リーフとペリュトン   作:endoooo

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天翔ける絆 後編

 

 ソレが生まれたのは、清らかな水の中だった。

 

 ソレは、餌を求めてそこにいる生物を捕食していた。

 自らの顎で敵を喰らい、自らの力とする。

 そうしているうちに、気付く。

 弱者が顎で磨り潰される時に発する怨念と悲鳴は……非常に美味である、と。

 自分が捕食対象よりも強大であるという優越感は、ソレにとって最上の美食であった。

 ソレは弱者を貪り喰らうべく、ひたすらに捕食を繰り返した。

 そのうち、ソレはその生態系で一番の強者になった。

 同時期に、ソレは進化の時を迎えた。

 水の中から這い出て、羽化して空を飛べるようになったのだ。

 その胸の内に新たな弱者を喰らうことを夢見て、ソレは空へと羽ばたいた。

 

 その結果……ソレは現実を思い知ることとなった。

 

 水中の外の世界は、まさに修羅の世界。

 モンスターも人も、強者を求めて闘いを繰り返す。

 弱者を貪ることのみを至上の快楽とするソレにとって、その環境は苛烈すぎた。

 自分よりも弱く、矮小な存在を求めてソレはそこから逃げ出した。

 誰かより弱い自分を認めたくないから。

 幸いなことに、ソレには翅があった。

 長大な距離を飛行し、海を越え、自分が覇者となれるような環境を求めて逃避行を続けた。

 その性質からソレは、自分より弱いかどうかを判別する知能に長けていた。

 自分より強大なモノからは逃げ、自分より弱いモノだけを喰らい続けた。

 結果としてソレはリソースをため込み、危機察知能力を求めて風属性魔法の技術を得て、上位純竜級にまで上り詰めた。

 逃避行の末にたどり着いた砂漠を縄張りとして、ソレの顎は猛威を振るい続けた。

 

 その一団に出会ったのは、全くの偶然であった。

 それらは、かつて修羅の国にいたときに自分の命を狙ったモノたちと、姿かたちが似通っていた。

 空の世界に身を置いてからしばらく見かけていなかったが、力をつけた今ならそれらを自らの顎により下すことができるかもしれない。

 いつか自分の顎で喰らい尽くしたいと願っても叶わなかった願いを果たすときは今なのだと、ソレの本能が告げていた。

 そして……それらに向けて突進を敢行したのであった。

 

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 一転して窮地に立たされた<ウェルキン・アライアンス>一行。

 戦闘航空司令官であるフォールは現状を冷静に分析する。

 

「ガルグイユが脱落したとなると撤退にも多少の犠牲を伴うだろう。最善の方法は……なんだ?」

 

 フォールが顔をしかめて戦略を練る。

 この場面において必ず回避しなければならないのは、顧客であるアリソン・コルドーの死亡である。

 顧客の命を損なうことがあれば、<ウェルキン・アライアンス>は企業としての信頼を大きく失うことになるだろう。

 次点で回避するべきなのは、フォールの所有する怪鳥の脱落である。

 安全に地上に着陸出来たとしても【ハイ・ドラグフライヤー】の脅威はもちろん地上にも及ぶ。

 さらに現在一行は砂漠の真上で戦闘している。地上に着陸してほかのクランメンバーの支援を待つにしても、亜竜級から純竜級のモンスターが一行を襲撃することは想像に難くない。

 空中では準<超級>の戦力として猛威を振るうフォール、七眼、スライドであるが、地上ではその戦力を著しく減じることになる。

 地上に逃げたとて、彼らクランメンバーおよびアリソンの命はそう長くないことは明白だった。

 これらの事実から考えられるのは、クランメンバーのいずれかを殿とし、犠牲を出してでも撤退を試みることが最善手である、ということだ。

 戦闘航空管制官であり、このパーティーのリーダーであり、言い換えれば<ウェルキン・アライアンス>という会社上の責任者であるフォールを除けば、この場にはあと三人。

 自身が持つ唯一の騎乗であるガルグイユを撃破され、その戦力を大きく失ってしまったスライド。

 仲間のサポート無しでは、ダメージレースのスタートラインにすら立てないことが判明した七眼。

 そして今もなお空中戦を継続することができ、比較的には継戦能力に優れるリーフ。

 モンスターのヘイトをよく集め、本隊が安全な位置まで逃走する時間を稼げるメンバーは……おのずと一人に限られてくる。

 フォールは、ヘッドセット型の通信用アイテムに手を当てながらそのメンバー……リーフに話しかける。

 

「リーフに通信。申し訳ないが、殿兵の任を……」

 

「まだです!」

 

 リーフから通信が返ってくる。

 

「まだ、みんなと一緒ならあのトンボさんを倒せます! 私に策があります!」

 

 リーフは通信機越しにほかのクランメンバーに策を伝える。

 

「なるほどな。その策であれば確実にあの羽虫を打倒できる」

「でもリーフさんの負担が大きいっす。最悪、デスペナルティやペリュトンの脱落が考えられるっすよ」

 

 七眼とスライドのそれぞれの反応を耳に入れたのち、フォールは少しの思考を終えて決断を下す。

 

「リーフが考案した策を実行する。総員、戦闘準備」

 

 戦闘航空管制官が下した決断は、全力戦闘。

 

「はいッ!」

「了解した」

「わかったっす」

 

 <ウェルキン・アライアンス>の空中戦闘特化戦闘員たちによる、社運を懸けた作戦が始まろうとしていた。

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 ソレ……【ハイ・ドラグフライヤー】は、今にも眼前の弱者を自らの顎に捉える瞬間を夢想して、わなわなと顎を震わせる。

 あれらは、どんな声で泣くのだろうか。無様に喚くだろうか、睨みつけてくるだろうか、命乞いをして縋りつくのだろうか……。

 死の瀬戸際に、どれだけの恨みを放つのだろう。

 

 「トッカ―ン(吶喊)!!!」

 

 そうしているうちに、その一団のうち、珍妙な怪鳥に騎乗する短弓使い……リーフが、【ハイ・ドラグフライヤー】に向けて突進を始める。

 しかしそれは愚策だ。

 クロスレンジこそ、【ハイ・ドラグフライヤー】の顎が絶大な殺傷力を発揮する交戦距離であるからだ。

 【ハイ・ドラグフライヤー】は、愚かにも自分へ向かってくる敵影を、恍惚にも似た感情と共に迎え撃つ。

 リーフは、騎乗による飛行を続けながら弓を構えて矢を射る。

 しかし、先程のように中距離から無数の矢による包囲攻撃ではなく、飛行しながらの漸次的な攻撃だ。

 【疾風弓手】ならまだしも、【強弓武者】であるリーフが単発で射る矢は【ハイ・ドラグフライヤー】への命中は難しいだろう。

 空戦において近距離と言えるだろう位置まで近づいた二者は、追うものと追われるもの……捕食者と被捕食者となりデスレースを始める。

 怪鳥師系統のステータス強化があれども、ペリュトンは上級エンブリオであり、良くて純竜級のステータスしか持ち合わせていない。

 故に飛行速度では、上位純竜級でありこの空域の覇者たる【ハイ・ドラグフライヤー】に利がある。しかしリーフは一人と一匹。飛行しながらの攻撃は命中はせずとも、【ハイ・ドラグフライヤー】の回避行動によるタイムロスによりレースを成立させていた。

 だが、それも長くは続かない。

 【ハイ・ドラグフライヤー】は風属性魔法の上級職奥義を用いるほど、風の操作に長けている。

 自身の加速はもちろん、制動と再加速にその技術を応用することで、ステータス以上の速度を発揮している。

 つまりこれは、結末が明らかな勝負。

 リーフの捕食は、免れない結末である。

 しかし、リーフは諦めない。ペリュトンもまたそれに応え、懸命に飛翔する。

 【ハイ・ドラグフライヤー】も、悲願の達成を前にして全力で獲物を追う。

 途中、下方にいる竜使いと弓使いから、仲間への連絡のようなものが聞こえたが、気にも留めない。

 援軍を寄こそうにも、到着する頃には短弓使いは顎に捕らわれている。

 残存戦力であるその二人にしても、考慮する必要はない。

 ガルグイユという主戦力を失った竜使いと、すでに超音速射撃が通用しないと判明した弓使いにできることはないと判断したためだ。

 それらよりも、一度は自身の命に届き得る策を放った眼前の短弓使いを追うべきだと、【ハイ・ドラグフライヤー】は理解していた。

 次第に、怪鳥と魔蟲の距離は縮まり……その時が、訪れる。

 リーフが矢を放ち、次の矢を装填するほんの一瞬。

 【ハイ・ドラグフライヤー】は、それまでの飛行で溜め込んでいた圧縮空気を、自身の背後で開放した。

 その結果、爆発的な加速を得て【ハイ・ドラグフライヤー】はリーフに急接近する。

 

 「!?」

 

 不意の加速により接近した魔蟲の巨体を拒む術はなく、リーフはあえなく【ハイ・ドラグフライヤー】の肢に絡めとられてしまう。

 

 「ぁぐッ!」

 

 単純な衝突による衝撃が武具と装備品を傷つけ、獲物を逃さぬよう発達した肢の棘がリーフを襲う。

 

 『shhhhhhh……』

 

 【ハイ・ドラグフライヤー】は、ついに食事へとたどり着いたのだ。

 テーブルに着いた捕食者は、その顎を悠然とした態度でゆっくりと開き、一口目を味わおうとする。

 一度で食べきることはない。

 体が欠損し、痛みに喘ぐ弱者の姿に勝る美食など、ソレには存在しない。

 しかし、自らがこれから捕食されるということを理解した弱者の絶望の表情。

 こちらもまた最高の前菜だ。

 ソレはその巨大な顎を見せつけながら、顎越しに見る。

 

 弱者の、深く絶望した表情を……見るはずだった。

 

 そこにいたのは、なんだったであろうか。

 絶望せず、泣き叫びもせず、恨みもしていない。

 そこにいたのは……笑みを浮かべてこちらを見上げる少女の姿だった。

 

 「こんにちは! 今日はいい天気ですね! 私の名前はリーフと言います!」

 

 何を話しているか、なぜ笑顔なのか、死に際だというのになぜ命乞いをしないのか。

 【ハイ・ドラグフライヤー】には一切わからない。

 しかし、ただ一つわかることがある。

 ()()が正しく、狂気を纏っていることだ。

 

 「私、恥ずかしながらトンボのお友達はいないのですが! せっかく会えたのなら友達になれればいいなと思っていたのですが!」

 

 「あなたは、アリーちゃんの勇気を台無しにしようとしました! それは許せません!」

 

 「ですので、死んでくださると、大変助かります!」

 

 【ハイ・ドラグフライヤー】は、恐怖した。

 初めから、捕食者と被捕食者などという関係ではなかったのだ。

 ましてや強者と弱者でもない。

 命ある者と、そうでないモノの違いに、【ハイ・ドラグフライヤー】は心の底から恐怖したのだ。

 一刻も早く、目の前のモノを消し去りたい。

 初めて抱いた欲求から、【ハイ・ドラグフライヤー】はソレを噛み殺すべく動こうとして……ふと複眼の端に閃光が瞬いた。

 

 次の瞬間……【ハイ・ドラグフライヤー】に金色の雷が直撃した。

 

 『Graaaaaaa!?!?』

 

 【ハイ・ドラグフライヤー】は意識を失いながら、腕に抱えたリーフと共に堕ち始める。

 

 「間に合ったっすー!」

 

 それを成したのは……【金雷術師】スライド。

 本来、雷属性魔法は、高威力、高速度でありながら命中に難のある魔法であった。

 しかし、今スライドが放った魔法は通常の魔法ではない。

 《詠唱》により追加効果を付与した魔法である。

 今回付与されたのは、威力上昇と方向指定の《詠唱》である。

 仲間との連絡のフリをして《詠唱》を発動させ、確実に命中するまで機会を待っていたのである。

 リーフまで巻き添えになっているが、こうした連携のために雷属性耐性のアクセサリーを渡してある。

 

 「よっしゃ! あとは頼んだッスよ、七眼さん!」

 「言われるまでもない」

 

 そして、七眼はアメノカゴユミに矢をつがえる。

 キリキリとしなるその弓は、ダメージを五十倍化する魔弓。

 一度は避けられた超音速の一撃も、気を失い自由落下するのみの敵に当てるなど造作もない事だ。

 ゆえにそれは、必中の一撃。

 十分に力を蓄えた矢から七眼の手が離され……アメノカゴユミがそれを放つ。

 音を切り裂くその一矢は、当たれば必死。

 その矢は狙い過たず 【ハイ・ドラグフライヤー】へと飛翔する。

 

 【ハイ・ドラグフライヤー】は毒矢よりも強力な雷魔法による【麻痺】状態により薄れゆく意識の中、活路を見出すべく頭を働かせる。

 そして、気づく。

 あの弓使いは、常に自分より下で狙撃を行っていたと。

 空中戦において、高度はそのまま優位に繋がる。

 そんな状況であえて不利な位置取りを続ける弓使いに、僅かな違和感を覚えた。

 それゆえ、今から起こす行動は、賭け。

 強力な【麻痺】により十全な魔法を起動させるほど意識が働かないが……それでも、風を起こすことはできた。

 それは、ダメージを与えることもない。

 衝撃を伝えることもない。

 ただ、七眼の体を突き上げる……突風。

 

 「な、んだと!?」

 

 落下する【ハイ・ドラグフライヤー】と、不意に打ち上げられた七眼。

 その位置関係は逆転し……【ハイ・ドラグフライヤー】に矢が命中した。

 その結果は……

 

 「ぐッはァ!!?」

 

 【ハイ・ドラグフライヤー】の、勝利。

 七眼の体に、アメノカゴユミのスキルの法則に従って大ダメージが走る。

 そもそも推測した条件が当てはまるかどうか。

 風により敵を浮かせることが出来るかどうか。

 既に放たれた矢が、狙い通り威力を減ずるかどうか。

 いくつもの賭けを乗り越え、【ハイ・ドラグフライヤー】は急死に一生を得た。

 

――――――――――――――――――――――

 

 ペリュトンは自らが孵化した瞬間を覚えている。

 それは爽やかな風の吹くアルター王国の草原で、気丈に振る舞いながらも……何処か寂しさを感じさせる<マスター>の顔だ。

 ペリュトンは、そんな彼女を理解したいと心から思った。

 <Infinite Dendrogram>で<マスター>、ティアンの区別なく多くの人と絆を結ぶ彼女は、ちょっぴり寂しがりやな、どこにでもいる少女だった。

 しかし、多くの出会いがあれば多少の別れもある。

 友人との出会いを求めてログインした<Infinite Dendrogram>であったが、別れもまた多くなった。

 時には、苛烈な別れもあった。

 リアルと違ってバーチャルだからこそ、一切の繋がりを絶ってリーフの前からいなくなる<マスター>もいた。

 知り合ったティアンの命が失われることも……あった。

 しかし、リーフはめげない。

 どんな別れだろうと、すぐ後には立ち直って見せた。

 それは、<Infinite Dendrogram>を遊戯だと思っているか、世界と思っているかという単なる二分法に当てはまらない精神性だ。

 そのメンタリティをどのように解釈したのか、ペリュトンには『ヒトを殺傷したリソースで影鳥を呼び出す』という第一スキルが備わった。

 ペリュトンははじめ、リーフを『健気』『底なしに明るい』『心が強い』のだと、思っていた。

 しかし、一人と一匹での日々を重ねていくことで、リーフのパーソナルは、もっと()()であると思い知った。

 パーティーで戦闘をする際は、自他の命を軽視する。

 <Infinite Dendrogram>を遊戯として生きる<マスター>ゆえの行動かと考えもしたが、どうにも違和感が残る。

 『友人は大切』と言いながら、()()を殺傷してスキルのリソースにすることを厭わない。

 むやみやたらに見捨てることはしないが、目的のために必要とあらばすぐさま切り捨てようとする。

 そんな行動は、時にはパーティーメンバーとの衝突を引き起こした。

 しかし本人は「でも勝てました!」の一点張り。全く悪気を見せない。それゆえの離別も経験したが、その直後にはまた別のパーティーを組んで戦っている。

 幸運にもティアンとそのような関係になったことはないが……もしそうなれば躊躇しないだろう、という危うさがある。

 そんな奇妙な経歴からケイデンスに興味を持たれ、<ウェルキン・アライアンス>に勧誘されもした。

 彼女の半身たるペリュトンは、彼女を否定しない。

 影のように彼女に寄り添い、一番の理解者足らんとした。

 ゆえにその必殺スキルは、第一スキルをさらに()()にしたものになった。

 『パーティーの空き枠分だけ、影鳥を召喚する』というスキル。

 怪鳥に分類されるペリュトンを強化するべく就いていた【怪鳥師】系統のパーティー枠増加スキルとのシナジーを持つが……呼び出す影鳥は空き枠の数だけ性能が等分され、戦力とするには心もとない。

 超級職にでも就かなければ、実戦に投入することは難しいだろう。

 しかし、より多くの()()を得ることができるそのスキルに、リーフは満足していた。

 ペリュトンもまたこのスキルに満足し、()()していた。

 自らもまた数多の()()と同じく切り捨て得る存在だとしても、エンブリオとしてリーフのために尽くすという()()を。

 

――――――――――――――――――――――

 

 この状況を一言で表すなら……『万事休す』だろうか。

 リーフは策を尽くして、眼前の捕食者に立ち向かい……ついぞ超えられなかった。

 拘束され弓を番える動作もままならない。

 今のリーフだけでは、どうすることもできない。

 

 『Grrrrraaaaaa!!!』

 

 怒り狂った【ハイ・ドラグフライヤー】が、体液を撒き散らしながら何事かを吠える。

 そのままリーフを捕食しようと大きく顎を開けたとき……異音がした。

 まるで堰が決壊する直前のような、破壊の兆候のような、その音。

 発生源は……()()()()()()()()だった。

 その瞬間、リーフは思いつく。

 眼前の敵を打ち倒す、起死回生の方法を。

 誰かに伝える暇はない。

 だから、それを実行するのはリーフと……その半身であり影である、ペリュトンだった。

 

 「ペリュトン!」

 

 その一言で、全てが通じる。

 一人と一匹は、そういうものだとわかっているから。

 いつだってそうしてきた。

 今だって、そうなのだ。

 

 「さぁ、()ってらっしゃい、《私の友達(ペリュトン)》!」

 

 リーフが発動したのは、ペリュトンの必殺スキル、《私の友達(ペリュトン)》。

 パーティーの空き枠分だけ影鳥を召喚するスキルだが、召喚される影鳥は数は多くとも第一スキルの影鳥よりは弱い。

 しかし、それで十分だった。

 ペリュトン本体よりも小さい十数羽の影鳥が、ペリュトンから分裂するように発生する。

 次の瞬間、リーフは持っていた武器……【永遠の短弓】を手放す。

 そして、影鳥たちが一体になりながらそれを受け取り……

 

 「トッカーーーン(吶喊)!!!!!」

 

 リーフのかけ声とともに、影鳥たちは【ハイ・ドラグフライヤー】へと突撃する。

 自爆特攻と大差無いその選択。

 傍から見れば、心無い命令だと思われても仕方のない行動だ。

 しかし……彼女らには関係ない。

 リーフがそれを望み、ペリュトンがそれを良しとする。

 それ以上に何が必要であろうか。

 通じ合った一人と一匹に、影のように寄り添い付き従うその在り方を前にして、誰がそれを否定できるだろうか。

 今、彼女らの前に立ちふさがる怪物もまた、それを否定することなど出来はしないのだ。

 怪物は、本能的に、必ずその攻撃を潰すために、その影鳥を自らの顎でもって迎撃する。

 刹那の後、その顎が大きな音を鳴らして……同時に『バキッ』という、何かが割れた音がした。

 

――――――――――――――――――――――

 

 さて、影鳥を喰らったソレが何を味わったのか、というのは諸説あるだろう。

 否実体の影に味があるのか、それはまさに霞を食ったようなものではないのか、と。

 しかし、一つだけ確かにソレが最期に味わったものがある。

 初めての、敗北の味だ。

 

――――――――――――――――――――――

 

 【ハイ・ドラグフライヤー】が顎を閉じたその瞬間、【永遠の短弓】に内蔵されていたアイテムボックスが悲鳴をあげ、損壊した。

 【ハイ・ドラグフライヤー】とリーフが衝突したとき、その衝撃によって【永遠の短弓】は甚大なダメージを受けていた。

 そこに【ハイ・ドラグフライヤー】の顎部が圧力を加えた結果、アイテムボックスに内蔵されていた毒矢が全て放出され……【ハイ・ドラグフライヤー】の口腔内で炸裂する。

 瞬間的に増加した矢の質量により、口腔は内側から押されるように圧壊。顎部はその付け根から崩壊した。

 被害はそれだけに留まらない。

 鋭利な毒矢は圧力に従って口腔から脳髄へと侵入。頭部という弱点への甚大なダメージにより【ハイ・ドラグフライヤー】は【頭部損壊】の状態異常を負い……そのまま絶命した。

 それを成したリーフもまた、顎部を突き破って放出された毒矢が全身に突き刺さり……【麻痺】状態となり、墜落していった。

 

――――――――――――――――――――――

 

 「大丈夫ですか!? リーフさん! リーフさん!!」

 

 どこからともなく声がする。

 リーフが目を開けると、目の前には泣きそうな顔のアリソンがいた。

 

 「どうしましたか! アリーちゃん!」

 

 起きて早々に大きな声で返事をしたリーフに、アリソンは破顔する。

 

 「良かった……リーフさんが死んでしまうんじゃないかと、わたし、心配で……」

 「マスターは不死身です! 三日もすれば戻ってくるので大丈夫ですよ!」

 「それでも……わたし、ほっとしましたわ」

 「……アリーちゃんが嬉しいなら、良かったです!」

 

 リーフが周囲を見回すと、自分が竜車の中で横になって介抱されているのがわかった。

 すぐそばには、リーフに寄り添うようにペリュトンが羽を畳んで休んでいる。

 竜車内に同乗していたクランメンバーの面々も無事であり、リーフは胸を撫でおろす。

 

 「ようやく起きたっすね、大変だったんすよ、あの後!」

 「私の怪鳥でリーフを回収した後、万能快癒薬で治療を行った」

 「ペリュトンが多くの矢を受けたゆえに、致命傷には至らなかったのだろう」

 スライド、フォール、七眼がそれぞれリーフに声をかける。

 ちなみに七眼は弱点への五十倍攻撃という莫大なダメージが功を奏して救命のブローチが発動し、デスペナルティを回避していた。

 

 「そうだったんですね! みなさん、ありがとうございました!」

 

 周囲の声でリーフが起きたことに気づいたペリュトンが、首を上げてリーフに顔を寄せた。

 リーフは、ペリュトンと同じように顔を寄せて頬擦りをする。

 

 「ペリュトンも、ありがとうございます!」

 

 こうして、<ウェルキン・アライアンス>の社運を懸けた作戦は成功を収めたのだった。

 

――――――――――――――――――――――

 

 その後旅路を再開した一行は、フォールのイカロスにより戦闘を回避しながら目的の別荘のある街へと航行した。

 ペリュトンとその分身が下方と上方の警戒を担当し、可能な限り安全に航行を継続した。

 日が暮れて少しあと、旅程より数時間の遅延が発生したものの、無事目的地に到着することができた。

 苦難を乗り越え、<ウェルキン・アライアンス>一行は困難なクエストを達成したのであった。

 

――――――――――――――――――――――

 

数日後<ターミナル・クラウド>にて

 

 「リーフさん宛にお手紙が届いてるっすよ」

 

 任務から帰還したスライドが、拠点の扉を開け放ちながら言う。

 

 「ありがとうございます! 久しぶりのお手紙、嬉しいです!」

 

 拠点の食堂では、リーフとケイデンスの二人がアフタヌーンティーを楽しんでいた。

 リーフの正面に、スライドによって届けられた手紙が置かれる。

 『()()()』という効果音とともに。

 積み上げられた手紙の数は、優に五十通を超えているだろう。

 

 「よくその数のやり取りを続けられるよねー。大変じゃないの?」

 

 ケイデンスが手紙の山に若干呆れながら言う。

 

 「もちろん大変ですよ! でも、皆さん私の友達ですから! 丁寧にお返しします!」

 

 リーフは屈託のない笑顔を浮かべながら話す。

 友多きリーフの、幸せな悩みだった。

 

 「ところで、お手紙を書くのが大変になってきたので、【書紀】系統を取ろうと思うのですが!」

 「うーん、弱すぎてうちで雇えないかも」

 「えー! それは困ります!」

 

 リーフの悲壮な表情を見ながら、ケイデンスは笑みをこぼす。

 

 「さて、【書紀】は諦めて、お手紙を読むとしましょう!」

 

 リーフはそういいながら一番上にあった手紙を手に取る。

 差出人欄には、『アリソン・コルドー』の名があった。

 

 「! アリーちゃんからのお手紙です!」

 

 リーフは嬉々としながらその手紙をあける。

 そこには、このように記されていた。

 

――――――――――――――――――――――

 

リーフさんへ

 

 こんにちは。

 あれから一か月が経ち、カルディナでの生活も落ち着いてきたので、友人であるあなたにお手紙を送ろうと思い筆をとりました。

 新しく通うことになった学校には、わたしと同じような境遇の方がたくさんいらっしゃって、すぐに皆さんと仲良くなることができました。

 今ではとても楽しく毎日を過ごすことができています。

 リーフさんの言っていた通りになりましたね。

 旅立ちの前日、わたしを勇気づけてくださったこと、本当に感謝しています。

 わたしは、今でもあのときのアジャニの夕景を思い出します。

 リーフさんと一緒に空から眺めたあの景色は、わたしの一生の宝物になると思います。

 次にカルディナにいらっしゃったときには、ぜひわたしに会いに来てください。

 特製のスイーツと一緒に、お出迎えします。

 それでは、またお会いできるときを楽しみにしています。

                アリソン・コルドー

 

――――――――――――――――――――――

 

 手紙を読み終わったリーフは、満面の笑みで手紙を封筒にしまい直す。

 

 「嬉しそうだねー。この前の任務の子かな?」

 

 ケイデンスがリーフの嬉々とした表情を見て尋ねる。

 

 「はい! アリーちゃんがあちらでも元気なようで嬉しいです!」

 「それは良かったー」

 

 ひとしきり喜んだリーフは、次の手紙を読むべく封筒の山に手を伸ばしかける。

 焼き菓子を食んでいたケイデンスが、何事かに気付いたかのように顔を上げた。

 そして、リーフに向かって問いかける。

 

 「もしもその子と会えなくなったら、リーフは悲しむのかなー?」

 

 その問いの答えは、問いかけられた人物が常人であればわかりきっている答えだろう。

 知人との別離を悲しみ、悲嘆に暮れる。

 人として持ち合わせて当然の感情の応答と言える。

 しかし、リーフは……

 

 「もちろん悲しいです! でも仕方ないので、またカルディナでお菓子をふるまってくれそうなお友達を探します!」

 

 常人では、なかった。

 悲しく思えども引きずることはない。それがリーフ(双葉)という少女だった。

 

 「ぷっ、あはは! やっぱり、リーフは面白いねー」

 

 答えを聞いたケイデンスは、その答えに満足したかのように声を上げて笑った。

 

 「そうでしょうか! でも面白さは人気者の条件ですからね! 当然です!」

 

 褒められてまんざらでもない様子のリーフは、自慢げに胸を張る。

 

 (多分そういう面白さじゃないんだけどねー)

 

 ケイデンスは内心ではそう思うが声には出さなかった。

 リーフは特定の()()を特別扱いしない。

 彼女の中にあるパーソナルは、平等かつ、残酷にこの世界(ゲーム)を見つめていた。

 そのパーソナルから萌え出た存在であるペリュトンだけが、彼女を許容し、命を懸けて付き従う。

 そんな『リーフとペリュトン』という唯一の絆が、彼女たちを固く結ぶのであった。

 

 『拠点防衛警戒空域に亜竜級のモンスター多数確認! 支援を要請します!』

 

 歓談していた二人のもとに、通信の音声が鳴り響く。

 

 「リーフ」

 「はい!」

 「()()よろしく」

 「了解です!」

 

 短い応答の後、リーフは机から立ち上がり拠点を出る。

 目の前には一面の青空が広がり、爽やかな風が頬を撫でた。

 一息の深呼吸ののち、左手を掲げて、相棒の名を呼ぶ。

 

 「おいで! ペリュトン!」

 

 呼び出されたペリュトンが、翼を広げて応えた。

 その慈愛と親愛に満ちた眼差しで、リーフを見つめて指示を待つ。

 ペリュトンの背中にまたがったリーフは、まっすぐ正面に向けて腕を掲げて指をさす。

 

 「さぁ、頑張りましょう! トッカーーーン(吶喊)!!!」

 

 一人と一匹が、大空に向けて飛び立った。

 

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