突入
「もうすぐ体育祭が始まる訳だが━━━━━」
LHRの時間。担任の先生がそう言う放ち、黒板にカツカツと何かを書き始めた。
『出場競技決め』
そうでかでかと書かれた横に、100m走や学年対抗リレー、綱引きやパン食い競走等…恐らく体育祭で行われるであろう競技名が大量に書き出されていく。
そう、もうすぐこの羽丘学園では体育祭なるものが開催される。
人生初の大きな学校行事。胸踊らぬはずもなく。「えー」だの「動くの面倒くさ…」だのぬかしているクラス連中を尻目に、俺は1人この体育祭に期待感を抱いていた。
「全員どれか2種目には出てもらうからなー」
担任の一言に意義を申し立てる生徒の声を聞き流しながら、俺はどの競技に出ようかと悩む。
「なぁ、佳夏は決めたか?」
「まだ。お前は?」
「二人三脚は固いな」
「ほう」
自席を立って俺の隣に来た優太。
「まぁ正直言って全部出たいんだがな」
「マジか」
どうやらやる気十分のようだ。俺よりこの体育祭を楽しみにしているのではなかろうか。
まぁコイツはガタイもいい。運動は得意そうだし、実際体育じゃあ良く動いてる。分かりやすくスポーツ好きな男だ。
「そうすれば、ペア競技は女子と組めそうだし」
安定だった。相変わらず欲に忠実。感心するレベル。
「キモッ」
はいすかさず美竹の罵倒。ここまで典型。もう慣れたものだ。
まぁ二人三脚で女子と組めるかは知らないが、組めるといいな。
「おう!」
いい返事だ。
「美竹は何に出るんだ?」
「…あたしは別になんでも。ていうか出なくていい」
頬杖を着きながら面倒くさそうに言う。宇田川から聞いた話じゃどうも美竹は運動が苦手らしいし、そういう意味でもやる気が出ないのだろう。
だが……
「1人2種目は出ないとらしいぞ」
「……分かってるし」
視線を逸らされる。顔は見えないが不機嫌そうだ。
「さて…」
優太程ではないにしても、俺も出たい競技は沢山ある。クラス競技は置いておくとして、個人競技、もしくはペア競技で面白そうなものはなんだろうか。
「借り物競走とかどうだ?」
優太に提案される。
借り物競争か……知らない人に声をかけるのはなんかちょっと怖い。
「パン食い競走は?」
青葉の独壇場な気がする。Afterglowメンバーは美竹以外他クラスだから今回敵になるしな。勝てる気がしない。
「チアダンスは?」
出るわけないだろ。
自分のチア姿を想像して卒倒しかける。分かってたけどキモイ。
というかそんなのプログラムに入ってんの? …………うわマジで入ってるよ。
「俺はチアダンスに期待を寄せている!」
あっそ。
「雑だなぁ。んじゃあ…………障害物競走とかは?」
「障害物競走?」
「そうそう」
障害物競走か。文字通り走りながら障害物を越えていく競技。多分跳び箱とか網とかがあるやつ。
「アンタ……」
「いーじゃん蘭ちゃん! 面白そうじゃね?」
「何の話だ?」
珍しく美竹から優太に声をかけるという状況だが、どうしたのだろうか。
「なんでもねぇよ」
ニヤニヤしながら否定される。なんとも信用できない言葉だ。
「それで? 出るのか」
まぁ他にめぼしい物もないし。
「じゃあソレで」
「そっかぁ! がんばれよー」
「……? おう」
なんだコイツの反応。なーんか嫌な予感。
美竹も何か知ってるみたいだし聞いてみるか。
「知らない」
……さいですか。
どうにも作為的な雰囲気を感じるが、コイツらは喋りそうもないし結局分からず終いだった。
「……あたしもちょっと見てみたいし」
「ぁんて?」
「なんでもないっ」
えぇ……こわ。
……まぁとりあえず1つは決まった。最低あともう1種目選ばないといけないのだが。
「俺は決めた。借り物競争と二人三脚〜。あ、あと50m走かな」
優太は早々に決めたらしい。
「…じゃあ俺も二人三脚にしようかな」
「俺とは組むなよ? 男とやるつもりはねぇ」
「あほらし」
「蘭ちゃんはまだ競技決めてないでしょ? 俺と
「(自主規制)」
「お、おい美竹…」
おまっ、花のJKが使っていい単語じゃねぇよ。怖いよ。てか優太が……あぁほら、顔がめり込んでら。まぁ自業自得だろうが。
「まぇがみぇなぃ」
だろうな。
「…とりあえず美竹もなんか決めたらどうだ?」
「……」
「パン食い競走とかどう? 青葉はどうせ出てくるだろうし。知り合いがいた方がいいだろ」
「じゃあそれで」
どうでもいいとばかりに他所を向きながら1種目目決定。美竹よ、興味無さすぎじゃないか?
まぁいい。あと1種目だ。
「…………佳夏は決めてんの? ペア」
「んえ? 何が……あぁ二人三脚」
急に何か言い出したかと思ったら、横目でチラチラとこちらを覗きながらそんなことを聞いてきた。
「今のとこいないな。どうせ
さて誰を誘おうかと、クラスにいる少数民族たる男子達に視線を向けていると。
「……ならあたしも出る」
「え? 何にさ」
「二人三脚」
マジか。しかしなぜ急に? 今の会話の流れの何処でそんな決心を付けたんだ?
「だからさ」
「……おう」
……なんだよ。なんでちょっと恥ずかしそうな顔してこっち見るの?
「あたしと……組まない…?」
少し頬を赤く染めながら俺にペア申請を申し込んできた。若干自信なさげにポソポソと呟いた美竹はそれはまぁ乙女チックで、さっきまで俺の横で突っ立っている男に罵詈雑言を浴びせていた人と同一人物とは思えなかった。
「……どうなの?」
すると今度は睨みをきかせながら再度問いかけてきた。急に怖い顔すんのやめてくれ……。
もちろん断る理由はない。
「…俺でよければ」
「……ん」
「ちょっとぉ待てぇいや!」
「……なんだよ優太」
急に叫ぶなようるさいな。
「なんで佳夏は良くて俺はダメぇ??」
「(自主規制)(自主規制)(自主「ちょいちょいちょい」」
優太が嫌いなのは分かったからさ。さすがに美竹の口からそんな言葉は聞きたくないんだわ。な?
「ふんっ」
「………………素っ気ない態度も好き…」
「お前マジ黙った方がいいぞ……」
ダメだコイツ。早く何とかしないと…。
「出る競技決めたヤツから黒板に名前書いてけよー」
担任がそう言い、ゾロゾロとクラスメイトが黒板に自身の名前を書いていくので俺もそれに習う。
えーと……二人三脚…。
「あたしのも書いといて」
「へいへい」
パン食い競走にも美竹の名前を書いておく。
後は障害物競走。
その横に俺の名前を書いておく。
ザワッ…
「ぇ?」
その瞬間。突如としてクラスの大半の生徒がザワめき出す。
不安になった俺は先生に確認の視線を送ってみるが。
「(どうぞどうぞ)」
と、問題無いとばかりに片手を前に出してくる。
なんだろう。変なことはしていないはずなのに拭えないこの不安は。
「おい。ほんとに大丈夫なんだろうな」
絶対に何か知ってるだろう優太に問いただすが。
「大丈夫だって! なーにも変なことはないヨ」
貼っつけたような笑顔で答える。ムカつく顔だぜ。
もんもんとした不安を抱えながらその後も出場競技決めは進み。全てのクラスメイトの名前が黒板に書き出された。
障害物競走の出場は、俺だけだった。
「(さてさて佳夏と
「何ニヤニヤしてんだよ」
「いんにゃ別にー」
この時俺は知らなかった。
俺が黒板に名前を書いた時、ザワついた生徒全員が羽丘の
◇◇
「もう体育祭かー」
「いやーっ。今年も楽しくなりそうだなー!」
「トモちんやる気まんまんじゃ〜ん」
「巴ちゃん運動得意だもんねっ」
「あたしは無理…」
昼休み。恒例の屋上弁当。
この日は体育祭の話で持ち切りだった。
「佳夏は運動得意なのか?」
宇田川が興味ありそうに聞いてきた。
「まぁ苦手では無いな」
正直な感想だ。別段得意と思った事は無いし、苦手だと感じたこともあまり無い。
……まぁ昔はあまり好きじゃ無かったけど。
「ふーん。でも足は速そうだよな」
「そうか?」
「まぁ男子だしねー」
それは偏見では…?
「別に走りを得意としたことは……無いな」
「運動とかしてないの?」
「たまに筋トレするくらいかな」
「(筋肉とか結構あるの……かな?)」
「(……触ってみたい)」
「(腹筋見たい…!)」
……なんかジロジロ見られてる。怖いよ。
「でも、実際佳夏は足速いよね」
「え、そうなの?」
「…なんで佳夏が驚いてんだよ」
「前の体力測定テスト。男子50mで1番は佳夏だった」
「何ぃ?」
「だから何で佳夏が驚いてんだよ!」
美竹が弁当を食べながらそんな事を言ってきた。
知らなかった…。体力測定テストは1人づつ走ったからな。1番の自覚は無かったんだが。
「というか、よくそんなの知ってたな」
「……別に。たまたまだし…(他の女子が嬉しそうに噂してたのが気に入らなかったから覚えてただけなんて言えない…)」
「けー君に熱い視線でも送ってたんじゃないの〜」
「んなわけないじゃん…っ!//」
「まぁまぁ…」
煽るなよ青葉。すかさず宥める羽沢は優しいな。天使だ(定期)
「はぁ……でも。もしかしたら勝てるんじゃない?」
落ち着いたのか、ため息の後俺に視線を向けながら美竹が言う。
「? ……何に?」
「障害物競走」
「「「「え?」」」」
「え?」
障害物競走という単語に何故か俺より早く反応した他女子4人。何で俺より驚いてるんだろうか。
「け、佳夏。障害物競走に出るの?」
「お? おう」
「へ〜……頑張れな」
「モカちゃんは応援してるから〜」
「佳夏君ならきっと1位だよ。うん!」
なんだなんだ急に。珍しい物でも見るような目をしやがって。
「いい線行きそうなのか? 蘭」
「…わかんないけど。佳夏、うちのクラスの陸上部より速いし」
「けー君凄〜い」
「ちなみに50mのタイムは…?」
上原が近付きながら恐る恐る聞いてくる。障害物競走の話になったら目の色変えたなコイツら。一体なんなのだろうか。
…えと、50mだっけ? たしか……
「……6.3?」
だったはず。
「はやっ!」
「とんでもねぇな…」
「ほら」
ほらって…。別に凄かないだろ。
「マジで勝てるかもな!」
「うちの軍ピンチかも…!」
「お前らさっきから何の話してんだよ…」
俺そっちのけで騒がしい幼馴染軍団。そろそろ話して欲しいんだよな。そこまで話題にする理由を俺だけ知らないのはなんか嫌だ。
「佳夏は外部生だから知らないんだよな」
「何を」
「羽丘体育祭名物。『学年混合障害物競走』」
ニヤリと笑みを浮かべた宇田川が説明してくれた。
「━━━━━てな訳だ」
「……なるほどな」
一通り話を聞いたが…。
「
そんな邪念が産まれるだけだった。
◇◇
その日の放課後。
俺はグラウンドに向かうため、1人廊下を歩いていた。
理由は美竹との二人三脚の練習のためである。
昼休みの会話の中で俺と美竹、青葉と宇田川が二人三脚に出場するとの事で、宇田川から「なんなら一緒に練習するか」という申し出がなされ、その提案に乗った形だ。
意外にも美竹のやる気が高かったのが気になったが、やる気があるなら結構な事じゃないか。
今日は俺が日直だったので、日誌を職員室まで届け、その足で最近できたばかりの男子更衣室まで向かい、着替え完了。
恐らく他の連中はもう集まっているので少し急ごう。
……と思った矢先。
ドサドサドサッ
すぐ近くで何やらやんごとない音が聞こえてきた。まるで大きな何かを落としたかのような、そんな音だった。
「…………ここ、か?」
音の発生源を探すが、恐らくたった今通り過ぎたこの扉の向こうからだろう。
扉の上には「地学準備室」の文字。
準備室なだけあって物は多そうだし、この中で何かが落ちてきても不思議ではない。
だが、問題はそこではなく……
俺は扉に近付き耳を澄ましてみる。
すると中から。
「あぃたたたた……」
やはり、誰かいるな。
物が落ちてきているとしたら、もしかしたら怪我をしているかもしれない。ここまで来て見過ごすのは気が引けるな…。
とりあえずノックして声をかけてみる。
「大丈夫ですか? 凄い音が聞こえましたが…」
「え? あ! すみませ〜ん…! 大丈夫です〜アイタッ!」
……どうやら無事なようだが、大丈夫ではなさそうだ。
「…何かあったんですか?」
「ぁえーとっ。ちょっと探し物をしてたら備品を落としまして………………………………あの〜、すみません…」
「はい?」
「……ちょっと、助けて貰っていいですか…」
助けが必要らしい。中がどんな状況かは分からないが、とりあえず救出だ。
俺は「失礼しま〜す……」とゆっくり地学準備室の扉を開けた。
「…………」
「………………あの、引っ張ってもらっていいっスか」
そこには大量のファイルや本、ダンボールに埋もれているブレザーを脱いだシャツ姿の女生徒の姿があった。
「……あと、そこら辺に赤いメガネ、落ちてませんかね…?」
◇◇
「いや〜すみません。助かりました!」
救出対象に被さっていた本やらファイルやらを退けて、何とか引きずり出すことに成功。
その間赤いメガネも見つけたので女生徒に渡す。
「いえ。怪我、ありませんか?」
「はい! ジブンは大丈夫ですっ」
「なら良かったです。…
俺が目の前の少女の名前を呼ぶと、呼びれた本人は驚きの表情を浮かべる。
「あ、あれ? ジブン、名乗ってませんよね?」
「そうですけど。先輩、有名人だし」
まぁ知ったのは最近だけれど。
「そういえばジブン、アイドルでしたね……」
「…そういうの忘れるもんなんすか?」
「いやぁ…、よく千聖さんに言われるんスよねぇ。『麻弥ちゃんはアイドルとしての自覚が足りないわね』って…」
できる。容易に想像できるぞぉ。あの人ならきっと笑顔で言ってくるに違いない。たまに丸山さんが「千聖ちゃんの笑顔が怖い〜!」っていちいち謎の連絡をくれるくらい良い笑顔らしいし。
「ま、とりあえず無事で良かったです」
「あ、はい! 助けて頂き、ありがとうございます!」
笑顔と同時に、先輩は深々とお辞儀をした。
彼女の名前は
2週間程前。自称ドルオタの優太がまたしても貴重な休み時間を潰して、前回できなかった「パスパレのメンバー紹介」を嬉々として俺に教え込んでいた。
その話の中で出てきた話題のひとつに少し気になったことがあった。
この羽丘にパスパレメンバーのうちの2人が在籍しているとの事である。
2人共2年生。うち1人がこの大和先輩だ。
元スタジオミュージシャンからアイドルへ…という変わった経歴の持ち主であり、パスパレのドラム担当。
同じドラマーとして少し感心があった事もあり、印象に残っていた人だ。
有名アイドルがこうも近くに居る環境がよくあることなのかは分からないが……いやまぁ、そんなことはないんだろう。だからこそ優太はあれ程までに興奮しているだろうな。良かったな優太。推しアイドルと同じ学校に通えて。
……して。
「コレは……何があったんですか?」
「あ〜…………えと」
俺は足元に散らばったアレコレに視線を落としながら聞いてみた。
「実はジブン、体育祭の実行委員になりまして」
「はぁ…」
「前回の体育祭の資料を探しに来たんですけど、その資料が入ったファイルを見つけて取り出そうとしたら足を滑らせてしまって……」
「全部落とした、と……」
「……ッスね」
苦笑いを浮かべながら肯定する先輩。俺は横にあるすっからかんの棚に視線を向ける。
「ちなみにそのファイルは?」
「ここです! なんとか死守しました」
さっきから抱えていたファイルを突き出して言う。死守する程の価値がそのファイルにあるのかは疑問だが、誇らしげにしている先輩が可愛らしかったので、「流石です」と讃えておく。
「フヘヘ」
生フヘヘ頂きました。明日優太に自慢してやろ。
まぁそんなくだらない思考はすぐさま捨てて、俺は散らばった部屋をグルっと見回す。
そこまで広くはないし、どうやら中身が飛び出したのは目の前の棚だけのようだ。
「とりあえず片付けますか」
「いやそんな! ジブンだけで大丈夫ですよ…」
申し訳ないです! と手をブンブンと振る先輩。
「乗りかかった船ですし。すぐ終わるに越したことはないでしょう?」
「そう、ですけど……」
「ならぱぱっとやっちゃいましょう」
俺は右腕の袖を捲りながら言う。
「……なら、お手伝いお願いします。すみません…」
折れた先輩は再度頭を下げる。
「そこは『ありがとう』でいいんですよ」
「…! はいっ。ありがとうございます!」
「……そういえば俺の名前言ってませんでしたね。1-A、林道佳夏です」
「佳夏さんっスね。改めまして、後ろから読んでもやまとまや。大和麻弥です! あ、2-Bです」
笑顔の大和先輩を横に、俺は床に散らばった物を整理し始めた。
◇◇
「1-Aって事は、ジブン達と同じ白軍ですね」
「…そういえばそうですね」
片付けを進めながら雑談を交わす。
「クジで決めたんでしたっけ」
「そうですね。クラス委員が集まって決めてました」
毎年そうしているらしい。今年、白軍は1年がA,C組。2年がB,C組。赤軍は1年がB,D組、2年がA,D組とのこと。3年は………忘れた。
「お互い頑張りましょう!」
「ですね」
ガッツポーズを作る先輩。可愛い。
「俺、実は人生で初めての体育祭なんですよ」
「えぇっ!? そうだったんですか…!」
「えぇ。なんで、結構楽しみにしてます」
「なるほど…。これは、実行委員として盛り上げないとダメっスね!」
どうやら先輩もやる気十分のようだ。嬉しい事を言ってくれる。
「しかし、今年は赤軍に日菜さんがいますからね…。総合優勝は難しいかもしれないです」
去年は同じ軍だったんですけどね…。と、付け足しながら、すこし神妙な面持ちで話題を変える。
「…みたいですね」
俺は昼間の宇田川の話を思い出していた。
…………
………
……
「日菜…って、あの……」
「そう。パスパレのギター担当で……紗夜さんの妹さん」
「……え"?」
「ほら、髪色とか顔とか、そっくりだろ」
「…………たしかに。…あの人妹いたのか」
「そ。でさ? 日菜先輩って、いわゆる"天才"って奴でさ」
「………天才」
「とりあえずなんでもできる人なんだよ」
「この前のテストも学年トップだったもんね〜」
「いつものことじゃん」
「(そういえば"氷川日菜"って書いてあったな)」
「もちろん運動でもずば抜けててさ? 中等部の頃から見てるけど、体育祭じゃ無双だよ」
「……へ、へぇ」
「んで、話を戻すけど。学年混合障害物競走なんだが」
「……」
「日菜先輩は必ずソレに出る」
「…………マジ?」
「マジ」
「…マジかぁ……」
「んだもんで、毎年打倒日菜先輩を目指して陸上部やら野球部やらの足に自信があるやつが集まる。それが
「まぁでも結局日菜先輩が大差つけて勝つんだけどねぇ」
「は、怖…」
「日菜先輩曰く、「障害物競走が1番マシだから」って理由で毎年障害物競走に出てるらしいけど」
「どうせ勝つしね、あの人」
「"日菜先輩がいる軍が勝つ"なんて言われてるくらいだし……」
「で、でもほら。今年は男子いるんだし!」
「ソレに賭けるしかないねぇ〜」
「……」
「だからさ? 佳夏」
「…?」
「とりあえず頑張れ……てな訳だ」
「……なるほどな」
…………
………
……
「佳夏さんはどの競技に出るんですか?」
「え、あ。えと……」
記憶を呼び起こしていると突然話しかけられたので、咄嗟に意識を引き戻す。
「二人三脚と……」
「……と?」
「…………障害物競走…です」
「……お、おぉ!」
それを聞いた先輩はあからさまに驚愕の表情を作り出した。それもそうだろう。
俺はそのトンデモ先輩と勝負することになるのだから。
「足の速さに自信が!?」
「いや、実は何も知らなくて…」
「…あら」
事情を察したのだろうか。先輩は同情の視線を俺に向けてくる。
嫌だなぁ。例の先輩だけでなく、恐らく他の連中も足の速い人ばかりだろうし……。望み薄の勝負は好きじゃないんだけどなぁ。
「まぁ頑張ってみます」
「はい! 頑張ってください! 応援してますっ」
ありがとう先輩。俺はあなたの笑顔を胸に地獄へ立ち向かいますよ。
……ところで。
「さっきからなんで自分の周りにダンボール積んでるんですか?」
「え? あぁえっと…実はジブン、狭い空間が好きでして……」
「……わかりみ」
「あ! 分かります!?」
「なんかこう……落ち着きますよね」
「そーなんですよ〜! フヘヘっ」
「でも片付け終わんないんで仕舞っちゃってください」
「あ、はいぃ。了解っス」
約20分後。
「片付きました!」
「片付きましたね」
整理終了。散らばっていたあれやこれやは見る影もなく、綺麗に棚に収まっている。
「ほんと助かりました! 今度何かお礼させてくださいっ」
「別にいいですよ。そんなつもりでやったわけじゃないし」
「ジブンの気が済まないんです。ですので……」
律儀な人だ。引く気はなさそうだし、これ以上の拒絶はやめておこう。
「……なら、なんか期待しときます」
「はい!」
とりあえずは状況終了。後は━━「ところで佳夏さん」
「はい?」
「もしかして、部活の途中だったりしましたかね…?」
「?」
何の話だろうか。俺は何処の部にも所属していない筈だが。ってそんな事先輩が知ってるわけないか。
「体操着だったので、そうなのかなぁっと…」
「……そういえばそうですね」
はて、部活に所属していない俺が何故放課後に体操着なぞ着ているんだっけか…。
「……あ」
思い出す。この後の予定。
『今日の放課後。グラウンドで練習だからなー』
『あいよ』
『ちゃんと来いよ?』
『わかった』
『来ないと怒るからな。蘭が』
『そりゃ怖い』
『は?』
『ヒェッ……』
「…………ヤバい」
「はい?」
「何でもないです。それじゃあ俺はコレでっ」
「あ、はい。ありがとうございました……。行っちゃいました…」
俺は走った。パートナーの元へ。
恐らく激高しているであろうパートナーの元へ……。
「遅い」
「申し訳ございませんでしたっ」
やっべ、やっぱ怒ってるよ。なんか目のハイライト無いし。
遅れてやってきた俺を、美竹は不機嫌なんてレベルを通り越したような顔で待ち構えていた。なんか黒いオーラ出てる。可視化して見えるよ。すげー。さては化身使い?
「なんで遅れたの」
「ちょいとトラブルの対処をしてまして……」
「は? なにそれ。ちょっとそこ座って」
「すわ……いや、下土なんだけど「座って」うぃっす」
怖いって。睨まないで。あ"ぁ、地面の石が痛い……。
正座した俺はおおよその経緯を美竹に誠心誠意説明した。
「ふ〜ん」
冷たい。直射日光で照らされているはずの俺たちの周りは何故か異様に冷えている。
「あたし達との約束ほっぽって、他の女子とイチャイチャしてたわけね」
「異議ありだ。神に誓ってイチャイチャなどしていない。マジで」
「どうだか。アンタすぐ女子に近付くし」
「やめろ。俺をそんな軽い男みたいに言うな」
「事実じゃん」
「不実だ」
「まーまー蘭〜」
「青葉…(救世主……)」
「蘭だってすぐけー君に近「モカは黙ってて」トモち〜ん、練習しよ〜」
諦めるなよ。助けてよ。
「佳夏」
「はいっ⤴」
「アンタのパートナーは誰?」
「に、二人三脚のですか?」
「当たり前じゃん」
「えと……美竹蘭さんです」
「あたしは別にさ? アンタがどうしてもペア組んで欲しいって言うからやってあげてんのに━━━━━」
言ってないんだよなぁ…。
「そのペアを放置って、どういう了見?」
「はぁ…、すんません」
なんか俺から無理やり誘った事になってるけど…、まぁいいや。
俺は再度謝罪する。
「(楽しみにしてただけの癖に〜)」
「(蘭ってば素直じゃないなぁもー)」
「(えと…、そろそろ止めた方がいいかな…?)」
「ら〜ん。そろそろ始めないと時間無くなるぞー」
「ほら。宇田川もこう言ってるし」
そろそろ膝に当たってる小石がいたたたたたたたた。
俺はやんわりと説教からの脱却を促す。
「……ほら」
「ん、助かる」
良かった。説教終了らしい。
俺は美竹の手を借りて立ち上がる。
しかし、たしかに申し訳ない事をしたのは事実だ。連絡のひとつでも入れるべきだったな。連絡、相談、報告。"
「明日も練習するから…………次はちゃんと来てよね」
「あぁ。必ず」
「おーいっ」
宇田川達が呼んでいる。
「行くか」
「ん」
俺は美竹の手を取ったまま歩き出す。
その瞬間。美竹がほんの少しだけ嬉しそうにしていたように見えたのは、きっと何かの見間違いだろう。
◇◇
「コレで全部ですかね…」
会議に必要そうな書類や道具は何とか集まった。ダンボールにでも入れて運ぼうか。
「う…重い……」
流石に物が多いので当然の事だ。ジブンは別に力持ちでもないし、筋肉だってある訳じゃない。なんなら非力だ。アイドルのレッスンとして多少の運動はしてはいるが…。
手を借りられそうな人は近くにいないし、小分けにして往復して運んだ方がいいかな。
さっきまで佳夏さんがいたけれど、どうやら何か用事の途中だったようだし。なんだか申し訳ない気持ちになる。
「悩んでいてもしょうがないですね」
ジブンはもうひとつダンボール箱を用意して中身を分ける。……よし、コレなら運べそう。
「んしょっ」
うん。運べるくらいには軽くなった。
このまま会議室まで━━━━━
「あれー? 麻弥ちゃんだ」
「はい?」
誰かに呼ばれた。ジブンは咄嗟に振り向く。
「こんなところで何してるの?」
「あ、日菜さん」
噂の日菜さんがいた。
「それなにー?」
「コレは体育祭の為の道具とか資料です。ジブン、実行委員なんで」
へー。とあまり興味なさそうな反応。
「手伝おうか? コッチも運ぶんでしょ」
「あ、はい! えと、お願いしますっ」
「はーいっ!」
元気よく応えた日菜さんはもうひとつのダンボール箱を持ち上げようとする。
あ、でもそっちは小道具が多いからジブンのより重そう……
「ほい」ヒョイ
……心配は要らなかったみたいだ。さすが日菜さん。なんと軽々しく。
「実行委員なんて大変だねー。あまりるんって来なさそう」
「そうですかね。あのテントの設営とかおもしろそうですけど」
「え"ー」
「ちなみに日菜さんはこんな時間に何を?」
「あたしは天文部の活動記録を見て暇つぶし!」
「へ、へぇ」
ソレって面白んですかね…。
「麻弥ちゃんもこんな時間まで大変だねー」
「あぁはい。ほんとはもっと早く片付く予定だったんですけど……」
「何かあったの?」
「ちょっとトラブルに見舞われてしまって…」
「えっ? 大丈夫だったの?」
「はい、何とか。手伝ってくれた人がいたので…フヘヘっ」
「そっかー。でも良かったぁ」
ほっとした様子を見せる日菜さん。
……あっ、そういえば。
「日菜さんは今年も体育祭で障害物競走に出るんですよね?」
「うんっ。そのつもり! 今年は男子もいるからちょっと期待してるんだー♪」
「ははは…。実はさっき手伝ってくれた人がですね? 同じく障害物競走に出るそうなんですよ」
「へーっ。ちなみに男子?」
「男子っス」
「速そうな子だった?」
「それは分からなんですけど、どうやら何も知らずに立候補したみたいですよ」
「…なぁーんだ。つまんないの」
窓の外を眺めながら着いてくる日菜さん。その顔は言葉通りのつまらなそうな表情。
勉強でも運動でも、その溢れ出る"才能"でこなしてしまう日菜さん。何でも1番の彼女は、きっと今年の体育祭もぶっちぎりだ。そして、それは当の本人が1番理解しているのかもしれない。
ジブンも日菜さんと同じようにグラウンドが見える窓に視線を向ける。
部活に励む人や、…あれは二人三脚の練習だろうか? 体育祭に向けて体を動かす人達が視界に映る。熱心な人達もいるものだと感心してしまう。
……ん?……あの人って。
「佳夏さん……」
「え?」
不意に立ち止まってしまったジブン。日菜さんもつられて立ち止まる。
「ぁいや。あそこにいる人がさっき手助けしてくれた人なんですよ」
「……けいなって…、もしかして林道佳夏君!?」
「うぇっ!? あ、はい。そうですね……」
佳夏さんの名前を出した瞬間に急に笑顔で詰め寄ってくる日菜さん。もしかして知り合いなのだろうか。
「麻弥ちゃん話したんでしょ? どうだった?? るんっ♪って来た???」
「ちょっ、ちょっと! 何ですか急に!?」
子供みたくはしゃぎ出す日菜さんをなんとか宥める。一体どうしたと言うのか。
「いやぁ〜。リサちーや薫くんから聞いてたけどやっと見つけたよ! 昼休みに教室行ってもいっつも居ないし〜」
「そ、そうなんスか。リサさん達と仲良いんですね」
「そうみたい! 薫くんも『面白い子犬くんだよ…。あぁ、儚い…』って言ってたしっ」
相変わらずよく分からない薫さんの情報はさておいて。日菜さんがここまで個人に興味を示すなんて珍しいのではなかろうか。
「あれ、何してるのかな? 二人三脚の練習?」
「みたいですね……なんか押し倒されてません? 佳夏さん」
「あっはは! おもしろーいっ!!」
窓の向こうを、先程とは違うキラキラとした瞳で眺める彼女。コレは多分あれだ。日菜さんで言うところの"るんっ♪"て来た状態。
「そっかそっかー! 佳夏君、障害物競走でるんだぁ♪」
どうやら日菜さん的に期待が膨れ上がったみたいだ。
林道佳夏さん。あなたはどうやらトンデモない人に目をつけられたかも知れませんよ?
「さ! チャチャッとこの荷物置いてきちゃおーよ!」
「あ、はい! ……ってちょっ!? 速いですよ日菜さ〜んっ!」
◇◇
暑っつい。
あれから時間が経って、体育祭当日の朝。土曜日だ。
5月半ばだと言うのに何という気温だ…。雲のひとつもありはしない。『体育祭日和だな!』なんて宇田川からメッセージが来たけど、いやいや。この暑さの中で全力運動とか、脱水症状待ったナシだぞ。いや行くけども。
念の為に水は多く持っていこう。
「水筒」
「にゃんっ」
「タオル」
「にゃんっ」
「弁当」
「にゃんっ」
「替えの体操着」
「にゃんっ」
「ヨシっ」
とりあえず荷物確認も済んだ。
「それじゃあ、行ってきます」
「んにゃん」
玄関を開けて外に出る。マジで暑っついじゃん。溶ける溶ける…。
今日は恐らく殆ど野外活動だ。体育祭は楽しみだが、熱中症にはなりたくない。気をつけよう。
ていうか熱中症に気をつけるって……まだ5月なんだけどな…。どうした日本。
できるだけ日陰を通るように、俺は学校に向かう。
学校に近付くに連れて、俺と同様に体操着姿で登校する生徒が増えてくるのが分かり、比例するかのように体育祭への緊張感と期待感が増してくる。
俺は教室に荷物を置き、すぐさまグラウンドへ。
今日の祭りが始まろうとしていた。
少し期間が空きましたが不定期更新なので悪しからず…。
体育祭本編は前後編で分ける予定です。予定。