リーフとペリュトン   作:endoooo

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リーフとペリュトン

 【飛将軍】(スカイ・ジェネラル)リーフ。

 アルター王国クランランキング四位〈ウェルキン・アライアス〉のサブオーナーであり、同時に討伐ランキング五位にも名を連ねる準〈超級〉である。

 時に『完全』と称される彼女のビルドは、超級職である【飛将軍】と、エンブリオであるペリュトンの高いシナジー性によって成り立っている。

 しかし、これから語られる物語は、彼女が【飛将軍】に就くよりも前の物語……彼女が『完全』になる前の物語である。

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 草原を駆ける風が頬を撫でる。

 軽く足踏みをして、乾いた土を踏みしめる。

 風の吹く先には、見上げれば首が痛くなるほど高い城壁が見えた。

 道の先にある街は人々に満ちており、喧騒が今にも聞こえてきそうだ。

 さらに頭上には晴れ渡る空があり、太陽が燦々と一人の少女を照らす。

 双葉・ミグラトリー……この世界、〈インフィニット ・デンドログラム〉ではリーフと呼ばれる少女は、新たな冒険への第一歩を踏み出したのだった。

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 「すごいです! 本当に街中にいるみたいです!」

 

 リーフはアルテア王国、その首都である王都へと足を踏み入れた。

 彼女はこの世界の精巧さに感動しながら、街の中央へと向かっていく。

 事実、ストリートに店を構えるレストランからは料理の香りが漂い、道の先に見える広場にある噴水、さらにその先に見える王城、そのいずれも現実と遜色ないリアリティだった。

 リーフは視点をCG描写に設定したが、もし現実描写を設定していれば、さも自分が異世界にワープしたような感覚になっていただろう。

 メインストリートを抜けて噴水のある広場にたどり着いたリーフは、何やら探し物があるように周りを見渡している。

 自分と同じ第0形態のエンブリオを持つマスターを発見した彼女は、そちらの方へとずんずん歩いていく。

 彼女、双葉・ミグラトリーは、『自分の知らない物事がある時、一番初めに何をするべきなのか』という問いに、これまでの人生から一つの答えを出していた。

 彼女が見つけ出した解答。

 それは、

 

「こんにちは! 私と、お友達になりませんか!」

 

 友人を、作ることだった。

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 双葉にとって『友人を作る』ということは、新たな環境に身を置かれた時、いち早くその環境に馴染むための常套手段である。

 彼女は幼い頃から、親の仕事の都合で幾度となく引っ越しを繰り返してきた。

 まるで渡り鳥のように転々とする生活をする彼女にとって、転校はもはや日常茶飯事なのである。

 その度に彼女は友人と出会い、別れ、また出会ってきた。

 その積み重ねの結果、彼女にとって『友人を作る』ことに対するハードルは極めて低くなっていた。

 友人たちに興味を持ち、友人たちと同じ趣味を持ち、会話に花を咲かせる。

 繰り返せば繰り返すほど物事に慣れていくのは当たり前のことであり、彼女も当然『友達作り』に慣れていったのだった。

 もちろん彼女の生来の明るい性格が良い方向に働いていたのは言うまでもない。

 幼少期から何度も経験した状況と生まれつきの性分のお陰で、彼女は移ろってゆく環境の中でも不貞腐れることなく成長することが出来たのだった。

 しかし、その繰り返しに思うことがないわけではない。

 友人との別れはいつだって辛いものであったし、ずっと一緒に遊べる友人が欲しいと願ったこともあった。

 『無限の可能性を提供する』と謳うこの〈インフィニット・デンドログラム〉というゲームならば、その願いも叶うのではないかと考えた彼女は、ハードを購入しログインをするに至ったのだった。

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 自分の知らないゲーム、右も左も分からないこの世界でも、友達がいれば安心だろう。

これまでの経験からそう判断した彼女は、まずは初心者同士という共通点のある人物と友人になろうとしたのだった。

 

「えーっと、君の名前は」

 

 話しかけられたマスターが、おずおずと名前を尋ねる。

 背の丈はリーフと同じくらいで、外見年齢だけならリーフのアバターと同じくらいの歳の頃に見えた。

 左目を隠した髪型が印象的ではあるが、どこにでもいる初心者マスターといえるだろう。

 

「私の名前は、双葉……いえ、ここではリーフというのでした! あなたのお名前も教えてほしいです!」

 

 リーフは体育会系の明るいテンションで質問に答えた。

 

「僕の名前はタキロウ、って言います。友達っていうのは、どういうこと?」

「お互い初心者ですので! 助け合う関係になれれば良いなと思いまして!」

 

 リーフは胸を張りながら、なぜか堂々と次の質問に答える。

 タキロウは突然の申し出に困惑しながらも、慣れない王都で友人ができるかもしれないという誘いに乗り気のようだ。

 

「確かに、こういうゲームでパーティーを組むのは定石かな。こんな僕でよければ、よろしくね」

 

 タキロウは、リーフの誘いを受けることにしたのだった。

 

「本当ですか! 嬉しいです! こちらこそよろしくお願いします!」

 

 リーフは嬉しさを爆発させたように、タキロウの手を取ってぶんぶんと握手をする。

 

「私、最近のゲームには大変疎く、この〈インフィニット ・デンドログラム〉についてもほとんど知らないのでとても助かります! 先程定石があると仰っていましたので、タキロウさんはゲームに詳しいのですか!」

 

 リーフはタキロウの目を真っ直ぐ見つめながら話しかけるが、タキロウはわずかに目を逸らして話し始めた。

 

「そうでもないよ。レトロゲームが好きでよく遊ぶけど、このゲームはプレゼントで貰ったから試しに始めただけだし……」

 

 タキロウは俯きがちにそう話すが、ふと顔を上げて周りを見渡す。

 

「それにしてもすごいグラフィックだよね。現実描写にしたから、本当に騎士の国に来たみたいだ」

 

 広場には街中を警邏する近衛騎士団を筆頭に、西洋風の服装をした人物も多かった。

 さながら中世ファンタジーの世界である。

 現実描写を選択したプレイヤーからすると、普段生活する地球とは全く異なる王都アルテアの風景はさぞ魅力的に見えるだろう。

 しかしながらその中にも、現実世界の日曜朝に放映している特撮ヒーローのコスプレをした変わり者のマスターなども混ざってはいるのだが。

 

「さて、お友達になれたということで、このゲームは次に何をすれば良いのでしょうか!」

 

 リーフはタキロウの手を放すなりそう問いかけた。

 

「僕の知ってるレトロゲームだと、始まりの街の周りには初心者がレベルを上げるための狩場があるはず」

「ふむふむ!」

「武器はお互い貰ってるみたいだし、ひとまず街の外に出てみよう」

 

 この〈インフィニット・デンドログラム〉において、マスターは何をしても、それこそ犯罪行為を犯す自由すら保証される。

 それは、マスターにとって明確に有利に働かない事象でも同じことだ。

 

「はい! そういうことなら一緒に街の外に出て行きましょう!」

 

 ジョブに就かなければレベルを上げることもできない、という仕様を知らない初心者の2人は、意気揚々と広場を後にしたのだった。

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 噴水広場を抜け、城壁にある出口へと向かう途中、二人は露店で売られていたスイーツ……レムの実味のアイスを購入し、観光しながら歩いていた。

 

「タキロウさん! このアイス、美味しいです! 現実で食べているみたいに味がします!」

 

 リーフはその味に至極満悦なようだった。

 

「本当だ、ちゃんと甘い……。最近のゲームはこんなことまで出来るのか」

 

 〈インフィニット・デンドログラム〉による五感の再現は、その他のダイブ型VRゲームとは一線を画している。

 ゲームにダイブした時から既に視覚の驚異的な再現度を思い知ることになるが、もちろん他の感覚も完璧な再現がなされている。

 そのリアリティの高さゆえにこの遊戯を遊んでいるプレイヤーも居れば、逆にリアリティの高さゆえにログインしなくなるプレイヤーも存在するという。

 例えば、完璧に人格を再現されたNPC……ティアンと交友関係を結んだ後に、悲惨な事件でティアンを亡くすなどの経験をしたマスターなどである。

 

「そういえば、リーフさんはエンブリオについての説明を聞いたかい?」

「はい! 聞いてきました!」

 

 エンブリオ。

 それは〈インフィニット・デンドログラム〉にログインするマスター全てに与えられるオンリーワンの異能である。

 持ち主となるマスターのパーソナルや行動を参照して生まれる唯一無二の相棒とも言える存在だ。

 大抵のマスターは、ログインしたその日のうちにエンブリオの孵化を迎えることになる。

 彼女たちも近いうちにその瞬間に立ち会うだろう。

 

「僕はレトロゲームだと戦士のキャラクターが好きなんだ。だから、Typeアームズ、特に剣だと嬉しいかな」

 

 タキロウはその背に両手剣を装備しており、その思い入れは相当に深いようである。

 

「私も、エンブリオは相棒のようなものと聞いているので、とにかく会えるのが楽しみで仕方ありません!」

 

 一方のリーフは特にその形や姿について望みはないようだが、その声音からかなり楽しみにしていることが伺える。

 

「あっ! タキロウさん、あっちにも屋台が出ていますよ!」

 

 そう言ってリーフはまた別の屋台へと駆け出す。

 

「待って、今行くから!」

 

 タキロウもそれに応え、リーフの背を追いかける。

 二人は王都の景色や屋台を楽しみながら、外にあるであろうダンジョンへと向かったのだった。

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 二人が城壁を出てそう時間の経たない頃、〈旧レーヴ果樹園〉と書かれた看板の前に、リーフとタキロウの姿があった。

 

「ここは……〈旧レーヴ果樹園〉という名前のダンジョンみたいだ。これだけ王都に近い場所にあるんだし、きっと初心者のレベル上げにぴったりなはずだよ」

「さすがタキロウさんですね! さぁ行きましょう!」

 

 〈旧レーヴ果樹園〉はかつて観光地として栄えていた歴史があり、主な客層だった貴族たちの住む王都からはアクセスが良いという特徴がある。

 また、収穫した果実を移動距離の点で容易に王都に卸すことができるのも理由の一つであった。

 したがって、王都から出発した初心者がまずここに辿り着くのも自然な話である。

 二人はそれぞれチュートリアルで受け取った武器……タキロウは両手剣、リーフは短弓を携え、果樹園の門をくぐったのだった。

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 〈旧レーヴ果樹園〉の内部はひどく荒廃しており、元来の果樹園には存在しなかったであろう蔦や雑草が生い茂っている。

 かつて観光地だった様子は見る影もなく、まさしく『初心者向けのダンジョン』という雰囲気が漂っていた。

 

「初めての戦闘ですね! 緊張します!」

 (ほんとかな……)

 

 とても緊張しているとは思えない、張り切った声で意気込むリーフにタキロウは疑問を感じたが口には出さない。

 慎重に周囲を観察しつつ、モンスターの出現に備える2人だが、その雰囲気はそこはかとなく弛緩している。

 新たなゲームを始めた高揚感、一人ではない安心感、それらが初心者二人に油断を促してしまっていた。

 そして、〈インフィニット・デンドログラム〉がどこまでもリアルであるが故に……その瞬間は突然、訪れる。

 

「!? リーフさん、右だ!」

 

 タキロウが目視したのは、十匹ほどの蜂の群れだった。

 しかしその大きさはタキロウやリーフの身長の半分ほどもあり、蜂としては規格外の大きさだった。

 自らの女王が住まう巣に近づく存在を確認した兵隊蜂たちは、その存在……タキロウとリーフを迎撃するべく現れたのだった。

 その攻撃方法は現実と変わらず、腹部の針による刺突である。

 蜂型のモンスターは針を二人に向けて突撃を開始する。

 

「よし、初戦闘だ……がんばるぞ」

 

 タキロウは両手剣を下段に構え、下から上に切り上げるように一閃を放つ。

 しかし、その攻撃は蜂に当たることはない。

 蜂は器用にその身を潜らせて斬撃を回避した。

 蜂型モンスターには、大きく二つの特徴がある。

 タキロウの両手剣を回避せしめた、同レベル帯のモンスターよりも高いAGIがその一つ。

 そしてもう一つは……

 

「タキロウさん! 危ないです!」

 

 リーフは弓という武器の射程距離を考え後衛に回っていたので、蜂型モンスターのヘイトはタキロウのみに向かっていた。

 リーフの弓矢による援護も虚しく、蜂の突貫は全てタキロウへと吸い込まれてゆく。

 

「ひっ、くるな……!」

 

 タキロウは目の前に両手剣を掲げるが、それで止めることができるようなモンスターではなかった。

 次の瞬間、タキロウの体は宙に打ち上げられていた。

 

「タキロウさん!」

 

 リーフはすぐさまタキロウの元に駆け寄る。

 蜂たちは自分たちの勝利を確信したかのように、悠然と周囲を飛行し続ける。

 

「タキロウさん! 大丈夫ですか!」

 

 リーフはタキロウを腕で抱え込み、必死にタキロウに話しかけるが、

 

「リィ、フ、さん……」

 

 タキロウは十分に話をすることが出来ずにいた。

 それもそのはず、タキロウの視界には【麻痺】【猛毒】【恐怖】の状態異常がウィンドウに表示されていた。

 蜂型モンスター最大の特徴、状態異常の多重付与である。

 レベル0、ジョブにも就いていないアバターに状態異常への耐性などあるはずもなく、現在のタキロウのアバターには現実で蜂に刺された際と同様の、もしくはそれ以上の症状が現れている。

 高いAGIと状態異常付与の分、耐久力は低めに設定されているが、プレイヤーの間ではかなりタチの悪いデザインと言われている。

 

「なんとかここから逃げましょう! そうでなければ死んでしまいます!」

 

 リーフはタキロウの腕を握りなんとか立たせようとするが、タキロウの体は完全に硬直してしまっていた。

 それこそは状態異常【恐怖】の効果であり、プレイヤーが極端に恐怖感情を覚えた際に現れる状態異常である。

 

「あ……うぅ……」

 

 この時、タキロウに何が見えていたのか。

 それは、現実に経験するその何倍もの『脅威』である。

 蜂による攻撃を受ける前までは良かった。

 この世界はあくまで遊戯だ。

 死んでも現実世界に戻るだけ。

 あくまで仮初の命を楽しめる。

 そう考えていた。

 しかし先程目撃し、経験したのは間違いなく己の命を脅かそうとする『脅威』であり、感じたのは心からの『恐怖』であった。

 リーフのようにCG描写を設定していれば、まだ幾分かマシだったのかもしれない。

 しかし現実描写を設定したタキロウにとって、自分に向かって突撃してくる幾つもの蜂の針はあまりにもリアルで、その心を蝕むに十分な経験だったのだ。

 デフォルトで痛覚設定はオフになっているが、麻痺による身体中の痺れや、恐怖による震えがアバターを通して伝わってくる。

 〈インフィニット・デンドログラム〉がリアルであるが故の弊害が、今、ここに表れていた。

 リーフは目の前の物事を解決する為、タキロウを救うために思索を巡らせる。

 

 回復アイテムでタキロウを救命できるか?

 

 否。

 タキロウのHPは突撃に加えて【猛毒】のスリップダメージによりすでに虫の息であり、例えポーションを用いても状態異常から復帰しない限りその命は長くない。

 

 ログアウトの処置を取り、この場からすぐさま逃走することができるか?

 

 否。

 ログアウトには多少の硬直時間を要する。

 その硬直の間に、蜂たちは次の突撃を実行するだろう。

 

 リーフが短弓を用いて蜂を打ち倒せるか?

 

 否。

 複数の蜂に囲まれているこの状況、例えその短弓で一匹を倒したとて状況が変わるわけではないだろう。

 

 つまり端的にこの状況を表すと……詰みである。

 

 タキロウが瀕死であることを理解している蜂達は、既に次の突撃への準備を始めている。

 それを食らってしまえば、もれなく二人もろともデスペナルティとなるだろう。

 

「ど、どうすれば、どうすればよいのでしょう……!」

 

 その時、タキロウが口を開く

 

「リーフ、さん……」

「っ! なんですかタキロウさん! 何か策があるのですか!」

 

 タキロウは微かに目を開けて、痺れる口を震わせて、話す。

 

「置いて……行かないで……」

 

 リーフは、何も返すことが出来なかった。

 この状況を二人の力だけで打開することは極めて不可能に近い。

 非我戦力の乖離は大きく、簡単に覆すことも出来ないだろう。

 それ故に、この状況から脱するには、第三者の存在が必要であった。

 

 例えば、『初心者殺し』と名付けられたダンジョンを定期的に見て回る、お人好しの『ヒーロー』の存在が。

 

「〈ライザー・キック〉!!」

 

 次の瞬間、突然の蹴撃が蜂達に襲い掛かる。

 奇襲に対応出来なかった蜂達の一部が光の塵となって消えていった。

 その光の塵の中には、先程王都の広場で見かけた、特撮ヒーローのような格好の男が立っていた。

 

「君! その男の子にこれを飲ませるんだ!」

 

 男はそう言うと薬瓶……〈快癒万能霊薬(エリクシル)〉をリーフに投げる。

 

「は、はい!」

 

 リーフはすぐさま栓を抜き、タキロウの口に瓶をあてがう。

 タキロウは少しずつ内容物を嚥下し、状態異常の治癒によってなんとか一命を取り留めた。

 

「来い! ヘルモーズ!」

 

 男は左腕を掲げ、自らのエンブリオを呼び出す。

 さながら特撮に登場するような造形のバイクに跨り、二人をサイドカーに乗るように促した。

 

「あのモンスター達はあくまで迎撃が目的だ! 退避すれば追ってはこない!」

「わ、分かりました!」

 

 リーフとタキロウは男によってサイドカーに乗せられ、すぐさまその場から退却したのだった。

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 リーフとタキロウ、そして男は〈旧レーヴ果樹園〉の入り口まで逃げ帰ることに成功した。

 二人は精神的な疲労から、サイドカーに乗ったまま動けずにいた。

 

「君たち、災難だったね」

 

 男はヘルモーズを降り、二人に優しく話しかける。

 

「俺はマスクド・ライザー。このダンジョンは『初心者殺し』の異名がついていて、ゲームを始めたばかりのマスターが迷い込んでデスペナルティになる例が後を絶たないんだ」

 

 その様子は本物の特撮ヒーローのようであり、二人にとっては実際に命を助けてくれたヒーローであった。

 

「だからこうして王都に立ち寄った時は見回りをしているんだ。君たちも危ないところだったね。今日は疲れただろう。ログアウトして、しっかり休むことをお勧めするよ」

「ライザーさん! ありがとう、ございました!」

「……ありがとう……」

 

 ライザーは二人を王都の城壁外縁まで送り届けたのち、その場から去ったのだった。

 

 「今日はお互い本当に大変でしたね! とても疲れました!」

 

 リーフはタキロウに話しかける。

 

「ごめん、ライザーさんの言うように今日はログアウトしようと思う」

 

 タキロウの表情は疲労の色が濃く、このままゲームを続けることは不可能であることは明白だった。

 

「そうですね! 私もそうしたいと思います!」

 

 こうして、2人は短くも非常に濃い時間を過ごし、初めてのログインを終えたのだった。

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 次の日、学校を終えた双葉は〈インフィニット ・デンドログラム〉にログインした。

 彼女はログアウトしている間に攻略ページを調べ、昨日のような事態は偶然〈旧レーヴ果樹園〉に迷い込んだから起きたのであり、他にも初心者用のフィールドが存在する事を知っていた。

 心機一転、楽しくゲームをプレイしよう。

 またタキロウと会えたら、一緒にゲームを楽しもう。

 そう前向きに考えて、彼女は〈インフィニット・デンドログラム〉に戻ってきた。

 彼女がログインすると、システムからの通知音が鳴った。

 

「はて? なんでしょうか?」

 

 通知をスワイプして内容を確認すると、ゲーム内フレンドのメール機能を通じた、タキロウからの連絡だった。

 

「はっ! 今日の待ち合わせの連絡をしておくべきでした! しかしこうしてタキロウさんから連絡を頂けたのでよしとしましょう!」

 

 リーフは嬉しそうにメールの内容を読み始める。

 そこには、このように記されていた。

 

 ――――――――――――――――――――――

 

リーフさんへ

 

 こんにちは。

 昨日はパーティーに誘って貰って、友達になってくれてありがとうございました。

 僅かな時間でしたが、一緒に遊ぶことが出来て楽しかったです。

 でも、僕とリーフさんが会うのは昨日で最後にすると決めました。

 僕はもう〈インフィニット ・デンドログラム〉にはログインしません。

 このメールも、現実で書いたものをゲーム内に転送したものです。

 このゲームは、僕にとってあまりにもリアル過ぎました。

 昨日、ログアウトしたあとも、蜂達に襲われた時の感覚が消えませんでした。

 耳障りな羽音、僕に向けられた鋭利な針、刺された後に動かない体。

 ハードを手に取るだけでも、あの時のことを思い出して動悸がしてしまうのです。

 とてもじゃないけど、僕はもうあのゲームにログインできません。

 でも、リーフさんと過ごした時間が楽しかったのは間違いありません。

 本当にありがとうございました。

 さようなら。

                     タキロウ

 ――――――――――――――――――――――

 

 メールの内容は、タキロウからの別れの手紙であった。

 タキロウが経験した脅威は、彼の心を深く蝕んだ。

 もう二度と、〈インフィニット・デンドログラム〉にログインできないほどまでに。

 こうしてリーフは、〈インフィニット ・デンドログラム〉での初めての友人を、喪失した。

 新たな環境で得た、新たな友人との別れ。

 その結果、リーフの内に去来するのは……

 

「うーん! 悲しいですが仕方ないですね! また別の友達を探しましょう!」

 

 新たな出会いへの、意欲であった。

 いつものことなのだ。

 タキロウとの出会いと別れ、それも彼女が幾度となく経験した出会いと別れの一つに過ぎないのだ。

 彼女とて、友人を失って悲しくない訳ではない。

 もっと一緒に居たかった、一緒に遊びたかった、というような思いもある。

 世間一般の子供と同じで、彼女にとっても友人との別れは寂しく辛いものである。

 しかし、別れの一つ一つを全身全霊で悲しんでいては、前を向けないのだ。

 それに、また次がある。

 彼女が自意識として持ち合わせているかどうかはわからないが、彼女ならばどんな環境、どんな人物とでも円滑な関係を築くことが出来るだろう。

 それこそ、()()と呼ばれる存在とだって友人になれるかもしれない。

 それができるほどの出会いと別れを繰り返してきたのだから。

 

 だからこそ彼女のエンブリオも、その在り方を許容する。

 

「わわっ! 急に左手が光り始めました!」

 

 王都の中心に向かって歩き出そうとしたそのとき、リーフの左手に移植された、第0形態のエンブリオが輝きを放ち始めた。

 光は徐々に集まってその形を露わにし、輪郭を明確にしてゆく。

 そして、そこに彼女のエンブリオが誕生した。

 その見た目は、鹿と鳥のキメラと言えるだろう。

 鹿の角と脚、鳥の胴と羽を持ち合わせたそのエンブリオは、モチーフとなる対象を分かりやすく表している。

 そのモチーフこそ、『ペリュトン』

 かつてアトランティス大陸に存在すると言われた幻の怪鳥である。

 

「おぉー! あなたが私のエンブリオ! なのですね!」

 

 リーフは自分の半身の誕生を心から祝福すべく、ペリュトンに抱きついた。

 その表情は、新たな出会いへの喜びに満ち溢れている。

 しかし、彼女の半身であるペリュトンは理解していた。

 彼女の内にある、タキロウとの離別への寂しさを。

 マスターとエンブリオのあり方は千差万別である。

 彼女達の場合、そのエンブリオの銘こそがそのあり方を明確に示していた。

 

「あなたの名前は……【形影葬鳥 ペリュトン】というのですね! これからよろしくお願いします!」

 

 形影相弔(けいえいそうちょう)

 孤独な人物はその寂しさを誰とも共有することが出来ず、常に寄り添う自らの影とともに慰め合うことしか出来ない、という故事を起源とする四字熟語である。

 その四字熟語と読みを同じくする銘を冠したペリュトンは、リーフにとって影であり、それと同時に半身であり、相棒であり、唯一、ずっと一緒にいることのできる友人なのであった。

 名前を呼ばれたペリュトンは、その顔をリーフに近づけ、頬擦りをする。

 その慈愛と親愛に満ちた動作に、リーフの寂しい心は少し、安らいだ。

 王国の土地を駆ける風が、彼女たちを包み込むように優しく吹き抜けていく。

 風に祝福された一人と一匹は、しばらくの間身を寄せ合っていたのだった。

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