ノンケウマ娘を狂わせるウマ娘(トレーナー)の日々 作:樽薫る
私ことクロネはマルゼンスキーと共に、処置室の前で待っていた。
一応、スマホのメッセージでブライアンたちには説明はしたけれど、まだ診断の結果が確定で知らされたわけじゃないし、結果が出てからまたと言うことでやりとりは中断している。
そわそわしながら待っていると、処置室の扉が開く。他のトレーナーさんたちが立ち上がるように私も立ち上がれば、そこから出てくるのは包帯やシップ、絆創膏を張ったタマちゃん。
ハッ、としてそちらに近づく。
「だ、大丈夫タマちゃん!?」
「心配しすぎやって、これも大袈裟やし……」
少しばかり脚を引きずってるようで、近づく。
「ほら、大丈夫じゃないって」
「大丈夫やって」
そんな水掛け論が始まりそうになった時、看護師さんが間に入る。
「一応、三週間は安静にお願いします」
「三週間、ですか……」
弥生賞は見送るのが吉、だろう。看護師さんは一礼をすると、一人のトレーナーさんを呼んでそのトレーナーさんと共に処置室へと入っていった。残された二人のトレーナーは再びロビーチェアに腰を下ろすが、処置室の中からは先ほどのトレーナーさんの悲痛な声が聞こえてくる。
空気が重いのは、当然。私は先ほどのマルゼンスキーの如く、タマちゃんを抱える。
「なっ、やめぇや恥ずかしぃっ!」
「とりあえず控え室向かおうか」
なんだかんだで危ないからか、暴れることはないタマちゃんをそのままに歩き出すと、マルゼンスキーが隣を歩く。
「そうねぇ~タマモちゃん、暴れたらめっ、よ?」
「てかなんでマルゼンスキーおるんや!?」
「細かいことは気にしないの~モテモテギャルになれないわよ?」
「別になりたないわ!」
私の腕の中で叫ぶタマちゃん。
そのまま、それほど離れていなかった控え室に入って、椅子にタマちゃんをゆっくり降ろすが赤い顔で不満そうに私を睨む。いつもならば『かわいいやんけ』ぐらい思うんだろうけれど、今はそれどころじゃない。
―――言え。タマちゃんは痛々しい姿をしているけれど、それでも“走れる”んだから!
「すまん、心配かけた……」
先に口を開いたのは、タマちゃんだった。
「ううん、三週間は安静だから……」
「せやな弥生賞は無理やろ」
わかってくれているようで私は、一安心するように息をつきタマちゃんの向かいに椅子を持ってきて座る。再び、深く深呼吸をしてしっかりとタマちゃんの目を見た。言いたいことは理解しているつもりだ。だからこそハッキリと口にして……。
「ううん、今年の重賞は全て諦めてもらう」
―――その願いを断つ。
◆◇◆◇◆◇
ウチが全身打撲で済んでまだ良かったと思ったのも束の間。弥生賞は諦めろ言われるのは覚悟した。
皐月賞やダービーもや、それでも……。
「今年の重賞を全部?」
「そう、全部」
その言葉の意味を、噛み締める。ウチはそっと自身の身体を見て、脚に触れた。力をこめるとその分の痛みが伝わってウチは顔をしかめる。
折れてはないはずや、この後に東京の病院行くって言うてて、それでも大丈夫なはずや。
「タマちゃん、痛い?」
「痛くない、わけやないけど……大丈夫やって、さっさと治してレースに」
「っ!」
雰囲気で、察した。たぶん、ウチのその言葉にも答えは否や。
「しばらく、レースも出ないほうがいい、と思う」
「治ってもか?」
前髪から覗く瞳は、真剣そのもの。
「理由、あるんやろ」
「っ……タマちゃん、たぶん、今までと同じ走り、できないから」
よくはわからんけど、頷く。
クロネが言うからにはそうなんやろうと納得するウチがいる。クロネがどういうウマ娘としての道を歩んできて、どういうレースをしてきて、どういう挫折をしたか知らない。今ほど知りたいと思ったこともない。それでも今は納得する―――させる。
だからウチは、見たこと無いぐらい顔を“強張らせる”クロネに頷く。
そんなこと微塵も感じさせないはずやのに……。
「ほな、帰ろか」
―――今にも、泣き出しそうに見えたから。
◆◇◆◇◆◇
東京へと戻り、私はさっそくタマちゃんを病院に連れて行く。結果、“無事”に全身打撲と判明した。タマちゃんを門限ギリギリぐらいに寮まで送り届けてから、私はトレーナー室へと辿り着く。
当然だけど、口数が少なかったタマちゃん。私もマルゼンスキーも一緒だったけれど、それほど言葉を交える事なく……。
―――だったんだけど。
「なんでついてくるのマルゼンスキー」
「カイデーなパイオツに聴いてみなさい」
「素直に胸って言いなよぉ」
そう言うマルゼンスキーと共に、トレーナー室へと入った私は、カバンをテーブルに置くとそのままソファに座って、天井を見上げた。
立っているマルゼンスキーに、座れば? と声をかけるけど顎に人差し指を当ててわざとらしく悩む様子を見せた後に、頷いて口を開く。
「泣かなかったのね」
「泣きたいのは、タマちゃんのほうでしょ、“夢を断った”私が泣く資格なんて、ないよ……」
「……メンドーな性格してるわねぇ。あんまり真面目にやってると馬鹿みちゃうわよ?」
そう言って笑うマルゼンスキー、私は両膝の上で握った拳にグッと力をこめる。でないと引っ込めていた涙が戻ってきてしまいそうで……。
天井を見上げていれば少しはマシになる。明日になったら、タマちゃんのことだからいつも通りで接してくれるんだろうけれど……。
「きっとタマモちゃんはいつも通りだろうから、貴女もいつも通り、ね?」
「わかってるよ。たぶん」
「いっそ泣いちゃった方が楽なのに、タマモちゃんの前じゃないんだし」
「それでも、泣くわけにいかないでしょ?」
そういった瞬間、景色がグルッと回りだす。また過呼吸とかその手の症状でも出たかと思ったけど、次の瞬間に目の前には―――マルゼンスキー。
ソファで横になっている私に、覆いかぶさっているマルゼンスキー。至近距離でその顔を見るのは何回目だろうか、なんて冷静になれたら……良かったんだけど。
―――私にそんな余裕はない!
「なっ、なに!? ふぁ、ファーストキスに飽きたらずバージンまでもってく気ですか!?」
「嫌よ。別に貴女のことそういう意味で好きなわけじゃないし」
―――チューしたくせに!? いや医療的措置かもしれんけど!
「……泣かせるわよ?」
「横暴が過ぎる! な、なんで!?」
「泣きたいのに、泣きそうな顔してるのに我慢するからじゃないの……昔からそうよね」
「いやいや、でもやりかたってもんがあるでしょ!?」
顔が熱くなっていくのは、慣れたマルゼンスキー相手だろうとその綺麗な顔が違いからで、良い匂いもするし……。
―――いや、私はノンケだけどね!?
「て、てかマルゼンスキーまで赤くならないでくれる!?」
「確かに別のやりかたあったわよねって」
「いまさら!? 見切り発車やめなよ!」
「ファーストキスあんなんだったし、ちゃんとしとく?」
「しないよ! ノーカンってことならともかく!」
これマルゼンスキーもだいぶ焦ってるな。
「とりあえず、は、早く退いてよっ」
「……泣きなさいよ」
ジトとした目で見てくるのは、たぶん後に引けなくなった奴。
こういう子供っぽいところもあるんだからもうちょっとみんなに見せてあげれば良いのにとも思う。せっかくの現役なんだからもっとはっちゃけても許されるでしょうに……。
そうしていると、マルゼンスキーの顔が近づいてくる。
「へっ!? ま、マジでマルゼンスキーそっちに目覚めた!?」
「何年貴女といても目覚めなかったんだから今更、そんなわけないでしょ」
「顔は近づいてきてますが!?」
てか私といてってなに!?
「貴女、香水とか使った?」
「な、ないないないって、マルゼンスキーが一番知ってるでしょ?」
「……なんか、甘い匂いするわね」
―――く、首元を嗅がれるの一番嫌なんですけど!?
ひとしきりクンクンと匂いをかがれて、私は顔が真っ赤になるし羞恥心から涙目になってきた。マジでこのままでは泣かされる。マルゼンスキーじゃなきゃ啼かされる覚悟もしなきゃいけないとこだった。
ソファに横になる私の両足の間から、その上に覆いかぶさるマルゼンスキーは私の首元に顔を近づけさせてて、コレ“完全に挿ってるよね”って言われる奴!
「ちょ、ほんと嗅ぐのやめっ」
「甘いのかしら……」
「だ、だから駄目だってっ……ひゃんっ」
「っ!?」
バッと、少しばかり離れるマルゼンスキーの、その顔が眼前にある。私は思わず出た声の羞恥もあり、口を押さえてマルゼンスキーを睨む。
たぶんマルゼンスキーにとっても予想外で、本当に珍しく真っ赤だ。
「可愛い顔して、睨まないでよっ」
「かわっ、そ、そうじゃなくて、なんでっ……な、舐めなく、てもっ」
「甘い匂いしてたから、つい?」
「ついじゃないよ!?」
なんだか熱くなってきたと、マルゼンスキーをどかそうとするも……。
「と、とりあえず泣きなさいよ」
「もう無理でしょこの空気!」
マルゼンスキーが何かを言おうとする―――瞬間、扉が開かれた。
「衝撃! クロネトレ―――」
「泣かせるわよ?」
扉が開く音がしたのは理解したので、私は視線をそちらに動かす。
開かれた扉、そこに立っているのは小さな姿。秋川やよい理事長とたづなさん。固まっている二人。もちろん固まっているマルゼンスキー、なぜだか私だけが自由。自由の翼。
あー……、となにか言葉を紡ごうとするも、その前にギギギ……と音を鳴らしてマルゼンスキーがそちらを向く。
「交合! こいつらうまぴょいしたんだ!」
―――うまぴょい言うな。
あとがき
ちょっと短いけどマルゼンスキー暴走回、珍しい
カフェ暴走より珍しい
やはり真面目パート不評っぽいかもしれない
まだ何箇所か山場あるけどもー
それじゃまた次回お楽しみいただければー