ノンケウマ娘を狂わせるウマ娘(トレーナー)の日々 作:樽薫る
走る。ただターフを疾走する。
まるでなにかに突き動かされる如く。いや、実際に突き動かされてる……背を押されるような、死神が迫るようなプレッシャー。歩みを緩めれば即座に私を飲みこむだろう影。
自然と、喉の奥から笑いが漏れる。自分の中から何かがにじみ出てきて、殻を破ろうとする。
―――瞬間、背後の気配が消える。私にプレッシャーを与えていたものがなくなる。
その“領域”に至った際の感覚とは違う。感じるのはただ孤独。
立ち止まり振り返れば、そこには―――車椅子に座す“彼女”。
「ッ!!?」
勢いよく目を見開けば―――自分の部屋の天井。
カーテンの隙間から、早朝の光が部屋に差し込んでいた。寝汗に思わず顔をしかめ、横にあったタオルで軽く拭くと立ち上がってカーテンを開く。
そこで肌寒さを感じて、季節を深く実感する。
「またあの夢を見るようになっちゃったわねぇ」
11月の頭から見るようになった悪夢。
「クロネと寝た時は、夢見が良かったんだけど……」
一月前に彼女の家に泊まった時を思い出す。久しぶりにクロネと二人で他愛ない話しをしながら御飯を食べて。
―――まぁ酔ったクロネがちょっと暴走してたけど、あれはあれで楽しそうなのでヨシ。私ったらちょっとクロネに甘い気がするわね……昔からか。
クロネの家に泊まって一緒に寝たなんて、とてもじゃないけれど他の娘たちには言えない。
「……あ、そう言えば今日って」
キョロキョロとリモコンを探せばベッドの上で、テレビを点ければすぐに今日が“その日”だと実感がわく。
そう、今日は―――クリスマス・イヴ。
◆◇◆◇◆◇
12月24日の朝。
明日から冬休み。トレセン学園では休みでもトレーニングをやっていたりするので、それほど関係はないんだけどここからホープフルステークスや有馬記念もある。
ピリピリしている生徒ももちろんいるけれど、それでもクリスマスパーティーやらを楽しみにしている生徒の方が大半だし、レースが控えていても気分転換に楽しむ生徒も多い。
かくいう私も結構、楽しんでたとは思う……あんま陽の人たちには混ざれなかったけど。
「ふぁ~」
相変わらず眠い……。
「おはようございます。朝からお口そんなに広げて誘ってるんですか?」
「どわっ! たた、たづなさん、朝っぱらからなに言ってるんですか!?」
校門前、ニコニコしていつも通りのたづなさん。
「お、おはようございます?」
「……」
ジー、っと顔を見つめられる。最近気づいたけどヤベー人なたづなさん、でも顔が良いので緊張はする。
「な、なんですか?」
「ちゃんと寝れてないみたいですが、大丈夫ですか?」
「へっ、あ、はい。たぶん」
そう言うと、頬に手を当てて困ったような様子を見せた。
「ど、どしました?」
「いえ、みんな心配するので、悩み事があったら言ってくださいね? 私も理事長もクロネさんをこちらに連れてきたという責任があるので」
「……ううん、大丈夫」
首を横に振ってそう言うと、たづなさんは両手を合わせて頷く。たぶん、ある程度は勘づいているんだろうと思うのだけれど、それでも黙っていてくれるのだろう。
前よりは眠れているし、この調子なら問題もなく生活できるようになれる予定、だけど……。
とりあえず歩き出してトレーナー室へ向かおうとしていると、突然後ろからの衝撃……ていうか飛びついてくるなんて一人しかいないんだけど。
「っとと……タキオン、おはよ」
「おはようトレーナーくん、ハッピーバレンタイン」
「それを言うならメリークリスマスです……おはようございます。クロネさん」
「あ、おはよカフェ」
タキオンとカフェの二人。
相変わらず仲が良いようでお姉さんは安心しました。そんな安堵感に包まれている私の背中で、タキオンがなにかしている。くすぐったい。おもにくすぐったいので下ろしたい。しかして、私は少し猫背気味なので乗りやすいのか、タキオンは落ちる気配がない。
「タキオン、なにやってるの?」
「タキオンさんは今、クロネさんの髪におぼれています」
「落とすよ!?」
「いやぁもう堕ちちゃってるんだ。残念だったねぇ!」
「なにが!? 全然乗られてますけど!?」
ちょっとなに言ってるかわからないっすね!
「タキオンさん、早く降りてください。貴女は危険です」
「カ~フェ~酷いじゃないか~」
カフェに引っ張り下ろされたタキオンが文句を言うけれど、さすがに髪に埋もれるとかいう行為はされる側的に非常に恥ずかしいのか勘弁してほしい。
朝シャンしたから大丈夫だと思うけど……え、朝シャンは普通に言うよね?
とりあえず私はタキオンの方を向いて、抗議のために少し睨む。
「……え、かわいいんだけれど」
「へぁっ!?」
ななな、なにを言うのこの顔が良い変なウマ娘!?
「前髪の隙間から覗くその眼が実にいいね」
「タキオンさん、変なもの食べ、いえ変なのはいつも通り……」
「酷いじゃないかカフェ~」
トレーナーをからかうのはいい度胸だと、私はトレーナーらしいやりかたで反撃を決意する。いつもやられっぱなしではOGとしての立場がない。立場あった記憶は一度もないけど。
「今度のお弁当にゴーヤ入れまくってやる……」
「えぇ~!?」
「ふふふ、これがトレーナーらしい反撃!」
腕を組んで笑う私を、カフェがなにか考えているように見ている。
「トレーナーの反撃ですか、これが?」
「う゛っ……」
察してはいた。弁当作るトレーナーとか見たことない。
「これじゃ嫁さんの反撃の仕方だよね」
自嘲するように笑ってそう言うと、タキオンとカフェが沈黙しているので私は思わず首を傾げる。いやいや、ツッコミ入れるか笑うとこじゃない? そうしてると、タキオンが自分の顔を腕で隠すようにしたので下から覗きこもうとするけど、タキオンは離れて歩いていく。
「え、ちょっとタキオン」
「ははは~それじゃお先に行かせてもらうよ」
たったか走っていくタキオン。
「やりますね、クロネさん」
「えっ、私なんかした? ゴーヤ? ゴーヤがすごいの?」
「本当に放っておけない人ですね」
「へ、なんか心配されてる?」
歩き出すカフェの隣を歩く。話しを逸らされたのは明らかなんだけど、とりあえずタキオンにはゴーヤが効果抜群、苦いの苦手だし丁度いいのかもしれない。苦い系で攻めていこうそうしよう。
学園から道路を挟んで向かいにある寮から生徒たちが次々と生徒たちが登校していって、私たちの横を走って通り過ぎる生徒なんかも多い。というよりやはりいつもよりはしゃいでいる気がするのは今日がクリスマス・イヴだからだろう。
「いいねぇ~春のファン感謝祭も聖蹄祭も参加しなかったからなぁ私」
「……どうしてまた? タマモさん辺りは誘ってきそうですが」
「あ~春はまだそういうんじゃなかったし」
「聖蹄祭の時、そういえばいませんでしたね」
「まぁちょっとね。来年は楽しみたいけど」
「フッ、私が楽しませてやる」
ブライアンいつの間に!?
「どしたの突然、まぁ……嬉しいけど」
「あざといぞ」
「な、なにがさ……ていうか今日のクリスマスパーティー、参加するの?」
「私は生徒会の仕事があるからな、せざるをえん」
ブライアンは副会長だから忙しいのはわかっていたけれど、カフェはどうするんだろうとそちらを見れば顎に手を当てて考えていた。
「クロネさんが参加するのであれば、私も……今まで参加したことありませんけど」
「へ、そなの? でもどうだろ、私ああいうの苦手だからなぁ……とりあえず、様子見ぐらいしようかな」
「であれば私も、一人にしておくと危険なので」
なぜかそう言うカフェ。やけに心配されているが子供じゃないんだから自分のことぐらいできるのだけれど、別に反論して別々に行こうとか言う気もないので黙っておく。
「私が着いてるが?」
「危険なので」
カフェは私たちが視えないモノが視えるので、カフェにしかわからないことがあるのかもしれないと納得しておく。様子見してダメそうだったら速攻で帰ろう、帰って撮り溜めた深夜アニメでも見ながら酒飲んで寝よう。そして明日の昼間はゲームして過ごすという、懐かしき怠惰な生活。
こういう性格というか性質というか、そんなんなので春のダンスパーティーことリーニュ・ドロワットなんて一生参加することないんだろう。
「っし、とりあえずあれだね。一応ちょっとは参加したことある私に任せてよね!」
そう言って胸を張ると、バツンと音がした。
―――最悪だ。
「……ボタン」
カフェがつぶやく。
そうです私のワイシャツのボタンが弾けました。
「トレーナーの乳か、これが?」
「やかましいよ!」
私の怒声とも悲鳴とも取れぬ声が、クリスマス・イヴの朝に響く。
トレーナー室で、私はジャージの上だけを着てワイシャツを手に持ってボタンが外れたところを確認。徳用と書いてある小袋からボタンを一つ取り出して針に糸を通し縫い始めた。慣れたもので、それほどの時間もかからず終えることができるだろう。
全然自慢じゃないけどね!
「恥ずかし……」
注目浴びちゃったし、私がボタン飛ばすような胸してると思われるっ……!
「またブライアンにはドスコイボディって言われるし、お腹……そんな出てないんだけどなぁ」
独り言ちて立ち上がると、ワイシャツをバッと広げてしっかりボタンがついている確認。今更ミスをするわけもないのだけれど。
着替えようとしてジャージのファスナーに手をかけたところで、扉がノックされる。
「あ、どうぞー」
そう言うと、扉を開けて入ってくるのは……。
「理子ちゃん、じゃなくて樫本先輩」
「おはようございます。少し聞きたいことが」
どうしたんだろうと思いながら、ワイシャツを置いてソファに座ると樫本先輩も向かいに座った。
「どしたんですか?」
「その、今夜のパーティーなんですが……私、過去にも参加したことが一度もないので」
「私もそんなに、誘われて2回、途中で抜けちゃったし」
自分でもなんでドヤ顔で胸張ったのかわからない。挙句ボタンが飛ぶ。
「実はリトルココンとビターグラッセが参加するということで、私も誘われたのですが……様式というか」
「え~そんなんあったかなぁ」
言われてみれば知ってるのは何年も前のものだ。
「ど、どうだろ」
「クロネ、トレーナーも知らないとなると私も困りましたね」
「私も不安になってきたよぉ」
困ったなぁ、でもたぶんみんな制服だろうしスーツで行けば大丈夫だと思うんだよね。
「昔は大人の人はスーツだったしその方針で行こうよ」
「そうですね。そうしましょう……貴女しか相談する相手、いませんから」
ホッとしたように息をつく理子ちゃんトレーナー、じゃなくて樫本先輩。可愛いことを言ってくれる。とりあえずそういう方向で話しがまとまったので私は軽くシャツを広げてソファの背もたれにかけてすぐに着替えれるようにすると、立ち上がった理子ちゃんが私の方を見ていた。
「どしたの?」
「……シャツ、どうしたんですか?」
「え、あ~……」
さすがにボタン弾けましたとは言えないので、遠回しな説明にする。
「こう、ボタンが取れちゃったから……」
「弾けたんですね」
「速攻でバレる!?」
「何年の付き合いだと思ってるんですか」
はい、その通りでございます。
「まぁそれで縫ってたんだよね」
「なるほど、それで体操着なんですね」
「ちょっと横着してジャージしか着てないんだけどね~」
こんなところをブルボンやカフェに見られたら死ぬ。憤死する。
「そ、そのジャージの下、し、下着ということで?」
「え、うん」
「……よよ、よ、嫁入り前の娘が、そ、そういうの、よくないと、思いますが?」
いやでも部屋に一人だし。
「そんなに?」
「そんなにです……!」
そんなにか……。
◆◇◆◇◆◇
終業式を終えて冬休み突入ということになって、学園中がどこかふわふわとした雰囲気になって今日のクリスマスパーティーの話しやらが飛び交っている中、ウチは鞄を片手にトレーナー室へと歩く。
「トレーナーさんとー」
「わー! きゃー!」
……なんやどいつもこいつも、やれトレーナーとデートやのクリスマスやの!
「トレセン学園はマッチングアプリちゃうんやぞ!」
トレーナーとウマ娘との恋愛なんてご法度やろ。アンタレスにもそこらへん勘違いしてる奴が多すぎへんか、マジで大丈夫かアイツら! ウチはそんなことにはならへんからな!
歩いとるとウチの視界にマルゼンスキーが映った。トレーナー室へと向かう廊下におるってことは十中八九クロネのとこに用があるんやろうとウチは近づいていく。
「おうマルゼン、どないしたん?」
「あらタマモちゃん、いやねちょっとした噂というか」
「またボタンが弾けたとかやろ、もう飽きたネタやで」
「私の方が飽きてるんだけど、まぁそれはともかく……クロネがクリスマスパーティー行くとかって」
クロネがクリスマスパーティーに参加するとかまずなさそうやけど、最近の状態を見てると誘われればあり得ない話しやない。別に良いことではあるんやけども、場合と状況によるってことでマルゼンは偵察ということか……。
さてはコイツ……。
「クロネに甘いなぁ」
「いやねぇ、昔のあの娘知ってるとホント放っておけないんだから、今もだけど」
「まぁ否定できんけど」
無防備っちゅうか自分がどういう風に見られてるか理解してないって感じやしな。どいつもこいつも掛かり気味やし、クロネもクロネで場の雰囲気に流されたりしてそのまま……なんてこともありそうや。ウチの大事なトレーナーをこんなとこで失うわけにもかん。
別に誰とくっついても良く……はないな! い、色ボケられてトレーナー業に支障が出たら大変って意味でやけど。
「で、それで心配で来たっちゅぅわけか」
「まぁそういうわけなのよね~まいっちんぐね~」
「なにがや」
そう言いながら、マルゼンと一緒に歩く。目的地は無論トレーナー室ですぐに辿りついてドアを開けたわけやけど……。
扉を開けたそこには、クロネがおったのやけど……。
「……ノックぐらいしてよぉ」
情けない声で言うクロネ。ジャケットを脱いどってネクタイも外してる。ワイシャツのみで、その胸のボタンが三つほど吹き飛んでて下着と谷間が見える状態。そこはまだわかる。どうせ胸張ってまたボタンを弾けさせたんやろ。
で、その正面でソファに倒れ込んでるカフェと、少し離れたとこで目を押さえて悶えるタキオン、そしてブルボンが手に持ったボタンを眺めとる。
「……カオスや」
「おったまげーよね」
「こここ、これには深い事情がねっ!?」
―――水色か。
あとがき
今回は前後編となっとりますー
クリスマス会、タマちゃんクラシックからはイベントも増えてく予定っす
シリアス多めとはなんだったのか……
登場キャラ増やしたいけど増やすと他キャラの出番が減るジレンマ
それではまた次回もお楽しみいただければー