中央歴1639年5月2日 クワ・トイネ沖合50キロ海上
人民海軍の旗艦航空母艦『5月1日』は8隻の護衛艦と共に滞留していた。
その艦橋内で、艦長と政治委員が私的な会談を開いていた。
「情報部の戦争に空母まで必要とは思わないですけどね。はっきり言って12隻のミサイル艇
があればロウリア海軍を壊滅させることはできるじゃないですか?」
艦長は政治委員に率直に不満を述べていた。政治委員とは長年の付き合いがある。そのうえ、
政治委員の仕事は軍人の愚痴を聞き、上層部に届ける仕事なので職務上の対立はない。
「その情報部の戦争計画にはロウリア海軍の転向が含まれている。要は俺たちの飛行機で
連中を怖がらせたいということなのさ」
政治委員は煙草の煙を天井に上げながら。特殊作戦の始まる時間だ。思いを遠くロウリア艦隊に向けた。
同日 クワ・トイネ沖合 ロウリア艦隊
4400隻の大艦隊が見せる光景は、彼らを遠くから偵察する人民軍の哨戒員も含めて誰もが目を奪われる景色だ。しかしその素晴らしい景色の下、不満も渦巻いているのだ。
問題は船団の後半に作られている船の設備が、航海に耐えられないほどに劣悪なものせいである。
なぜならば、4400隻の船団を作る国力はロウリアにはない。パーパルディアの支援があってもなお、
国力的に有り余る事業に造船所は安普請化することで対応したのだ。
「なんだあれは」
海将シャークンが見上げる先に、水上要塞のように大きな船が4隻、船団を囲むように迫ってきた。
その正体は、労働組合民兵海上部のケープバルカーであった。
「同志諸君!!!君たちの戦う相手はクワ・トイネの人民ではない!!!真に戦う相手は
君たちを搾取する封建領主だ!!!!!」
貨物船に積まれた無数のドローンが演説を船団全体に伝える。その光景に船団の全員はただ眺めることだけしかできない。
「ゆ、弓だ、弓であれを打ち落とせ」
動揺しながらなんとか命令を出せたシャークン。しかし、動揺しているのは彼だけではない。旗下の船団全体が動揺している。そのため兵士はてんでんばらばらに弓を放つことしかできず、ドローンの撃墜はできなかった。
「こ、こ・・航空支援だワイバーンであの巨大船を襲わせろ」
シャークンからの支援要請にロウリア軍はワイバーン250騎の投入を決意した。
一時間後 『5月1日』 艦上
「レーダーに反応アリ!!!!敵機250!!!」
その報告を受け、戦闘準備を整えていた航空隊のパイロットたちが機体に搭乗し、発艦してゆく。
彼、マルクス・レゲエもその一人だ。アンゴラからの難民の両親から生まれた彼は共和国の教育支援の下、
学習してゆき海軍の扉を叩いた。海軍ではパイロット適性の高さから航空隊に配属され、才能を開花した彼は海軍航空兵の一流パイロットになり、今では人民英雄の一人である。
「こちら赤星1、敵の速度は非常に遅い。一撃離脱によって敵を攻撃しろ。格闘戦は絶対するな。失速してこちらがやられるぞ」
レゲエの指揮のもと、『5月1日』航空隊80機は船団に向かって進む。両国の航空戦力のぶつかり合いはすぐに起こるだろう。
船団に早く到着したのは共和国側の航空隊だ。到着した証に船団上空を超高速で飛ぶように命令されている彼らは、次々と行動を船団に見せつけ、そのたびに高速で飛ぶ飛行機から出る風に船団は揺れに揺れた。
船団の誰もが、ワイバーンによってこの忌々しい連中を撃滅することを期待する。遅れてやってきたワイバーン隊は、敵機との速度差に驚いた。その圧倒的な敵機の速度は、こちら側の攻撃速度のはるか上に行き、向かって来ているにもかかわらず攻撃が当たらない、逆に敵側は悠々とワイバーンを落としてゆく。
その光景は船団にも見えており、自分たちが相手にしている存在の圧倒的強さを見せつけられていた。
船団に動揺が広がる
こいつらを撃墜した事は撃墜に入るのか?同志艦長、同志委員に尋ねなくてはならないな。
あまりにも弱すぎるぞ。
一機も敵機がいなくなった後、レゲエは一人独唱する。かつての世界の戦闘機と、この世界のワイバーンが
同じ撃墜価値ならば、そのうち全パイロットが人民英雄になるだろうなと患いた。
頼みの綱のワイバーンが撃滅され、船団では恐怖が広がっていた。そこに再び貨物船から声明が届く。
「同志諸君!!私は君たちに問いたい!!君たちが戦う相手はクワ・トイネなのか!!それとも
君たちを死に向かわせる無能な指揮官なのか!!!」
再びドローンが船団に声明を届けだす中、シャークンは船団に不穏な気配が漂ってゆくのを肌で感じた。
兵士たちが耳を傾けるのは海将である自分ではなく巨大艦からの声だ。
船団の中の安普請の半ば沈没している船で、一人の兵士が船長に向かって叫んだ。もう十分だと彼は言い、船長を一突きで殺した。その行動は周りの兵士、そして周りの船にも広まってゆき、ロウリア艦隊4400隻は敵と戦うことなく瓦解してゆく。
貨物船の上からそれを眺める民兵は、労働者の蜂起という偉大な歴史を間近に見聞き高調を禁じえなかった。
彼らは貨物船の上から各々の武器で蜂起側の支援を始めた。
シャークンは思った。艦隊が溶けてゆく。ロウリアの6年間の苦労の結晶が、反乱によって消えてゆく。戦うことすらできなかった。自分は歴史書で史上最も無能な提督として名を残すだろう。できることは反乱兵と戦うことだけだった。
シャークンは剣を抜き、戦いに参加した。
船団の反乱は3時間後には収まり、海将シャークンは打ち取られた。兵士たちの推薦で新たに指揮官となった男は共和国に降伏。共和国側は近海に退避していたトロール船団にすぐさま指示を出し、ロウリア船団に水、食料、嗜好品を与え始めた。
後に艦隊の反乱と呼ばれる出来事はここに終結し、ロウリア艦隊残存4200隻、兵力13万は合流してきた共和国海軍とともに行き先を変えて故郷に向かう。彼らの目的は王政の転覆だ。
中央歴1639年5月4日 クワ・トイネ公国 クワ・トイネ
カナタは首相官邸の窓から人の海を見つめていた。彼を殺すために集まった人の海を。
赤衛隊の勝利後、共和国は国内に残った諜報員にある陰謀を流すことを命じた。それはカナタ首相とロウリア政府はつながっており、ロウリアの征服後、広大な領地を与える代わりに利敵行為をする契約があるという話だ。
ロウリアのギムの殺戮による恐怖、日本人の指揮のもと赤衛隊の勝利。彼の命令で断絶された日本との関係。
それによって多くの人が陰謀を信じ込んでしまった。カナタ首相の辞任を求めるデモを共和国は公国上層部
全体のデモに作り替え、目的をプロレタリアート人民革命にすり替えたのだ。
無数の赤旗は共和国が大量に提供したもので、デモ隊の統一を高める。集団心理によってデモ隊は官邸と議会に集まり、
戦争に勝つために人民革命をと連呼しながら警備隊を蹴散らしてゆく。
戦争に負けた。本当の敵、日本に完全に負けた。ロウリア王は自分が戦争を起こしたと思っているだろうが、
起こしたのは日本だ。彼も自分のように・・・・
カナタの後ろの扉がデモ隊によってこじ開けられ、民衆の暴行が彼を襲った。
同日、デモ隊によって議会は強制的に解散。人民の意思によるクワ・トイネ人民共和国の誕生が高々に宣言され、その政府はクイラ人民共和国と日本によって正式に承認された。翌日クイラからは人民民兵が、日本からは
1個戦車連隊が義勇軍として派遣される。同日3カ国政府は、ロウリア艦隊の反乱への賛辞と、これをロウリアの正当な政府と宣言することを世界に向けて発信した。
こうしてロウリア王国による大陸統一戦争は、日本によるロデニウス大陸人民革命戦争に変えられてしまった。