ノンケウマ娘を狂わせるウマ娘(トレーナー)の日々   作:樽薫る

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第12話【開幕ですよトゥインクル!】

 ―――私自身の時に緊張は、それほどなかった。

 

 メイクデビュー当日、軽い気持ちだったのは……やっぱり“余裕”を感じていたから。

 この時の私は、私のレースを一度たりとも不安と思ったことが無かった。

 

 昔から内気だったし人見知りだったし、会話は苦手だったけど……レースは違う。

 だからこそ、レースでは無敵だと思った。実際無敵だった。

 

 ―――あの時までは……。

 

「クロネ!」

「っ……あ、え、ご、ごめんタマモちゃん」

 

 ―――いけないいけない!

 

 気づけば体操服を着たタマモちゃんが目の前に立っていた。

 

「大丈夫か?」

「あはは、ごめんね。ちょっと思うところあって」

「……まぁ走ってたし、そらそうか」

 

 それに、メイクデビューだと特にね。

 

「ウチが少しぐらいチビでも、ジュニア級なら負けへんやろ!」

 

 平手を拳で打ち、意気揚々と言うタマモちゃん。

 

「なんたって気合が違うわ! みんなまとめて、いてこましたる!」

「うん、その調子……白い稲妻は、負けないよ」

「へへっ、言うやんけ!」

 

 ニッと笑うタマモちゃんに、私も笑顔で応える。

 

「さて、ほいじゃ行ってくるで!」

「うん、頑張って……」

 

 と、そこで一つ。私は見つける……。

 

「タマモちゃん」

「ん?」

「これ、なに?」

 

 そのテーブルの上に置いてあるのは空の弁当箱……いや水につけとけとかそういう話でなくって……。

 やけに小さい。小さすぎる……ヒトでもレディースサイズ。

 ウマ娘が食べるにしては……。

 

「なにって、ウチの弁当箱やけど」

「少なくない? これからレースだから食べ過ぎも良くないけど、それでも……」

「ちょっとつまめば十分や、食いすぎて血ぃまわらんとあかんやろ」

 

 それもそうだけど……そういう量じゃない気が。

 

「ほなまたな! 新人トレーナーに勝利をプレゼントしたるわ!

 

 少し慌てたように、待機室を出たタマモちゃんは、地下バ道を軽く駆けて去っていく。

 

 ―――なんか、引っかかるなぁ。

 

 

 

 スタンド最前列、私はチームの三人と一緒にそこに立つ。

 横には右にライス、左にブルボン、その隣にブライアン……後ろの人、ごめんデカくて。

 とりあえずちょっと猫背になっとこ……。

 

「マスター、将来的に背骨の湾曲リスクが上昇します」

「まぁなんていうか仕方ないと言いますか……」

 

 まぁバインダー抱えて猫背だったらそこまで不審でも……いや変か。

 

「ともかく、タマモちゃん大丈夫かなぁ……」

「なにかあるのお姉さま?」

「御飯、全然食べてない」

「そういえばそうだな。いつも異常に量が少ない」

「いつもかぁ……」

 

 これはなんとかする必要ありそうだなぁ、体作りのためにも。

 それに私もこっからは……。

 

『各ウマ娘、ゲートイン!』

「あ、始まるよ……」

 

 タマモちゃんと目が合うと、ニッと笑いかけてくれる。

 大丈夫そう、今は……。

 

 1番人気3番。ターフも良バ場。

 

『各ウマ娘、体勢整いました―――さぁ、ゲートが開いた!』

 

 始まった。

 メイクデビュー戦の少人数でのレース、前までならこれでも塞がれたかもしれないけど、今は違う。

 この程度の数ならば束になろうと抜け出せるはずだし、周囲に気を配って抜け出すルートを確保することも可能。

 

「ここで負ける道理はない、はず」

「縁起悪い物言いだな」

「確かに、フラグだね」

 

 自分でも感づいてますとも……。

 

 タマモちゃんは、参加人数が少ないせいか差し切りタイプだけど前方の方に位置してる。

 すぐ背後のウマ娘がタマモちゃんの横を抜けるけど、焦っていない。

 まだまだ冷静だ……。

 

「……」

 

 大丈夫、この中ならばまず負けない。

 

「思いのほか冷静だな」

「ん、このレースの心配は、してないし」

 

 そして―――前方には固まっているウマ娘たち。だけれど……。

 

「……いま」

 

 つぶやく。

 瞬間、タマモちゃんの瞳が変わる―――その脚が、ターフへと叩きつけられる。

 

『タマモクロス抜け出した! 速いッ! 並みいるウマ娘たちをゴボウ抜きですっ!』

 

「ほう」

「あれは……」

「すごい……!」

 

 圧倒的な加速力―――まさに稲妻。

 

 その走りは、疾風迅雷。

 

「ッ!」

 

 ゾクッとしたものが、身体を駆けめぐる。

 懐かしさと新鮮さ、それから……身を焦がすような、憧憬と羨望。

 

『驚異的末脚! タマモクロス、他のウマ娘を突き放し、いまゴール!』

 

「っし!」

 

 別に勝利を信じていなかったわけではない。

 だけどもやっぱり、どこか不安だったのかもしれない。

 

 ―――安心してんのかな、これ。

 

「あれ……」

 

 余裕の勝利、他のウマ娘たちがゴールする中、タマモちゃんは足取りがよろしくない。

 

「タマモちゃんっ!」

 

 柵を飛び越えて、ターフへと足を踏み入れて―――軽く駆ける。

 即座にタマモちゃんの元へと駆け寄ると、その身体を支える。

 周囲から多少驚いた声が聞こえるけれど―――気にする余裕もない。

 

「タマモちゃんっ大丈夫!?」

「なんや、脚が……おぼつかん……」

 

 やっぱりふらついてる。

 脚に力こもってない……一旦休ませなきゃ。

 

「えっと、とりあえず控室戻ろう」

「ウイニングライブ、あるやろ……」

「状況見てだよ」

 

 諭してから、タマモちゃんを支えて地下バ道へと向かう。

 

 ―――やっぱり、食事だろうなぁ。

 

 

 

 控室で、ブライアンとブルボンとライスの三人も合流する。

 仲間のメイクデビュー勝利に、喜ぶ雰囲気でもない……いやそもそも、ブライアンとブルボンはそんな大々的に喜ぶ感じでもないけど。

 座ってるタマモちゃんの額に手を当てる。

 

「熱はないけど……やっぱり」

「別に大したことあらへんっ、ちょっち疲れてもうただけで」

「ちゃんと、食べなかったのが原因じゃなくて?」

 

 少しだけ、咎めるようになってしまった気もする。

 

「それは、少しはあるかもしれへんけど……」

「大事なレースなのに」

 

 私だって元々は走ってた側だから、食事が大事なのは知ってるつもりだ。

 

「大した話やないんやけど……その、そんなに、食えへんねん」

 

 昔、トレセンに来る前は自分の御飯を弟妹に分け与えていた。

 そうして優先してあげていたものだから、胃が小さくなって食べれなくなった……故に、食べないで集中するのがタマモちゃんのやり方で今までそれでやってきてて……。

 その染みついたやりかたは変わらなかったらしい。

 試したけど、食べられないみたいで……。

 

「どうするんだ。クロネ?」

「アスリート体型を作るには……適切な食習慣は必要不可欠です」

「ブライアンとブルボンの言うとおりなんや、けど……」

 

 その通り、二人が正しいけれど簡単じゃないだろう。

 自分に“染みついたもの”を取り払い新しくするのは並大抵のことじゃないのを、私だって理解している。

 考えていると、タマモちゃんが雰囲気を変えた。

 

「っし! ええねん飯なんて! ウチには浪速のド根性がある!」

 

 グッと拳を握りしめて立ち上がった。

 

「この根性で次はGⅠ行ったろーや! 『ホープフルステークス』とかどうや?」

「た、タマモさん……」

「早いとこ、故郷に錦を飾らんと―――」

 

「―――そんなに甘くないよ。GⅠもレースそのものも」

 

 びっくりするほど、冷たい声が出た気がする。

 

 ―――ッ! よろしくないこれは……八つ当たりじゃないけど、私怨は入ってる……気がする。

 

「ご、ごめん、でもね。目指すぐらいかな、できても……」

「……な、なんでやねん! いけるわ!」

 

 絶対に無理、とは言わないけど……運が良ければいけるかもしれない。

 逃げなら自分の速度とスタミナだけでどうにでもなるけど、差しのタマモちゃんにはそれと前のウマ娘たちを意にも介さないぐらいのパワーが必要だ。

 不利がすぎる。

 

「クロネ! ここは勢いや!」

「将来のために、体作りを優先したいかな」

「そんなことやってられへん! 家族のためならどんなガタイのヤツも吹き飛ばしたる!」

 

 そこまで言うならしょうがない。

 押し付けと言われればそれまでだけど、私にはタマモちゃんに“走り続け”させる責任がある。

 故に―――。

 

「じゃあテストしてみようか」

「テスト? ……やったんで!」

 

 一人、付き合ってくれそうでなおかつタマモちゃんを“わからせ”てくれそうな少女。

 

「それじゃ決定、ね」

 

 これで話はまとまった。

 

「なんやぁ、ウチを塞ごうなんざ、クロネみたいなドスケ……クロネみたいな身体でも無理やで!」

「ドスコイボディって言おうとした!」

「ちゃうわ!」

「今のは言おうとしたかもしれない」

「なんでお前もそっちやねん!」

 

 ブライアンもそう思うよね!?

 

「と、とりあえずなにがあろうと全員、弾き飛ばしたるわ! 特にクロネみたに無駄肉つけてる奴は!」

「た、タマモさん、そんなに言うと……」

 

 メスガキめぇ……。

 

「私を動かそうってのかな……?」

 

 ふふふ、こうなったら致し方ないね。

 

「なにっ!? クロネが揺れ、じゃない動く!?」

「タマモさんもっと言いましょう!」

「ライスェ……」

 

 大人はメスガキなんかに負けないんだよ!

 

「それじゃ、御飯食べれるだけ食べてから……着替えと準備だね」

「お、せやったな!」

「このあとは、あ、そっか」

 

 ―――そう、ウイニングライブだよ!

 

 

 

 メイクデビュー後、地方のレースと比べれば観客は多いが、トゥインクル・シリーズのレースと比べれば少ない。

 そんなステージの最前列に私達はいた。

 他人のウイニングライブを最前列で見るなんていつ以来だろう。

 

「いや、他人とは、違うかなぁ……」

「なんの話ですか?」

「ちょっとね……」

 

 ずいぶん懐かしく感じる。最近、ライブの練習で踊っていたし聞いていたのに……。

 

「……ん、メールだ」

 

 確認してみるとマルゼンスキー。

 ここ数日、ルドルフと地方に行ってたんだけど、わざわざ『おめでとう』の言葉が、大量の絵文字付きで送られてきた。

 その頭が痛くなる量の動く絵文字に、私は黙ってスマホをしまいたくなるも、しっかりと送り返す。偉い。

 

「……ん」

「お姉さま、どうしたの?」

「ううん、おめでとうってマルゼンスキーが」

「結局、マルゼンとクロネはどういう?」

「……ま、良いじゃない。友達だよ友達」

 

 そう言うと、不服そうな顔で頷くブライアンに、笑いかける。

 突如、ステージに光があふれた。

 

「はじまった……」

 

 そう、メイクデビューのウイニングライブ。

 誰にとっても特別なこの一曲。

 

 

 ―――響けファンファーレ。

 

 

 タマモちゃんはスターティングフューチャーと呼ばれる汎用勝負服で歌い、踊る。

 

 今日ファンになった人や、そうでない人……これを見ている人すべてを魅了するような、煌びやかで華やかなウイニングライブ。

 これのためにレースをするウマ娘だっているぐらいだ。

 私もこれに憧れてたはずだ……。

 

 

 ―――届けゴールまで。

 

 

「……お姉さま?」

「三人のさ、ウイニングライブ……楽しみだなぁ」

 

 

 ―――輝く未来を 君と見たいから……。

 

 

 踊るタマモちゃんたちを見ながら、呟いた私の言葉を、三人はしっかりと聞いていたようだ。

 横でブライアンがフッと笑うのが聞こえる。

 

「ふん、すぐに見せてやる……」

 

 当然って感じ、流石だなぁ。

 

「その代わり、レッスンは頼んだ」

「あ、うん」

 

 でもちょっと目つき怖いんだよねブライアン、レッスンの時。

 

「私も頑張るよ、お姉さま」

「ありがと、ライス」

「私は最初から決まっています。三冠のウイニングライブをお見せしましょう」

「そうだねブルボン」

 

 そう言いながらも、見ている先にはタマモちゃん。

 練習したダンスも完璧、笑顔で汗を流しながら踊る。

 ああ、そうだった。私もそういう時期があったんだよなぁ……。

 

「次からは、もっとちゃんと……盛り上がるからさ」

 

 今回だけはセンチメンタルに浸るの、許してほしいなぁ。

 

 そして、ラストスパート。

 

 

 ―――走れ 走れ 誰より速く。

 

 

 まずは目先のことだ。これで満足しているわけにはいかない。

 タマモちゃんを目標へと導く。ソレが私の今の目標。

 そしたら、今度はこの娘たちだ。

 

 

 ―――I believe 夢の先まで。

 

 

 曲の終わりと共に、ステージ横で爆音と共に輝く紙吹雪が舞う。

 肩で息をしているタマモちゃんと、ほかのウマ娘たち。

 私とタマモちゃんの視線が合う。

 

「やろう、タマモちゃん……」

 

 芦毛は走らないだとか、小柄は不利だとか、そんなこと言う世界も!

 運命も宿命もすべて、その雷で焼き払って!

 私たちで、そんな道理が存在するつまらない世界に、叛逆してやろう……!

 

 精一杯の笑顔をタマモちゃんに向ければ、タマモちゃんも私に笑顔を向けて、ピースサインをした。

 

 

 

 ―――そして、翌早朝。

 

「ボーーノーー!!」

「んにゃぁぁぁぁっ!!!?」

 

 大相撲メイクデビュー場所。タマモちゃんは横綱に押し出しで敗れた。

 吹っ飛び、転がるタマモちゃん。

 

「さすが私よりデカいだけある」

 

 ヒシアケボノちゃん。中等部の子だが故あって知り合いになった。

 そして、とりあえず今、タマモちゃんに今最も必要な“わからせ”である。

 怪我はしないよう、しっかりとタマモちゃんも吹き飛ばされているので、そこは概ね満足。

 

「タマモちゃん、わかった? 道理を蹴っ飛ばそうと思っても、ある程度の準備は必要なんだよ」

「上にはこんなヤツがゴロゴロおるとしたら……たまらんわ……」

 

 滅多にいないけどね、私レベルのデカさすらも滅多にいない。

 少し悩んだのちに、タマモちゃんは素直に頷く。

 

「わかった。しばらくは体を強くしながら、せこせこレースやな」

「わかってくれてよかったよ」

 

 私だってトレーナーになったんだ。厳しく行くべき場所は厳しくしなきゃね。

 

「で、いつまでや?」

「来年の春……クラシック三冠前までかな」

「なんでやねん! 長いわ! やっぱ今すぐGⅠのホープフル―――」

 

 ヒシアケボノちゃんの方を見ると、笑顔で頷く。

 

「ボーノー!」

「だぁぁっ! わかった! わかったわ!」

 

 さすがヒシアケボノちゃん、別のアケボノと違って一発じゃ絶対に沈まないという信頼感を感じる。

 

「くぅ、来年の春までに食って食って、食いまくったる!」

 

 私も食って食って食いまくりたいけど、さすがになぁ……お腹出そうで怖いなぁ。

 

「で、なんでクロネは動いてへんねん。意気揚々と動く言うとったやろ」

「……私のこの姿を見てなんとも思わないの?」

 

 現在、私ことクロげふんげふんクロネちゃんは―――右手で松葉杖をついているわけです。

 

「なんでやねん! 昨日の今日でなにがあってん!」

「昔はお前のようなウマ娘だったが、膝に矢を受けてしまってな」

「なにがあったんや!?」

 

 困った……。

 

「……えへへっ」

「笑ってごまかされへんわ!」

「チッ」

「舌打ち!?」

 

 ともかく!

 

「折れてないから、治してすぐ付き合うからさ」

「ん~まぁ無理せんとな、ウチも食うっちゅー訓練が必要やし」

 

 そう言って歩くタマモちゃんが、なにかにつまずき体勢を崩しかける。

 

「っと危なぁ! 誰やこんな深い足跡残したの!? オグリか!?」

「すっごい深いのー」

 

 あ~その深さ、その幅は……というか昨日走ってたのって。

 

「昨日帰ってきたみたいだし、マルゼンスキーが走ったんじゃない?」

「え、こんな足跡残すとか化物なんか、マルゼンスキーって」

「激マブの激ヤバ!」

「なんでちょっと嬉しそうやねん」

 

 まぁ色々ありまして。

 

「じゃ、こっからも頑張ろうね」

「……せやな、頼むわ―――トレーナー」

 

 

 

 ―――こうして、来年の春までゆっくりと強くなっていくことになった。

 

 

 




あとがき

タイトルとプロローグが詐欺かってぐらいちゃんとウマ娘してもうて
まぁシリアスとギャグのギャップを楽しんでもらえれば嬉しいっすー

本筋を進めつつ、クロネのことも徐々に明かしていきたいとこ

感想とここすきと誤字報告毎度ありがとうございますーぅ
おかげさまで日間ランキング53位でした!

それでは次回もお楽しみいただければー
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