ストリップ・アイドル・ユニット:TRK26 <<pure!?>> NEVER-END...   作:添牙いろは

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26話 優加安里

 そこは、駐車禁止であるがゆえに。

 空の光が闇の街を照らすには、もうしばらく時間がかかる。暗く沈んだ新宿両国通りに車は数えるほどしか走っていない。無人の横断歩道の手前、その一台は赤信号の下で停車した。が、わずかなその隙に――

「帰りは、駅前のロータリーで」

 夜空のように暗いスーツの男は運転手にそう告げると、出てきた後部扉を力強く閉める。信号が青に変わった。走り去っていくテールランプを少し眺めてから、男はスッと歩道に足を踏み入れる。

 振り返れば、四車線の向こう岸に架かるのは朱色のアーチ。新歌舞伎町――かつて、希望によって(いざな)われ、裏切りによって絶望した古傷。その目と鼻の先に最後の可能性を遺したのはただの未練だったのかもしれない。憎んでも憎みきれず、吹き消すことさえできなかった蝋燭の灯を、無責任に押し付けただけの。

 それは、未だここにある。

 ゆえに、男はここに来た。

 しかし。

「――ここに、()はいませんよ」

闇深く、小さな光が点々とするだけの夜の中に怪しく響く女の声。非合法な客引き――街の内側の混沌とした秩序にさえ適合できない、正規の国籍を持たぬ者たち――その男は、そんな女たちと向き合ってきた。国内外問わず。

 ゆえに、男は訝しむ。その滑舌は明らかに日本国内に長く滞在してきた者のものであり――何より、対価を求める誘い文句ではない。その言葉は、確かな調査によって裏付けされたもの。長期にわたる観察と、そこから導き出された推測によって。

 男は警戒を解くことなく、視線だけを静かに向ける。その先には車道と歩道を隔てるガードレールが延々と続き、その上に、女がひとり――両耳の下で束ねた二房の髪をゆったりと夜風に揺らしていた。男が自分につま先を向けたのを見て、女は細い座席からひょいと飛び降りる。長袖のワンピース――膝下の丈をひらりと翻して。

 アスファルトに下り立つも、女は言葉を続けない。自分が何者で、何をしているのかを明かすことなく。だが、男にも続く言葉は必要なかった。ひと目で、彼はすべてを察する。彼女は彼を熟知しており、対して、彼は彼女のことを何も知らない。それでも、信頼に値する。それだけの()()を彼は見抜いていた。

「ああ、知っているよ」

 男も、拠点はカラオケボックスから劇場へと移ったと聞いている。ゆえに、もはやここは抜け殻だ。

「キミは……()()()の部下かね?」

 男は女に尋ねる。だが、その呼び方は気に入らなかったらしい。

「言い直してください」

 彼女は目を合わせることなく、独り言のように訂正を求める。

「一応あなたは、()()()()なんですから」

 その口調は悪戯を咎めるように。これには、男からも微笑みがこぼれる。

「うちの息子が、世話になっているコだね?」

 そもそも、このような時間に、このような場所で声をかけてきたこと――しかし、根拠はそれだけではない。何故ならば、男はひと目で見抜いていた。この女性もまた、()()()()()()に応えうる器であると。

 だが。

「フフフ、残念ながら違いますよ」

 その返答に、男は少し驚かされた。まさか、ここまで自分の勘が鈍っていたのかと。寂しげに憂う男から目を逸らし、女は遥か頭上の彼方を見上げる。月に代わって夜道を照らす街灯は、暗がりの中では少し眩しい。だが、その()()()が感じているのは、こんなものではないだろう。

「……<スポットライト>――」

 それは、あまりにも突飛な一言。ゆえに、男は聞き直す。

「ふむ、いま、何と?」

「――と、呼んでいるようですよ、あなたの息子さんは」

 そう言われれば、この男にも心当たりがないこともない。ゆえに、漠然と納得する。

「なるほど、なるほど、道理で……」

 ――あのように特異な女子たちを、あの人数集められたはずだ。

「私の教育も、あながち無駄ではなかった、ということか」

 経営者の息子として、ただ経営を学ばせただけではない。異性の空気に直接触れさせ――照れることなく、蔑むことなく、敬意をもって受け止める我が息子に、当時の父は大いに期待したものである。

 だが、父自身が己の道を否定した。

 ゆえに、見失ってしまったのかもしれない。示すべき道を。

 だが、子は自ずと、同じ道を辿っていた。

 とはいえ、あくまで自分の道として。

 それが、その女には少し羨ましい。ゆえに、ちょっとだけ棘を口にする。

「まだまだみたいですけどね。お父さんと違って……その瞬間を目の当たりにしないと感じ取れないようですから」

 女と相対する男の眼差しは優しい。だが、それは慈愛と似て非なるものだと女は感じている。その理由は彼女自身も承知していた。

「……あたしにも見えてるんですね。<スポットライト>が」

 父はもう、その街と決別した身である。が、もし現役であったら、目の前のこの女性を放っておくことなどできなかっただろう。ゆえに、確信していた。自分の息子もまた、彼女を迎え入れたに違いない、と。

 だが、少しだけ運命の歯車が噛み合わなかった。

「その目利きは間違っていない、とだけお伝えしておきますよ。自覚もありますし。ただ――」

 もし、もっと近くに生まれていたなら。

 そして、もっと早くに出逢っていたなら。

「――あたしは別の男のコにあたしを見出してもらって、そして――みだりに、他の男の人に見せるつもりはありません」

 だからこそ、あなたの息子さんとは同じ道を歩むことはありません――彼女ははっきりと口にする。

 父は辣腕であっても完璧ではない。

「ハハ、ヤツがキミの<スポットライト>とやらを見たら、さぞ悔しがるだろうな」

 そして、<光>の見えているその男は――いまなお悔しさを禁じえないのは、もはや己に刻まれた本能ともいえる。

 女もまた、自分の本能の形を理解していた。ゆえに、父の心残りに同意する。

「ええ、そうですね」

 もし自分が、あの劇場の踊り娘となっていたなら――きっと、すぐに馴染んでいたことだろう。そして、これこそが自分の天職だったと胸を張っていたはずだ。けれど、それ以上の幸福を、彼女はすでに得ている。ゆえに、少しだけ惜しみながらも、異なる分岐点に振り向くことはない。

 ならば結局――劇場の者ではない彼女は一体何者なのか。

「それでキミは――」

 と、男は言いかけて。

「――キミ()()は何者だ?」

 何の情報力も持たず、こんな時間に偶然居合わすことなどないだろう。

「おそらく……待っていたはずだ。違うかい?」

 自分がこの時間にここへ来ることを知っていて。

 その問いに、彼女は答えない。ただ、名乗ることですべてを詳らかにする。

「『パラノイア』――」

「!」

「覚えていただいていて、光栄です」

 それは、決して皮肉ではない。

 そもそも彼には責められる非どころか、直接の関わりもない。

 ただ、実際に目の当たりにした者は少なく、未だ記憶に残している者も少ない。

 ゆえの、謝辞。

 だが、それは喜ばれるようなことではない、と彼も重々承知している。

「あの事件により、ひとりの技術者が命を絶った……と聞いていたが――」

 それは、社運を賭けた大勝負――潰れかけたアダルトゲームメーカー――すでに多くの先輩社員が去り、結果として新人に押し付けられた企画立案の責――だが、彼は優秀だった。その結果、ひとりでそのゲームを築き上げたのである。運命と、その運命に抗う少女たちの生き様を――

 だが。

 おそらく、見せしめだったのだろう。

 発売日当日に、その男は緊急逮捕された。容疑は“横領”――ただし、そこには根も葉もない。

 だが、当時は――『歌舞伎町クライシス』を経て、表現規制の最盛期――そんな時世では、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事実を作るだけで充分だった。メーカーは急遽発売を中止。噂に尾びれ背びれが着く過程で、そのゲームは制作者の実話であり、同じ性癖を持ち、同じ性犯罪に手を染めてきたがゆえのリアリティ――むしろ、心の病から少女たちを救っていく物語だったというのに。

 横領に関しても、当然ながら証拠不十分としてすぐに釈放された。にも関わらず、家族は離散。妻は性犯罪者のレッテルを貼られた夫の無実を信じることなく切り捨てたのである。会社もまた同様に。元々経営が苦しかったところに大量の不良在庫を抱え、その責任をすべて横領の“容疑”をかけられた一社員に押し付けた。そして――

 人々は巻き込まれることを恐れてその名を口にすることさえ憚り、いつしかそのタイトルは本来の病名によって塗り直されていた。

 こうして、『パラノイア』というアダルトゲームが存在したことを――()()()()()()()()()()()()()()()()を、人々は忘れてしまったのである。

「――けれど、彼の息子さんはお父さんの無実を疑わなかった……その人の下に集まったのが、あたしたち――」

「ならば、その目的は復讐か」

 最もダメージの大きくなるタイミングでの誤認逮捕――裏で手を引いていたのは、当時のキッズ・ガーディアンだったといわれている。子供たちが酷い目に遭うゲームを看過する訳にはいかない――子供たちを救え――と、絵に対して。そのために、実在する成人男性の命が失われたことについて、罪の意識は微塵もない。ひとりの子供から父親を奪ったことについても。

 だが。

「――とはいえ、いまさら仕返しするつもりはありませんし、敵討ちのつもりもありません」

 だから、キッズ・ガーディアンの組織力をバックに政界に乗り込もうとしたこの男に危害を加えるつもりもない。

「ただ、強いて言うのなら――」

 あの若き技術者を、最後の被害者とするために。

「……あの手の輩を野放しにしておくと、第二第三の被害者が生まれかねませんから」

 声の大きい者たちは、悪い意味で歴史を顧みない。どんなに同じ議論を繰り返しても、己の中にある主観が唯一絶対の正義と信じて感情に訴え押し通そうとする。近代、インターネットが盛んになり、すぐ届くところに情報が溢れていても、人の根源は何ら変わっていない。

 とはいえ、今回の件は少々事情が異なる。監視対象に不穏な動きがあり、その首謀者に後ろ暗そうな影があっただけのこと。

「なので……ま、言ってしまえば、私怨、ですよ」

 あるときは傍観し、あるときは手を貸し――あくまで第三者として、仇をなす者の破滅を願っていただけ。

 とはいえ、この父親自身も危険人物であることは否めない。表現の自由とは、また別の意味で。

「あの頃、規制の撤廃に最も喜んだのは、当時の若者たち……つまり、お父さんの世代だったと聞いています」

 実際、規制から解き放たれた美しき世界に感動し――この文化と共に生きていきたい、と願ったのは彼自身だ。

 なのに。

「何故、その元凶となったキッズ・ガーディアンに与するようなことを?」

 いまも初対面の彼女の才を見抜く審美眼を備えている。何より、あのようなことをすれば、街だけでなく、日本全土を混乱の渦に巻き込みかねない。

 それでも、すべてを承知の上で。

「この国を救うためには多少の犠牲は致し方ない……それだけのこと」

 経営者として彼は断ずる。従業員の家庭の事情――出産育児は営利組織に対して何ら寄与しない。むしろ、能力に差がないのなら交際の可能性の薄そうな者を優先して雇う風潮さえ社会にはあった。

 一方で、男が妊娠することはない。例え、妻が我が子を宿したとしても、それまで通り業務に継続することができる。なのに、何故わざわざ女性が職場に足を運ぼうとするのか――そして、家庭の事情で支障を来していく職場――他人の子供に振り回される独身者たち――そんな圧力の中、仕事と家庭の二者択一の末に誰もが仕事を選び続けた結果の少子化――日本の未来を憂うのならば――

「そんなこと訊いてません」

 彼女はきっぱりとその答えを否定する。何故なら、時間を巻き戻すような方法で人々を救うことなどできないのだから。テレビ番組で聞いた子供だましを復唱してもらうためにここまで先回りしてきたわけではない。

 これは逃げられないな、と男は苦笑する。そして負けを認めた。

「――私怨だよ、私もな」

 妻が家庭に入っていれば――いまでも彼はそう思う。そして、それが劇薬に手を染める原動力となっていたことは否めない。

 結局は、彼もまた 蛯川(えびがわ)局長と同じだったのである。大義名分を掲げて、自己実現を成そうとする意味では。

 ゆえに。

「復讐心はなくとも、破滅を願うくらいの憎しみはあったのだろう?」

 キッズ・ガーディアンという組織に対して。

「ならば、知りたくはないかね? あれから……あの男がどうなったのか」

 個人識別のための材料であれば、(もも)が事務所に山ほど持ち帰っている。DNA鑑定は充分すぎるほど実施することができた。その『解答』を踏まえた上で――

 

       ***

 

 生放送による緊急特番『感動の親子対面! この中に本当の父親が…!?』――先日リベンジポルノの被害に遭った悲劇のヒロイン・ 砂橋(すなはし)ルミノが、父親探しに乗り出した、という企画である。

 集められたのは番組スタッフの調査によって見つけ出された四人の父親候補たち。プライバシーの保護のために、肩より上には磨りガラスのパネルが充てられ、声はどす黒く濁っている。だが、彼らのうち誰かが砂橋夫人を懐妊させ、その娘がルミノなのだという。

 司会進行は――ルミノに対して強く同情を示していたキッズ・ガーディアン代表蛯川氏と、 水裏(みずうら) 理々(りり)。雛壇には四名の妻子持ち芸能人が詰めかけていた。一方的に子供を孕ませ、無責任に家族を捨てた父親を糾弾するために。二十一世紀初頭の頃ならばともかく、避妊医療の発展したこの時代、望まない妊娠の話はほぼ聞かなくなった。そんな中でのこのような事件なのだから、社会的な注目度も極めて高い。

 雛壇の前に設けられた特別席に座る砂橋母娘に向けて、四人の男たちの懺悔が始まる。とはいえ、そのうち三人のものはただの作り話なのだが。

 父親Aは夫人の高校時代の教師だという。最初は親身に相談に乗っていたが、少しずつ男女の情が芽生え、つい一線を超えてしまった――しかし、それが明らかになれば懲戒免職は免れない。ゆえに、逃げ出してしまったという。

「聖職たる教師が何をやっとるんだ!」

「こういうヤツがひとりでもいると、生徒みんなが不安になるんですよ」

 まだ正解だと決まったわけでもないのに、局長を皮切りに誰もが口々に非難を浴びせる。

 父親Bは大手商社の当時部長。取引先にいた夫人に目をつけ、圧力をかけて自分の担当にさせてしまったらしい。そして、お前が会社の命運を背負っていると脅し、断れないよう逃げ道を塞いだ上で――

「社会的地位を担っている者は、その立場を自覚したまえ!」

「ったく、よくある話やねんけど、いつ聞いてもムナクソ悪いわ」

 再び罵る局長と雛壇の男たち。

 父親Cは、何と芸能関係者だという。デビューをちらつかせて女のコを次々と毒牙にかけて――

 だが、ここでスタジオに異変が起きる。貴様のようなやつはいますぐ芸能界を去れ! ――身内だからこそ、そのトップたる局長がここぞとばかりに罵倒することを期待されていた。しかし、その思惑に反して――

「ま、まったく……いま一度組織の末端に至るまで規律を正さねばな」

 先程までと比べると明らかにトーンダウンしている。これでは、雛壇の男たちもあとに続きづらい。

 そして、極めつけの父親Dは無職の遊び人であり――言葉巧みにターゲットに接近し、わずかな隙に眠り薬を仕込んで――

「完全に犯罪ですやんッ!」

 雛壇の関西芸人が思わず叫ぶ。これに、局長は。

「時効なのが悔やまれますな。この番組を機に心を入れ替え、責任を持った父親として再起していただきたい」

 その様子を見ていた者の中で、真実を知る者だけが気づいている。局長が日和気味になっている原因に。

 しかし、何も知らない者たちによって、生放送は進行していく。だが、番組は残すところ後半戦――容疑者たちへの尋問が始まろうというところで、砂橋夫人より驚愕の事実が発表された。

「皆さん、ごめんなさい。実は――」

 

 ――ルミノは、私の本当の娘ではないんです!!

 

「え……っ」

 ルミノは女優学科出身である。この手の演技など造作もない。

 ここで、スタッフがさっと水裏に歩み寄り、数枚のレジュメを手渡した。

「……私たちも初めて知る情報なのですが……」

 水裏は原稿を読み上げる。ルミノの母親は別におり、けれども、この番組に顔を出すことはできない。何故ならば、彼女は自分が中学生の頃に産んだ娘だから――成人年齢が引き下げられたこの時代だからこそ、その禁を犯したものはそれまで以上の重罪に問われる。

 そして――水裏ははっきりと告げた。

「それでも、本当の父親は、いま……()()()()()()()()()()()そうです!」

 騒然となる撮影現場。カメラは当然雛壇の芸人たちをクローズアップする。

「いやいやいやいや、身に覚えなさすぎですって!」

「ありえへんわ。俺は嫁さん一筋やねん!」

 だが、カメラの映らないところで蛯川局長は顔を歪ませる。ヒントはあった。『相談に乗るフリをして取り入る』『社会的地位をかざして迫る』――ありがちな手口だけに、ここまでは気づかなかった。しかし、ここから『芸能デビューをちらつかせて』に加えて、極めつけは『睡眠薬を仕込んで』――それこそ、局長自身が最も多用してきた手段である。

 蛯川局長は――このとき初めて気がついた。自らの操り人形だと思っていた水裏理々が自分に刃を向けていたことを。裏の顔にここまで踏み込み、そして、このような企画を通せる者が他にいるわけがない――実際のところは、彼女は局の信頼を得るための『顔』でしかなかった。実交渉は、例によって 高林(たかばやし)秘書が 天童(てんどう)コンテンツ名義でまとめている。子供を護ると称した集団の長の、本当の顔を全国に晒すために――

 TRK事務所は、すでに確たる証拠を掴んでいる。が、それを衆目の前で突きつけることは上策ではない。一体、どこまで調べがついているのか――秘するからこそ意味がある。不確かな中で、相手を動かすことが。

 殺伐とした空気の中、番組は台本にない筋書きに舵を切っている。

「ええですよ! 俺、絶対潔白ですんで!」

 これまでいい父親というキャラクターで売ってきただけに、お父さん芸能人たちは疑われたことに少し苛立ちながらも、遺伝子サンプルの採取に協力していく。

 そして。

「では、蛯川局長も」

「ナニッ!?」

 水裏から採取キットを差し出され、局長は思わず後ずさる。だが、彼女は平然としたキャスターの顔を作ったまま。

「先程の資料によりますと、本当の父親は()()()()()()()()()とのことですので」

「ならば――ッ」

 言いかけて、局長はここがすでに制圧済みの敵地であったと完全に悟った。カメラからADに到るまで――男はあの雛壇の四人と自分だけ――!

 ゆえに。

「私を疑うのかッ!? 不愉快だ! 帰らせていただくッ!!」

 突然収録を放棄し、セットから出ていく局長。それを水裏は呼び止めることはしない。ただ、自然な素振りで――何が起きたのかと戸惑って見せる。

 ここが敵地だと気づきながら、蛯川局長は侮った。スタッフが女性ばかりなら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。TRKが欲しかったのは、まさにこの絵だ。ひとり、検査を拒否して逃げていく局長――確定していないだけの限りない黒――だが、彼が見せた最大の醜態は、自分の過去から逃げたこと――後ろめたいものがあると()()しながら、それと向き合おうともせず――省みることも、償うこともせず、ただ保身に走る姿――蛯川局長は最悪手を打った――打つように誘導されたのである。その本性をよく知る者たちによって。

 結局、その場で行った簡易検査で、父親である可能性のある者は現れなかった。しかし、誰もこの企画が間違いだったとは糾弾できない。何故ならばひとりだけ、検査を拒否して出ていった者がいるのだから。しかし、その疑惑をカメラの前で口にできる者はいない。相手が出演中のテレビ局局長とあっては。

 物々しい雰囲気の中、番組の終わりはルミノの呼びかけによって締められる。

「パパ……あたしはずっと待ってますから……ずっと、ずっと――」

 その祈りは、“父親”にとって呪いとなっただろう。彼女が、父親を待ち続ける限り。

 

 ちなみに番組中、ルミノは『ここで全裸になったら番組メチャクチャになるんだろうな……❤』という欲望を抑えながら悲劇のヒロインを演じ続けていたという。彼女にとって、日常のすべては演技なのかもしれない。

 

       ***

 

 その後、蛯川局長はノーコメントを貫いたままテレビ局局長、キッズ・ガーディアン代表の職を辞した。その先のことは、関係者しか知らない。

 そして――

 夜の新宿・カラオケボックスの前で、男は女に語りかける。舞台裏に転げ落ちた先の顛末は、さぞ痛快で滑稽なことだろう。特に、局長――“元”局長に恨み辛みを抱いている者にとっては。

 だが、しかし。

「興味ないです」

 キッズ・ガーディアンに私怨を持つ彼女は、男からの提案をきっぱりと断った。

「たとえ相手がわかりやすいくらいの嫌な人で、それが因果応報であっても、その人がどれだけ不幸になったかを聞いてスカっとするほど、あたしは趣味悪くありません」

 ルミノの母親は一度しか出産しておらず、その年齢を考えれば社会的な批判は避けられない。もう二度と、蛯川氏が表舞台に上がることはないだろう。

 女のコの潔さの前に、男も両手を挙げて降参するしかない。

「そうだな、キミの趣味は何も悪くない。ただ、年齢制限を課せられているだけで」

 ただ、広い空の下で性器や性行為を露呈するだけで。彼女はそこに、悪意を見出さない。

「あたしの趣味と比べれば、性格の悪い人しか出てこないドロドロの全年齢対象作品の方がよっぽど不健全だと思いますけどねっ!」

 たとえ対象年齢が制限されていたとしても、自分の趣味の方がみんな楽しく幸せになっている、と彼女は信じている。

「同感だ」

 父も息子も、その行為を心から受け入れられる女性しかスカウトすることはない。ゆえに、そこに被害者はいないのである。にも関わらず、社会から後ろ指を差され続ける葛藤は、この場の両者の間で共通していた。そして、息子も同じ気持ちだろう。持参した土産話には、残念ながら土産の価値はなかったらしい。

「どうやら、無駄足だったようだな」

 ならば、これ以上ここで時間を潰す意味もない。男はすぐさま駅へと向けて踵を返す。

 だが。

「おやおや、もういいんです?」

「ああ、私は何かと忙しい身でな。キミも知ってのとおり」

 彼が直接違法行為に手を染めたわけではない。が、国内での後ろ盾は失われてしまった。彼の力を求める国々は少なくない。手始めに、夜明けの始発便で東南アジアに飛ぶ予定となっている。

 蛯川局長の後始末も含めて、彼は多忙を極めていた。それでも寸暇を惜しみ、ここに立ち寄ると女は確信してここへ来ている。彼女が考える、その理由は――

「てっきり、あなたが最後に託したものをその目に焼き付けるつもりだったのかと」

 それを聞いて、男はピタリと足を止めた。そして見上げる。父と息子との間にあった最後の絆を。

「つまり……ついに二十六人目が……?」

「あ、それは知ってたんですね」

浅草(あさくさ)老人から連絡は受けているよ」

“坊っちゃん”から経営交換を持ちかけられたこと、そして、メンバーを二十六人集めた際に、それを飲むと約束したこと。これに、父が難色を示す理由はない。ただ、息子の好きなようにさせてください、とだけ答えた。が、その当時はまだ半数ほどで、残り一〇人以上必要だったはず。それが、先日の『サザン・トライアングル』の件で残りふたりに。おそらく、ふたりのうちのひとりは局長の腹心だった水裏理々だと彼は思う。彼女が寝返ったのなら、この急展開も不思議ではない。

 そして、最後のひとりは――

「いえ、あたしじゃないですよ?」

 男の視線に気づいて、女は慌てて否定する。やはり、彼女自身があの舞台に上がるつもりはないらしい。その反応を見て、男は面白そうにため息をつく。

「先程キミは、私の息子を私ほどじゃない、と評したが――」

 そして、彼女に向けてしっかりとつま先を向けて。

「訂正してもらおう。アイツはとっくに私を超えているよ」

 わずか数ヶ月で一〇人以上――そもそも、グループを立ち上げてからまだ半年程度と聞いている。その短期間に二〇人を超えるアイドルグループを――それも、ストリップアイドルユニットを築き上げたのだ。少々尖った方向性ではあるものの――それを父として喜んでいいのかはわからない。女性の勤労を否定し、この街に刃を向けた自分が。

 それでも。

 素直に称賛したい気持ちに嘘はない。おそらく、自分にはもう昔のように育んでいくことはできないだろう。だからこそ託したい。いまだ“pure”な気持ちを懐き続けている我が子に。

 そういうことならば、彼女も喜んで訂正する。

「はい。それでこそ、あたしたちも()()を託す甲斐があるというものですから」

 実のところ――()()は未だ迷っている。それでも、背中を押すことに迷いはない。そして、それは彼とて同じこと。

「ならば、その二十六人目に伝えてくれ。アイツは、父のような愚を犯す男ではない、とな」

 男は改めて駅の方へと去っていく。別れと、そして祝福をその手に掲げて。ゆえに、その足取りには何の憂いもなかった。

 さて。

 ひとり残された彼女は、目を閉じて気を研ぎ澄ます。この時間であってもコンビニや牛丼屋――そもそも、目の前のカラオケボックスも絶賛営業中だ。

 それでも、彼女はワンピースから袖を抜く。そして、衿口に頭を通すと、そのままスルスルと。引き上げられていくスカートの裾は、彼女の舞台のひとり幕開けのようだ。そこに、余計なものはない。足の付根はふわっとした茂みに覆われ、スルンと撫でる胸の頂上には赤みを帯びた突起がこのときを待ちわびてツンと膨れ上がっている。そして、最後まで抜き去ったところで――彼女は、それを座っていたガードレールに引っ掛けた。

「はわわ~……裸の舞台……ちょっと憧れますねぇ。けど、あたし……人妻ですしね、フフフ♪」

 ちょうど、歩行者用の信号が青になった。そこに待っている車はいない。ゆえに、その灯りは彼女を導くもの。その通行を許可すべく。

「けど……リハーサルとかだったら、あの舞台にもちょっと立ってみたいかもですねぇ」

 白い線だけを踏んづけていくのはちょっとしたお遊び。このまま、眠らない街を踏破するための願掛けともいえる。

「……無事にコースケ君のとこまで行けたら……頼んでみますか、()()を通して」

 その中央通りは開けているが、時間帯だけにひと気はない。そんな大通りに二本の束ね髪を楽しそうになびかせていた。

 

       ***

 

 ストリップ・アイドル――女のコの憧れよりも男のコの夢に傾いたその存在は、全国民から手放しに受け入れられるものではない。

 だが――アイドル滅亡の危機からこの国を救ったのは、そこに所属するストリッパー・砂橋ルミノ――そのように、界隈では受け止められている。

 おそらく、いまがTRKに対する好感度が最も高い瞬間だと(かすみ)は踏んでいた。この熱気はいつまでも続くものではない、と。

 風俗産業は新歌舞伎町の内側に押し込められている。だが、扱いが曖昧なもの――例えば、映画館でポルノを流してはならない、という法は、二十一世紀末現在制定されていない。一応の年齢制限はあるが、濡れ場を含むメロドラマもアダルトビデオも法的な扱いは同じ成人向け作品である。

 ならば、と霞がねじ込んだ。ここまで苦しめられて、ただでは起きまい、と。

 

       ***

 

 劇場の控室――その隅に置かれた簡易ベッドの上でプロデューサーは目を覚ました。そしてすぐに、隣のウレタンマットの上で跳ねている人影に気づく。だが、足音ひとつ立てることはない。

「あ、オーナーおはよう。もしかして起こしちゃった?」

「いえ」

 裸で踊る(あゆむ)は、どこまでも重力を感じさせない。まるで、宙に浮いているような――まるで、この世のものではないような。ふわりふわりとなびき舞う後ろ髪だけが、彼女の存在を確かなものとさせる。そして、彼に知らしめる。ここは、紛れもなく現実なのだと。

「明日……か」

 これまで、綿密に準備を進めてきた。だが、その度に緊張が増してくる。トーキョーシネマを一棟貸し切り――どころではない。同系列の映画館は日本全国に五〇を超える。それらさえ同時につないだライブビューイング――それは、もはやプロデューサーの想像の域を超えていた。

 けれど、歩は意外と冷静に。

「えへへー、観客数だけなら、ドームだって目じゃないねっ」

 明日は、この身体ひとつで万を超える人たちと向き合う。だが、その実感があまりない。その肌に感じるのは、あくまでその室内で相対する五百人あまり――それでも、いつもの劇場の五倍を超える。それでも、カメラの向こう側にいる人の数と比べれば――そう思うと、不思議と心は乱れない。これまでは立地の都合上、来客は東京周辺に限られていた。が、今回は北海道から沖縄まで――日本中の人たちに自分の歌声を届けることができる。それと同時に、この裸身も――それは、やっぱり恥ずかしい。だが、それ以上に嬉しい。だからこそ、こうしてレッスンに励んでいる。未熟なところから最高の自分まで、余すことなく届けるために。

「どんなに練習しても足りない気がして……」

 一時期、怠慢になっていたこともある。だが、もう気を緩めることはない。それは殊勝な気構えだが、あまり気を詰めすぎるのも良くないとプロデューサーは思う。こんなとき――もう昼過ぎではあるが、珍しく歩の他に女子がいない。なので。

「あまりやりすぎるなよ。本番は明日なんだから」

「!」

 プロデューサーとしてではなく、かつての同級生として労りの声をかける。それは、久々だったので、歩は――このままだとオーナーを抱きしめちゃいそう――どうにも収まらない胸を押さえて、歩はプロデューサーに背を向ける。

「う、うん……そうだねっ、夜のリハまで一休みしとくよっ」

 顔も合わせられず、歩は裸のままパタパタと小走りに扉の方へと駆けていく。が、その前で思い出したかのようにピタリと足を止めた。

「あ、そうそう」

 少しだけ振り向いて。

「イワ爺さんが、話があるって言ってたよー」

 その内容に、歩は何となく察しがついていた。

「あ、あのね……オーナー」

 それは昂ぶっていた気持ちをさらに昂ぶらせるものであったため、もう顔を合わせることもできない。

「明日のライブで……何かが変わる気がするの」

「ああ、そうだな」

「じゃなくて」

 これだけ大きなライブを敢行するのだから、間違いなくこれまでとは違った展開を求められることになるだろう。だが、歩が言いたいのはそうではない。

「私とオーナー……だけじゃなくて、みんなとオーナーも……」

 確かに、歩は最も古参である。が、その“約束”はひとりだけのものではない。

 だから――

 歩は素早く扉を開けると、閉じきるのも確かめずに、半開きのまま飛び出していった。全裸で。ただし、この街ならば全裸であっても大した問題はない。この街は、そういう風にできている。

 

 さて。

 霞の計らいによって今日一日は打ち合わせの類は空けられていた。様々な社会的圧力により夜一回の縮小公演となっていた劇場ライブも、明日の一大イベントの準備を見越して今日まではそのままに。ただし、『 Schooling(スクーリング) High(ハイ)!?』などの学生ユニットも出演できるようになっていた。

 明日に備えて今日くらい全員休みを取ってもいいのでは、と彼は思う。だが、明日だからこそ宣伝活動は必須、という霞の意向により、カラオケボックスも平常通り営業していた。ただし、ライブビューイングのポスターを貼りまくったり、等身大ポップや楽曲のプッシュは施した上で。なお、明日はさすがに臨時休業である。

 日頃多方面との打ち合わせが詰まっているため、彼がこのような昼下がりまで眠っていたのは久々だ。それでも、まだリハーサルまで時間がある。そういえば、どうやらイワ爺さんが呼んでいたらしいし、いまのうちに顔を出しておくべきか――そう考えて、プロデューサーはベッドから身を起こす。そして身なりを整えると、廊下を経て支配人室へと赴くが――

「……?」

 ドアを敲いても返事はないが、ひと気もない。それどころか、空虚なまでの静けさを感じて、プロデューサーはそっと扉を引いてみる。そこは四畳半の和室であり、ちゃぶ台や小さな桐箪笥など、小ぢんまりとひとり分の家具が揃っていたはずだ。が、それすら何もなくなっている。まるで、夜逃げでもしたかのように。とはいえ、充電中の携帯電話だけは刺さっているので、決して夜逃げしたわけではない。

「イワ爺さん……?」

 確かに、約束では二十六人であり、あとひとりに迫っている。だが、たったひとりであっても、そう簡単に見つかるとは考えていない。自分に譲るとしても、少々気が早いのでは……? とプロデューサーは思う。それに、バーテンダーは必要だ。もしよければ、このままここに、住み込みで働いてもらいたいくらいである。だが、当の本人は迷うことなく譲るつもりらしい。

 ともかく、肝心のイワ爺はいなかった。明日の大舞台の前に細々とした用件は済ませておきたい。プロデューサーは、イワ爺の行きそうな場所を思案する。パチンコか――この時間であれば競馬か。どちらもここからそう遠くはない。今日は一日休みなのだから、ゆっくり探してみるのもいいだろう。

 

 ということで、先ずは場外馬券場へ。秋は季節も良いため競馬も賑わう。ここでは携帯端末が手放せない。握りしめる馬券の行方を見届けては誰もが一喜一憂――いや、憂の方が多いか。ゆえに、場の空気はそこはかとなく殺伐としている。

 その群衆の様子を見て気がついた。仮にイワ爺が馬券を買いに来たとしても、小さな画面は目が疲れる、と持ち歩いていない氏がこの場に留まり続けるはずがない。自分が応援するレース結果は、自分の目で見届けたいのが人情だ。深く探すまでもなく、ここはハズレである。

 そして、携帯端末を持ち合わせていない者がもうひとり――()()はドリンクの自販機の前で、服の上からパタパタと自分の身体をまさぐっている。が、そのTシャツにポケットはなく、カバンも持参していない。明らかに丸腰である。だが、慌てる仕草はどこか可愛らしい。それで、プロデューサーは後ろから手を伸ばして――ピッ、と自分の端末で支払いを済ませる。すると、ガコンと商品受けにペットボトルが転がり落ちてきた。

 それで、彼女も気づいたらしい。

「あ、プロデューサー……」

「そちらは差し入れということにしておきます、 天菊(あまぎく)さん」

 かっこ悪いところを見せたな、とまこは気まずそうに視線を逸らす。だが、そこまで含めて、彼女の魅力だと彼は感じていた。

 しかし、その姿はある意味普段の彼女らしくない。Tシャツを羽織っているが、服の裾から直に素足が伸びている。このような危うい服装で彼女が出歩いているところはあまり見ない。

 その懸念が伝わったのか。

「あ、大丈夫だって。ちゃんと中には水着着てるから」

 チラっと捲り上げれば、一応下は穿いている。ただし、股間周りだけを押さえた極小のものを。おそらく上も似たようなサイズ感なのだろう。

「天菊さんは……」

 少なくとも、馬券を買いに来るような服装とは思えない。

「競馬じゃないからね」

 とまこは一言断ってから。

「ほら、明日は……めっちゃ大きなステージじゃない?」

 やはり彼女も緊張しているようだ。

「んでね、景気づけにビキニ散歩でもしてやろうか、って人が集まってるところに来てみたんだけど……」

 ビキニといってもマイクロビキニである。だが、プロデューサーの知る限り、まこは露出に関してあまり得意ではないはずだ。

「無理はされない方がよろしいかと……」

 それでも、彼女はここまで来ている。

「てかさ、心残りなんだよね。前にやろうと思って、できてなかったことだから」

 キッカケは、以前見た花子のビデオ。マイクロビキニで野外徘徊――このユニットでは、このくらいできなければ通用しない、と勘違いして用意していた水着である。明日の大舞台を前にして、やり残したことを消化しておきたいらしい。

「そしたら、新たな一歩を踏み出せそうな気がしてて」

 まこにとっても、明日はひとつの特別な通過点だと考えているようだ。それは、プロデューサーとして是非とも聞いておきたい。

「何か……今後の展望をお考えのようですね」

 だが、どうやらまこの中でもまだまとまっていないらしく、少しあれこれと考えてから。

「んーと……あたし、これまでずっと歌と踊りを頑張ってきたわけだけど――」

 アイドルに憧れてから早一〇年。このような形で実現してから見えてきたこともある。

「色々あるんだね。ファンのみんなに喜んでもらえることってのも」

 ただし、裸になることはあえて除く。

「企画モノ、っていうのかな。ほーんと、あれこれよく考えるよね、 糸織(しおり)のやつ」

 まこと糸織によるふたりユニット『 AB-solute(アブソリュート)』――ビジュアル的な相性で組んでもらったが、MCの際にステージ上で糸織が突如ふっかける無茶振りに、まこが身体を張って応える――糸織曰く『貧乳漫才』――これが意外なほど人気を博していた。

「あれを、そのー……ファンのみんなを交えてやったら、面白いんじゃないかなー、って」

 これまでアイドル間でやっていたことをファンにも参加してもらおう、という企画のようだ。しかし――裸の付き合いは、女子同士だからできていたこと。それを男性のファンと行うということは――

「うん、わかってる。あたしたち、ストリップアイドルだし。要望に応えるってことは、“そこ”に行き着くんだろうなって」

 男女の裸の付き合い――多少の企画性はあったとしても、それはまさにAVの世界だ。まこ自身も、言っていて恥ずかしくなってきたらしい。プロデューサーからおごってもらった一杯を景気よく煽り、描いてきた想いを宣誓――できたら格好良かったのだが。

 残念ながら、まこは()()()()()()()()()()に長けている。

 フパァ――――ッ!!

 ペットボトルの蓋を少し捻っただけで、中の炭酸水が溢れ出し――などという表現では生温い。それはもはや、爆発と称すほどの大惨事である。

「あっ、天菊さん……っ!?」

 幸い無糖だったため、べとつくことはない。が、白いTシャツはしっとりと濡れそぼり、肌にピッタリと張り付いている。中は水着とはいいながらも極小サイズだ。むしろ、オレンジ色の生地が乳輪のようにも見えてしまう。

 競馬場に集まるのは中年男性が多い。女のコの濡れ透けに、誰もが思わず釘付けになる。これが――まこに向けての後押しとなった。

 あたしが――ここのトゲトゲした空気を変えた――!

 それこそが彼女がアイドルを目指した原点であり――ゆえに、もう迷わない。まこは自ら、濡れたシャツを勢いよく脱ぎ去った。いくら恥部だけは隠しているとはいえ、裸も同然である。それでも彼女が臆することはない。何故ならば、明日はもっと多くの人たちの前で余さず脱ぐことになるのだから――!

 この街をよく知る者であれば――ここで見かける露出痴女はTRKという劇場の所属であり、アダルト界隈の二大勢力のひとつであるライブネットの後ろ盾もある。ゆえに、おいそれと声をかけることはない。だが、今日のこの場には、普段は縁のない者も馬券を求めて集まってきている。

「ネーチャン、どこの店のコ? いくらだい?」

 あからさまに誘っている女のコの装いに、ご機嫌な初老男性が寄ってきた。その機嫌の良さは、おそらく今日のレースで大勝したのだろう。

 当然、このような危険から女のコを護るのもプロデューサーの役目だ。しかし、一歩前に出ようとした彼を、まこは腕を伸ばして逆に制す。

「あたし、天菊まこ! TRK劇場ってところでアイドルやってるの」

 臆することなく、彼女は名乗りを上げた。そして。

「ぷ、プロデューサーさえ許可してくれれば、そーいうコトもしていいんだけど……?」

 もし、完全に嫌ならあえて自ら前に出て問う必要はない。頬を赤く染め、上目遣いで待つ彼女にはすでに覚悟はできている。プロデューサーがそう言うのであれば、劇場で相手をしてもいい、と。

 だが、そのようなサービスは現在行われていない。しかし、今後も行わない――とも言い切れない。

「そ、それは検討中、ということで……」

「あら、残念」

 どこかホッとしたように、それでも少し拍子抜けしたように、まこは微笑む。一方、男性の方は本気で残念そうに。

「なんだいニーチャン、煮えきらねぇなぁ」

 例え彼女ひとりが良かったとしても、他のメンバーはそうとも限らない。応じられるコと応じられないコの間でサービス内容が乖離すると、チーム内で亀裂が生じてしまう。ゆえに、ここは慎重に判断しなくてはならない。

 ただ、おかげでまこは自信がついたようだ。

「悪いけど、これらは持って帰っといて」

 まこはシャツと半分になったペットボトルをプロデューサーに押し付ける。そして、彼に背を向けた。

「他の男の人に誘われたら、劇場に要望出しとけ、って言っておくから。あとのことは任せたわよ」

 街中での露出行為が見逃されているのは、女のコが趣味でやっているだけで営業を伴わないから、という建前がある。ここで、劇場の名前を出して歩き回るのは――とりあえず、恥部は隠しているので法に違反することはないだろう。あとは、水着がずり落ちたりするハプニングに見舞われないよう願うだけ――と、プロデューサーは紐だけ通されたまこの可愛らしいお尻を見送っていた。

 だが――彼女は()()()()()()()()()()に長けている。しばらくして劇場に戻ってきた彼女の姿は、()()()()()()()()()()()だったらしい。

 

 それはしばらく後のこととして。

 濡れたシャツは軽く絞り、飲みかけのペットボトルはそのままに。まこの去った馬券場前は再び元の殺伐とした喧騒の波を寄り戻していた。その中で、プロデューサーはまこの想いを反芻する。歌と踊り――それは欠かせない。だが、その枠に収まらないのがアイドルという存在である。すでに、『はぐはぐサービス』という形でのスキンシップは行ってきた。が、それ以上となると――

 明日は、一大イベントを控えている。難しいことはその後で考えるべきだろう。一先ずプロデューサーはイワ爺探しを再開することにした。外でレースを観戦できない老人がここに長居することはない。むしろ、長時間滞在できるパチンコ店の方が有力だろう。だが、この街のその数は一〇を下らない。一応、目ぼしいところは辿ってみるつもりだが、発見するのは難しそうだ。

 なので、あくまで散歩半分に。プロデューサーは新歌舞伎町の街をゆったりと歩いていく。思えば、これまでは何かと忙しなく、散策気分で街を眺める機会などなかなかなかった。やはり、性や金にまつわる施設が多く、次に多いのは飲食店か。それでも、中にはこのような店もある。『カブキ・メガネ』――歌舞伎町が新となる前から営業してきた老舗のようだ。その店頭に見知った顔がふたり、珍しい顔で佇んでいる。

「お疲れ様です」

 その声で、ようやく彼の接近に気づいたらしい。

「あ、プロデューサーさん、お疲れ様だすー」

 隣に立てば、 花子(はなこ)も裸眼で人を識別できるようだ。グレーのフリースに茶色のチノパン――まさに、オフの装いである。

 彼女は基本的には眼鏡のままステージに上がるが、役作りの際にはコンタクトにすることもある。一方で、(ゆう)が眼鏡を外したところを見たのはいつぶりか。

「プロデューサー、うちの劇場にも超音波洗浄機入れない? 経費で」

 優もまたオフの装い――トレーニングウェアたる紫のジャージの上下である。今日は土曜日であるため大学もない。休日の彼女は専らこの姿だ。

 ちょうど終わったところのようで、優は洗浄液から眼鏡を取り出して真水で濯ぎ、持参していたメガネ拭きで水滴を拭う。優は役作りであっても眼鏡を外すことを好まない。本人はNGではない、とは言っているが、あからさまに不機嫌になるので、霞も暗黙の条件として酌んでいる。

 眼鏡といえば、(みさお)もステージ衣装として用いているし、霞も普段から着用している。案外事務所内でも需要はあるかもしれない。

「そうですね……検討してみます」

「冗談よ。こういう店に置くでもなければ先ず元は取れないし、元を取ろうと使いすぎるとネジが緩むし」

 優は自分で言って、自分で一笑に付した。もしかすると、実際に試そうとしたことがあるのかもしれない。

 花子も眼鏡洗浄を終え、すでに掛け直している。ただ、そのためだけにここへ赴いたとは思えない。ここで彼は、かつて糸織のエージェントに探ってもらったことを思い出す。

「おふたりは、眼鏡を見に?」

 優は基本的に無趣味で無駄を厭う。女子としては珍しく、買い物さえも長々と物色せずに欲しい物だけ速やかに購入して退店するほどだ。そんな中、珍しく冷やかして回るのは眼鏡店だったと聞いている。そして、その見立ては正しかったらしい。

「はいー、優ちゃんがどうしても、と」

 花子の私服はどうにも垢抜けないため、他のメンバーからも衣替えを勧められていた。が、まだ着れるから、と実家から持ってきた無彩色とベージュとブラウンで回している。カラオケボックスのバイトでは制服があるし、ステージでも衣装があるし、と言って。だが、眼鏡ばかりは本人の私物だ。

「花子さん、和服着ること多いでしょう? 目立つフレームだとバランスが悪いと思って」

 優は眼鏡に一家言あるようで、どうしても花子の黒縁が気になってしまうらしい。実際、明日はコンタクトで上がる予定となっていた。しかし、似合う眼鏡があるのなら、それをかけることも吝かではない。

「何なら、経費で購入しましょうか。何パターンかあった方が演出的にも有効ですし」

「え、でも、そんな、悪いべ……」

 プロデューサーからの誘いに、花子はつい尻込みしてしまう。だが、優に遠慮はない。

「構わないんじゃないの? 現に私、すでに買ってもらってるし」

「そうなん?」

 花子は意外そうにプロデューサーを見る。

「はい、さすがにゴスロリに合う眼鏡は持っていないから、とのことでして」

 夏頃リリースした新曲のMVに合わせた衣装――これについてあまり乗り気でなさそうだった理由が、眼鏡が合わないから、とは意表を突かれたものだ。

 眼鏡のつるをクイと正し、優はプロデューサーに向けてニヤリと笑う。

「今後も、変な服着せる度に眼鏡を追加してもらうからね」

 そこに脅しの意味はない。むしろ、楽しみになっている。眼鏡さえきちんと合わせてもらえれば、珍しい格好も悪くはない、と。そして思う。

「ここの舞台に上がるようになって、眼鏡のままでいいのは助かってるわ。コンタクトって、やっぱり好きじゃないし」

 前の店では、眼鏡は客受けしないから、とコンタクトを使用させられていたという。だが、いまでは劇場から流れてきたファンを相手にしているからか、むしろ眼鏡着用を求められることも少なくないらしい。おかげで、そちらでも働きやすくなっている――むしろ、ふたつの仕事の垣根が低くなっている――ならば。

「というか、何で脱ぐだけでヤらないの?」

「え?」

 突拍子もない優の発言に、プロデューサーは一瞬耳を疑った。

「だから、セックスよ。劇場で」

 こういうところで、優は言葉を選ばない。

「裸になるんだから、そのままヤればいいじゃない。当然、サービス料は取って」

 よくよく考えてみれば、ストリッパーとして脱いだ後なのに、わざわざ服を着直してサービスハグを行うことの方が不自然ではないか、と優は考え始めていた。

 裸のスキンシップについては、先程まこからも提案されている。ゆえに、答えは同じように。

「それは、検討中です。なるべく、一部のメンバーだけ、と限定したくはありませんので」

 着衣で抱くのであればともかく、裸で――さらには優の言うようにセックスとなれば、いくらここのメンバーであっても限られた者しか対応できないだろう、と彼は思う。それでは、メンバーの間で、ファンの間で、何らかの軋轢が生まれかねない。できれば、全員同一サービスとすべきだ。

 すべきなのだが。

「だったら、ルミノはどうなるの。はぐサー参加できてないじゃない」

 そのことについては、彼も常に気を揉んでいる。

「加入前に始めていたサービスですので……。砂橋さんとのはぐサーについても要望は多いのですが」

 スイッチの入ったルミノは痴女そのものであるため、はぐサーに参加できないことに納得していないファンも多い。幸い、それが原因でファン離れは起きていないが、むしろ――あのオッサンが汚いから――あの小僧が臭いから――そんな感じで、ファンの間で原因を探り合っているフシがある。不要な揉め事は起こしてほしくないため、何とかルミノの男性に対する不安を和らげるべく、その手段はメンバーとも相談して目下模索中だ。

「けンど、理解して我慢してくだすっとるファンたちも、ええコたちだすねぇ」

 サービスが欠落していてもルミノの人気が高いことに、花子は深々と感心している。そのうえで。

「あ、ちなみに、あたすはむしろ大歓迎だすよ」

「はぐはぐサービスについてですか?」

「じゃなくてぇ――」

 花子の頬がふわりと赤みを増す。そして、上目遣いで、プロデューサーに向けて。

「――子作りサービス、だすよぉ❤」

 不敵に笑うその<輝き>に、プロデューサーは思わず後ずさる。加入当時から、そのような雰囲気はあった。花子の故郷は村全体で子供を育てる風習が根づいているためか、誰の子供であるかを問い質す空気がほとんどない。むしろ、減っていく町の人口に一石を投じてくれた、と持て囃されるほどだ。ゆえに、花子は言い切る。セックスではなく、“子作り”と。

 ただし、それは花子の村特有の事情にすぎない。

「私は作るつもりないから」

 優はデリヘル出身者だけに、避妊については人一倍気を使っている。そして、デリヘル出身者であるがゆえに。

「けど、セックスだけなら全然構わないわよ。当然、ステージ上であってもね」

 躊躇どころか、ふたつの仕事をひとつにまとめたい、という考えのようだ。

「ご、ご意見承りましたので……再度検討させてください」

 ルミノのこともあり――さすがにここまで大所帯になると、統一したサービスは難しくなってくる。しかし、それでメンバー間で差別するようなことはしたくない。ならば、劇場とは別のサービスで――? やはり、様々な可能性を検討する必要がありそうだ。

 

 結局、明日の花子は予定通りコンタクトで上がることにして――その後もパチンコ店を軽く覗きながら、プロデューサーは新歌舞伎町の街並みをゆるりと散策していく。この街は店舗の入れ替わりが頻繁ではない。街としてあまりに尖っているため、好んで新規参入してくるのは、前任者から引き継いだ者くらいか。ゆえに、一度廃業すればそのまま放置されてしまうことが多い。それが、犯罪の温床にもなっているのだが。

 そんな中、新規オープンの告知は珍しい。

「メイドキャバクラ『メイドインヘブン』、来月オープンですー」

 キャストと思われるふたりのメイドが道行く人にチラシを配っていた。その声は、雑踏の中でもよく通る。それは、アイドルとして鍛えられたものだからか。

「お疲れ様です、(ひのき)さん」

 声を掛けると、プロデューサーが来ていたことに気づき、しとれは少し気不味そうに視線を伏せる。彼女はすでに劇場公認でメイド喫茶と掛け持ちしている身だ。ここでも働きたいというのであれば、プロデューサーに止めるつもりはない。しとれであれば、きっとそこでも輝けるであろうから。

 話しづらそうなしとれに代わり、同じくビラ配りを担当していた(みなと)が間に入ってくる。その様子は、メイドに従うメイドのようでもあった。

「こんにちは、こちら、新しくオープンするメイドキャバクラで……オープニングには先輩も特別キャストとして入ってくださる……んですよねっ?」

 湊はしとれと共にあるために新歌舞伎町まで追ってきている。オープニング限定とはいえ、同じ職場で働けるのが嬉しくて仕方ないらしい。しとれのメイド☆スターとしての知名度は、メイドキャバクラともなれば存分に発揮されることだろう。

橋ノ瀬(はしのせ)さんが勤められる、ということは、天然カラーズ系列ですか?」

「はいっ」

 ならば、行き過ぎたサービスはないだろう。

「そちらのビラをいただけますか?」

 プロデューサーはあえて、しとれに向けて手を差し出す。彼女の勤務について異論はない、という意味を込めて。

「あ、はい」

 しとれから渡された一枚を受け取ると、プロデューサーはその紙面に目を通す。場所は少し劇場から少し離れており――

「この区域は……」

 かつてこの街が()()勢力に分かれていた際――この一角には、いまは凋落したファンムード系列の店舗が集中していた。しとれはそれを気にしていたのかもしれない。一方で、湊が気にしていたのは勢力が云々ではなく、純粋に一緒に働けるかどうかだけ。

「あ、昔はファンムード傘下でハプニングバーとして営業してたみたいですけど……」

 この街では新規参入はあまりない。つまり、先月のファンムード騒動の際に天然カラーズに移籍し、業務形態を変更した、ということだろう。

 ただし――この時代、無許可のハプニングバーなど現存していない。せっかく許可を持っているのに、それを無為にするような営業を続けるだろうか。何しろ、天然カラーズは本番行為を禁止している。

 不穏なものを感じているプロデューサーだったが、しとれも承知の上だった。

「当面は通常のキャバクラとして営業しつつ、裏サービスとして、性的な接待を徐々に追加していくそうです」

「それがなければ期間限定でなく、ずっと一緒にいられるのに……」

 言って、湊は何故かプロデューサーの方を恨めしげに睨む。だが、店の都合は店長の意向によるものだ。ゆえに、部外者には部外者としての心配しかできない。

「あまりご無理はなさらないよう。身の危険を感じましたら、速やかにご連絡を」

 こういうことは、個人で訴えるより事務所から出た方が話も通じやすい。

 だが。

「いえ、元ファンムードといえども天然カラーズが受け入れるほどですので、求められるとしても精々一般的な前戯()()()かと」

 前戯を“くらい”と断じた上で。

「ですが、私はTRK劇場のメイドですので、劇場以上のサービスを外で行うのは、ちょっと……」

 つまり、裸になったり着衣で抱き合ったりするのはTRKとして行っているのでともかく、そこから先は本業を超えてしまう、と懸念しているらしい。

 この事情を、湊も知っていたのだろう。

「TRKさんも、本番までしちゃえばいいのに……」

 その呟きを、彼は男としてあえて聞かなかったことにした。しかし、それを湊は認めない。

「劇場で本番までヤるようになったら、先輩はメイドインヘブンの方にも在籍してくれるそうなんですけど……ッ!?」

 普段控えめな湊だが、先輩のこととなるとそこはかとなく押しが強くなる。

「TRKさんは、いつになったら劇場でヤれるようになるんですか……ッ?」

 この勢いは、もはや劇場前で出会った男性のようだ。しかし、相手が女性だけに、彼としても対処しづらい。だが、しとれは劇場の都合もよく知っている。

「急かしちゃダメよ。他のメンバーとのバランスもあるのだから」

 しとれが良識的であってくれて、プロデューサーも助かる。しかし、湊としてはそれを言い訳にしてほしくないようだ。

「でも……先輩は、いいんですよね?」

「それは……はい。本番行為こそ、ご主人さまたちが一番求めているご奉仕ですから」

 彼女の言葉に、後ろめたいものはない。それは彼女の持つ輝きだけでなく。

「むしろ、本番奉仕をお望みでしたら我が劇場へ、と誘導もできるかと」

 しとれはすでに、それを見越した接客まで考えている。だが、プロデューサーにそこまでの構想は未だない。

「も、もう少々検討させていただけますでしょうか……?」

「もう少々っていつまでです? 具体的な時期と展望を……っ」

「だから湊、そう急かすものではないと……」

 おそらく湊としては、キャバクラの方が裏接待を始める頃には劇場でもそれ以上のサービスを実施できるようになっていてもらいたいのだろう。ただ、それに応えられるかどうかは――他のメンバー次第というしかない。

 

 どうにも納得できない湊のことはしとれに宥めてもらい――気づけば、リハーサルの時間が近づいてきているようだ。街も薄暗く、女のコをひとりで歩かせるには少々危うい。夜舞台のリハーサルの際には、プロデューサーは出演者たちを駅まで迎えに行くことにしている。

 待ち合わせ場所である駅前広場に到着すると――街路樹に寄りかかって、(けい)が音楽を聴いていた。どことなく澄ました表情で、クールな雰囲気を漂わせている。

 しかし、そんな慧の姿が輝いて見えた。ゆえに。

「やぁ、親方」

 彼がやってきたのに気づいて何気なく向き合う慧だったが、一歩、二歩、と近づいたところで――ひょいと飛びかかってきた。が、その両腕は空を切る。

「……ちぇ。不意打ちのつもりだったんだけど」

「そのような予感がありましたので」

「あ、気づいてたんだ」

 そう言って、慧はそっとスカートを捲り上げる。その中にはスッキリしたショーツではなく、ゴテゴテしい廻しが巻かれていた。

「明日は大一番でしょ? テンション上がっちゃってね。学校から穿いてきちゃったんだよ」

 音楽を聴きながらも、おすもうプレイに心を馳せていたのだろう。それだけでも輝きを感じさせるというのは、よほど好きだからに他ならない。

「ねぇ、親方、明日は物凄い数の人たちがボクたちの取り組みを観戦しに来るんだよね」

 その瞳は緊張より期待。だが、ライブ自体に対してだけではなかった。

「そしたら……何人かはいると思うんだよ。ボクのおすもうプレイを……受け入れてくれる人も」

 やはり慧の関心は、どこまでいってもそこに収束するらしい。しかし、だからこそ彼は彼女をスカウトしたのである。

「かも、しれません」

 そう答えるプロデューサーだったが、慧にはいつも不自由させている自覚はあった。劇場としては、やはりおすもうキャラとしてより、学生としての慧の方をどうしても推す形になってしまう。だがその理由は、おすもうが売りとして出しにくいという都合だけではない。

「そしたら、お客さんと舞台でおすもうプレイ……とかさ」

 女子相撲特有の水着等を中に着ることなく、素肌の上に廻しひとつで――それが彼女のこだわりである。だが、はぐサーであっても上半裸の許可は出せない。それどころか、決着は“もろ出し”を望んでいる上――

「……もちろん、負けたら……ってとこまで、さ。そこまで含めて好きなんだから、おすもうプレイ」

 元々出会い系掲示板で相手を探していたほどだ。求める先はそこなのだろう。ゆえに、プロデューサーはここでも即決を避けた。

「……検討させてください」

 しかし、慧にとってここはまさに大一番である。

「せっかくボクだけおすもうルックを混ぜてもらえるよう調整までしてもらえたのに、ここでせっかくおすもうプレイに興味持ってくれる人が出ても――」

 念願のおすもうプレイのため、あとひと押しだと慧は詰め寄る。だが。

「――あっ、 駒辺(こまべ)さん、 沖道(おきみち)さんが到着されたようですよっ」

「誤魔化した……」

 駅から出てくる 春奈(はるな)の姿が見えたため、プロデューサーはここぞとばかりに話を打ち切る。彼女はひとりではなく、学友の男子たちと一緒にここまで来たらしい。隣のおすもう女子からはまだ話し足りない雰囲気を感じるので、彼は慧を連れて速足で春奈と合流した。

「お疲れ様です、沖道さん」

 しかし、そう声をかけただけで――男子たちはすぐさま春奈をかばうようにプロデューサーに対して睨みを利かせる。間違っても、友好的には見えない。むしろ、これに春奈の方が焦っている。

「あ、あ、その人はプロデューサーさんだから……っ」

 それで、すぐに誤解は解けた。男子たちはさっと春奈のために道を開ける。まるで、令嬢の護衛のようだ。そんな男子たちを、春奈は無邪気に労う。

「みんなありがとうね。今夜もステージ、頑張るから」

 待ってるね、楽しみにしてるよ、と口々に春奈応援しながら、男子たちは街の方へと連れ立っていった。おそらく、どこかのファーストフード店で時間を潰し、劇場へと来るのだろう。

 同じ学生として、この手厚さに慧は素直に感心している。

「すごいねぇ。もしかしてファンクラブ?」

 春奈にはそんなつもりもないらしく、恥ずかしそうに否定する。

「そっ、そういうほどのものでもなくて……ただのクラスメイトというか……。けど、いつもとても親切にしてくれて……」

 彼は責任者として客の動向は把握している。この時代、成人していれば学生であっても来場を拒む理由はない。春奈と同じ学校の制服の彼らは足繁く劇場に通っており、ブロマイドを購入している姿もしばしば見られる。もはや名実ともにファンであり、その集団であればファンクラブと呼んでも差し支えはない。口では否定しながらも、春奈自身もやはり自覚はある。

「いつも、何らかの形でお礼がしたいなー、なんて思ってるんですが……いえ、()()()ステージで頑張ることも、お礼のひとつなんですけど……」

 それだけではまだ足りない、と春奈が感じているのは、やはり男子たちの下心を承知しているからだろう。言葉にしづらいふたりに代わり、慧が躊躇なく切り込んできた。

「なら、えっちしてあげればいいんじゃない?」

「ひぇっ!?」

 はっきりと口にされて、春奈は顔を赤くする。だが――ずっと、自分の中でも考えていたことだった。

「さすがにクラスの男子たちと……っていうのはすごく恥ずかしいですけど――」

 決して、率先して身体を委ねたいわけではない。だが、それでも。

「もしそうなっても……私、頑張りますから……」

 そうしたら、褒めてくれますか? ――春奈の瞳――何より、眩く差す<スポットライト>がそう訴えかけている。

 ゆえに。

「もし、そのような催しを実施することがありましたら……はい」

 頑張る春奈を褒めないなどはありえない。だが、その頑張りを歓迎して良いものか――いまのプロデューサーには、まだ答えを出すことはできなかった。

 

 劇場へは新宿両国通りを渡った方が近いが、プロデューサーは通りに沿う形で右折する。彼が無駄に寄り道するようなことはない。なので、春奈は確認のために問う。

「カラオケボックスに寄っていくんですか?」

「はい、 園内(そのうち)さんと 丘薙(おかなぎ)さんも出演されますので」

  晴恵(はるえ)は直前までシフトが入っているし、糸織はギリギリまで店長としての業務に従事していることだろう。他のメンバーは明るいうちに入場しているはずだが、残されたふたりは彼が付き添わなくてはならない。

 駅からそう離れてもいないため、目的の建物にはすぐ着いた。いつもどおりなら、晴恵は休憩室の方で待機している。そこで、ふたりにはフロントで待っていてもらい、プロデューサーはひとりで迎えに行くことにした。しかし――

「ひっ、ひゃあああああっ!?」

 休憩室の扉を開けた向こう側で、まさか全裸の女性がスクワットしているとは思いもよらない。甲高い悲鳴に押し出されて、プロデューサーは慌てて戸を閉めた。先程通ってきた際には、フロントで待っていた客はいなかったはず。奥から悲鳴など響かせて、不安にさせることがなかったのは不幸中の幸いだったかもしれない。そんなことを考えていると、程なく部屋の中から声がかけられた。

「す、すいません、もう大丈夫ですので……」

 それで、プロデューサーは改めて扉を開く。だが、晴恵は相変わらず全裸だった。いつものマスクだけかぶって、申し訳なさそうに肩を落としている。

「明日のライブには、私も素顔で出られたら、と特訓していたのですが……」

 そういえば、一瞬ではあったものの、マスクを取った晴恵の顔を見たのは久しぶりかもしれない。

「ご、ご無理はなさらないよう……」

 というより、そろそろ出発なので、服を着てほしいのだが。

「それよりコーチ! 私、気づいたんです!」

 晴恵の気分の切り替えは早い。床から天井に向けて生えていた肌色の棒を、引っこ抜くようにキョプンと剥ぎ取る。どうやら、吸盤で貼り付いていたらしい。

 そして、プロデューサーに向けてぐいと突きつける。

「これ、男性の股間を模してるんですよね!」

 わざわざ問い直す必要さえないことだった。ゆえに、プロデューサーは悪い予感を禁じえない。

 そして、予感は的中した。

「でしたら、本物の男の人で特訓してみるのはいかがでしょう!?」

 これまでのステージでは、いま晴恵が誇示しているアイテムを使って幕間にショー的なことをしていたこともある。しかし、実際の人相手となると、やはり容易に採用はしづらい。

 晴恵は家庭の事情で性関係の情報を徹底的に遮断されてきた。それもあり、これを性行為ではなく『身体の内側から鍛えるスクワット』として認識している。ここに来てある程度の知識は身につけつつあるようだが、いまだ羞恥心の方が追いついていない。なので、プロデューサーは一先ず別の理由で誤魔化すことにする。

「あ、明日はMCの時間は設けておりませんので……」

「むむむ、それでは仕方ありません」

 晴恵は案外簡単に納得してくれた。しかし。

「でしたら、平時の舞台であれば問題ありませんねっ!」

 やはり本質を理解していないらしい。晴恵に対して説得するのは、他のメンバーよりも時間がかかる。そこで、彼は強引に話を変えた。

「と、ところで、イワ爺さんを見かけませんでしたか?」

 すると、ここで意外な返答を得る。

「お爺さんであれば、つい先程あちらの事務所の方にいらっしゃいましたよ」

 これは思わぬところで僥倖を得た。老人は享楽ではなく業務のために外出していたらしい。

「ありがとうございます。では、園内さんは出立の準備を」

「いえ、いつでも出れますがっ」

 晴恵はマスクの縁をニョイニョイと伸ばしてみせる。これに、プロデューサーは諦め――一先ず、イワ爺との用件を速やかに済ませておくことにした。

 

 カラオケボックス事務所――兼、店長室――そこにイワ爺は来ているらしい。かつてはプロデューサーの部屋だったが、現在はここの運営を任せている糸織の私室となっている。何やら、イワ爺は彼女に用事があったようだ。しかし、プロデューサーが扉を叩くのと合わせて。

「むぎゃぎゃぎゃぎゃー!?」

 中から騒がしい声が聞こえてくる。聞き馴染みはあまりないが、そこが糸織の部屋ということで絶叫の主に見当はついた。中から返事はないが、放っておくのも危うい気がする。なので、速やかに室内を確認しておくことにした。そして、またしても静かに戸を閉めることとなる。

「ちょ、ちょ、アンタはにゃーッ!?」

 声の主はあんにゃであり、ここまでは予想通りだったといえる。が、ふたつの肌色が絡み合い――一応、ブラとショーツは着けていたとはいえ、あまり人様に見せるものではないのだろう。何より、あんにゃの方は糸織にやられたのか、カップをずらされ、乳首を引っ張られていた。状況は掴めないが、とりあえず男は部屋の外で待っていた方がいいのだろう。イワ爺は普通に室内の簡易ベッドに腰掛けていたが。

 様々な思いで、待つこと一分弱。

「おー、もうええで」

 糸織から許可を得たので、プロデューサーはようやく部屋に入ることができた。しばらく見ないうちに簡易ベッドの掛け布団は上質なものに変わっており、敷布団はマットレスになっている。資料の棚にはレースのカーテンが垂らされ、少々華やかな雰囲気だ。何より、ハンガーラックに掛けられていたワイシャツの群れが、色取り取りの小さな上着に取って代わっている。何から何まで女子の部屋として塗り替えられていた。そんな中でも、机に飾られた手の平サイズの半裸女子フィギュアは異質だが、そういうところも糸織らしい。座る椅子は少々大きめに見えるも、すっかり部屋に馴染んだようだ。

 先程までの糸織は下着姿だったが、いまは『YouはFxxk』と書かれたLLサイズのTシャツを一枚だけかぶっている。ここと劇場の往復くらいは、この程度のゆるい格好で出歩いてしまうらしい。晴恵と違って全裸でない分まだマシだが、その胸のロゴは街柄的に危ういのでは、とプロデューサーは心配になる。

 一方、あんにゃはよく見るゴスロリではなかった。大きく襟元の開いたニットのトップスに、膝上のスカートを穿いている。どうやら今日は歌い手としてではなく、オフとして来ているらしい。部屋で用意されているパイプ椅子を開き、むっちりと腰を据えていた。

 今回、プロデューサーは糸織でなくイワ爺の用件で来たのだが、その前に来客に対する非礼を詫びる。

「先程は失礼しました、あんにゃさん」

「乳のひとつやふたつ気にせんでええやろ。明日は下も丸出しで人前に出るんやし」

「そーいう問題じゃないにゃ! ったく、アンタらの感覚にゃついてけんにゃ」

 実際、ここのメンバーが人並み外れてオープンなのだ。それについては、プロデューサーとしても日々肝に銘じている。

「それで……先程は一体何を」

 ケンカ――というわけではなさそうだったが。

「ほれ、せっかくテレビに出るさかい、組んず解れつのパフォーマンスをやな」

 明日の大舞台とは別に、来月糸織とあんにゃは地上波への出演も決まっている。それを視野に入れた検討会が開かれていたらしい。だが。

「それが、先程のコブラツイスト……?」

 あれでは、どんな番組に出るのか想像もできない。

「ちゃうねん。アレはオリジナル・ホールド『チクビツイスト』やっちゅーねん。肩のホールドが甘い分、代わりにビーチクをぎゅぎゅーっとできる魅せ技やで」

 どうやら、コブラツイストをベースにした新技らしい。歌い手出身として出演するにしても、糸織は何かと奇抜なことをやりたがる。

「アイデア持ってこなかった()()()も悪かったけど……やっぱ、アレはにゃいにゃ」

 あんにゃは糸織と異なり、コメディリリーフは好まない。ただ、地上波と聞いているだけに、プロデューサーとしても心配はある。

「はい、やはり、みだりに服を剥がすのは……」

 放映時間が深夜帯であれば、禁止こそされてないとはいえ。

「っつーか、最初は普通にコブラツイストだったにゃ!」

「あんさんが痛いゆーから肩のロック緩めて代わりにビーチクをロックしたんやろ」

 結局、ただのセクハラだった。ゆえに、責任者として一応一言窘めておく。

「……やはり、『 NyA-oX(にゃぉックス)』はスタンダードなパフォーマンスでいった方がよろしいかと。部外者が口を出すことでもありませんが」

「いにゃ、出して出してにゃ! アンタのほーがよっぽと常識人にゃ!」

「つまらんっ」

 プロデューサーに加勢するあんにゃを、糸織は不貞腐れて一蹴する。

「そもそもPはん、さっきの技な、劇場のパフォーマンスとして開発しとったんやで」

「意外です」

 糸織は女子同士の絡みはあまり好まない、と彼は記憶していた。実際、その通りではある。とはいえ。

「やっぱ組んず解れつってのがウケるさかい」

 そこには複雑な事情もあるらしい。

「できれば、こー……ちょいええか」

 スッと立ち上がると、糸織はプロデューサーの後ろに回り込む。そして、自分の襟首の後ろに彼の右腕を回した。本来コブラツイストを極めるとき、相手の肩は自分の脇の下で固めるはずだが、ふたりの身長差は四〇センチ近くある。そのため、さすがにその低さを通すのは無理だと判断したらしい。が、これでは逆に糸織の首が締められてしまいそうだ。しないけれども。とはいえ、糸織の左足はしっかり彼の左足に絡んでいる。もはや、ただしがみついているだけのコブラツイストもどきだ。

 別段痛くもないのでプロデューサーは糸織に身を任せていたが、彼女の右手が徐に男の股間を狙っていたため――慌てて女子の身体を押し剥がす。元々固めていなかったため、糸織は簡単に弾かれた。

「チッ……まー、こんくらいタッパはあっても届く……と」

 どうやら、狙っていたことには違いないらしい。糸織は残念そうに再び元の椅子に収まる。だが、悪びれることはない。

「てか、いつまでおにゃのこ同士やねん」

「と、言いますと?」

 質問の意味をプロデューサーは問い返す。

「せやから、ああいう絡みやったら、男女でやった方が絶対おもろいやろし、客も喜ぶに決まっとる」

 先程のコブラツイストもどきは、男性客に掛ける前提で考案されたようだ。確かに、ファンであれば喜ぶに違いない。しかし――ここでふと、今日はそのようなことばかり議題として挙がっているような、と彼は思い返す。

 理解は示しつつ、自分から求めはしない――若者の性格を、老人はよく理解していた。ゆえに、朗らかに笑いかける。

「ファファファ。まるで『まな板ショー』じゃのぅ」

「まな板ショー?」

「ファ……もはや、百年以上前……ストリップ劇場最盛期の頃の話じゃて」

 つまりは、イワ爺の曽祖父の時代の話だ。ヌードショーには様々な歴史がある。規制の強化と緩和の繰り返しを経て――三〇年ほど前の改正によって、法的には行うことも可能となった。が、肝心のストリップ劇場自体が風前の灯であり――女優たちからしても、わざわざそのようなサービスを貧しい劇場で提供する必要性もない。逆に客たちも、過激なサービスを求めるのであれば、それ相応の店に出向く。イワ爺自身に積極的に盛り上げていく気概もなかったため、これまでは実現しなかった。しかし、この若者が集めてきた二十五人の女のコたちなら――いや、もうすぐ――

 老人は、父や祖父から聞かされてきた昔話に思いを馳せる。だがプロデューサーは――きっと、ここで直接教授してもらうような内容ではないのだろう、と察した。

「ところで、イワ爺さん。私に何かご用があるそうで」

 プロデューサーはここへ来た目的を切り出す。そしてそれは、イワ爺にとっても良い頃合いだった。いまなら見える。若者に率いられた踊り娘たちによる、百年前の最盛期の姿が――

「うんうん……そろそろ劇場を譲り渡す時期が来たようでな」

「まだ気が早いのでは」

「Pはんが遅すぎるで。あとひとりやっちゅーに」

 プロデューサーとしては、これまでひとりたりとも簡単にスカウトできたとは思っていない。すべては、幸運の賜である。ゆえに、最後のひとりだからといって、イワ爺や糸織のように楽観視はできない。だが、ふたりはすでに正式に経営交換した後のことを視野に入れているようだ。だからこそ、プロデューサーは疑問に思う。

「ところで、その後は……」

 視野に入れている割りには、この部屋はイワ爺に明け渡される雰囲気ではない。ならば、支配人室にあった先住者の家具はどこへ行ったのだろうか。

「いやー、この建物は老人が暮らすにはちと厳しくての」

 そもそもここは商業施設であって、住居用の建物ではない。

「近所のマンションから通わせてもらうぞい」

 もちろん、 裸の家(メゾン・ニュー)とは別の。

「っちゅーことやから、この部屋は引き続きウチが借りとくで。ま、貸してくれるんはイワ爺はんやけどな」

 今後、この建物はプロデューサーの手を離れる。ゆえに、使い方は新たな持ち主次第だ。とはいえ。

「ファファ、一先ず九階の“休憩室”もそのままにしとくぞい。最上階のライブ会場もな」

「ありがとうございます」

 ただ、あくまで休憩室とは名目上であり、あまり長く使っていては、イワ爺が迷惑を被ることだろう。ただ、彼女たちがバイトとして勤務を続けることには違いないので――メンバーの住居については、追々考えていく必要がありそうだ。

 そして、ようやくイワ爺は本題に入る。

「して、お主、バーテンダーの目処は立っとるんかの?」

「あ、いえ、そういえば……」

 日々プロデュース業ばかりに注力しすぎて、その辺りのことが疎かになっていた。

「ったく、Pはん本当に一つひとつが遅いで」

 そう言って糸織はため息をつくも。

「ま、本業ばっかのあんさんのために、ウチらがフォローしとるんやけどな」

「恐れ入ります。……と、いうことは……?」

 糸織はカラオケボックスの運営であって、劇場の方は霞が担当していたはずだ。が、今回はあんにゃに視線が集まる。

()()()の知り合いにお酒関係の仕事の人いくらかいるから、紹介してくれー、って呼び出されたにゃ」

「ま、酒関係っつーか、ぶっちゃけホストやけどな」

 劇場のことなら霞と直接話をした方が早そうだが――あんにゃはあの秘書に合うのが怖いのだろう。ということで、ここでの打ち合わせとなったようだ。

「ファファファ。まだ若造どものようじゃが……これでも、四十年以上カウンターに立ってきた身じゃ。伝えられることもあるじゃろうて」

「ありがとうございます」

 イワ爺はプロデューサーとバーの今後について話すつもりだったようだが、本人が到着した頃にはすでに大方決まっていたらしい。

「これからも事後報告になるやろけどな。あんさんはあんさんのすべきことをしぃ。例えば……」

 そう言って、部屋の時計をチラリと見上げる。

「カワユイおにゃのこたちを劇場まで送り届ける、とかな」

 糸織自身も席を立つ。彼女もこれから、『めいんでぃっしゅ』のひとりとしてステージに上がらなくてはならない。

「ほな行くで。今日があっての明日やさかい」

 なお、あんにゃはこの後すぐ帰った。一度盗撮をやらかしている前科もあり観客として入りにくいということもあるが――やはり、霞が怖いため、劇場にはあまり近づきたくないらしい。

 

 直前まで仕事などの用事が入っていた面々はともかくとして、他の出演者たちは暗くなる前に会場入りしている。準備もとっくにできており、後から来たメンバーの到着を待って、速やかにリハーサルは行われた。今日はライブビューイングのための前夜祭としての意味合いが強い。明日の見どころなどのアピールを交えながら、各々楽曲を奏でていく。

 この時点ともなれば、新たに大きな問題は発生しない。が、未解決の課題は残されている。それを相談するため、出番を終えたその一団は舞台袖に他の出演者たちを残してプロデューサーと共に控室へと戻っていた。 古竹(ふるたけ) 未兎(みと)に率いられて。どうやら、彼女に思うところがあるらしい。

 時間もないので、脱いだ衣装はホールの方に置いてきてしまった。ゆえに、ストリップとして脱ぎ終わった後の姿で、会議用の長机に各々着席する。未兎はともかく、他のメンバーたちは少々居心地が悪そうだ。それもあり、早々に済ませるため未兎は単刀直入にプロデューサーに告げる。

「いっそのこと、大サビからは歌とかダンスとか以外を組み込むことってできない?」

 相変わらず脱ぎ終わった後は動きが鈍くなってしまう 佑衣(ゆい)をフォローするのは誰が適任か――これまで様々な試行錯誤を繰り返してきた。今夜は、会場の状況を見ながら臨機応変に演奏を調整できる 京子(きょうこ)、歌の未兎、ダンスの 杏佳(きょうか)と組むことになっている。杏佳はデュエットの嗜みもあり、まるで二人羽織のように、ダンスの方はしっかりと魅せてくれた。が、ボーカルとしてはされるがままであり――ああも揺さぶられては、声を出すのも難しいのだろう。結局、未兎がひとりで引っ張る形となり、佑衣が空気となってしまった。

 それゆえの未兎による思い切った発想――だが、最も盛り上がる大サビから歌とダンスを抜くことなどできるのだろうか――?

 京子を合わせることで、楽曲は録音再生よりも柔軟に対応できる。霞(酔っ払い)の縦横無尽な暴走っぷりに応じたBGMを即興で演奏してもらった際には実に盛り上がったものだ。これを応用できないか、と未兎は考えている。ただ、佑衣は暴走ではなく消沈だ。そんな彼女を――明日の大舞台でもどうにかして活かしたい。

 それで思い出されるのは直近のこと。

「例えば……プロレス、とか?」

 ふわふわした佑衣であれば、さぞ技もかけやすいだろう。とはいえ、そんな状態で関節を極められては危険かもしれない。というより。

「アホなの?」

 杏佳は心底呆れている。

「レズプレイはNG。だったら、お客さんとの方がいいわ」

 未兎は別の理由でダメ出しをする。同性で肌と肌を密着させる趣味はないらしい。彼女はやりたくないことをはっきりと告げてくれるので方向性が立てやすい。だが、お客さんと、というのは如何なものか。そこについてはプロデューサーの方が難色を示す。しかし、未兎の中ではすっかりイメージが組み上がったようだ。

「プロレス技は危ないけど……例えばさ、大サビと同時にお客さんがステージ上に乱入してきて、犯されながら、とかある意味盛り上がるでしょ」

 歌でもダンスでもなく――最後はお祭り騒ぎで締めよう、という何とも豪快な提案だ。

「ああ、そういえば、前にそういうバラエティ歌番組がありましたね」

 否定することなく京子も話題に入ってくる。ただし、それは地上波であるため性的要素はない。ただ、バックダンサーと称して奇妙な格好をしたお笑い芸人が乱入して奇妙なパフォーマンスを繰り広げ、それに笑わないようバンドメンバーたちは唄い続けなくてはならない、という企画だった。しかし、それをこの劇場でやるとなると、お笑いでは済まされない。というより未兎ははっきりと明言している。犯されながら、と。

 ここまで佑衣は傍観者として小さくなっていた。自分をどうやって盛り立ててもらうか、という議題であるため、やはり自分からは発言しづらい。ということで。

「えーと……脱ぎきったー、ってところで、ファンの人が抱きとめてくれて、そのまま……というのは……ウン、ドキドキしますね」

 この案で進める前提として、すでにタイミングの検討に移っている。実際、佑衣の輝きが最も栄えるのは脱ぎ終わった直後だ。きっと、そのときが一番高まっているのだろう。

 そして、京子も。ただし、条件はつく。

「私は、そのー……その頃には大抵やらかしちゃった後なんで、それでも良ければ……」

 一般人を参加させるとなると、衛生面での問題は切り離せない。だが、未兎は異様に前向きだ。

「全然っしょー。そーいう専門プレイのお店だってあるみたいだし」

 まるで、これでいくと決まった雰囲気だが、納得できない者もいることだろう。

「しかし、 乙比野(おつひの)さんは――」

 おそらく、彼女はもっと踊りたいに違いない。なのに、部外者が乱入してきては、一番盛り上がるところで中断させられてしまう。だが――これを杏佳は不当に気遣われているとして受け取った。それは、彼女にとって宣戦布告である。

「は、はぁ? できるに決まってんじゃんっ。男のひとりやふたり、メじゃないっての!」

「いえ、そうではなく――」

 こうなってしまっては、杏佳は人の言うこと聞かない。

「ナニが違うってのよ。だって、この場でノらなかったの私だけだし。そりゃー、いきなりぶっ飛んでったからちょっと出遅れたけど」

 やはり、ぶっ飛んでいるとは感じていたようだ。が、もう追いついていると言いたげに。

「ナンなら、跨ったまま上半身で踊ったるわ! 腕の振りだけでいくらでもヤリようあるんだからね、私くらいになれば!」

 ひらりと机の上に飛び乗ると膝で立ち、腰をくねらせながら肩や腕を見事なまでにキビキビと稼働させている。ただし、実際にできるかはわからない。

「と、ともかく後ほど検討させていただきたく……そろそろ本番が始まりますので……」

 舞台袖で客席やメンバーたちの様子を見守るのがプロデューサーの務めだ。しかし、離席しようとする彼を、杏佳は敵前逃亡と見なす。

「や……やんなさいよ、絶対! やんなかったら、私を侮ってたって捉えるから!」

 彼がそのような理由で中止することはない。だがそのように詰められると、他のメンバーから反対意見が出た際に、どのように説得するかで苦労しそうだ。

 

 一先ず、今日のところはリハーサル通りに。明日の課題として、ギリギリまで検討しておく必要があるだろう。ステージの方は、イベント本番に向けて盛り上がってくれた。どうやら、明日にはTRKショップもオープンするらしい。場所はメゾン・ニュー一階の商用スペース。この件については――物販経験者である糸織、アダルト関連の企画に通じていると 里美(さとみ)に告知戦略に強い霞――この三名がプロデューサーの手を離れて進めてきた。さすがに彼も責任者として、開店前に現地を確認しておく必要はあるだろう。

 さて。

 プロデューサーは行きに続いて、帰りもメンバーたちを送り届けなくてはならない。

「って、この人数で固まって帰るのなら、さすがに大丈夫じゃないの?」

 いまさらなことを京子は口にする。思い返してみれば、結成当時は人数が少なかったし、 萩名(はぎな)グループの後ろ盾もなかった。けれど、いまでは女のコが深夜に全裸で出歩けるほど――むしろ、全裸の方が安全、と呼べる状況である。とはいえ、駅まで送り届けるために外まで下りてきてしまったので、今日のところは予定通り送ることにする。

 しかし。

「おっと、あたしはこれから予定入ってるんで~♪」

 いざ出発というところで、集団の輪から桃が外れる。こんな深夜に何の用事か――と思えば、それはまさに深夜の用事だった。

「紹介するね、マサヤ……とジュンペイ。あたしのセフレっ。今日のステージも観てってくれたんだよー」

 あ、どうも――三人の男たちの間で気不味い空気が流れる。セフレたちから見れば、プロデューサーは桃の身内のようなものなので、父親と相対している気分なのだろう。

 だが、プロデューサーは父親ではない。父親ならば娘から誘惑されることはないのだから。

「今夜はもうお仕事ないんでしょ? だったらPクンも一緒にホテル行こうよー」

 桃も春奈と同じ学生ではあるが、夜遊び慣れしているだけに学生服は着ていない。彼女のJカップを納めるにはサイズが合っておらず、着心地が良くないという都合もあるようだが。深いVネックは谷間を覗かせており、低身長ながら大人びた雰囲気だ。無駄に子供に見えないよう、それなりに工夫はしているらしい。

 だからといって、プロデューサーがその誘いに乗ることはないのだが。

「明日がありますので、辞退させていただきます」

「んー、残念」

 誘ったところで来てくれたことはないので、ダメ元の社交辞令である。なので、プロデューサーもいつもどおりに。

宮條(みやじょう)さんも、あまり遅くまで無理はされませんよう」

 これには、むしろ桃本人より取り巻きの男ふたりがソワソワとした様子だ。やはり、プロデューサーが桃の責任者であるという認識には変わりない。せっかくこれから“アソビ”に行こうとしていたのに、止められてしまうのではないかと不安になっているようだ。なので、桃からもちゃんと念を押しておく。

「大丈夫だってー。絶対行くし。けど、今夜は軽く流すだけだから……ねっ?」

 だったら、今夜くらいは早めに休んでおいた方がいいのでは、とプロデューサーは思う。が、桃としては、むしろゆっくり休むためにはゆかねばならない。

「ほら、ステージでエッチなことして……そのままお預けー、だなんて、ムラムラして眠れないもん」

 どうやら桃にとって、劇場での演目は前戯に等しいようだ。

「だから、はぐサーの代わりにぃ……『ぱこサー』とかしてくれたら嬉しいんだけど♪ 裸で踊った後でそのままぱこぱこーって……んふ♪」

 おおっ――とセフレふたりから嬉しそうな声が漏れる。彼らも、あのようなステージを見せられてムラムラしないわけがない。『ぱこサー』――『ぱこぱこサービス』は、この三人には特に強く望まれている。

 今日、度々検討の機会のあった『これまで以上の企画』――桃は、それを強く要望していたうちのひとりだ。彼女自身の許容範囲の危惧よりも、むしろ周囲を彼女にどれだけ合わせられるか――そちらの調整の方が難しい。

「け、検討させていただきますので……」

「検討ヨロシクー。そんじゃ行こっか、マサ、ジュンジュン」

 セフレの男たちは終始恐縮したまま、桃に連れられて闇の深みへと溶け込んでいった。

 なお桃は、夜半過ぎにはちゃんと住居であるカラオケボックスに戻っていたらしい。

 

 桃の身の安全をセフレに託すことにいささかの心配はある。が、桃とて成人済みだ。いざというときの手助けはすれども、基本的には本人の責任で行動すべきなのだろう。プロデューサーは一〇人以上の大所帯を引き連れて、先ずは『メゾン・ニュー』までやってきた。ここにはメンバーの約半数が居住している。そして一階の商用スペースは明日からTRKショップがオープンする予定となっていた。この時間ではあるが、店内は準備のために未だ明るい。その店頭で、里美が右往左往している。オフであっても、高林秘書を思わせるブラウスとスカートは令嬢としての嗜み――というより、彼女はそれ以外の服装を知らない。少し硬いが、全裸で歩き回るメンバーが多い中では極めて良心的である。

 里美が担いでいるのは等身大ポップのようだ。ショーウィンドウは通りに面しているため、そのような大きな物を配置するスペースはない。それで、里美も困っているのだろう。

 ふぅ、と嘆息したところで、里美は本日の出演組が帰宅してきたことに気がついた。

「お疲れさまです、皆さま。それに、プロデューサーさまも」

 ここの住人からすれば、徐々に進んできた準備が形となって感慨深い――久々に足を運んだ者にとっては自分たちの専門店が現れて誇らしい――扉も開いていたので、各々中や外の様子を楽しげに見て回っている。

 終電もあるので、ここにあまり長々と滞在しているわけにはいかない。なので、手短にプロデューサーは里美に告げる。

「あのー……そちらの等身大ポップですが……」

「はい、置き場に困っておりまして」

 歩道に面しているため、ディスプレイスペースは狭い。

「全員分用意はしたのですけど……」

「それと同じものを二十五人分!?」

 どう見繕っても二枚が限度だ。いや、現実的には一枚たりともここに置くことはできない。

 何故ならば。

「……萩名嬢」

「プロデューサーさま、わたくしは――」

「いえ、それより」

 と、里美の言葉を遮る。そう呼ばれることを快く思っていないのは知っているが、他に呼びようがない。というより、いまはそれどころではない。

「路上に面した場所に全裸のパネルはちょっと……」

 ちなみに、カラオケボックスに飾っているのは脱衣前の着衣パネルだ。

「何故ですの? 皆さん、普通に裸で歩いておられますのに」

「普通ではないのです」

 これまで、宣伝活動は担当部署に一任していた里美は、どうもこのような事情に疎いらしい。

 なので、プロデューサーが自ら一つひとつ説明していく。そして、営業活動を伴わない露出行為のみ、例外的に“見逃されている”ということを理解してもらえた。しかし。

「得心がゆきませんわ……っ!」

 納得はできていないらしい。ともあれ、同意は得られたという前提でプロデューサーは話を進める。

「同じ理由で、窓際に陳列するグッズについても再検討していただきたいのですが」

 SMグッズはジョークとしてギリギリ許されるかもしれない。が、ディルドの類は形状的に完全にアウトだ。

「というより、当劇場は男性客が多いこともありまして、そのような女性向けのグッズはあまり……」

「あら、でもコレ、ファンの声から生まれた企画なのですよ?」

「そうなのですか」

 プロデューサーが目指しているのは女のコたちの輝きであって、そこから派生する横展開は霞に任せきりなところがある。その霞が通したのだから、何らかの理由があるとは思っていたが。

「はい、メンバーそれぞれが思う理想のペニスをグッズ化してみよう、ということでして」

「またこれを二十五本分ですか!?」

 何を出すにも二十五種単位としては在庫が無駄に嵩張ってしまう。この許可を出した霞の狙いが、プロデューサーにはよくわからない。

「……困りましたね。何とも使いどころが難しいというか……」

「でしたら、カップルで使用していただければと」

 そもそもファンの中にどれだけ恋人持ちがいるか、ということはさておき――仮にいたとしても、その用途は難しいだろうとプロデューサーは思う。

「応援しているアイドルブランドのグッズをデートに持ち込む、というのもなかなか敷居が高いのでは」

 ふたりの時間に別の女を彷彿とさせる物を持ち込まれて、カノジョ側が好意的に受け入れるはずがない。

 そのあたりの機微は、里美も理解する。それゆえの、発想の逆転。

「では、わたくしたちに使っていただければ良いのでは」

「と、言いますと?」

 最初、ステージの小道具として使用するのかと思ったが、里美の発想はより大胆に。

「お客さまにステージまで上がっていただき、そこで持参しましたこちらのディルドにて――」

「いえいえいえいえ、それはちょっと……っ!」

「何故ですか? わたくしは構いませんよ」

 そう言って、里美はチラリとウィンドウを見る。その中には、彼女がプロデュースしたディルドも含まれていた。彼女は監督として様々な男性器と対面してきている。それはその集大成――自分に使用されているところを想像して、少し気分が盛り上がっているようだ。

「あ、でも、実際に抱き合うのでしたら男の人だって、そのままオモチャより、最後はご自身のペニスをお使いに――」

「いえ、いえ、それは……中には、難しいメンバーもおられますので……」

 客をステージに上げる前提で話が進み始めているので、プロデューサーはすかさず止める。そして、里美は止められた上で。

「少なくとも、わたくしは歓迎いたしますわ。やはり、女性はセックスの中でこそ輝きますもの」

 里美は元々AV女優志望だった。ゆえに、そう考えても不思議はないが、メンバー全員が同じ意見ではない。

「わ、わかりましたので……一先ず、ディスプレイについては再考していただきますようお願い致します……っ」

 里美が熱を帯びてきたので、プロデューサーは話を打ち切らざるをえなかった。しかし――メンバー全員の同意をえることは難しいだろう。その際に内輪揉めに発展することがないよう彼は願っていた。

 

 メゾン・ニューの住人たちが建物に入っていったのを見届けて、次はカラオケボックス、そして駅――これまで、少人数だった頃の習慣のまま送迎を行ってきたが、今後は、人数によっては考えた方がいいかもしれない、とプロデューサーは考え始めていた。

 ともあれ、帰り道はまっすぐに。新宿両国通りを渡り、新歌舞伎町の街並みを横切っていく。この時間ともなれば、路上に面した一階で営業している店は軒並み閉まっている。いや、開いている店もあるが。二十四時間営業の牛丼屋などは。それに、閉まっている店も中は明るい。防犯上、その方が目立つためである。ひと気はなくとも光だけはあふれる異様な街・新歌舞伎町――その一角に、際立って異様な一団がいた。

「ぎゅっぎゅっぎゅぎゅぎゅー♪」

「あー……」

 道幅が広くなることでちょっとした広場のようになっているそこに、女のコが四人、全裸で戯れている。先程、身の安全のために皆々を送り届けてきたばかりだというのに。一体自分は何をしていたのだろうか、とプロデューサーは己の無力さを嘆くしかなかった。とはいえ、その四人の中のひとりは、男であっても恐怖する戦闘力を備えている。だからといって、安心して野放しにしておくことはできないが。

 彼女たちの前の地面に置かれている立て札に記されているフレーズは『フリーハグズ』――抱き合うことで平和を願う活動――今世紀初頭に流行したと聞いている。ただ、服は着ていたはずだ。さすがに下心を漲らせた男といえども、深夜の路上で裸の女から突然抱け、と言われては躊躇しないはずがない。ちなみに、これまでは昼間に実施されていたらしい。だが、男といえども人目があると恥ずかしいのでは、という意見があり、この時間に移されたようだ。が、むしろ怪しさが増しただけといえる。

 ということで、実際に抱いているのは同じメンバーの 朱美(あけみ)だけ。本人曰く、サクラも必要なのー、ということらしいが、全裸女子が抱き合っていれば、いよいよ男は割り込みづらい。

 いまさら取り下げることもできず、されるがままに抱かれる操は、完全にアテが外れて、すっかりやさぐれている。彼女は男を誘惑するのが好きなのであって、同性とのスキンシップは、むしろ――高校時代は勇ましくも男前な気風が祟り、女子からの告白が絶えず、そっち方面はもう勘弁して欲しいのが本音だった。

 一方プロデューサーとしては、このような行為に対して日々小言はこぼしているのだが、霞のような威厳がないため、彼女たちは逃げようとさえしない。

「これは一体、何をされているのでしょう……?」

 TRKの宣伝のような営利活動は本当にマズイので、その一線だけは守っているらしい。それでも、これは劇場のためを思ってのことであるため、 李冴(りさえ)は堂々と薄い胸を張る。

「えーっとね、ルミノちゃんもはぐサーできるようになりたいって言うから」

 男装でステージに上がることも多い李冴だが、日常でそのような言動で振る舞うことはない。今日は普通に女子として、男子からフリーハグされることを期待していたようだ。下も完全に曝け出しており、そこは見紛うことなく女子である。

 そして、ルミノもまた同様に。彼女は自らの乳輪周りや割れ目に施された刺青まで含めてすべてを魅せつけている。関わり合いになるには、残念ながらその時点で敷居が高そうだ。

 ルミノは、男性に対して警戒心が強い。ゆえに、これまではぐサーだけはNGとしていた。恐怖を乗り越えスキンシップを図れるようになってくれるのなら、劇場としても非常に助かる。

「と、いうことで……プロデューサー、両手出してくれる?」

「こうですか?」

 李冴に言われて、プロデューサーは手相を見せるように、ふたつの手の平をかざしてみた。が――カチャン――素直に応じた彼にもたらされたのは冷たい拘束。

「なっ、こ、これは……!?」

 見るからに手錠であるが、ここでこのような仕打ちを受ける理由がわからない。

「オレは、両腕折っときゃいーんじゃねーの、ってゆったんだがなー」

 操は一応、外向けのツインテールウィッグに眼鏡をかけている。だが、ベタベタと擦り付けられる生温かい柔肌で不愉快になっているのか、その口調は素のものだ。

 物騒な物言いに思わずたじろいだプロデューサーだったが――ふわりと寄せられた優しい温もりに、少しだけ心を落ち着かせる。そして、その温もりの正体に、少しだけ驚かされた。

「す、砂橋さん……?」

 これまで、プロデューサーであっても距離を置いていたルミノが、自ら彼の腰に両腕を回している。手が自由にできない――その安心感が、このような急接近を可能にしたのかもしれない。

 だが、彼女の背中を押したのはそれだけではなかった。

「フフ……フ……ウフフフフ……♪」

 男の腕の下に潜り込んでいるルミノの吐息は熱い。それは、放たれている<スポットライト>を本物と感じさせるほど。

「砂橋さん、落ち着いてください……っ」

 ルミノは腰を擦り付け、激しく男の股間を撫で回す。抑えることなく、完全に発情しているようだ。

「おちんちん……おちんちん、かたぁい……❤」

 一線を乗り越えたルミノは確かに美しく輝いている。その<光>に魅せられて憤ってしまったのであり、彼女が期待しているためのものではない。だが、ルミノは興奮に任せてジリジリとスラックスのファスナーを下ろしてゆく。しかし、そこが開き切る前に。

 カチャリ。

 その音で、ルミノは一気に冷めてしまったようだ。小さく悲鳴を上げるとパタパタと逃げ去り、操を背中からぎゅっと抱く。それは純粋に恐れからくるものなのだが――結果的に、前後から全裸女子に挟まれて、操はさらにゲッソリさせられた。

 おとなしい仔犬のようになったルミノに向けて、李冴はじとっと睨んでいる。

「ルミノちゃん、順番」

 それを指摘され、言われた方ははにかみで誤魔化す。その意味をプロデューサーは知らないが、ともあれ手錠を外してもらえてホッとしていた。

 が、ルミノはしょんぼりしている。

「おちんちん……硬かったのに……」

 女のコにしょんぼりされると申し訳なくなってくるのが彼の(サガ)だ。それを知ってか知らずか、ルミノは上目遣いでしおらしく訴えかける。

「おちんちんくれるなら、あたし、はぐはぐサービス頑張れるかも……?」

 それは難問だ。なぜなら、それはもはやはぐサーの域を完全に超えている。責任者としてより、同じメンバーからの反対意見が欲しいところだったのだが。

「ああ、私はむしろ歓迎だよ。見られるだけより、シた方が豊胸にも効くだろうしね」

 男装はすれども李冴に百合趣味はない。むしろ、プロポーションの発育に有用だと考えている。

 さすがに、男嫌いの操なら反対するはず、と助け舟を求めてみた。が、しかし。

「ミサの中で男の人が負けちゃうところぉ……見てみたいなぁ♪」

 操は男女の営みを勝ち負けで捉えている。きっと、嬉々として男性客との対戦を望むに違いない。そして、朱美は言わずもがな。彼女のスキンシップ対象に男女の垣根はない。

「と、ともかく……砂橋さんの件は、もう少し検討させていただくということで……」

「あたし、おちんちんもらえなきゃ、頑張れない……❤」

 ルミノはしょげた顔を作ろうとしているが、口元が抑えきれずにニヤついている。女のコにそのような単語を使わないで欲しい――という男子の思いが、引かせて興奮する彼女の性癖に薪を焚べているようだ。しかし、それと同時に<スポットライト>も放たれる。この美しさをどのように届ければよいか――そもそも、ハグを飛び越してこれでは――やはり、彼女たちをどのように御するかが最大の問題のようだ。

 

 操、ルミノ、朱美はメゾン・ニューに住んでいる。夜も遅いので送っていこうと申し出たが、操の拳によって拒まれてしまった。

「オレより弱い護衛なんて意味ねぇだろ」

 彼女があと一歩踏み込んでいれば、プロデューサーの鼻の骨は砕かれていたことだろう。

 唯一自宅通いの李冴だったが、今夜はルミノのところに泊まっていくらしい。なので、フリーハグズの一団は操に任せ、プロデューサーは改めて帰路に就いた。

 角を曲がると、その先には飲み屋が連なっている。そこには、昔ながらの細道に多くの居酒屋がひしめいていた。通りに喧騒が満ちているのは、路上にカウンターの面した立ち飲み屋も散見されるからだろう。そして、道端では見慣れた光景が繰り広げられていた。

「あーっはっはーっ、オッチャン、ちんぽアルコール入ってるぅ~?」

 上から下まで――ストッキングだけは残しているが基本的には全裸である。女性にしては大きな身なりとその背を覆うほどの長い後ろ髪、そしてふくよかな胸を揺らしながら男の上に跨がり豊満なお尻を激しく打ち付けている。酒あるところに霞あり――そして、騒動を収拾するのは大抵プロデューサーである。とはいえ、仰向けに押し倒されている中年男性の方もまんざらでもなさそうだ。事件性はなさそうとはいえ、明日のことを考えればあまり問題を起こしてもらいたくないところではある。

 これからちょうど劇場に戻るところだ。回収していくにはちょうどいい。そう思っていたのだが――今日の乱痴気騒ぎは霞ひとりではなかった。

「んー、ちんぽは悪くないけど、悩みとかある?」

「じ、実は、就職がまだ決まらなくて……」

  紫希(しき)は若い男性の上で腰を妖艶にくねらせながら、しんみりと相談に乗っている。全裸で。男性器から相手の人格や心情を読み取るのが彼女の特技だ。ああして奥まで交えれば、さらに深いところまでわかるらしい。

「大きな会社に行きたいってゆってたけど……ちんぽは小さな飲食店でお客さんと話したがってるよ」

「で、でも、小さいとこだと将来心配だし……それに、接客は苦手で……ん、く……僕、もう……っ」

 ――数年後、紫希の尻に敷かれていたこの青年は先輩が起業したフランス料理屋でウェイターを務めるようになり、数々の支店を持つまでに店を繁盛させていくことになるが、それはまた別の話である。

 プロデューサーとしては、ふたりの行為はすぐにでも止めたい。だが――特に紫希の方は何やら重い話をしているようでもある。割り込んでも良いものか判断が難しい。

 そんな彼に、何者かが後ろからひょいと声をかけてくる。

「フツーに相談に乗れないのかー、って思ってるでしょ」

 少し驚いて振り向くと、 夜白(やしろ)がニカっと笑っていた。彼女の服装の基本は無彩色のTシャツとストレッチパンツ。これに、寒さに応じて何かを重ねるらしい。今日は秋物のコートを羽織っている。唯一の常識的な姿に、プロデューサーの気持ちも和む。

 夜白の言うことはもっともだ。とはいえ、彼は紫希をスカウトした際のことを覚えている。

「そこが、 姫方(ひめかた)さんならではなのでしょう」

「お、さすがはプロデューサー。寛大だねぇ」

 プロデューサーとしては、股間を差し出すことで説得に至ったのだから、彼女のそんなところも認めなくてはなるまい。それでも、一線だけは守りきったが。

 まだ決まったわけではないけれど――もし、今日何度も話題になっていた企画が始まることになれば紫希はその本領を遺憾なく発揮するに違いない。何しろ、これまでその行為一本で生計を立ててきたのだから。店に頼ることなく、自分の目利きだけで。

 ここで、彼女たち三人についての今夜の経緯を夜白から説明を受ける。どうやら、終電間際に突然紫希から連絡があり、飲みに行こうと誘われたらしい。なお、彼女は酒の席は女子にだけ声をかける。曰く、ちんぽは酔うと眠そうだから、とのこと。

 夜白はメゾン・ニュー住みであるため普通に応じ、ふたりで呑みに来たわけだが――何人かちんぽ相談を受けていたところで霞と遭遇。どうやら、現場の前日確認を終えた後――おそらく、彼女も彼女なりにプレッシャーを感じていたのだろう。ふらりと飲み屋街に足を運んだところで全裸の紫希を発見したようだ。当然、すぐにお説教モードに入りそうだったが、少々入り組んだ相談を受けている最中だったので、とりあえず夜白が呑ませといた、とのこと。そして、この状況である。

「ま、霞さんとは何度か飲んだことあるし……そろそろ寝ちゃうだろうから、そしたら最上階にでも運んどくよ」

「恐れ入ります」

 メゾン・ニューの五階は、名義としては糸織の部屋だが、彼女は基本的にカラオケボックスの方に寝泊まりしている。そのため、フロアを一戸で独占しているその3LDKはゲストルームとして共有されており、このような場合によく使われていた。なお、李冴がルミノの部屋に泊まるのは、普通に仲が良いからであり、来客用の布団も用意してある。

 紫希と飲みに来たとはいえ、夜白に男を押し倒す趣味はない。朗らかな眼差しで、ふたりの行為を酒の肴にしている。

「いやー、男の人たちもアイドルとタダでえっちできて得したねー」

 思えば、TRKは従来のストリップとは異なり、できる限りアイドルとしての演出を心がけてきた。ゆえに、その行為は――まさに、夜白の言う通りなのだろう。タダで、というのも、彼女がソープ嬢であるがゆえの発想か。

「あたしの方も、劇場で応援してますー、って指名も上々だよー」

 アイドルであるということを自覚しながらも、優と異なり、夜白にはそれを収入につなげようという意識は薄い。なので、期待するところは他にあった。

「けどあたし、隣にお手本がいてくれた方がやりやすいんだよねー。なーんも考えずに、同じような感じでさ」

 夜白がTRKに魅せられたのはそこにある。彼女はそこのふたりと違って、人前で裸になることに抵抗がないこともない。だが、動きの人真似――その中で裸になると羞恥心が和らぎ――気持ちの高まりを素直に受け入れられる。それをソープの行為でも味わえたら――個室で男の相手をしながら、最近はそんなことを考えていた。

 しかし、性行為と振り付けは勝手が違う。

「あ、けど、それだとお客さんの様子見ながらとか面倒だし……」

 と少し悩ましげに首を傾げたところで。

「……あ、それならいっそのこと、振り付けの一部にしちゃうってどう? メンズがイこうがイクまいが、曲が終わったらおしまいー、って」

 それは、未兎が提案していた大サビからのお祭り騒ぎと相性が良いかもしれない。

「前向きに検討させていただきます」

「うん、ホント頼むよー。そしたら、劇場だけにまとめられそうだからさー」

 優も同じようなことを言っていた。ふたりとも別の職場から抜けたところで揉めることはないだろう。

 さて、ここまでの様子だと――むしろ、応じられないメンバーに対してどうフォローするかを考えた方が良いかもしれない。ただ――難しいと思っていたルミノや春奈さえも思いの外積極的だった。あとは誰がいたか――考えながらふと夜空を見上げると――

「っ!?」

 淡い星の光を遮るように、黒い影が横切っていったような気がする。

雪見(ゆきみ)さんっ、ここはお任せしますっ!」

「えー……せっかく担いでってもらえると思ったのにー」

 駆け出していったプロデューサーの背中に不平を漏らしつつも――紫希がいれば男手に困ることはない。一緒に帰る際に、霞も部屋まで運んでいってもらえばいいだけの話だ。ひとりになってしまったので、夜白は再びカウンターに向き合う。

「おっちゃーん、ポテサラと生追加ねー」

 ここのマヨネーズはいいもの使ってるんだよなぁ――そんなことを思いながら、ふと足元を見やる。案の定、霞は酔いが回りきっていびきを掻いていた。紫希はあと一本くらい搾っていくだろう。なので、このグラスが夜白にとって――本番前の最後の一杯となりそうだ。

 

 この街では、痴女は最大限大目に見てもらえる。二大勢力のひとつであるライブネット系列の後ろ盾もあるため、むしろ全裸の方が余計な揉め事に巻き込まれないほどだ。それでも、プロデューサーは責任者としてそのような行為を放置しておくことはできない。影が飛んでいった方へと追跡していくと、ビルの隙間から空が開けた。照明の間隔も広く、そう容易に隣まで飛び移ることはできない。ならばその上か、もしくは路上に面したビル伝いか。ともかく頭上を見上げてみると、彼女はいた。

草那辺(くさなべ)さん!」

「オゥッ!」

 呼び声に応えて人が頭上から落下してくる。その影は街灯から逆光になり、なお暗い。それでも、プロデューサーは何とか受け止めることができた。そして、地面に下ろされた彼女は無邪気に問いかける。

「オゥ、オマエ、チンポ出さないカ?」

「出しませんよ……」

 子供を諭すような口調だが、相手は全裸の成人女性である。道端で普通に話していること自体が異様であり、通りすがりのホストもあえて意識しして目を逸らす。君子危うきに近寄らず、とはこのことか。

 だが、危うい本人にはその自覚がまったくない。

「ンー……」

 と少し悩んで。

「チンポ出してるオス、交尾していいんだロ?」

「いえ、場所によります」

 そのような目的で男子トイレに押し入られては大変な騒ぎになってしまう。

 (らん)は全裸で生活するためにこの街に来た。しかし、いまはもう少し先に興味を抱いている。

「どこならいイ?」

 問われて、プロデューサーは困惑する。できれば、場所ではなく、相手によるのだと解きたい。ならば、誰ならば良いのか――常識的な基準を伝えようにも、この環境は悪い見本ばかりだ。

 言葉に詰まるプロデューサーに対して、蘭は自分なりに答えを出す。

「劇場ならいいカ?」

「そ、それは……」

 今日、メンバーたちと話してみて、みな揃って『次なるステージ』を思い描いている。とはいえ、それはメンバー全員の問題だ。ここで決定することはできない。

 ゆえに、またしても。

「……もう少し検討させてください」

 その答えに、蘭は心底つまらなそうな瞳で見上げる。

「オマエ、そればっかだナ」

 だが、彼女がそれ以上彼を詰問することはない。くるりと踵を返し、独り言のように呟く。

「ま、いイ。ラン、今夜はひとりで静かにしとク」

 するりと街灯を登ると――トンッ、と闇夜に溶け込んでいった。彼は、その光に少しだけ目を眩ませる。ほんの一瞬のはずだったのだが――その空に、蘭の姿はすでにない。

 

       ***

 

 物憂げに夜空を見上げるプロデューサーの姿を――何者かが物陰から見守っていた。

 生温かく、ねっとりとした視線で。

 何故だか、誰もが彼女に気づかない。

 その傍をすっと通り過ぎていく。

 誰に気づかれなくとも、彼女は彼女なりに、彼を――そして、劇場のことを慮っていた。

 同人即売会に入場したいと聞けば、サークルの知り合いから工面してもらい、

 探し人があれば、その者の映る動画を探して彼のスマホに届けた。

 残念ながら、双子の姉の方だったようだけれど。

 芸能事務所の関連会社なら楽器ができる者もいるだろう、と接点を作ったこともある。

 劇場に敵対勢力と思われる間者が現れた際には、速やかに通報しておいた。

 が、その後の打ち合わせ中に――その女の行き過ぎた態度に怒りが頂点に達し――部屋の空気を震わせたのか、パーティションを壊してしまったことは申し訳なく思っている。

 彼女は、彼の影であった。

 そして、これからもそうあるだろう。

 人知れず、愛する男を支え続ける。

 その最果てで、必ずや得られるはずだ。

『運命の書』にも記されている、彼女の望みが。

 とはいえ、それ以上に彼の命令は絶対である。

「王子様が望むなら……私……❤」

 彼が他の男に抱かれろというのであれば、どこであれ、誰であれ、拒む理由は微塵もない。

 きっと、この時代に流行っている寝取られ、という嗜好なのだろう。

 それで大切な人が滾ってくれるのなら――彼女もまた、滾らずにはいられない。

 ふらりと縄張りを巡回していた野良猫が何かを感じ取り、ビクリと身を竦ませ早足で逃げてゆく。

 その様子に自戒し、彼女はそれを思い出す。

『運命の書』には、すべて真実を描いている――と彼女は疑っていない。

 だが――

 ひとつだけ、彼女は偽りを刻んでしまった。

 彼女が認めるのは、そのたったひとつだけ。

 それは――

 あの、夏の日のこと。

 突風に煽られ、どこぞの女の帽子が飛んだのは真実だ。

 それを、彼が拾いに行こうとしたことも。

 だが。

 彼は、()()()辿()()()()()()()()()()()()()

 その鍵は、ふらりと貸し出してもらえるほど緩い扱いではない。

 ならば、そこへとつながる雨樋を登って――最も近いのは彼の教室。

 そこの窓から外に出て、屋上を目指す()()だった。

 が、そこで彼は()()()()()()()()()()()()()()()()のである。

 それはまさに、退学の危機。

 話し声のする室内。隙間の開いた扉。

 そこを覗き込んだとき――彼の時は――止まった。

 部屋の中にはふたりの女子が――

 水着に着替えるのに、タオルを巻くことなく堂々と。

 それで、()()()()()の気分が昂ぶったらしい。

 すべてを脱ぎ終えたところで、彼女はその開放感のままに、唄い、踊る。

 その美しさに、もうひとりの女子も喝采を送っていた。

 が、そのとき第三の視線を察知したのである。

 閉じたと思いこんでいた扉の方から。

 鑑賞していた女は現行犯を捉えるべく、タオルを巻いて廊下へ飛び出す。

 だが。

 彼の時は停止したままだった。

 あまりの眩さに。

 記憶が飛ぶ程の神々しさに。

 だが、その女は倒れた男子を気絶した『フリ』だと断じた。

 教師に報告して、退学にしてやる、とも。

 影には、それを見過ごすことなどできない。

 ()()()()の説得。

 整合性の改竄。

 その結果――屋上から転落したが、地上でマット運搬中だった、という“偽りの事実”だけが彼に残された。

 影自身の活躍により拾得した女子物の帽子と共に。

 彼の中では、真実として生き続けるはずだ。

 しかし、偽りであることには違いない。

 それを正し、謝罪する日がいつか訪れることだろう。

 しかしそれは、いまではない。

 

       ***

 

 蘭の行く先を少し心配しながらも、プロデューサーはふと空を仰ぐ。ここは新歌舞伎町の中心地となる広場であり、そこにそびえ立つのは、地上六階建て――さらにその上には三十階になるホテルが積み重なっている。

 その下で、同じように見上げている者を見つけ、プロデューサーは声をかけた。

「お疲れ様です、水裏さん」

「……あ、プロデューサーさん……」

 人通りが少ないからか、理々の姿はよく目立つ。それは、芸能人が持つ特有の存在感とでも呼ぶべきものか。カメラの前で結っていた歳に合わないツインテールは解き、膝上丈のコートの背にふわりと垂らしている。振り返ってはにかむ表情は夜の繁華街で危うさを感じさせるほどに可愛らしい。テレビ仕様の髪型は歳にこそ合わないが、彼女の顔つきには合っていた、ということなのだろう。

 局長との決着のためには理々の力が欠かせない――それまで反旗を翻したことを悟らせるわけにはいかず、正式に加入を表明したのはつい先日のこと。未だ劇場のステージには上がっておらず、TRK初の大舞台が彼女のTRKとしてのデビューとなるはずだ。

「明日は、よろしくお願い致します」

 そんなプロデューサーの労いに、理々はちょっと悪戯っぽい笑顔で返す。

「もう日付も変わってますから、今日ですね」

 しかし、それはか細い強がりのようにも感じられた。理々はこれまで数多のライブをこなしてきたベテランである。しかし、このような舞台は始めてのこと。

「緊張、しますよね」

「……ええ、まるでデビューしたときみたいに」

 何故ならば、彼女は生まれ変わる。表舞台の芸能人から、新歌舞伎町のストリッパーに。

 とはいえ、それが理々の緊張の原因ではなかった。

「あ、別に脱ぐことは構わないんですよ?」

「そうなのですか」

 あまりにもあっさりと受け入れられて、プロデューサーは呆気にとられる。そのことについては、彼が思っている以上に彼女は強かった。

「私、これまで仕事だと思って何度も脱いできましたし。それどころか、それ以上のことも……」

 それはプロデューサーも――片鱗だが、目の当たりにしている。劇場の打ち合わせ室で、我が身を差し出すことに何ら躊躇もしなかった彼女の覚悟を。

 しかし理々は――いまなら言い切れる。

「でもあれって、アイドルの仕事じゃないですよね。だって、アイドルは――」

 理々は改めて――高くそびえる新たな初舞台を見上げる。それから、微笑みを彼に向けて。

「――みんなの前で輝いてこそ、ですから」

 密室でコソコソと裏工作など――もちろん、アイドルとして生計を立てるのであれば時として必要かもしれない。しかし、それを仕事だと割り切ってしまったのは間違いだった。極端な話――女性マネージャーが色仕掛けで仕事を持ってきても同じこと。たんに、アイドル業を営んでいる女性は、何だかんだで魅力的なだけであって。

 みんなの前で輝いてこそ――その言葉に、プロデューサーは希望を感じる。みんなの前で輝けるのであれば、秘密裏にしてきた姿を見せることも吝かではない――やはり、理々が積み重ねてきた芸歴は伊達ではなかった。

 だからこそ、それが理々にとっての最大の不安。

「けど……いいんですかね。私なんかで……」

「当然です」

 プロデューサーから見れば、理々に憂う要素は何もない。だが。

「私、その……劇場にいっぱい迷惑かけちゃいましたし……」

 局長の手先となって番組に与し、女性の性産業を否定してきた。にも関わらず、その本人がこうして性産業に加担しようとしている。主義主張の欠片もない風見鶏――そんな女を採用したTRK事務所も失望の目で見られるかもしれない。

 そして何よりも。

「……そ、それに……私、もう若くないから……」

 年頃の女のコたちと並べられては、どうやったって見劣りしてしまう。

 だとしても。

「瑣末事です」

 彼は、そう言い切った。

「<スポットライト>の前では……すべては、瑣末事です」

 彼はいまでも――彼女たちの輝きを求める人々に向けて届ける――それが自分の役割であり、それだけを考えている。

 そして、これからもずっと。

「今日から……そして、これからも……よろしくお願いできますか?」

 手を差し出されて――理々は美しく輝く。そして、恥ずかしそうに俯きながら、その指先にちょこんと両手を添えて。

「は、はい……私なんかでよろしければ……」

 理々にとって、それは長い夜だったのかもしれない。

 もう数時間も経てば、今日の朝陽が昇ってくることだろう。

 そして、それが西の地平線に沈んだとき――

 彼女たちの宴が始まる。

 あらゆる欲望を詰め込んだ、この街に相応しい宴が――

 

       ***

 

 かつては成人向けの作品を専門に扱う映画館もあったらしい。だが、それらは『歌舞伎町クライシス』によって滅んでしまったと聞いている。

 一方で、トーキョーシネマ――その映画館チェーンには、何ら後ろ暗いものはない。全国展開している中のひとつが、新歌舞伎町に建っていただけのことで。ゆえに、その映画館は、極めて平凡な作品を上映し続けてきた。しかし、その一夜だけ、その映画館は大人の城へと変貌を遂げる。しかも、それはこの街だけに留まらない。これから、日本中に<スポットライト>の火が灯る。ある者は興味本位で、ある者は待望して――様々な熱量を帯びた人々が全国各地の会場に集まっていた。

 ただし、ここまでの規模を実現できたのは、TRKというグループの功績だけではない。直近まで芸能界で活躍していたふたり――ひとりは往年のアイドル水裏理々、そして、もうひとりは――

『アタシたちTRKのためにトーキョーシネマに来てくれたみんなっ、ありがとーっ!』

 数ある同系列館の中でも最大規模を誇る新歌舞伎町――その中で最大席数となる第七スクリーン――その前方六列を潰して築き上げられた特設ステージ――そこに彼女は現れた。

 その姿は懐かしい――いや、見慣れた衣装――今世紀最後の歌姫と呼ばれた古竹未兎――六年前に一世を風靡したデビュー曲の際にまとっていたもの――黒で統一されたブーツに袖袋にチョーカー――そして、へそ出しトップスにミニスカート――まさに、当時の再来である。

 TRKの名が知れ渡っているのはアイドル――芸能界――その手の話題に興味を持つ者たちの間だけ。もしくは、今回の騒動の中心人物を一撃粉砕した女のコ――と、そのコの所属するグループ――その程度の認識だ。いずれにせよ、広く周知されているとはいい難い。

 だが、彼女は違う。事務所間の揉め事によって一年近く地上波から消えていた古竹未兎の復活となれば、その話題性は尋常ではない。

 だからこそ――劇場に通い詰めてくれていたファンたちにはいつものことではあるが、盗撮画像でしか見たことのなかった人々は半信半疑だった。少なくとも、かつてのトップアイドルが、あの場で脱ぎ始めるなど想像もできない。

 加入当初は Undresstart(アンドレスタート)として裸のまま唄い始めていたが、いまでは脱衣のための振り付けも用意されている。特に、今日は今日のためにアレンジされた特別バージョンだ。

『~~~~♪』

 ステージ中央に位置取っていた未兎は、そのまま前進――さらに前進――今日のステージ前方中央には、客席に下りるための階段が備え付けられている。その上を通り、ホールの観客たちをふたつに分ける中央階段まで。軽いステップで、彼女は唄いながらやってきた。本当に、ファンたちに手が届きそうなほど近くまで。中央通路沿いの左右が二席ずつ空けられていたのはこのために。ここが、この会場における『花道』ということだ。

 そして、座席群中央となるそこは『盆』となる。ここまで来たのだからやるべきことは“それ”しかない。普段は一番を終え、二番のBメロの中で少しずつ胸を晒していく。だが、今日は一番の最中から。

『~~~~♪』

 スッ、とトップスを下にずらすと、そこからほのかな色彩が覗く。間近な席であれば、肉眼で確認できるほどはっきりと。ライブビューイングのためのカメラの映像は背後のスクリーンにも大きく映し出されており、それが紛れもなく彼女の――トップアイドルの乳首周りであることが明らかとなる。それだけでも、馴染みのない観客たちにとっては驚愕であり――もはや、放送事故を疑うほど。だが、それが確信的なものであることを、彼女自身が証明する。背中のジッパーをジジジと下ろすと、それはポトリと階段に落ちた。

『~~~~♪』

 あの古竹未兎が、上半裸で――胸を晒したまま唄い踊っている。その違和感――コラージュのような非現実感を目の当たりにして、初参加の観客たちは魅入られずにはいられない。

 だが、その魅惑の幻想はまだ続く。サビに入ると――それは、普段であれば大サビに入る前の静かな音の中で繰り広げられていた。ステージに対して横を向き、腰元を少し緩める。ス、ス、ス――とスカートを下ろしていく様子に――観客たちは当時のことを思い出していた。下着の見えないその中は、穿いているのか、いないのか――少なくとも――いま、この場においては――穿いていなかった。片側からは、丸いお尻がその割れ目までくっきりと――もう片側からは、ふわりとした毛の塊が少しずつお目見えしていく。

 そして、スカートが足下のトップスと重なったとき――すべてが最高潮に達した。楽曲も、彼女の熱も、そして、観客たちのテンションも。

『~~~~♪』

 胸もお尻も、股間の割れ目に到るまですべてを魅せて――ブーツやチョーカーは残しているが、全裸に等しい。身体のすべてを開かし、本物の古竹未兎が客席の真ん中で――特別サービス、と言わんばかりに、彼女はくるくると全席を見回す。その度に、胸が――お尻が――余すことのない未兎のすべてを、すべての人々が受け止めていた。もはや、誰も彼女から目を離すことはできない。

 だが――

 このまま自分ひとりだけ目立っていることを彼女は望まない。ここに来るまで――失意の中で支えてくれたミカやミクにもスポットライトを浴びてもらいたい。だからこそ――彼女たちもまた、同じ衣装を()()()()のである。

 裸のまま二番を唄いきり、大サビに入る前のCメロで未兎はステージに戻る。そして、唄いながらミカの背後に周り――無抵抗のままカップを下ろされたギターの女のコに会場はどよめく。そして、スカートも。未兎と同じく彼女も中に何も穿いていない。足下にまとわりつくのが鬱陶しいのか、ミカは輪になったスカートをポンと軽く横に蹴る。自ら退ける。裸の谷間にストラップを通し、恥ずかしそうに、けれども、どこか清々しく、ミカはギターを奏でていた。

 そして、ミクも。ただし、その表情はまるで注射の順番を待つような神妙さで。けれども、キーボードを弾く手は休めずに。例え、背中を未兎に悪戯されていても。

 皆の期待どおりに、それはポロリと外された。小刻みにリズムを取る度に揺れる胸が。前回は、みんな未兎さんばかりで、自分のことなんて誰も見ていないから大丈夫、と思い込むことで乗り切った。しかし、こうして未兎によって脱がされてしまえば、否応なしに注目が集まる。そんな未兎の計らいに、渦巻く感情がついに炸裂した。

「もーーーーーっ!」

 そんなキーボーディストの絶叫に、会場中が穏やかな空気に包まれる。下も脱がされるがすでに羞恥は振り切れていた。ゆえに、開き直って演奏を続けるしかない。同じように裸のふたりと。

『~~~~♪』

 迎えた大サビ――三人の裸の女のコによって奏でられている。歌と踊りと、力強い音楽、そして美しい裸身――それが三つも――その情報量に、観客たちは圧倒されている。そして理解した。これが――TRKというアイドルユニットなのだと。

 

 一曲目で盛り上がった空気を二曲目が引き継ぐ。未兎ほどの派手さはないものの――里美と紫希によるふたりユニット『 G-spirit(ジー・スピリット)』の胸のボリュームは圧倒的だ。Gカップ×Gカップ――もとはといえば、里美と相対して萎縮しない数少ないパートナーとして抜擢された紫希だったが、その質量という意味でも相性は抜群だったといえる。

 その客席では、里美の父・ 兵哉(ひょうや)も観覧していた。これまでずっと、撮る側ではなく撮られる側に立ちたいと願っていた娘――ようやく、その思いが通じた、ということだろう。

「だが……この程度じゃねぇんだろ……?」

 父は知っている。娘の願いはAVデビュー――裸になって唄って踊るだけでは物足りないはずだ。それは、今後の活躍を見守るとして――

「……あっちのボインちゃんも、なかなかヤるみてぇだな」

 紫希の中に秘めているものを、その男はしっかりと見抜いていた。まったく、次から次へと有望な女を見つけてくる――その手腕に感心しつつも――兵哉はこれからのことを考えていた。

 天然カラーズの 相馬(そうま)も新歌舞伎町から手を引き、地上波に進出しようとしている。そうなれば、もはやこの街に敵はいない。ライブネット一強となる。

 だが。

 この街を手中に収めることが、自分のやるべきことなのか。

 今度のことは、彼の身にも沁みている。

 クライシスから新歌舞伎町として蘇らせ、二十年以上この街を護ってきた。が、街の中だけでできることには限界がある。

 今回はあの“小僧”が早々に潰してくれたおかげで助かった。が、それが叶わず、局長の擁立するあの男が政界に送り込まれていたら――

 天然カラーズの相馬はこの街を離れて新たな戦場に本拠地を移そうとしている。

 自分にも、自分に見合った戦場があるのかもしれない。

 かつての学生運動まがいな水際の抵抗ではなく、さらなる一歩を。

 この街は、若き有望な後進に任せて―― 

「ま、それが俺の()()でありゃあいうことねぇんだけどな。クヒヒ」

 こぼれた笑いは冗談のようでもあり、だが――どこか本気の色を含んでいるようにも聞こえる。しかし、その真意を窺い知ることは誰にもできない。

 

 三組目である 善帆(よしほ)とルミノによる『闇より黒よりなお深く』は他のユニットとは少々毛色が異なる。ここまで明るい曲調が続いてきたところから急転――深く、重く、おどろおどろしく。それでも、衣装は神々しい。悪魔の衣を脱ぎ落とした善帆は、裸になってもなお禍々しい雰囲気をまとわせている。一方、天使のように清らかなルミノだが――その中から現れるのは卑猥な刺青。このふたりには救いがない。どこまでも、暗い。ここまで女のコの裸に舞い上がっていた観客たちも――まるで、臓物を目の当たりにしているような――抉られるような音楽と厳かな空気の中でふたつの裸体を見守っていた。

 

 ということで、四組目は一転して再び明るく。学生たちによる『Schooling High!?』特別編成――杏佳はシャドウステップとして後に、ルミノは前の曲に出演していたため、そのふたりに代わって桜峰軽音楽部による生演奏が加わっていた。学生らしく元気よく、会場もホッとした空気を取り戻す。

 しかし、今日はメンバーだけでなく楽曲も特別仕様だ。桃と春奈が一枚一枚脱いでいくのは変わらない。盆に相当する客席通路まで乗り込み、そこでブレザーを脱ぎ始めている。桜峰軽音部員たちは脱ぎながら演奏するのが難しいとはいえ、慧もまた着衣のままステージに残っていることを、馴染みのファンは訝しんでいた。そして、ふたりが下着姿になったところで、突然(つづみ)がポポンと鳴らされ脱衣と音楽は中断――

『さてさて、今宵は、 駒乃波(こまのなみ)関の大一番――』

 何事かとざわつく会場に向けて――慧は脱ぐ。ブレザーのジャケットを。ブラウスを。そして、ブラジャーに手をかける。ここまでいくつもの乳房を観てきた観客たちだが、新たな乳房が現れるとなれば注目せずにはいられない。ポヨンと顕になる大きな膨らみ。これに惜しみない喝采が送られる。だが、スカートに手をかけ、下ろされたところで――会場の空気がひっくり返った。中に穿いていたのは可愛らしいショーツではなく――相撲取りが着けている廻し――女のコが相撲取りのように豊かな胸を惜しげもなく湛えた上で――廻し――何の冗談かと客席は爆笑に満たされる。しかし――慧自身もまた、滑稽であることは否定しない。だが、裸でぶつかり合う“様式美”を、彼女は見せたかった。だからこそ、こだわり続ける。きっといま観ている人たちの中に、自分とぶつかり合いたいと願う人が現れると信じて。

 特別公演が終わったところで、慧はするりと廻しを解く。すると、彼女はありのままの姿になった。そして、ふたりの奏者と、客席に下りていた桃と春奈も。どうやら、この土俵入りの最中に暗がりでせっせと脱いでいたようだ。そして、中断されていた演奏も再開され、彼女たちのステージは大サビに入る。みんな、おそろいの姿で。先程の土俵入りなどなかったかのように。けれど、慧は手応えを感じていた。あの衝撃は――きっと、誰かの胸の深くに突き刺さってくれたことだろう、と。

 

 五組目は『 Left&Light(レフト・アンド・ライト)』――これはある種の眼鏡ユニット――眼鏡というよりマスクだが。派手な覆面のふたり組――一見奇妙な様相だが、土俵入りの直後だからか、そこまで疑問の声は上がらない。根明な晴恵とシックな優――けれど、ルミノたちのような重苦しさは感じられない。それは、晴恵が底なしに前向きなことと優が意外と軽いところだろう。優は表情がないだけで、決して重苦しい雰囲気をもっているわけではないのだから。

 

 折り返しとなる六曲目は――

『もう脱がないと誓ったはずが……』

『にゃんの因果か素っ裸ッ』

 前口上に合わせて暗がりの中、ふたりにスポットライトが当てられる。彼女たちもまた脱衣のための振り付けを持たない。そのため、最初から全裸での登場となった。あんにゃのゴスロリと湊のメイド服――真っ当な完成形ならその差異も明らかだが、あいにく露出仕様である。袖袋にストッキングだけではその両者に劇的な違いはなく、ヘッドドレスまでかぶれば、事実上あんにゃが湊に寄せたに等しい。ゆえに、楽曲はあんにゃの持ち歌となった。

  PAST(パスト)はデビュー前に解散してしまったため、実際のところ知名度はない。あんにゃ――にゃむにゃは就職の際に過去のすべてを抹消している。そして、湊は天然カラーズのキャストとして初のMVに出たばかり。

 それでも、その歌唱力は折り紙付きである。

『~~~~♪』

 あんにゃはデビューも決まっている歌い手であり、湊もまた、二代目メイド☆スターに選ばれたのは、初代との絆だけではない。

『~~~~♪』

 TRKは急造されたアイドルユニットであり、キャリアという意味ではそのほとんどがまだまだ新人である。古竹未兎から少しずつヌルくなってきていた音楽への熱を彼女たちが一気に取り戻してくれた。

 唄い終わり――これが、先輩の見ていた景色――湊はそれなりに満足していた。できれば、先輩と一緒に唄いたかった、という未練を残しつつ。

 あんにゃもまた――歌い手としてイベントに参加したことはあったが、にゃむにゃを名乗るようになってからは常に画面越しだった。しかし、これからは“女狐”と共に数多の観客たちと直に向き合っていくことになるに違いない。

 だから。

『ゆっとくけど、もー脱がにゃいからにゃ!』

 あんにゃは高らかに宣言する。しかし――むしろ、これはお約束か。

「「「えー」」」

『えーじゃにゃいにゃ!』

 事前準備もなしに客側もキレイに乗ってきたため、これには思わず笑いが起こる。本人もまんざらでもなさそうだ。なので、湊が相方を宥める。

『まあ、今後もゲストということでしたら……な――』

『こーいう場所で本名を呼ぶんじゃにゃい。いやホント、マジでお願い』

 あんにゃとしてならともかく、ストリップステージではシャレにならない。なので、観客たちが呼びかける。それは、ほんの一団ではあるが――ずっと彼女を追ってきた者たちによって。

「「「にゃむにゃ!

 にゃむにゃ!

 にゃーにゃーにゃー!」」」

 それは――あんにゃも始めて聞く。あんにゃとしてイベントに出た際の、あんにゃのためのコール――のにゃむにゃバージョン。アダルトサイトの奥に押し込められたままであれば、一生聞くことはなかっただろう。だが、彼女はそれを知ってしまったから――

『……ったく、しゃーにゃいにゃ。あんにゃはもう来ないけど、()()()()()は来るかもしれないにゃ』

 わーっ、と湧く歓声。しかし、あんにゃとにゃむにゃの間でバランスを取っていけるかは未知数である。

 ゆえに、もしかしたらこの家業が嫌になる日も来るかもしれない。いざとなったら、鷹池部長の会社に転がり込むしかないだろう。あんにゃは、そんなことを考えていた。

 そして湊は、次こそ先輩とステージに――と決意を新たにしていた。

 

 PASTの後は、ストリップ・ダンスグループ『シャドウステップ』――李冴を迎えて五人グループでのヒップホップスタイルで立ち並ぶ。杏佳はともかく、他のメンバーたちのダンス経験はまだまだ浅い。だが、操と蘭の底知れないフィジカル――夜白の場合は人真似だが――そして、李冴は自らのキャラを弁えている。コスプレ関連の活動の中で多少はダンスの嗜みもあったが、四人と比べればやはり後塵を拝さざるをえない。ゆえに、そこはパフォーマンスで埋め合わせる。この第七スクリーンは最も競争率の高い席だ。ここまで応援しに来てくれたのだから、コスプレイヤー・ルカの頃からのファンだろう。女子から感じる視線への返礼として、流し目からの――投げキッス。これに、ストリップ劇場とは思えない黄色い歓声が鳴り響いた。

 だが――あまりに堂に入った男役だけに、見慣れない客たちは不安になってくる。バッ、とメンバーたちがトップスを脱ぎ捨てても、ひとりだけブラをしていない。他の四人が機敏な動きで背中のホックを外す中、ひとり観衆の目から外れていた――一部の熱烈な視線を除いて。

 劇場と異なり、映画館の傾斜での本格的なダンスは危険なので今日はステージに残ったまま、上半裸で踊る五人――小ぶりな操でもはっきりと胸の膨らみは見て取れる。その判断さえできないあのひとりは、まさか、本当に――

 しかし、男たちの杞憂はそこで払拭された。ズボンを下ろせば、お尻がツルンと現れる。スタイルとして、ショーツで踊るのは似合わない、という杏佳の提言により、中には何も穿かなかった。ゆえに、この時点で、女のコのすべてが顕になる。ここまで男を疑われ続けていた李冴も、その下腹部によって会場中を安堵させた。女子だと分かればそのスタイルはストライクゾーンに変わる者も出てくる。光を浴びる裸の五人は、大喝采の中でダンスを終えた。

 

 そして――結局決定的な解決策を見出だせなかった佑衣を含む朱美、京子による、真っ白なビキニとパレオの水着姿の三人組――『ハグっとマリオネット(仮称)』――かなり終盤の出演となったが、それは佑衣の問題というより――むしろ、()()の“パフォーマンス”があまりに衝撃的だから、という理由の方が大きい。

 京子の臨界値は客席の数によって反比例する。人の目はいつもの五倍以上――さらにはライブビューイング用のカメラまで――かつてないものが彼女の中で膨張してくる。普段であればニ番までは耐えられるが、最初のサビにてすでに――鍵盤を叩きながら、それはまるでダンスのステップのようにパレオを揺らす。下腹部に力を込めるも膝は震え、足を床に据えることすら叶わない。

 そして。

『~~~~♪』

 なるべくボーカルの邪魔にならないよう、楽曲の合いの手のように。

『もう無理ーーーっ!』

 そんな絶叫に合わせて――

 

 ビチャビチャビチャビチャ……ッ!

 

 その瞬間だけ、彼女の足がピタリと止まる。ゆったりとしたスタンス。パレオの中から伸びる腿と腿の間にほんのりと開かれた隙間を通す白い光の筋がステージの床を打ち付ける。これは――まさか――だが、疑いにざわつく間さえなく。

「「「ドンマイっ!」」」

 そのコールは、常連たちによるもの。見れば、カメラもしっかり京子の足元に食いついている。すべては予定調和――ステージの上の誰もが動じず、楽曲が進行していく様子からも明らかだ。ならば、先程の叫びは、むしろ合図だったのだろう。これまで裸の舞台と相対してきたことで、痴態にもそれなりに慣れてきていた。そのための、この出演順である。

 二番に入ったあたりで――両手の塞がっている京子を脱がすため、朱美がステージ背後へ回っていく。その間、佑衣は最高潮を迎えつつあった。マントのように外したパレオを翻し、スカーフのように外したブラをなびかせる。水着であるため、パーツは少ない。だが、その一つひとつが外されていくごとに、彼女の歌声は美しさを増していく。

『~~~~♪』

 一方朱美は、京子の濡れた衣装を甲斐甲斐しく脱がしていた。朱美は四人姉弟の最年長。一番下はまだ普通にお漏らしをすることもあり、その世話に抵抗はないらしい。自分も脱ぎつつ京子も脱がす。先ずはパレオから。ふたり分ともなると、どうしても歌唱の方が疎かになるが、そこは佑衣がカバーしてくれる。

 朱美が京子のブラに手をかけたところで――早速二回目。パンツの中から。布地はすっかり肌に張り付き、白い生地の向こう側からうっすらと黒い影を映し出している。ポロリと上を外されながら、その下では――もはや、身体中の水分を放出しているのでは、という勢いで、京子の足元は水たまりどころか池を作り出していた。それでも朱美はまったく臆することなく、勢いの済んだところで残された一枚を脱がしにかかる。これでもう、これ以上彼女が服を濡らすことはないだろう。

 だが、朱美の仕事は終わらない。

『~…~…♪』

 佑衣は脱ぎきった。最後の一枚たるパンツまで。裸で、ステージに立っている。もう、脱げるものがない――途端に、彼女の中の羞恥心と開放感のバランスが崩れ始める。

 こんなときこその朱美だった。同じくすべてを脱ぎ終えた彼女が、嬉々として佑衣を抱きしめる。

『~~~~♪』

 後ろからぴたりとくっつき、佑衣の両腕を後ろから振り回す朱美。それも、上機嫌で。やはり彼女は、このようなスキンシップを心から好む。ゆえに、これが現時点で考えうる最高の組み合わせだった。脱がすことが困難なキーボーディストと、脱ぎ終わった後に燃え尽きてしまうストリッパーを支えるスキンシップが大好きなサポーター――あらゆる意味で、特異な組み合わせ――それを受け入れるだけの時間はここまでの七組によって培われていたようだ。ただ、残念ながら、キーボードの京子を支えるために盆に出ることは叶わなかったが。

 そして、最後に。

『ご、ごめんなさい……もう終わるけど……間に合わない……っ!』

 裸の割れ目から二枚の唇が溢れ、最後の水分を振り絞る。そして――

「「「ドンマイっ!」」」

 観客たちのコールによって、彼女たちの曲『トロピカルウォーター』は締められた。

 

 念入りにステージを清掃している間――()()は各スタッフへの最終確認を行う。

 彼女がこの出演順に配されたことには意味があった。彼女は、アイドルであると同時に、プロデューサーの秘書でもある。これまでも、当日も、このイベントの計画進行を担ってきた。だがここから先は、天童コンテンツの山田部長に、そして、スタッフの皆々に託すしかない。

 彼女がステージ立つということは、そういうことなのだ。憂いは無にできない。だが、仲間たちを信じて――彼女は酒を煽る。そして――

『~~~~っ♪』

 眩い熱と轟音――ベースとドラムの響く和風ロックの中に秘書の姿はない。和服姿は乱れ、片乳を放り出しながら顔を赤く染めたアイドルが千鳥足で踊り舞う。そこに段取りはなく、ただ、音に、リズムに身を任せるだけ。

 だが、それは演技などでなく――本気の泥酔。ゆえに、ところどころで倒れそうになる。それを支えるのが――

『っとぉ、~~~~♪』

 酔っ払いの介抱には慣れていると豪語するだけに、花子のフォローは的確で安心できる。少し離れたところで自由にさせつつ、早く脱ぎたがる霞の襟元を抑え、最後は抱き合いながら――まるで心中のような儚さを感じさせる。そんな中、花子は霞のマイクを口元から素早く離した。彼女の()()()が拾われないように。

 

 そして、イベントは終幕へと向かっていく。

 

 そのふたりの衣装は当時のもの――つまり、()()が着るのは二十年ぶりともいえる。ピンクのフリフリにキラキラに――ツインテールもそのままに。隣に本物の若者がいるのに、若作りの自分が――しかも、脱げばその年月は隠しようがない――それでも――!

 だが、羨まれる相棒も計り知れないほどの重圧の中にいた。憧れ――などと陳腐な言葉では片付けられない。これから共に唄うのは、己の一〇年に亘るアイドル活動――その原動力となった人物――!

 正直なところ、これまでカバーしてきたことすら申し訳なく思う。なのに、その本人とこれからユニゾンを奏でようというのだから――!

 ゆえに、ユニット名は『水裏リリ with まこ』――まるでオマケのように。あまりにも恐れ多く、それがまこの限界だった。

 そして、奏で始める。理々にとって、再出発に相応しいメロディが。本家といえどもブランクが――それに、体力の衰えもあった。それでも、デビュー曲だけに振り付けは根底に染み付いている。そんな理々と肩を並べてまこは――もっすごい近くにリリちゃんがいる――むしろ、ずっと観ていたい――放心状態だったのがむしろ良かったのかもしれない。フワフワした気持ちの中、曲は二番まで終える。ここまでは、まさに当時の再来。往年のファンは、これだけでこの会場に来た甲斐があったと感無量だった。

 ここから大サビに向けて、語りが入る。理々はまこを連れ、ゆっくりと客席の階段を上がりながら――しかし、その内容は全面的に差し替えられていた。

『ここに来るまで、ずっと遠回りしてきた気がする』

 アイドルに憧れ、アイドルとしてデビューして、蛯川プロデューサーと恋をして。

 けれど、すべてが壊れ始めて。

『あの世界にしがみつくために、私はどんなことだってしてきた』

 それは、これまで噂されてきた枕営業を認めるような響きを持つ。だが、現実はそれどころではない。局長の悪行に率先して手を貸してきたのだから。

『私はもう、十七歳じゃないけど』

 こんな空気であっても――彼女の十八番芸・二十年前から十七歳――それを彷彿とさせるフレーズに、つい反射的に小さく吹いてしまう者もいる。もっと笑われてしまうと思っていたけれど――理々の杞憂は最小限に押さえられた。十七歳の自分との決別。もう若くないことを認めた上で。

『けど、こんな私の……』

 会場に向けて、まっすぐな瞳で。

『ありのままの姿を、見てくれますかーーーっ!?』

 パチ、パチ……パチパチパチパチ――ッ! 湧き起こる拍手を――リリは内心淡々と受け止める。彼女は十七歳ではない。ゆえに、純情ではいられない。こんな空気の中、見たくないとはいえないのが普通だ。ゆえに、客席の反応は当然のもの。けれど、隣には下手すれば親子くらい年齢の離れた娘がいる。共に並べばきっと、男たちはそちらばかりを見るのだろう。それは、受け入れなくてはならない。TRKのメンバーのひとりとして。

 ぱっぱと脱いでしまいたいが、ステージ上でそれはあまりに味気ない。もとい、ババくさい。ということで、それはアダルトビデオのように。出演経験はないが、研究材料として鑑賞しておくようかつての上長から言われてきた。ゆっくりと上着を脱いでいき、そのままブラではなく、スカートに着手。一揃いの下着を披露したところで、ゆっくりとブラを緩め――何も感じないと思っていた。が、ここまで人目があるというのはさすがに緊張するらしい。けれども、あくまで少しだけ。落ち着いてゆっくりと、ふたつのカップを落としていく。

 おおっ――そんなどよめきが聞こえてきたような気がする。長年酷使してきた、使い古した身体だというのに。それに引き換え、隣では――

「……まこちゃんも一緒に脱ぐんでしょ?」

「ぎぇっ!?」

 段取りのことをすっかり忘れて、まこは一ファンとして、ドキドキしながら憧れのアイドルの脱衣シーンをガン見していた。通路に隣接した空席にちゃっかり座って。我に返ったまこのナチュラルなその悲鳴――理々はかつての自分を思い出していた。まこは正統派アイドル志望だと公言している。だが――きっと、活躍するとしたらバラドルだろうな、と経験者は直感していた。それに本人が気づけば、迷いが生じるかもしれない。そんなとき――先輩として道を示すことができたらいいな、と理々は思う。

「焦らなくていいから……てか、何でパンツから脱ぐの」

「うっ、うーわっ、間違えた!」

 もしかしたら、トイレを連想してしまった可能性はないこともないが――慌てて立ち上がったまこは、何故かスカートとショーツを脱いでお尻を丸出しにしていた。前代未聞――客の前でパンツを穿き始めるストリッパー――色気を見せるべきところで会場中から笑われてしまい――けど――これで良かった、とまこは思う。せっかく敬愛してきたアイドルとこれから一番の盛り上がりに向かうのに、しんみりした空気のままでは悲しいから。

 今度はちゃんと上も脱ぎ――下着になったところで一時ストップをかけてからブラを外し――せーの、で合わせて――

 一緒に裸になったところで、大サビに向けて伴奏が再開される。ここまでのふたりは、どこか固さを残していた。けれど、この大サビだけは――きっと、心から楽しんで唄うことができたことだろう。

 

 そして、ステージは最後の一組を迎えた。

『それでは、最後の曲となりましたが……』

 スポットライトの中にしとれが立つ。

『ま、最後を締めるウチらに相応しい一曲っつーたら、やっぱこれやろ』

 スポットライトの中に糸織も立つ。

 そして、歩もまた。

『聴いてください、私たちのデビュー曲』

『『『BEGINNING LIVE!』』』

 その出会いは偶然だった。

 しかし、どこまでが偶然だったのだろうか、と歩は思いを馳せる。

『~~~~♪』

 やはり、衣装を着たままでは声がうまく出せない。きっと昔のままだったら、唄う楽しさにすら気づくことはなかっただろう。

『~~~~♪』

 トップスを脱ぎ、スカートを下ろし、下着に熱い光を浴びる。だが、まだ声は出ないし、手足もうまく動かない。すべての枷を解き放つには、残る二枚も脱ぎ捨てなければならない。何と罪深きことか。こんなことに気づいた事自体、まさに偶然だったといえる。

 それに、何より。

『~~~~♪』

 彼女はよちよちとした手付きでブラを緩め――ぽとりとそのまま床へ放る。そして、ショーツの縁に指をかけ――お尻を――腿を――最後の生地を下ろしていく中で、彼女はこれまでの自分を思い出す。脱衣所ならともかく、自室で裸になったときは、何ともいえない背徳感があった。それをカラオケボックスで敢行してしまったときは、もはや罪悪感しかなかった。しかし、それでも、裸になって――胸の奥から湧き上がる想いをリズムに乗せて解き放つ快感が勝った。

 そして、その場が元同級生の運営するカラオケボックスだったこと――これこそまさに、最大にして最高の偶然だったのだろう。

 ショーツの輪を両の踵まで通し――ピョンと跳ねる。すると――初めて客席が見えた気がした。いつもの劇場とは比べ物にならない数の人たち。構えられたカメラの向こう側さえ見える気がする。何万もの人たちが熱狂する様子が。

 上から下から、真っ白に照らすのは自分の身体――裸――胸の膨らみも、その先にちょこんと座した乳首も。股の割れ目も、そこを覆う柔らかな毛々も。振り向けば、お尻もはっきり見えてしまうし、そこから前屈みになれば――ぷくりと膨らんだ女のコが秘するところまで。みんなからすべてが見えてしまうからこそ――自分にも見えるのだろう。客席に座る一人ひとりが。

 あの人も、あの人も――あっちの人は、私の胸を――そっちの人は、お股の方を――あ、あのおじさんは糸織ちゃんの方が好みなのかな。あっちのコはしとれちゃんのヘッドドレスが気になってるみたい。

 みんなが、私たちを見てる――夢中になってる――音楽と光の中でステップを踏む私たちを――

 糸織が、しとれが、そして、歩もまた、勢いよく客席へと飛び出していく。

 偶然に次ぐ偶然――その結果、彼女は誕生した。

 裸にならなくては唄えない――

 全裸限定天才アイドル・ 蒼泉(あおずみ)(あゆむ)――

 彼女を端に発して集った二十五の女のコたちによるストリップアイドルユニット――

 ついにはこのような大舞台で、

 全国にいる何万人もの前で――

 

 だが、ここはまだ終着点ではない。

 まだ始まってさえいない。

 約束の数字・26――

 そこに到達したときには、きっと――

 

 幕が下りても鳴り止まない拍手。アンコールは想定内だ。とはいえ、ここから先は正規のメンバー二十五人にて。再び幕が上がり、全員集合したステージに、これまで以上の歓声が巻き起こる。裸の女のコがずらりと並ぶのはこれで二回目。しかし、一度目から人数も一回り増えている。その進化を実感したファンたちは、ユニットの成長ぶりに感動をもって彼女たちを迎えていた。

 最後に唄う歌はこの日のために用意されている。

 だが、その前に。

『それでは……えーと――』

 メンバー代表として、歩が一歩前に出る。

『――今日来てくれた、スペシャルゲストをご紹介しますっ!』

 だが、パッと照らされたのは客席だった。扉近くの奥の方、中央階段脇の余白を空けたすぐ隣――そこに、ひとりの女性が座っている。深くニット帽をかぶり、眼鏡にマスク――フリースにジャージのズボン――見るからに不審者――それは、誰にも見つかりたくないという心の現れ。それを踏み躙るように、眩い光が彼女ひとりを注目させる。

 この展開は、事前に決まっていた。()()を慕う者たちの願いによって。そして、その願いを願う、彼らによって。

 ()()も本来はステージに立つ側の人間である。ゆえに悟った。これ以上隠しても無様なだけ。場の空気と己の価値を貶めてしまう。度のない眼鏡とマスクを、そして、帽子を外せばふわりとミディアムボブの髪が広がる。歩も打ち合わせで聞いてはいた。が、しかし、実際に言葉を交わすとなると――様々な思いがこみ上げてくる。かつて、一度だけ歌を共にした身として。

『お越しいただきありがとうございます。…… 憐夜(れんや)(のぞみ)さん』

 これに、少し会場がどよめく。アイドル関連に通じている者であれば、知っていて当然の名だ。その様子を控室のカメラで見ていたあんにゃは驚きすぐさま立ち上がろうとする。が、湊がそれを制した。いまは、()()()()()()の最中なのだから。

 希のもとに、男が歩み寄ってくる。TRKプロジェクトの代表者であるプロデューサー本人が。カメラまで引き連れて。ここまでされては、希にも逃げるつもりはない。彼より差し出されたマイクを受け取り、堂々とした顔つきで席を立つ。

『お疲れ様、みんな。いいステージだったわよ』

 マイクを持ったままの指先で軽い拍手を送ると、会場も合わせて喝采に湧いた。

『PASTの件では色々と迷惑やら心配やらかけたけど……ああ、あのふたりも来てるのよね』

『はい、後でお会いしてあげてください』

 希の問いにプロデューサーは答える。だが、あんにゃたちはアンコールに参加していない。これは、演出としてどうかと希は思う。

『……けどこれって、感動の再会ー、って流れじゃないの?』

 相変わらず、顔なじみのふたりが出てくる様子はない。つまり、彼は三人を引き合わせるためにここへ来たのではないということだ。

『私は貴女に、伝えたいことがあってここへ来たのです』

『ナニ? 何となくわかるけど』

 彼女はもう、プロデューサー職を下ろされている。であれば、彼が求めるのはひとつだけ。

『我々と共に、TRKの舞台に立っていただけないでしょうか』

 これに、再び会場がどよめき立つ。だが、希は苦笑いを浮かべて。

『……やれやれ、アナタも変わらないわね。これだけ色々やらかしたのに、まだワタシにご執心?』

『はい。貴女が<スポットライト>を失わない限り』

『またそれ』

 TRKのプロデューサーが一貫して口にしている固有概念――この期に及んでブレない姿勢には希もある意味感心する。

『でも、この状況って卑怯じゃない? ここで断っちゃったら雰囲気台無しだぞーって脅迫するとか』

 希の言い分はもっともであり、そして容赦もない。だが、ここは糸織がフォローする。

『安心せぇ。“おめでとさん”と“残念”の両バージョン用意しとるさかい』

 関西人の茶化しに、会場は笑いに包まれる。その計らいに、希はある意味感心してため息をついた。

『ま、ガチ好きな糸織が言うなら本当に拒否権くらいは用意されてんでしょ。そしたら、早速それを――』

 やはり無理そうだ、とファンたちの期待も濁っていく。だが。

 

「そう意固地になるものではないですよ、“ 優加(やさか)”さん」

 

 呼ぶ声は、すぐ後ろの座席から。希はハッとして振り向くと、そこには――

「あ、あんた、どうしてこんなとこに……っ!」

 驚きと嬉しさ、それと、恨み辛みを込めた瞳で真後ろの座席の男を睨む。襟付きのシャツにカーディガンを羽織ったその男との間に――隣の女性が割り込んできた。ブラウンのワンピースにベージュのコート。その肩に耳元で束ねた二房の髪を垂らしている。

「これもコースケ君の計らいってことで――」

「きの子には訊いてない」

「うわ、冷たいですねー」

 軽くあしらわれて、きの子はすごすごと自分の席に座り直した。そして、きの子を挟んだ向こう側に、プロデューサーは知った顔を見る。湘南でのイベントの際に、水着を置き去りにしていった鷹池氏だ。

「ちなみに、うちの会社は別に副業禁止してないわよ」

 さらにそのもうひとつ隣の顔に、プロデューサーは見覚えがない。ただ、親しげにしている様子からも、この一団のひとりであることは窺える。

「ま・ま・ま・ま。妹ちゃんだってまだまだステージで唄いたいんじゃろ?」

 この五人が――正確には、希の双子の姉にしてルミノの母親である 朱里(あかり)も含めた六人が『パラノイア』のメンバーということになる。

 何故、これまでずっと暗躍していた彼らと接触できたのか――それは、彼らの方から連絡してきたからである。唄うべき舞台を失った自分たちの仲間を、どうか受け入れてほしい、と。そして、キッズ・ガーディアンの暴走を止めてくれてありがとう、とも。

 これに希は――どうりで“会社”の方から、このライブは絶対に観に行け、と念を押されたのか理解する。そして、見透かされている――と諦観した。様々な複雑な事情に飲み込まれて、ステージに立てなくなってしまったことに未練があることを。

 だが、受け入れてもらえる自信はない。それだけのことを、彼女はしてきたのだから。

『本当に、ワタシがこれまで何をやらかしてきたのか、わかってるの? 音楽界隈で』

『はい、本日も参加していただきましたから』

 ミトックスに所属していたミキの彼氏を寝取ったことは、希自身覚えている。だが、それだけでなく。

『その他にも数々……そうね、()()の件も』

 S氏―― 相馬(そうま) 智之(ともゆき)・天然カラーズ社長のことを指すと希にもすぐにわかった。

 それは、総動員で局長の動画を検証していたときのこと――以前から、プロデューサーには嫌な予感があった。PASTへの申込み一覧の中に含まれていた 御堂(みどう)カナ――その直前、イチオシだと社長本人から窺っていたキャスト――明らかに、社長個人との絆があった。にも関わらず、希が指揮するPASTへの参加希望――その違和感を、先日の総力戦の際にさりげなく尋ねてみた。すると、回答は『旬が過ぎたので』――それで、何となく察することができた。相馬社長とカナとの間の絆が途絶えた――天然カラーズ本社に呼び出された際に聞いた――『一発ヤッたし』――おそらく、御堂カナもまた、希による被害者のひとりなのだと。

 それでもプロデューサーの意思は変わらなかった。その覚悟を希は問う。

『けど、そこまでわかっててワタシを誘うってことは――』

 希は、男の胸にそっと手を添えて。

『寝取られたいの?』

 ざわ――会場中が不穏な雰囲気に飲み込まれていく。ここにいる者の多くは、アイドル関連のゴシップに耳敏い。これまで噂として囁かれてきたことは真実だった、と本人の口から告白されたのだ。

 そして、プロデューサーも理解する。彼女を包み込む空間のねじれを。それが<スポットライト>の一種であることはわかる。しかし、何故こんなにも禍々しく感じるのか――おそらく、この女性は、本気で自分のものにしようと狙っているのだろう。それを確信したからこそ、プロデューサーもまたまっすぐに答える。

『私は誰のものでもありません。ただ、貴女や、彼女たちの輝きを人々に届けるだけの仲介者』

『あ、そう』

 大した自信だ、と希は呆れた。しかし、だからこそ奪い甲斐もある――

『ワタシが貴方の大切なものを壊してしまうかもしれない。それでもいいのね』

 メンバーたちを求心している中心人物と自分が結ばれれば、きっとこのアイドルユニットは崩壊する。それを、彼自身もわかっていたからこそ。

『壊されるわけにはいきませんが――』

 と、逃げ腰の前置きをした上で。

『それでも、私には輝ける女性たちを見過ごすことはできません』

 彼の信念は誰にも侵すことはできない。どんな危険な相手であっても、そこに<スポットライト>を感じたならば。

 希は芸能界に対しても、ライブアイドル界に対しても、あまりに厄介事を持ち込みすぎた。もうどちらにも居場所はない。それでも、『パラノイア』――()()()()()()()()()の率いる組織で活動していければそれでいい、と覚悟を決めていた。にも関わらず、その()自身から、再び歌と向き合えと指し示されている。

 それは、劇場に対する無責任さゆえにか。

 それとも、そのプロデューサーであれば、決して壊すことはできないとの確信があるからか。

 実際――『パラノイア』を壊すことはできなかった。

 ()と、()を慕う女性たちによって。

 ならば。

 これはリベンジマッチなのかもしれない、と希はほくそ笑む。

 それと同時に――落とせなければ落とせないで構わない。

 自分がこれまでソロで活動してきた理由――

 この世界に男と女のある限り、否応なしに壊してしまうから。

 壊さずにはいられないから。

 けれど、この男なら、あるいは――

『……そろそろ、セルフプロデュースってのも疲れてきたしね。いいわ、乗ってあげる』

 憐夜希――その本当の名を、 優加(やさか) 安里(あんり)――彼女が加わったことで――

 ステージのバックスクリーンには――“TRK”の文字と――“01”と歩の姿が――続いて、“02”と晴恵の姿が――“03”“04”と目まぐるしくカウントアップ。“25”――つい先日加入し、今日が初舞台となった水裏理々――そして――

 再び客席の安里たちを映すカメラに戻ってきた。“26”の数字を添えて。

 ついに、このときが来た――かつて、スパの脱衣所で一緒に唄ったときのことを、歩は昨日のことのように覚えている。あの頃から、ずっと再び唄いたいと――いや、ステージに立ちたいと願っていた。

 それが今日、ようやく叶う。

『ようこそ――』

 ささやきかけるような歩の声。それに続いて――

『『『TRK26へ……ッ』』』

 それは、イワ爺からプロデューサーに伝えられていた約束――

 二十六人集まった暁には、この劇場を譲り受けると。

 それは、ファンたちにも穏やかな形で報じされていた。

 TRKは二十六人を目指している、と。

 その数の理由は――どうでもいいような語呂合わせ。イワ爺は最後まではぐらかしていたが、ファンによる集合知によって彼女たちも知ることとなった。

 だが、ここであえて伝える必要はない。

 伝えたいのは、ついにこのユニットが完成したということ。

 そして――

『これから唄うのは、私たち、TRK26が完成されたときのために作られた曲――』

 と、しとれが告げる。

『せやけど、ここが終着点やないで。むしろ、ようやく出発ってカンジやな』

 と、糸織が囃し立てる。

 そして、歩が。

『私たちの、そんな想いを込めたこの曲を――『NEVER END...』――!』

 これは、今日始めて公開する新曲。当然、安里も始めて聴く。それでも――ステージから手招きされているのは、安里なら合わせられると信じているからだろう。

「いかがですか?」

 とプロデューサーは問う。

「ま、一周聴けば」

 やはり、ことステージに対して、安里は絶大なパフォーマンスを発揮できる。

 そして、その一周を聴きながら――彼女はフリースの裾に手をかけた。

「れ、憐夜さん……っ?」

 プロデューサーは驚くが、間近の一般客たちの驚きはそれどころではない。しかし、安里自身は平然と。

「だって、あのステージに立てって言ってるんでしょう? ワタシだけ服着てるわけにもいかないじゃない」

 何より、真後ろにいた男は――まるで、いつものことと言わんばかりに受け入れている。それで彼は感じた。彼女が頼っていたその男も――きっと自分と同じものを持っているのだと。

 ステージは華やかな楽曲に満たされているが、場外であるここを目立たせる必要はない。もはや、銭湯の脱衣所のように。離席したことによって持ち上げられた座面に脱いだばかりのフリースを掛け、ブラのホックに手を回す。そういえば、先日ライブハウスのステージで裸になった際には突然だったからか――こうして一枚ずつ脱いでいくと、男たちの視線をより強く感じる。それは、焦らしているがゆえの期待というものか。もうカメラは自分に向けられていない。だからこそ――ステージではなく、うしろの自分が客の目を奪っている、というのも面白い。

 が、このくらいにしておくべきだろう。ふと顔を上げれば眩い光が降り注ぐ。もう二度と浴びることはないと思っていた。けれど――もう少しだけ延長戦。ゆっくりと、ブラを下ろしていけば――胸の先に熱を帯びる。それは視線によるものか、照明によるものか、それとも――期待に対する高鳴りか。前屈みになりながら最後の一枚――パンプスの踵に触れないよう抜き通して――彼女はすいと背筋を伸ばす。これから乗り込む 戦場(ステージ)へ向けて。安里は、中央階段をゆっくりと歩み下りていく。前後左右より、視線を浴びながら。胸にも、お尻にも、股間にも――アナタたち、ステージは見てなくていいの? と安里は笑ってしまう。

 しかし、ステージに架けられた最後の階段を一つひとつ踏みしめ、同じ姿をした仲間たちに迎えられる中、客席に向けて踵を返したとき――合流すればもう視線が散らされることはない。誰もが光を――光を照り返す彼女たちの美しさを――TRK26を――!

『~~~~♪』

 そのメロディは、今後の未来を願ってみんなで唄うためのもの。単純なユニゾンであれば、初聴きであっても申し分ない。歌詞は、足元のディスプレイ――プロンプターに表示されている。振り付けの方も、周囲の空気を読みながら。その一体感は、飛び入りのものとは思えない。安里を加えたTRKのメンバー()()()()()による『Never End...』――終わりなき終曲により、TRK初のライブはすべての楽曲を唄い遂げた。

 しかし。

『それでは最後に……』

『オーナー……じゃなくて、プロデューサーから一言ーっ!』

 しとれと歩から促され、彼はステージへと向かっていく。この段取りは、一応霞からも聞かされていた。だが――安里が来なかった場合、途中で退場してしまった場合――加入を頑なに拒んだ場合――その他諸々、アクシデントはつきものである。様々な可能性の中に、はっきりとした台本はない。

 それでも、壇上に立ってしまった以上、プロデューサーは――先ず、いま思っていることを。

『皆様、本日はお越しいただき、心から御礼を申し上げます』

 感謝の気持ちを伝えようとしたところ、当たり障りのない挨拶になってしまった。しかし、あくまで結果論。気を取り直して。

『皆様には感じていただけたでしょうか。彼女たちの輝きを』

 言葉を紡ぎながら、彼は考える。どうすれば、<スポットライト>を伝えられるか。

『魂には求めてやまない願望というものが誰にでもあります。そして、そんな魂の夢が叶えられたとき、その魂は美しく輝くのです』

 ただし、ある種の自覚はせざるをえない。自分が感じ取れる輝きはあまりに特殊であると。

『私がプロデュースしてきましたアイドルたちの輝きは……少々歪な色をしています。それを共有できる方は、きっとごく一部なのでしょう』

 だからこそ、直視しなくてはならない現実もある。

『それが、総勢二十六色……ですから皆様に、彼女たちすべてを愛してほしいとは申しません。きっと、中には嫌悪し、決して受け入れられない色彩もあることでしょう。ですが』

 だからこそ、伝えたい言葉がある。

『これは、私の父の教えなのですが……“自分が不快に感じるものは、他の誰かの性感帯”……と』

 それは、忌み嫌われ、規制対象の槍玉に挙げられる性風俗を美しいと感じる父だからこそ。

『魂とはすなわち色彩です。そこに善も悪もありません。ただ、その人にとって心地よいか否か……それだけです』

 素晴らしい色――劣悪な色――そんな絶対的な基準はない。色とはあくまでそこに存在しているものであって、あとは受け取り方次第である。

『ですから、忘れないでいただきたいのです。もし、貴方が輝きを感じたとき、それを不快に思う人もいると。そして、貴方が不快に感じたとしても、そこに美しさを見出す者もいると』

 ならば、彼にとってどのような輝きが心地よく、どのような輝きが不快なのか――それを明言しなくてはならない。

『私は魂の色に優劣を定義することはありません。魂を輝かせる――そのこと自体を美しい、と私は感じます』

 ()()()()()()()()に価値を見出しているからこそ。

『ゆえに、様々な色で魂を輝かせている彼女たち二十六人を、余さず私は愛しています』

 少々熱が入りすぎた、と彼は我に返る。口にしてしまったことを反芻してみると……やはり少し照れくさい。と、いうことで。

『ご存じの方もおられるかもしれませんが、我々は二十六人集めることを一先ずの目標に活動してきました』

 安易な目標を掲げたことでメンバーを――歩を追い詰め、それを悔い、撤回し――支配人によってもたらされた新たな目標。

『それを達成しましたいま、我らが次に目指すのは――』

 ヒントは、まこの壮言にあった。自分たちが外に出られないなら、世界を自分たちの元へ呼び寄せる――さすがにそれは、物理的に難しい。だが、街の外に、自分たちの居場所を作ることができるなら――

『日本全土、です!』

 バックスクリーンに表示されたのは二十六の地名たち――北は札幌の新すすきの、南は博多の新中洲――東京に限らず、解禁された経営特区は各地にある。しかし、それだけではこの数に満たない。他の地域については――その名を知る地元民であれば、思わず眉をひそめたくなるような危険地帯ばかりだ。

 何故なら、そこは“元”風俗街であったが、『歌舞伎町クライシス』の際に滅び――特定業種を一掃したところで、新たな産業を根付かせなければ人は寄り付かない。人の寄り付かないところには人の目を気にする者たちが蔓延る。その結果は――人々の知るとおりだ。法による規制は撤廃されたものの、いまさら復興させようという者はいない。

 だからこそ。

『私たちはその地を蘇らせ、劇場を築き、そして――』

“女子が全裸で歩ける街へ”――そのくらい安全な街――あくまで誇張した治安目安ではあるのだが、この街の“慣習”を知っている者には大いにウケた。

『TRK劇場全国二十六箇所計画……これを完遂すべく、日本中を駆け巡りたいと思います!』

 かといって、それに必要な人材をTRKだけで賄うことが難しいのはプロデューサーにもわかっている。ただ、各地に劇場さえあれば、彼女たちはこの街に閉じ込められることはなくなるはずだ。彼に、TRKだけを拡大していくつもりはない。それは、失われそうになっているひとつの文化――いまは新歌舞伎町の一軒のみとなってしまったストリップ劇場を全国に蘇らせる――それが、彼の次なる目標だった。

『この放送を新歌舞伎町の外で聞いてくださっている皆様、いずれ、我々の方から貴方の土地にお伺いする日が来るかもしれません。そのときは――』

 そして、深々と頭を下げる。

『何卒、TRK26をよろしくお願い致します!』

 その決意を受け止め、会場全体が揺れる。おそらく、別のスクリーンでも大きな拍手が――ならば、全国の映画館で、日本全土を揺るがしていることだろう。

 だが。

『それじゃあ、新歌舞伎町だけナンも変わらんやんけ』

 外に目を向けるのは結構。とはいえ、本家であるここの劇場がおろそかになっているのではなかろうか。糸織の茶々に、会場が再び軽く湧く。

『いえいえ、新しい催し等も始まるようですよ』

 それにしとれが続いたことで――プロデューサーも違和感に気がついた。普段、このようなツッコミにしとれが乗ってくることはない。いや、乗り方が違う。暴走しがちな糸織、無軌道な歩――そんなふたりを収束させる形でまとめるのがしとれの 役割(ポジション)だ。それが、このように一定方向に――ゆえに、プロデューサーもすぐさま察した。これは、しとれに課せられた“台本”なのだと。

 新しい催し――? 当然、色々と考えているし、霞からも提案を受けている。だが、この場で発表するような横断的な内容だとすれば――

 

“まな板ショー解禁!!”

 

 おおおおおおおおおおおおおおおお――――ッ!!!

 

 バックスクリーンにその一枚のスライドが映し出されたことで、これまでにない激動が建物全体を包み込む。まな板ショーとは――昭和の時代にあったストリップ劇場の催しのひとつである。それは、劇場に訪れた客をステージに上げ、踊り娘と性行為を行うというもの――!

 とはいえ、かれこれ百年以上も前の話である。このようなライブに来ていても、その内容を知る者は少ない。だが、その告知文に大きく添えられているのは、ステージの上で繰り広げられる男と女の騎乗位のピクトグラム――しかもアニメーションまでしているのだから、ナニをするのか想像に難くない。

『ま、待ってください! そ、それはまだ検討中で――』

『うっさいわーっ!』

 パコンと殴りかかってくるのは、まさかの霞。身体も大きく意外と痛かったが、酔いで腰が入っていないため、怪我をするほどではない。

『アンタのペースに合わせてたら、こちとらアソコが腐っちまうってのーっ!』

 あまりの品の無さに、会場中が失笑に包まれる。だが、一周回ってそのような物言いを好む者もいるはずだ、というのが先程プロデューサーの言いたかったことでもある。霞は一発殴って力尽きたのか、ぐでんとステージに倒れてしまった。客席からは少し心配するような声も聞こえてくるが、常連にとってはいつものことなので気にしていない。

 プロデューサーには、今日の段取りは伝えられていた。が、この件については――彼のこの反応を見れば、伏せられていても仕方ない。

『霞さまよりお伺いしておりますが――』

 こういうときに推進力を持ち、最も冗談からほど遠いのは、やはりしとれだ。

『――すでに行政の許可も取りつけており、メンバーによる総意も得られております。もはや、尻込みする理由はありません』

『と、とはいえ、まだ詳細を詰める必要が……』

 その結果、尻すぼみとなっては逆にファンたちをがっかりさせてしまう。

『せやな。詳細は詰めなあかん』

 ずい、とプロデューサーに詰め寄るのは糸織。小さな背丈で下から見上げているが、自信に満ちた瞳が大きな男を圧倒している。

『せやけど、もひとつメンバーの総意があってなぁ』

『さっきから総意総意って、ワタシさっき入ったばっかなんだけど』

 ここで、安里が割り込んでくる。先程のまな板ショー宣言について異論はないとはいえ――この調子で次々と勝手に決められるのは如何なものかと。

『じゃ、いまから合意せぇ』

 糸織によってバッサリ切り捨てられたところで。

『やっぱ、最初のまな板相手は……Pはんがええわなー、ってな』

『なっ!?』

 プロデューサーの狼狽えようによって、安里の答えも定まった。

『……フッ、そうね。ぶっちゃけ、ステージ上でヤるのも悪くないし……その最初がプロデューサってのも賛成するわ』

『と、言うわけで……』

『ま、まさか……』

 歩からニコリと微笑まれて、プロデューサーはハッとして周囲を見る。気づけば四方八方裸の女子だ。

「「「まっないたっ! まっないたっ!」」」

 観客からのコールも受けて、プロデューサーは――

『ま、待って……くだ――っ!?』

 間違いなく、この場で……! マイクも奪われ、彼にはもう発言権すらない。

 プロデューサーがひん剥かれている間、安里は避けては通れない疑問を口にする。

『で、いきなり全員で襲うわけにもいかないでしょ? どういう順序で? それとも、バトルロワイヤル?』

 自分は鳴り物入りで加入したばかりの新メンバーなのだから、と安里にはちょっとした期待はあった。が、しとれがすっと歩み寄ってくる。

『そちらは、すでに“約束”として決まっておりまして……申し訳ありませんが、加入順となっております』

「えっ?」

 ここまで楽しそうにプロデューサーのシャツのボタンを外していた歩だったが、その声を聞いてはたと手を止める。

 確かに、そんな約束はしていた。二十六人集まったら、メンバーひとりずつ。その際の順序は揉めないように加入順で、と――

『何よそれ、ワタシ最後じゃない』

 あまりの冷遇っぷりに、安里は不愉快そうにむくれる。だが、後ろから数えた方が早い面々は皆同じ心境なのだろう。

『そこんとこはしゃーないって諦めや。そもそもあんさん、最初にスカウトしたときに入っとりゃあ、こんなことにはならんかったんで』

 そこを突かれては、安里としても反論しづらい。

 誰もがプロデューサーを慕っており、下手に抜き差しできる条件にしては、メンバー同士がギスギスしてしまう。それゆえの不変。年功序列。それで二十五番目までのメンバーがすべて納得しているのなら、安里としても自分だけごねるわけにはいかない。

『まー、二十六回って時点で、一晩で済む数じゃないしねぇ』

 そう達観した素振りを見せつつも――彼女の本質は『寝取り』である。内心密かに順番を無視して取り入ろうと画策せずにはいられない。

『でも、彼の方から迫ってきたら受け入れちゃっていいんでしょ?』

『あのカタブツがおにゃのこに迫るよーなことがありゃーなー』

 安里たちのトークは続いているが、歩の耳には入っていない。こんな形で、私と、オーナーが……?

 少し呆然としていた間に、プロデューサーの用意は整っていた。素っ裸のまま裸で寝かされ、両手両足にはそれぞれふたりずつ。どう足掻いても逃げようがない。ベッタリと水平に寝かされている中で唯一立ち上がっているモノにカメラがじーっと向けられているのは、辱めるためでも、客が望んでいるからでもない。そこにこれから訪れる相手を待ちわびてのことだ。

 なので、そこを跨いで歩が立つと、カメラは自然と上を向く。下から、その身体を収めるために。

 急なことだったので、歩も心の準備ができていない。かといって、逃げるつもりもない。予感はあったはずだ。今日のライブで、何かが変わると。

『え、えーと……いいんだよね……? ダメだったら、“約束”した時点で言ってたはずだし……』

 実のところ――プロデューサーには本当に、“約束”というのが何のことだかまったくわからない。だが、それについて――明らかに、全員の間で合意が取れている。一部のノリの良いメンバーの間だけでなく、二十五人――そして、たったいま加わったばかりの二十六人目まで含めて。

 だからこそ、誰も止めない。誰も割り込まない。異を唱えない。歩が、彼と交わることに。

 だからこそ。

 歩は――いや、彼女だけでなく、晴恵も、糸織も、しとれも――そして、安里のことも、彼は等しく愛している。< 魂の輝き(スポットライト)>を放つ者として。それに彼自身が魅入られていないはずがない。それは、プロデューサーとしても、そして、男としても。

 だが。

 その一線を超えてはならない。

 誰かひとりを選んではならない。

 それは、父と母の行く末を目の当たりにしていた息子ゆえの恐れか。

 彼は、ずっとそれを胸に秘めてきた。

 しかし、ここに奇跡がある。

 現実的な順序はあるものの――

 彼は、誰かひとりを選ぶことはない。

 誰かひとり、選ばれた特別なアイドルはいない。

 ひとりの男と、二十六人のアイドルたちの間に結ばれる絆――

 ゆえに、彼女はあくまでひとりめにすぎない。

 これから綿々と二十六人目まで続いていく彼と、彼女の――

「あ、蒼泉……」

『そ、それじゃあ……オーナー…………いくねっ』

 間近で囲む二十五人と、この第七スクリーンに集まってくれた何百もの観客、そしてカメラの向こうの何万もの人々に見守られながら、ふたりは――歩は――

 彼女は静かに、そして確かに矛先を定める。決して、迷わないように。

 そこから、彼が支える硬い大地に、彼女の柔らかなお尻がゆっくり、ゆっくり――そして、ぺたんと下ろされたとき――

 新たな――いや、本当の――

 TRK26が始まった。

 終わりなきステージに向かって――

 

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