ノンケウマ娘を狂わせるウマ娘(トレーナー)の日々   作:樽薫る

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シリアス回でございます


第30話【Inevitably -悪夢-】

 

 二月の頭、私は京都競バ場にいた。

 

 タマちゃんが出走するオープン、最近の調子の良さからそこまで心配はしていないけど、私の場合は心配しすぎるきらいもあるのでやはり“そこまで”止まりで心配は心配。それにクラシック、とうとう来月は皐月賞トライアルこと弥生賞もある。

 観客席の最前列、第四コーナー付近で今日も私は観戦。

 

「はぁ、一人って久々だなぁ……」

 

 最近は誰かしらが一緒に観戦することが多かったからこそそういう感想にもなり、心なしか心音がやけに強く聞こえてくる。控え室でも地下バ場でもパドックでも、問題はないように見えた。仕上がりも良い、差し込みとしてしっかり風格も出てきた。

 ここで勝って、調子よく弥生賞に出走したいとこだけど……。

 

「タマちゃん……」

 

 弥生賞も含めて、この時期のレースは私にとっては嫌な“ジンクス”もある。

 

『曇天の空、京都競バ場芝2000、バ場は良となっています』

 

 一瞬だけ目が合ったタマちゃんが、私に笑顔を向けてきた。曇天の空に見えない太陽のようなその笑顔に、私も精一杯の笑顔で返す。見えたかはわからないけれど、タマちゃんはそのままゲートへと向かっていく。

 

『二番人気は4番タマモクロス。自慢の末脚に期待です』

 

 いつも通りなら、負けない。

 

『ゲートイン。各ウマ娘体勢整いました』

 

 両手をグッと握り締める。

 この時期になって再び悪夢を見るようになったので少しばかり隈もあるけれど、問題はないはずだと、私は大型映像ディスプレイ装置(ターフビジョン)に視線を向けてタマちゃんを確認。自信溢れる表情、バ場不良だとしても問題はないはず。

 京都競バ場の三面マルチ・ターフビジョンはウマ娘たちを映す。

 

『今出走です。ゲートが開き駆け出すウマ娘たち、出遅れはなしです』

 

 走り出したウマ娘たち。出遅れの子もおらずスムーズに列を成すが、タマちゃんは中位差しらしく上手く中段に位置する。

 少なからず安心したけれど、ターフビジョンに映る端を行くウマ娘は少しばかり掛かり気味に思えた。私にとっては、なんでも良いことだ。あのペースで最後まで走ったとしても、タマちゃんの末脚ならば十分捉えきれる。

 

「ん、まずい……」

『一番人気タマモクロス。この位置はどうか!』

 

 ―――集団に飲まれた。まだ1000もいってないし、このあと抜け出せればなんでも良い。

 

 そんな風に、楽観的に思ってしまった。タマちゃんの自信溢れる走りを見ているうちに忘れた不安、今日は安眠できれば良いななんて軽く思いながら、今回のレースでタマちゃんが敗北するビジョンなんてまるで見えていなかった。

 だからこそ、第三コーナーに差し掛かってタマちゃんが揉まれていた集団が徐々に瓦解していくのに、安心感を覚える。

 

『タマモクロス抜け出すか!?』

「タマちゃん……!」

 

 第4コーナーにかかった。その瞬間―――タマちゃんの前の前にいたウマ娘が、“体勢を崩す”。

 

「っ!」

 

 悲鳴にならないような、息が詰まるような声が喉から鳴る。スローモーションの如くゆっくりと景色が動いていく。時速60キロを超える速度で走るウマ娘の転倒は、“ヒト”のそれとはわけが違う。

 

「ぁっ……」

 

 声にならない声、しかしそれでも……事象は変わらない。

 転倒するウマ娘、それに続いてタマちゃんの前のウマ娘もまた転倒、そしてタマちゃんは横に避けようにもそこにいたウマ娘にぶつかるわけにもいかず、ブレーキをかけるが……。

 

 ―――タマちゃんっ!

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 私、ナリタブライアンはトレセン学園のトレーナー室にいる。もちろん担当トレーナーであるクロネのだ。自家栽培の枝をくわえて、腕を組んだままテレビから視線をそらさないようにする。

 

 そんな私の隣にはライスとブルボン、向かいにはタキオンとカフェ。安定のチームアンタレスで固まって、またライスたちもテレビに釘付け。

 レース序盤の展開からタマモが囲まれた時は、ライスが『わわっ』と焦った様子を見せていたが、半分も来て他が落ちてくると全員の理解は一致した。

 

 今の白い稲妻(タマモクロス)の敵ではないと……。

 

「抜け出せさえすれば終わりだねぇ」

「タマモさんのスピードであれば、ですが……」

 

 だが、第4コーナーに入ったその瞬間、タマモの二つ前を走るウマ娘に―――異変。

 

「まずいっ!」

 

 横は塞がれている。あと数分でも仕掛け方やら落ち方が変わっていればともかく、などと言っても仕方が無い。だがそう思わずにいられない。

 

 異変が起きたウマ娘が―――転倒。

 

 さらにそれに巻き込まれてタマモの前のウマ娘も転倒し、それに巻き込まれる形で、タマモも……。

 

「タマモさんっ!」

 

 テレビに思わず叫ぶライス。ブルボンもカフェもタキオンも、驚愕を顔に出している。おそらく私もだろう。

 

「ど、どうしようっ、た、タマモさんっ」

「落ち着いてくださいライスさん」

 

 こちらだけでなく、実況も混乱しているようだった。

 深く深呼吸をして成り行きを見守る。否、見守るしかない―――今は。

 

『1番、3番、4番、6番が転倒! 転倒です! 以上のウマ娘たちは競争中止となります!』

 

 レース中断、とはならないだろう。そのまま疾走するウマ娘とてもちろん存在するからだ。しかし、私たちの心境としては、もはやレースの一位などに構っていられるものでもない。

 実況は声こそ上擦っていたりもするが、着順を発表。

 

『波乱の展開、ウマ娘たちの安否が懸念されます!』

『誰かのトレーナーでしょうか、駆け寄ってますね』

「トレーナーくんかなぁ」

「そう、でしょうね」

 

 おそらくそうだろうが、カメラはそちらを映すことも無い。クロネは目立つことを嫌うタイプではあるので良いことではあるが、いざとなればそういうところに躊躇はないだろう。

 連絡待ち、それ以外に方法もない。

 

「マルゼン、頼んだ……」

 

 少しばかり身体の力を抜いて、背もたれに身体を預けた。口から枝が落ちる。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 地下バ道で、担架に乗せて運ばれるタマちゃんが痛みに顔を歪めながらも、痛々しく笑う。

 

「だい、じょぶやって……大げさな、やっちゃなぁ」

 

 私はその担架の横を走りながら、そんなタマちゃんを見ていることしかできない。走ってタマちゃんたちの傍に寄った限り、一人を除いてそれほど大きな怪我もなさそう。タマちゃんは全身打撲“程度”で済むはずだ。

 ―――だから落ち着け。落ち着け。

 

 地下バ道から通路へと入り、その途中の自動ドアへとタマちゃんを乗せた担架が

 

「ここから先は処置室になりますんで、トレーナーさん方はこちらで待機を!」

「は、はいっ!」

 

 運ばれるウマ娘たち四人、タマちゃんは最後に運ばれて私が立ち入ることのできない部屋へと入れられる。半年やら走れなくなるような大きな怪我ではないはず、怪我のことならある程度はわかる。だから大丈夫なはずだ。

 目の前には閉まった扉、ここで待つしか選択肢はない。

 私はやれることしかできない。間違ったことはしていない……あの時とは、違う。

 

「っ、だ、大丈夫よねっ」

「頼むっ」

「……」

 

 他のトレーナーたちも焦っている表情だった。

 大丈夫、私はウマ娘、走っていた身、大丈夫だってわかるはず。だからあとは任せて……。

 

「っ」

 

 瞬間、脚の力が抜けて、廊下の上にペタンと座り込んでしまう。

 安心しすぎちゃったのかもしれないと、思ったが視界が歪む。悪い展開だけを考えてしまう。暗い未来ばかりを想像してしまう。その“過去”を連想してしまう。次の弥生賞、出れるはずもないのに―――脳裏に浮かぶはあの記憶(痛み)

 動悸が早くなり、呼吸も同じく、速くなっていく。

 

「はっ―――っ、はぁっ―――」

 

 ―――過呼吸症候群。

 

 まずいと思うが、袋なんてあるわけもないし今の私に取り出す余裕もなく、周囲のトレーナー三人が私に気づくが袋を取り出す余裕もないだろう。

 喉から枯れたような声で呼吸が繰り返される。意識が朦朧としていき、私の尻尾が床を叩く音がする。

 ただその中、歩く音が聞こえた。

 

「クロ……!」

「ヒュっ―――はっ―――」

 

 幻聴かと思ったけど、目の前に現れた“女”が床に膝をつくと、私の頬に手を添える。長い指が私の横髪をわずかに掻き分けて、後頭部へと流れていけばその左手が頭を押さえるような形に、もう一方の右手が私の頬に添えられた。歪んだ視界に映るのは、翠色の瞳。

 短く、速いペースで繰り返す呼吸が、収まる。呼吸が“しにくくなる”。

 

「んっ―――はぁっ―――っ」

 

 過呼吸のときの対処法としては、二酸化炭素濃度が高い空気を吸わせる必要がある。だからこそ袋をかぶったり等の対処法が存在するけれど、持ってない今“彼女”がしたのは―――。

 

「ふっ―――」

 

 “彼女自身”でだ。座り込んでいる私の頭を押さえ、自らの口を開いて私の口に当てて空気を閉じ込める。文字通り二酸化炭素濃度が濃い空気に、私の呼吸は徐々に平常を取り戻す。

 戻ってるのに気づいていないのか、彼女はまだ口を離さない。そして私も、まだ冷静さを取り戻せてはいないのか押しのけるのではなく、彼女の背に手を回して“引き離そう”とするが、力はこめられずに軽く掻く程度しかできない。

 すると、気づいたのか、彼女の翠色の瞳が離れていく。

 

「クロ、ネ……」

 

 目の前の彼女は私を本気で心配しているんだろう、じっと私の顔を見ている。助けてくれたことには感謝したい……。

 先ほどとは違う、呼吸のしにくさからくる荒い呼吸。口の端の涎を服の袖でぬぐう。

 

「……少しいい?」

 

 そう言うと彼女は私をお姫様抱っこで抱え上げる。

 

「ま、待って、タマちゃんがっ」

「わかってるわよ」

 

 彼女は私をすぐ傍のロビーチェアに降ろすと横に座った。過呼吸が収まったおかげか、冷静になれた理由があるからか、先ほどよりも不安感は薄れている。

 なぜ“彼女”がここにいるかはわからないが、それでもこの安心感の一端を担っているのは確かだ。

 

「待ちましょう。私の目で見ても、そこまで重いものでもないわ」

 

 小声で言うのは、おそらく軽くないウマ娘がいるから他のトレーナーに気を遣っているのだろう。

 彼女の言葉でようやく私は私で、頭が冷えてきたのか客観的にタマちゃんのことを思い出すが、やはり全身打撲確定、全治2ヶ月かそこらだと思う。

 

「大丈夫?」

「大丈夫、ではない、けど……」

「そ、ならバッチグーね」

 

 バッチグーではないとは思う、けど?

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 トレセン学園のとある一室。テレビを前にソファに座る私、オグリキャップ。

 そわそわと歩き回るのはスーパークリーク。サクラチヨノオー、ヤエノムテキ、メジロアルダンも驚いたような表情をしている。

 先ほど、タマが転倒してからずっとこの空気。

 

「……大丈夫だクリーク。クロネもいる」

「それに、骨折するような転倒にも見えませんでした」

 

 私の言葉に、アルダンが頷いて同意する。根拠はないが、クリークに落ち着いてもらわなければ、チヨノオーたちも落ち着かない。

 

「はい。タマちゃんなら、大丈夫ですよねっ」

 

 相変わらずの不安そうな顔で頷いたクリークがソファに座る。ヤエノもどこか緊張した表情なのは、やはり知り合いの事故というものを見たから、なんだろう。

 ベルノがいればもっと大騒ぎだっただろう、少し心配だな。

 

「しかし、ああなっては回避のしようがありませんね」

 

 ヤエノの言葉に頷く面々。すると突然、チヨノオーがテーブルを叩くようにして立ち上がる。

 

「思い出した……!」

「チヨノオーちゃん?」

 

 クリークが声をかけるが、その声は今のチヨノオーには届いていないようだった、

 

「思い出しましたっ……クロネさんっ……!」

 

 ―――む、このままでは私の耳にできたイカが干物にされてしまう!

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 まぁ感謝はしている。しているけれど、乙女のファーストキスをこんなところで使用するとは思わず私としては物言いがある。しかもトレーナー三人の前で……おいこら、見世物じゃねーぞ。

 でも、確かにさっきのは危なかった。いや……。

 

「ねぇ、袋ぐらい、もらえなかった?」

「あ~もらえた、かもね」

 

 さてはクールな顔して焦ってたな。

 

「私のファーストキスを……」

「あら奇遇、私も初チュー」

 

 なんか一気にこっちが罪悪感。

 

「……ありがと、マルゼンスキー」

「どういたしまして、クロネ」

 

 “あの頃”とは違う二人。違う環境。

 静かに息をついて壁によりかかり、私は処置室のほうに視線を向けるも、すぐにマルゼンスキーへと視線を戻す。

 

「ところで、なんでこっちに?」

「……嫌な予感してたからって言ったら、信じる?」

 

 一緒に来ていたけど、あえて言わなかったのは余計な心配をかけまいとしたからだろう。

 

「ありがたいけど嫌な話だね……」

 

 そう言うとマルゼンスキーは―――珍しく、苦い顔をして笑った。

 

 

 




あとがき

史実通りの落馬(転倒)イベント
時期は違うけど……

ちゃんとシリアス、と思ったら耐えられずにギャグ
マルゼンスキーが凄いことしたけど、(ウマ娘は)誰も見てないのでセーフ
ちなみに過呼吸がこれで治るのかは知らない。フィクションだからよし!

次回もシリアスだろうなぁ、とはいえお楽しみいただければ僥倖でございます
ではまた次回ー
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