ここは荒廃した世界。どこからともなく人知を超えた化け物が外を跋扈するようになり、人々は生存権の縮小を余儀なくされた。
そんな世界で、化け物を討伐する機関が存在する。彼らはその身一つで化け物を討伐し、人類の生存圏の奪還を目指している。
だが、化け物にはある特徴がある。化け物の長時間接触すればするほど、記憶が消えていくのである。
その機関に所属する人間の多くは記憶が消えていくことで様々な精神的な負担を強いられている。私の所属するチームでも、気が病み廃人となってしまったり、自分のことなどどうでもよくなってしまったり、生きていることに嫌気が指してしまう人がいる。
そんなチームでもみんなで支え合い、ある人は新たな目標を見つけ前を向けるようになり、ある人は自分を信頼してくれる存在に気づいたことで自分の価値を知り、またある人は愛を知って生きる勇気を得た。そしてまたみんなで昔のように笑い会えるようになったのだ。彼唯一人を除いて。
彼はチームのみんなが精神的に不安定な時期に率先して一人で化け物の討伐を行っていた。来る日も来る日も化け物と接触し続けてことで、彼の記憶は私達のチームの、いや、きっとこの機関の誰よりもボロボロになっていた。もはやなぜ化け物と戦っているのか、自分が今どこに居るのかもよくわかっていない。そして何より、彼は記憶を失いすぎたことで、もはや化け物と戦うと記憶が消えることも認識できなくなっている。
だからこそ今の彼は非常に不安定だ。なぜ自分が戦わなきゃいけないのかわからないし、戦うほどに謎の喪失感を覚えるのにそれがなぜかわからない。でもこれまでの習慣から自分一人で化け物と戦わなければならないという強迫観念に駆られ、気づいたら誰にも告げずに化け物討伐に出向いている。そして帰ってきた彼を見て私は思うのだ。また助けられなかったと。
彼はもはや私達がチームであることも忘れてしまっているのだろう。機関の食堂でも、昔はみんなで集まって食べていたのに、みんなが精神的に疲弊していた時期からバラバラに食べるようになり、精神が回復した今は彼以外が集まって食べるようになった。もちろん一緒に食べようと誘ったのだけど、困ったように言うのだ。みんなと面識ないし、そこに俺が入るのはちょっと気まずいな、と。
ただ、彼の幼馴染である私だけは辛うじて忘れられずにいる。とはいっても、機関に入ってからの記憶はなく、幼少期のまだ無邪気だったことろ記憶だけだ。それでも彼にとって親しい存在として認識されている私は、彼の精神が死んでしまわないように少しでも隙きがあれば彼とコミュニケーションを取ることにしている。もっとも、彼にとっては急に再開した異性の幼なじみという認識であり、あまり積極的に話をすることはできていないのだけれど。
今日も任務が終わった夜に、私が彼に話しかけようとすると、意外なことに彼から敷地内の散歩に誘ってきた。なんでも、私が話しかけようとしていることを察して誘ってくれたらしい。
少しでも明るい話題をと思い、中庭を歩きながら彼が大好きな漫画の話をすることにした。彼は漫画が大好きで、昔からいろんな漫画を読み漁っていた。
今は、、、どうなのだろう。
「ねえ、最近なにか漫画は読んだ?私は〇〇って漫画が好きだから、似たような面白い漫画があれば教えてほしいな!」
「〇〇?知らないな。しかも、俺はあまり漫画読んだことないんだよね。」
申し訳無さそうに彼が言う。
私が読んだことのある漫画はすべて彼から借りて読んだものだ。私が知ってて彼が知らないなどありえない。しかもあまり漫画を読んだことがないとまで言っている。あんなに大好きだった漫画も、好きだったこと自体を忘れてしまっているようだ。
「えーそうなの?君は漫画が好きって聞いてたんだけどな。じゃあ✕✕とか□□も知らない?」
「✕✕は知ってるよ!とっても面白いよね!あれ、でもなんで俺は✕✕を知ってるんだ?」
「……。✕✕って面白いよね!じゃあさ、△△はどう?」
「その漫画は知らないや。君は漫画に詳しいんだね。もしよかったら俺におすすめ教えてよ。」
今挙げた漫画はすべて彼が大好きだった漫画だ。
「……。いいよ!じゃあとりあえず、〇〇と□□、△△はおすすめだから、読んだほうがいいよ!」
「ありがとう。今度時間が空いたときにでも読んでみるよ。」
ああ。彼はすでもここまで摩耗してしまっているのか。私達が彼をここまで追い込んでしまった。願わくば、彼がまた私達チームのみんなと一緒に笑い会える日が来ることを願う。
ご精読ありがとうございます。