ノンケウマ娘を狂わせるウマ娘(トレーナー)の日々 作:樽薫る
あの翌日、朝。
目覚めると同時に、
スマホで時刻を確認して、お弁当でも作るかと立ち上がって身体を伸ばすなり、柔軟もしようと両腕を背中のほうに寄せた。胸が少しばかり苦しいが大丈夫だろうと、さらに背中に腕を回したその瞬間。
―――バツンッ、と音がして胸がやけに重く感じる。
「長いこと使ってるししょうがないけど……ブラ買うの、大変なんだよなぁ」
ため息と共に、朝が始まった。
昨夜、マルゼンスキーとの“別にやましいことなど一切無い”現場を誤認された理事長とたづなさんを正当な理由があったと納得させるのは大変だった。詳しい内容を言うわけにもいかないし、理由も詳細に答えるのも、内容が内容だったからできない。故に、適当に説明するのには30分ほどを要した。
幼い理事長には刺激がすぎる体勢でした。はい……それとたづなさんはニコニコ笑いながら“今後は私もアグレッシブに行きます”とか言ってた。
もしや今度なにかあったら私吊るされます? 処刑ですかギロチンですか? ギロチンの鈴の音が聞こえるぅ!
お弁当、私と担当ウマ娘たちの計7個を持った私はビジネスコートとマフラーで防寒対策を装備し、アパートを出て通勤路を行く。
「ふぁ~」
眠い―――結局、昨日は寝るまで時間が掛かったし、朝も思ったより早く起きてしまった。
眠気を殺すためにフリスクを適当に4粒ほど口内に突っ込み歩き出す。口内がスースーとしだして少しばかり眠気が飛んだ気がするけれど一時的なものだろう。
口といえば昨日の“アレ”が頭を過ぎり私は頭を左右に振るってその回想を振り切る。
「……」
「なに物憂げな表情で唇に触れてるんですかクロネさん?」
「ぴゃあっ!? たたた、たづなさん!?」
くそっ、いつのまにか学園まで辿り着いてた!
思わず目を逸らすけれど、たづなさんは至近距離まで近づいてくる。顔が近い。
―――昨日の今日だから女の人相手なのに意識してしまう! 私はノンケなのにっ!
「……っ」
「やっぱりなにか、あったんですか?」
「ファっ!? ななな、なにもないですけど!?」
「……まぁなんでもいいんですが」
「良いならその、お尻撫でるのやめてくれます?」
「すみません、だらしねぇお尻が魅力的だったもので」
おうディスか!? ディスってんのか!?
「牝牛のようですね」
「喧嘩売ってんですか!?」
「褒めてるんですけれど……?」
その『なに言ってるの?』みたいな顔するのやめてくださる!?
扱いに納得のいかない私ではあるが、慣れたことなので別段気にもせずにたづなさんに手を振って別れ歩いていく、道中でふと昨日ぶりな後姿を見かけて軽く駆ける。
近づくと、気配でも感じたのか私のほうを向いた“タマちゃん”。
「おはよう、タマチャン」
「ん、おはようさん」
いつも通りに笑う“包帯をした”タマちゃんに、私も笑顔で返す。隣のオグリとクリークちゃんにも軽く挨拶をして、持っていたカバンからお弁当を取り出した。
その一つを、タマちゃんに渡すとタマちゃんは受け取って頷く。
「ありがとな」
「ううん、それじゃ今日はゆっくり、ね?」
「ん、ありがとな!」
そのまま歩いていくタマちゃんたち。
「タマ、私にも一口くれ」
「アホか、一口で全部平らげるやろ」
「……」
「否定せぇや!?」
「ふふふっ、オグリちゃん、今度は私がお弁当作ってきてあげますねぇ~」
去っていく三人の背を見送って、私は軽く頷く。とりあえ緊張も露骨な違和感もなく、無事にお弁当は渡せたので安心して私はトレーナー室へと向かうことにする。
たまたまタマちゃんを見つけたけれどお弁当を渡したけれど、基本的に私は取りに来るのを待つスタイルだ。滅多なことが無い限り学級がある棟へは向かわない。
トレーナー室へと入り、テーブルにカバンを置くとエアコンをつけてマフラーとコートを掛ける。
とりあえずやるべきことは、タマちゃんの今後のリハビリメニューと、その後のトレーニングメニューにレーススケジュールの確認。今年度は無理と見積もっておいた方が精神的に良い。
パソコンの前に座って立ち上げると素早く、頭の中にまとめたことを入力していく。非常に眠くなる作業だけれど、今日中に終わらせて他にもやることはある。
「……タマちゃんも頑張ってるよね」
―――私も頑張らなきゃ!
◆◇◆◇◆◇
昼休み。
私は食堂で食事を終えて廊下を歩いていた。この後は軽く走って時間をつぶしてから、さらに翌時間の体育に備えて……走り込みね。
なんて思いながら歩いていると、ふと見知った顔がこちらにやってくる。
「スズカ! サイレンススズカ!」
なぜだか倒置法でフルネームを呼ぶ友人。
「エアグルーヴ、どうしたの?」
なぜだかいつもと雰囲気が違う気がするトレセン学園副会長ことエアグルーヴは、私の前でピタッと止まる。なぜだか必死に見える……というより必死。
周囲を見渡して舌打ちをすると『たわけぇ』なんて呟いている。
「えっと、どうしたの?」
「この辺りにスケベはいなかったか?」
「ちょっと待って?」
頭の中でエアグルーヴの言葉を反芻。
「……なんて?」
「この辺りにスケベは」
「見てないわね」
ちょっとなに言ってるかわからない。
「そうだ、スズカは知らないかもしれないな、たわけを」
―――どういうことなの?
「猫背で挙動不審でお尻とおっぱいがムッチムチで全身柔らかそうな、ウマ娘を駄目にするクッションみたいなスケベウマ娘だ」
「なんでそんなに具体的なの……!?」
それにとてもエアグルーヴの口から出てくるとは思えない言葉の数々。もはや異国の言葉なのかもしれない。私の頭はショート寸前、今すぐ全て忘れて走り出したい。
ふと意識が飛びそうになるものの、私はエアグルーヴがなにかを探しているのを見る。どうしたのだろうと思っていると、エアグルーヴが懐から取り出したのは一枚の写真。
―――水着のウマ娘。これは……。
「ドスケ―――こほん。へぇ、かわいいわね」
―――セーフ。
「でもその、知らないわ」
「そうか、ありがとう……」
それだけ言うと、エアグルーヴが近くの“二人組の二年生”の下へと歩いていく。なにがなんだかわからないし、エアグルーヴはあのウマ娘とはどういう関係なのか、とか疑問は絶えないけれど、そんなモヤモヤした思いも走ればきっとなくなる。
私はエアグルーヴに背を向けて……。
「すまない、猫背で挙動不審でお尻とおっぱいがムッチムチで全身柔らかそうな、ウマ娘を駄目にするクッションみたいなスケベウマ娘を見なかったか」
「そんなドスケベウマ娘、クロネトレーナーしかいないよね?」
「クロネトレーナーならあっちにいましたよ」
「助かる!」
―――ウソでしょ……共通言語……?
◆◇◆◇◆◇
放課後……。
私ことクロネは、ジャージ姿でトレーニングコースにいた。
なんとか欠伸を噛み殺して、バインダーに挟んだ紙にデータを書き込んでいく。その視線の先には併走トレーニングに勤しむブルボンとライスとカフェ。
ブライアンはどうやら生徒会の仕事らしくて、タキオンは私から離れた場所で三人のデータを取っている。
「そういえば、あれなんだったんだろう」
昼休み、私がちょっとした用事があってシチーちゃんのところを訪ねてから、自分のトレーナー室に帰る道中でエアグルーヴちゃんが走ってきたのだ。かなり探したようで必死の形相だったから、なにか怒られるのかと思ったらシンプルに『昨日マルゼンスキーとうまぴょいしたのか!?』とか聞かれた。
―――うまぴょい言うな。というかしてない!
私の必死の弁解で理解はしてくれたのか退いたエアグルーヴちゃん。ちなみになぜか今度、お弁当を作るときはエアグルーヴちゃんの分も作ることになった。これ私、料理どんどん上手くなってお店とかつくれちゃうんじゃない?
そんなことを思いながらストップウォッチでラップタイムを確認しながら併走を見ていると、誰かが近づいてくる気配を感じた。
「すみません!」
「わひゃっ!」
気配は感じてたのに、大声で挨拶されて驚く。
慌てながらもそちらを見れば、そこには大人の女性。長い茶髪を後ろで一纏めにしている綺麗な女の人は、メモ帳とボールペンを持ってそこに立っている。おそらく記者かなにか。ウマ娘じゃない、ていうかどっかで見た気が……そうだ前に理子ちゃんと葵ちゃんといたときに、あの時はシービーちゃんが私を……。
「トレーナーの方ですよね? 私、乙名史悦子と申します!」
「と、トレーナーの、クロネです……」
この感じだと取材だなと察っし、そこで私は身震いする。
―――私に? ひぇっ、こ、こわい!
「ウマ娘でトレーナー……ん?」
記者さんこと乙名史さんが私の顔を見て、小首をかしげた。
「クロ……ネ……さん」
「はい?」
乙名史さんはハッとして口を開く。
「もしかして貴女っ!」
―――あ、これはヤバいな。
◆◇◆◇◆◇
今日は練習はないからゆっくりしろってウチのトレーナーことクロネに言われた……とは言うても、やることもあんまない。オグリもクリークもイナリもトレーニングやし、暇すぎてしゃあない。
暇ほど毒なもんはないって言葉もあるし、なんか軽いトレーニングでもできんかと思ってジムのほうへと歩いてたら、見慣れた金髪がウチの前に現れた。
―――クロネぇ、抜け目ないやんけ。
「タマモ先輩、絶対やるって言ってました」
「シチー、ちょっとはウチの気持ちもわかったってくれへん?」
「気持ちは、わからないでもないですけど」
ゴールドシチーの情に訴えかけてみるけど、駄目そうや。
「クロネ先輩が昼休みわざわざ会って頼みにきたんですよ。タマモ先輩が絶対トレーニングしようとするって」
「ぐっ、読まれとったかぁ」
甘く見てたなと反省する反面、わざわざシチーに頼むようなことかとも思う。別に良い悪いの話やなくてシンプルにそこまでする理由が見つからんというか、骨折したわけでもないし別に軽いトレーニングぐらいなら、と思ってしまう。
二人で近くの自販機で飲み物を買ってベンチに座る。
「丁度トレーニング休みだったんで引き受けたんですよ。タマモ先輩の暇つぶしに付き合ってあげてって」
「……過保護やなぁ」
肩をすくめて笑うと、シチーも笑って応える。
「それだけ心配してるんですよ。自分みたいにならな―――っ」
「……待て待て待て、シチーなんて?」
―――なんて言うた? 自分みたいにならないように?
「知っとるんか? クロネのこと」
「……た、たまたま、仕事してる人がクロネ先輩の、昔の」
「そうか」
静かに、息をつく。
「……調べたんか?」
「ううん、聞いただけ、たぶん調べても大した情報ないらしいよ」
「そっか」
運が良いんか悪いんか、こんな身近にクロネを知ってる奴。たぶんマルゼンスキーやクロネ本人は何も話してくれんやろし、大したお膳立てやなと思う。神様も憎いことをする。
「教えてくれへんか、あいつの、クロネこと……」
「……うん」
頷いたシチーが、缶ジュースを一口飲んで少し斜め上に視線を向けた。
「話すよ。クロネ先輩、ううん本当の名前―――」
――すまんなクロネ。聞かせてもらうで。
◆◇◆◇◆◇
―――どこ行っちゃったのよ!
アタシは乙名史悦子ことえっちゃんを探して校内を走っていた。静かに兼危険がないようにと思うとそれほど速度も出せない。
取材に来るって言うのは聞いたのだけれど、警備員さんが普通に好きに見回って良いと言って通してしまったらしい……今はアタシのほかにシービーちゃんを動員しているのだけれど、やはり見つかりそうもなかった。
―――えっちゃんのことだから、クロネにも気づきかねない。
「もぉ、まいっちんぐなんだからっ」
ということで、クロネの方に行くようシービーちゃんにはお願いした。その前にえっちゃんを見つけようと校内を駆けていると、誰かとぶつかりそうになる。
即座に急ブレーキをかけて止まると、目の前には―――。
「っと、チヨちゃんごめんなさいっ、怪我はない!?」
「あ、だ、大丈夫です!」
目の前にはサクラチヨノオーちゃん。ぶつかってもないしこけてもいないようだったので、アタシは胸をなでおろす。
「なら良かったわ。それじゃあアタシは」
「その、マルゼンさんっ!」
珍しい声音に、チヨちゃんの方を向いて止まる。
なにかを言おうとしているけれど、言い辛そう。急いでいるのも確かだけれど、チヨちゃんを放って置くわけにもいかないので、軽く頭を撫でて笑顔を向ける。
「どうしたの?」
「す、すみません、でもどうしても聞きたくて」
グッと拳を握り締めたチヨちゃんがアタシを見上げた。
「クロネさん、なんですけど」
「……クロネ?」
妙な感覚がする。それと共になんとなく、察してしまった。
「もしかして、クロネさんって、クロネさんの名前って―――」
―――やっぱり、隠しきれるわけ、ないわよね。
◆◇◆◇◆◇
真紅の閃光を決して逃さぬ漆黒の影。
故に閃光の先にその影は無く、閃光奔ればその影にただ一度の勝利もなし。
しかして影は、その閃光を逃さなかった―――ただ、一度を除いて。
閃光無ければ最速と呼ばれた“漆黒の影”。
―――クロノネクサス。
あとがき
名前が出た。オリジナルなんでこっからなんやかんや
次回は軽く過去の話に触れて、あんま長々とやらないつもりなんでさらっと
そしてスズカ初登場にしておおよその立ち位置は決まるという
クロネの扱いがどこぞのマタギ状態
それでは次回もお楽しみいただければー