、俺は再びカップを取り中身を飲み干す。
「良い茶だ。タービンズは随分と儲けているようですね」
「あ？何が言いたい？」
「まずは純粋な称賛。貴方は商売の才覚をお持ちのようだ、きれい事を吐けるだけのやり方でここまで組織を大きくして見せた。正に素晴らしい手腕です」
「今更おべっかで――」
そう名瀬が遮る前に、気持ち大きな声で続きを言い放つ。
「次にその視野の狭さへの諌言。誰もが貴方と同様の才覚を持つわけではない。貴方に出来る事は誰でも出来るなどと思って貰っては困る。申し訳無いが、ウチの社長は良くて凡人止まりの平凡な男なのだよ。しかし」
俺の声に名瀬が押し黙る。
「その凡人があがいて見せたのだ。何もかもが普通の男が、それでも弱者を拾い上げようと、彼等に生き残る術を与えようと。認めよう、彼等のおかげで我々は儲けている。儲けようとしている。だが、断じてそれだけで動いた訳ではない」
「てめえ等は何とでも言えるさ。だがやられた側はどう思う。食い物にされている奴らとお前達は本当に向き合っていると胸を張って言えるのか」
「言うさ。言うために私達はここに来たのだ。彼等が文字通り命がけで手にしてくれた希望を明日の糧に変えるために、私達はここに居る。そしてこの商談を成功させて大手を振って彼等に伝えてやるとも。お前達は自らの手で明日を勝ち取ったとな」
「俺は、弱い奴を食い物にする奴らが嫌いだ。女子供をちり紙感覚で使い捨てる連中を見ていると虫唾が走る。だから、ガキを都合良く使うために、自分達の勝手な理屈で阿頼耶識なんかを埋め込みやがったお前達は絶対に許さねえ」
奇遇だね、俺もだよ。
「だが、お前達をこのまま返すと、ガキ共がもっと不幸になるって事も良く解った。だから、商談は受けてやる」
「十分です。感謝します、タービン氏」
「勘違いするなよ。てめえ等がガキを食い物にしていたら、俺はお前達の敵に回るぜ」
「ええ、是非そうしてください。そして我々が道を外れぬよう、しっかりと見張って頂きたい」
そう言って俺は立ち上がると、彼に向かって深々とお辞儀をした。
「有り難うございます。どうぞ今後とも宜しくお願い致します」
男達が部屋から去って三分、船内の監視モニターでその姿が確実に離れた事を確認して、アミダ・アルカは漸く腕を解いた。彼女の夫にして頼れる社長である名瀬は男達が置いて行った販売品のリストを難しげな顔で眺めている。
「どうなるかと思ったけど、何とか丸く収まったかね？」
アミダの言葉に名瀬は漸く難しい顔を解き、いつもの優男に戻った。
「どうかな、まあでかいヤマだって事は間違い無いな。後は連中次第って所か」
そう言って名瀬は懐から自身の端末を取り出す。
「あのマとか言う相談役が入って以降、人さらいも廃棄処分もピタリと止んだ。それどころかガキや老人を積極的に雇っていやがる。ああ、ヒューマンデブリもか。それで会社の業績は右肩上がりだってんだから、どんな汚え事をしてるかと思ったんだがな」
自分をにらみ返してきた男の顔を思い出し、名瀬は笑う。
「思った以上にヤベェ奴だったな。しかも特大の馬鹿と来た」
「そうだね」
話し合いの間、アミダが名瀬から離れなかったのは意味がある。離れなかったのではなく離れられなかったのだ。万一の場合は身を挺して名瀬を庇う必要を感じた彼女はすぐに二人の間へ割り込めるよう、常に体に力を溜めていた。
「だがまあ、あれとやる商売は中々楽しくなりそうだ」
「一体何を考えているのかね？」
「さてな、取敢えずこれは親父に相談する必要があるだろうな」
そう言って机の上に置かれたタブレットへ名瀬は視線を戻す。
（さて、マ・クベだったか。アイツは一体、何処へ行こうとしているのかね？）
久しぶりに出会った、器の大きい男を思い、名瀬は自然と笑みを浮かべた。
ガンダムの話を書いている筈なのに、今日はずっとトウモロコシの栽培と大麦の栽培について調べていました。解せぬ。