ノンケウマ娘を狂わせるウマ娘(トレーナー)の日々   作:樽薫る

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第26話【Nameless -無名の杯-】

 

 クリスマスパーティーから五日、12月29日。

 

 未だ先日の有馬記念・ホープフルステークスの興奮が冷めやらない中、学園ではそれと同じほどに盛り上がるべき時がやってきた。デビュー前、本格化前のウマ娘たちの見せ場。トレーナーたちへのアピールともなる大事な場面……中には完成する前のウマ娘たちに、負担を強いるんじゃないかという声もあるが……。それでも、その熱狂は確かなものだった。

 

 ネームレス杯。理事長が提言した新たなレース、URAの公式ではないがトレセン学園における公式レース。

 これに備えて半年以上前から、未成熟なウマ娘たちを丁寧に育ててきたトレーナーは多い。故に、私もその一人である。

 

 観客席の最前列、第四コーナー付近で私とタマちゃん、タキオンにカフェの四人は立っていた。

 天気は快晴で芝の調子は良……パドックで調子もよさそうだったし、これで負けるなら私が悪いかよっぽど相手が強かったかだなぁ。

 そんなことを思っていると、軽く腰を叩かれる。

 

「なぁに情けない顔しとんねん、もうちょい胸張りぃや」

「う、うんっ……」

 

 頷いてから胸を張ろうとするとカフェが私のほうを向いていた。

 

「またボタン、飛びますよ」

「あ、そだね」

「えーいいじゃないかー」

 

 楽しそうなタキオンに、私の横からタマちゃんが顔を覗かせて言う。

 

「あかんやろ、あいつらの勝敗にかかわる」

「そんなに?」

「そんなにや」

 

 ほどほどに、しっかりと立ってゲートのほうへと視線を向けると6チーム、計18人のウマ娘たちがそこにはいた。ブライアン、ライス、ブルボンの三人も集まって何かを話しているようだけれど、もう私のできることも見守るぐらいしかない。最後のアドバイスとも言えないアドバイスが、彼女たちの力になることを願うのみ。

 ゲートが設置され、そちらへとそれぞれが向かっていく……。

 

『デビューを控えたウマ娘たちが集う! ここで原石として力を魅せつけるのはいったいどのチームになるか!』

 

 ネームレス杯・長距離。やはりデビュー前で長距離を選択するというチームは少ないらしく、全二回のレースで決着がつく仕様。そしてこれが―――二戦目。いわゆる決勝。

 

『ネームレス杯決勝、名無しの杯を獲るのはどのチームになるか!』

 

 既に27日、ホープフルステークス前日に一回戦は終えている。一着はブライアンで勝利を収めていて、ライスは5着に入着……ブルボンは17位とほぼ最下位。彼女もわかっていたとはいえ、これは堪えるかとも思ったけどブルボンは“決勝にすべてをぶつける”と言っていた。

 私がそのために温存したものの、正直―――残酷なことをしたとは思ってる。

 

「何人か、もうデビュー控えてるやんけ」

「箔をつけたいってのはわからないでもないねぇ」

 

 柵に寄りかかってつぶやくタキオン。デビューを控えたウマ娘はともかく、やっぱりこのレースでトレーナーに目をつけてもらいたいと思っているからだろう、必死な娘も多い。私のとこはほぼ本契約済みだからなんとも言えないけど、それでも本気なのは確かだ。

 

『三番人気はチームシリウス、6番ウイニングチケット』

 

 チームシリウス……ゴルシがいるとこだっけ?

 

『二番人気はこの娘、チームリギル、ヒシアマゾン12番です』

 

 アマさん、まさかここで立ちはだかってくるとは予想外だけど……おかげでブライアンもやる気が出てるみたいだ。

 

『一番人気はチームアンタレス、15番ナリタブライアン』

 

 ライスは5番、ブルボンは18番……あまりよろしくはない。作戦上脚質が逃げのブルボンは、できるならば内枠がよかったんだけども、そうはいかなかった。そりゃそうだ、それは私だってよくわかってるけれど、今回に至っては前回ブッチギリだったこともあってブライアンは下手したら塞がれかねないとは思ってる。故に、ブルボンとライスには……。

 

「頼んだよ」

『各ウマ娘、ゲートに入って体勢整いました』

 

 瞬間、ゲート―――開く。

 

『各ウマ娘出走、ウイニングチケット少し出遅れたか!』

 

 焦った様子で走り出したウイニングチケットちゃん。アンタレスの三人は問題なく出走を始めたけれど……逃げのウマ娘は、ブルボンを含めて三人。先行・差しはライスを含めて10人で、ライスとブライアンはその中央付近に位置取っていて、ライスが前、ブライアンが後ろとなってペースを保って走る。

 大逃げという感じのウマ娘はいないようで、大外からでもブルボンは先頭を切って走っているのだけれど、それだけ体力の消耗は激しい。

 

「ブルボン、たぶん後半が苦しいな。わかりきっとったことやけど」

「トレーナー君、前回は大失敗だったけど行くのかい?」

「……まぁ私の評判が落ちる以外に問題ないし」

「問題だと思いますけど、それ」

 

 さして問題じゃない。そもそも風のうわさではウマ娘だからなんとか~、とか理事長と個人的な付き合いがあってコネが~とか言われてるのは知ってる。うん、ダメージはあるよ。メンタルよわよわなので……でも、それはこの娘たちを輝かせるためには関係ない。私がやるべきはそれじゃない。

 

『かなり縦長の展開、まもなくコーナー手前! ハナを進むのはミホノブルボン!』

『ペースが速いですね、息を入れたいところです』

 

 必要ない。練習どおりなら―――1700メートルまでなら速度を維持、は無理でもそれほど落とさず行ける。

 だけれど最初の大外からがどう響くかなぁ……。

 長距離ということもあって未だレースが大きく動く気配はない。

 

「ブルボン、無理だけはしないでよ……」

 

 そんな独り言に、いつになく強い気持ちが入ってしまったせいか、タマちゃんが私の方を見たのに気づいて思わず苦笑をするなり私は両頬を叩いて気持ちを入れ替える。それを見ていたタマちゃんは笑みを浮かべて視線をレースのほうに戻す。

 ようやく1000を超えたけれど、ブルボンは未だハイペースでハナを進み、中団にライスとその後ろにぴったりとついたブライアンの二人。ライスは前方で風を切り、ブライアンはその後ろでその風を受けずにいる……そう、スリップストリーム。

 

「考えたねトレーナーくん、身内でするとは……」

「経験が浅い娘たちでやるのはかなりリスキーだけど、そのためのトレーニングは積んできたよ」

 

 目先のことだけ、このためだけのトレーニングだけれど……役に立たないわけではないはずだ。

 

 

 ―――1500を超える。

 

 ブルボンの表情はかなり苦しそうで、背後の逃げウマ娘二人はバ群に沈む。徐々に背後から後続が迫ってきているのは察しているだろうに、それでも追いつかせまいと脚を踏み出し走っていく。

 ラップタイムを計っているわけではないけれど、体力はいつもより消耗しているはずなのに、今まで以上の速度。

 

「ブルボン……」

 

 右手で左手を掴むと、自然と力がこもるけれど気にもならない。

 

「わぷっ……!」

 

 瞬間、風が吹くと私の髪が横に流れる。

 

 ―――向かい風っ。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 現状確認、前方に影なし。アラート、体力がレッドゾーンに突入。残り距離1300。後方からの接近を音と気配から判断。バッドステータス『速度低下』が発生。

 

「ハァッ……!」

 

 呼吸の乱れを確認。残り1200。限界を確認……それでも。

 さらに一歩を踏み出し、ターフを蹴り進む。いずれ臨む三冠、菊花賞を制するために。

 

「ッ!」

 

 脚が、重い。私はこれを知っている。限界、ここからは歩くような速度になるほどまで速度が落ちていく。

 

 ―――でも、それでも私は、マスターと共にクラシック三冠を。

 

「ハァッ……ハァッ……!」

『最後の難関、心臓破りの坂! このままハナをキープするのは難しいか!』

 

 第3コーナー前、最後の坂に第一歩を踏み出しますが、重い。あまりに重い。

 その向こう、第4コーナー付近にいるマスターと僅かに目が合う。風になびく前髪、その瞳には私への心配からなのか、不安の色が見えます。恐らく私も相当苦しそうな表情をしているのだと推測できます。マスターにそんな顔をさせてる原因は、99%私でしょう。

 しかし私は、それでもと、言い続けます。

 

 そんな顔、貴女にさせない。そのために―――私は!

 

 瞬間、いないはずの影が目の前に視える。“見慣れた”その影が、またしても前を行く。

 

「!」

 

 なにかが、パキリと音を鳴らすのを感じた。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 ネームレス杯長距離の決勝戦。

 

 クロネのチームが参加してるってことで、私ことマルゼンスキーと、ルドルフ、シービーちゃんの三人で揃って関係者席で立ち見状態。

 ブルボンちゃんがもう体力の限界って感じね。ライスちゃんとブライアンちゃんもいるけど、あのバ群の中から脱出できるのかが問題。でも最後の坂、ブルボンちゃんの雰囲気が、変わる。

 

 それと共に、わずかな加速。

 

 私が背筋に感じるその感覚、僅かな何か……。

 

「時代を作るウマ娘たちが必ず入る領域。限界の先の先」

「自分も知らない剛脚、だね……」

 

 ルドルフとシービーちゃんが少しばかり驚きながらそう言う。かく言う私もそうなんだけど―――でも……。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 私と目が合った後、坂を行くブルボンが―――加速した。

 限界が見えたブルボンから踏み出された一歩。その集中力はその領域に至るに等しいものが在り、さらにその瞳には行くべき道が見えているよう。

 そして、それと共に私が身体に感じるその感覚。それは確かに領域の片鱗、欠片―――でも……。

 

「不完全だ……」

『ミホノブルボンここにきて加速!?』

 

 私の視線の先、加速するブルボン。でもやはり不完全な領域で、すぐにその膝が減速を始めた。

 

『速度が落ちる! ミホノブルボン、ここまでか!』

 

 その加速が、残り900で突如落ちたのは、不完全な領域にしか至れなかった故。後一歩、もう後一つ、ピースが足りなかっただけのこと……素質自体は果てしないほど感じた。

 だから―――。

 

「―――ありがとう、ブルボン」

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 前方のライスはバ群を抜けれない。パワーはあるがこうビッシリ固められてはどうにもならないだろう……大外すらも抜けるかどうかはわからない。

 しかし、これを想定した上での作戦だ。ブルボンが勝てるならばそれで良かったが、いやここまで突き進んでくれて助かった。ライスも含めて周囲もずいぶん疲弊している。私の疲労が少ないのはライスが風除けをしながら進んでくれているおかげだろう。

 その時……前方が、僅かに開くのがわかると、ライスの雰囲気が変わった。

 

「フゥ……ッ!」

 

 息を吐いたそれが合図。ライスの右足がターフを強く踏みつけ―――加速。

 

「ハッ!」

 

 私もそれに着いていく。前方が開いた原因、それが今私が追い抜く―――ブルボン。

 

『お願い、します……!』

 

 一瞬だけ合った目から伝わり頷いて返す。そして、私はライスと共にバ群を抜ける。

 

『ライスシャワーが来た! 続いてナリタブライアン! バ群を抜けて前へ突き出る!』

 

 背後からのプレッシャーに、思わず笑みが零れた。

 ―――アマさんがきたか! 

 

「ブライアァンッ!!」

 

 力強い声、足音、追い込み型の典型パターン。前方の小競り合いを無視し温存し着いていき、最後に圧倒的なスピードで突き放す。

 しかし、私だって想定していなかったわけではない。それはもちろんクロネもだ。

 残り600。

 

「ハァッ、ハァッ……ッ!」

 

 ライスが内にズレる。私はそれを確認すると共に、さらに力をこめて一歩を踏み出す。

 ここに来て、自分でも驚くほどの加速力が生み出される。

 すれて違いざま、ライスの声が聞こえた。

 

「お願い、しますっ」

 

 されるまでもない。それにここまで私がお前たちに世話になっていたんだ……ならやることは、それに応えるのみ。無論、タマモやタキオンやカフェ、それに……クロネに。

 故に、アマさんだろうと、ここからの距離は誰一人として隣すら走らせるつもりはない。

 

「ハァァァッ!」

 

 逃げのブルボン、先行のライス、二人を超えて私は加速する。

 

「ッ!!」

 

 ―――そして。

 

『今ゴール! 第一回ネームレス杯の長距離を制したのはチーム・アンタレス! 一着はナリタブライアンッ!』

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 スタンドとコースの間に設けられたウイナーズ・サークルへ入る前に、私はブライアン、ライス、ブルボンと合流する。三人とも疲労した様子だけど、ブルボンはそれが顕著で水分補給をしたといってもずいぶんな疲労が見て取れた。

 しっかりと私の目を見て、頷く。

 

「マスター、私は任務をこなすことが、できていましたか?」

「……うん、十分すぎるぐらいだよ」

 

 そう応えて、私はそっとブルボンを抱きしめる。

 十二分の活躍、そして領域に達しかけたその活躍は私の想定を超えて、チームの勝利に貢献してくれた。道を開くタイミングも想定よりもずっと良かったし……。

 だから私は、ブルボンの頭をそっと撫でる。

 

「ん、お疲れさま……」

「……鑑定結果、バブみを検出」

「なんて?」

 

 そっとブルボンを離して顔を見るけれど、通常通り……だよね、たぶん。

 

「仕方ないなクロネ」

「……」

 

 両手を広げているブライアンは、なぜか得意気だ。

 

「えっと、ブライアン?」

「こい!」

 

 いやいや今のブルボンは良かったけど、ちゃんとしたブライアンと抱き合うとか私の精神持たないよ。自分が顔が良い自覚ないの!? そういう自覚持たないとだめだよ! まったく自分がわかってないんだから!

 そろそろ取材とか始まっちゃうしと、私はブライアンの両手をそっと降ろす。

 

「……なにか理不尽な感覚がした」

「え、なにが?」

「いやわからないが……お前が言うなという気配が」

 

 なに言ってるんだろ。でもまぁ、ブライアンががんばったことは認めるけどね。とりあえず今じゃない。

 次にライスのほうを向く。

 

「ライスも、お疲れ様」

 

 そっと頭を撫でると、くすぐったそうに目を細めるライス。

 かわいいなぁうちの義妹はぁ。

 

「お姉さま……」

「ん?」

「あとでライスも、ぎゅって、して?」

 

 かわいすぎかよぉ! お姉ちゃんが男の人だったらもう大変なことになってますよ!?

 

「うん……それじゃあ取材、行ってらっしゃい!」

「こういうとき、トレーナーも一緒なんじゃないのか?」

「ほ、ほら校内のだし大丈夫大丈夫」

 

 無理無理無理! 昔だって取材で緊張して噛みまくりだったのに、ひ、必要とあらば出るけどね!?

 

「行ってらっしゃい!」

「うん、行ってくるねお姉さま……!」

「あ、ウイニングライブもあるからな」

「更新、ウイナーズ・サークル内でのミッションを達成します」

 

 歩き出す三人に手を振って、私はそそくさと観客席のほうへと戻る。

 やることはやったし、あとはあの三人に任せて……なにかご褒美とか考えたほうが良いのかなぁ?

 歩いていると、前方からタマちゃんたちがやってきた。

 

「おー」

「ちょっと失礼するわよ」

「へっ!?」

 

 横から腕を掴まれて引っ張られると、私はそのまま“マルゼンスキー”が腕を引くほうへ。

 タマちゃんたちからも、ウイナーズ・サークルからも離れるとすっかり人はそっちに流れてしまっているようで少なく、そのまま私は物陰に連れ込まれて壁に押し付けられた。

 相手が相手なので、別にドギマギしたりするわけでもないけど驚く。

 

「どどど、どしたの!?」

「しーっ」

 

 人差し指を口に当てられて黙らざるをえない。

 

「な、なにっ?」

「いいの、私のおせっかいだから……それより、気づいた?」

「えっと、ブルボンのこと?」

 

 頷くマルゼンスキー。

 

「……覚えがあるからすぐわかったよ」

「まぁそうよね。私もそれに関してはすぐわかった」

 

 お互いに“同じ時”を刻みすぎたからこそ、わかるんだろう。マルゼンスキーが私ならわかると思ったように、私もマルゼンスキーならわかるとは思ってた。だからこそ、この会話に意味を見出せない。マルゼンスキーは“おせっかい”と言っていたけどそれすらも……。

 まぁ、深く考えてない可能性もあるけど。

 周囲を見渡したマルゼンスキーが、そっと離れると私も壁から離れることができるようになる。

 

「もぉ、強引なんだからぁ」

「ちょっとは強引なほうが良いでしょ、それと貴女は多少強引な人のほうが好きって言ってたじゃない?」

「いや昔の話、てか漫画の男キャラの話だし!」

 

 私はノーマルなんでね!? まぁトレセンにはそういう娘も少なくないから偏見とかはないけどさ!

 

「ったく、マルゼンスキーが強引って今にはじまった話じゃないけどね」

「あら、人を狼みたいに言わないでほしいんだけどぉ」

 

 頬を膨らますマルゼンスキーに思わず笑みが零れた。

 

「似たようなもんでしょ」

「もぉ……食べちゃうわよ~?」

 

 ニヤニヤしながら言うマルゼンスキーに、そっちのケが無いのは知っている。

 

「てか誤解されたら―――」

「たわばっ!」

 

 ドサリと音がして、そちらを向けば……アグネスデジタルちゃんが倒れていました。

 

 

 ―――絶対誤解された奴じゃん……。

 

 

 




あとがき

ちなみに次は後編のような続きっす
結構粗がありそうだけど、ノリと勢いでなんとかしていきたい
レース中にも色々ありましたー

そして安定のデジたん落ち

眠気眼で書いたんで誤字脱字あったらすみませんー
真面目回だったんでおもしろみあるかはわかんないですけど感想とかぜひー

では次回もお楽しみいただけたら僥倖ですー
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