後編。
書きたい事が多すぎてこんなに長く…。
さて。
パン食い競走の次のプログラムは━━━━━
「障害物競走ですね。林道さん」
「ん〜っ。やっと来たねぇ!」
「…紗夜さん。日菜先輩」
「あ、紗夜先輩!」
2人揃って俺の所にやってきた。
グラウンドでは今、実行委員が障害物競走の為のセッティングを行っている。大和先輩も実行委員らしいので、せっせと障害物を運んでいるのが遠巻きから見えていた。
少しづつ完成していくコースを緊張と共に見つめる。
羽丘体育祭名物。学年混合障害物競走。
毎年足に自身のある生徒が集い、大いに盛り上がりを見せる競技。学年をとわないので、勿論中等部の生徒も参加出来る。
毎年大体10人前後の生徒が出場する。ちなみに今年は8人。
そして、その内女子は3人。
そう、今年から男子が参加する。全員1年生ではあるが、体格も身長も女子より恵まれている要素が多い。そういった意味でも今年の障害物競走は期待値が高いようだ。
昨日の進行確認で全員の顔合わせをしたが、どうにもスポーツマンな人間ばかりだ。陸上部はもちろんのこと、野球部にバスケ部と、ほとんどが運動部所属の生徒だった。
運動部に入っていないのは俺と日菜先輩だけ。
「おー出来てるねコース。今年はどうやって越えよっかな」
日菜先輩がトラックを眺めながら言う。
先輩曰く、毎年用意される障害物の内容は変わるらしい。
障害物の数は合計5つ。
以下が今年の障害物だ。
1つ目。平均台。10mの平均台の上を進む。その横幅はたったの15cm。落ちた場合その場からリスタート。
2つ目。跳び箱。設置された2つの跳び箱を越えていく。奥行はどちらも120cm。10段と15段の跳び箱があり、15段の方は高さが2mを越える。コレを越えないと次の障害物には行けない。大体ここで2〜3人は脱落するらしい。
3つ目。うんてい。高さを徐々にあげるので恐らく今年の障害物の中で1番辛い。長さ8m。最高高度は3m強。落ちたら脱落。ここで殆どの出場者が消えるらしい。大和先輩曰く、設置が超大変。
4つ目。クワッドステップス。S〇SUKEに良く出てくるアレだ。足を置く箇所は10個。下には水が敷いてあり、落ちると濡れる。無駄に本格的だ。もちろん落ちたら脱落。
5つ目。ハードル。ちなみに上から飛び越えるのではなく、下を潜って行く。数は3つ、大中小と少しづつ幅が狭くなっていく。多分服がかなり汚れる。
トラック1周200mの中に、この5つの障害物がある。
「緊張してる?」
「…沙綾」
手伝いが終わったのか、沙綾が合流する。隣に来た沙綾からはほんのりパンの匂いがした。
「まぁな」
「ふふ。大丈夫じゃない? ……さっきあれだけ目立ってたんだし」
「…ぐっ」
さっき…とは、恐らくお姫様抱っこうんぬんのことだろう。確かに、アレに比べたらまだ可愛いか。
「あんまり虐めないでくれよ…」
「……これくらいいいでしょ」
ジト目でこちらを見る沙綾。俺は逃げるように視線を逸らす。
「まぁ…やるだけやるよ」
「……そこは男の子らしくシャキッとしなよっ」
「ぁいてっ」
俺の消極的な態度が気に入らなかったのか、沙綾はバシンと俺の背中を力強く叩いた。
こういう所は変に姉っぽい。
『学年混合障害物競走に出場され方は、〜分までに集合してください』
アナウンスが流れた。
「…はぁ」
思わずため息。怖いな。
「やる気出てきたねー! 佳君!」
「いや全然…」
「え〜っ」
出るわけないでしょ。俺よりも足の速い人達相手に勝負するなんて。気乗りしなくて当然。羽丘の障害物競走がこんなのじゃなかったらまず立候補なんてしなかった。
「ん〜そうだなぁ…。じゃあ何か賭ける?」
人差し指を口にあてて考える様子を見せた日菜先輩は、それを解くと同時にそんなことを言ってきた。
どうやら俺のやる気を引き出したいらしい。
「余計嫌ですよ。賭け事苦手なんで」
「勝った人は、『相手に何か一つ、何でも命令できる』…とか」
「はっ。そんなのに乗るわけ…」グッ…グッ
「おいお前、何シレッと準備運動してんだよ…」
はっ。いつの間にか無意識にやっていた。
ち、違うんだ有咲。違うんだって。コレは脊髄反射的なアレであって、そこに俺の意思は介在していないって言うか…。
「何にしたって下心でしょ?」
「いだだだだだ。沙綾っ、足。足踏んでるっっ」
走る前から足を痛めつけないで…。余計に不利になるよぉ。
「あっはははは! やっぱ佳君面白いね!」
全然面白くねぇですよ。いってて。
「あははっ……はぁ、まぁでも。佳君あたしより足遅いけど、2位くらいにはなれるんじゃない?」
「いたた…………え…?」
「……はぁ(またあの子ったら…!)」
………。
なんだろうな。この、
「……………ねぇ先輩」
「んー?」
「………俺は、
「え?━━━━━
━━━━━無理じゃない?」
「…………」
「っ………あなたね…!」
俺は紗夜さんをアイコンタクトで制止させる。
さすがにどうかと思った。まさか敵とすら見られていなかったとは…。俺だって意地はある。日菜先輩に勝ちたいと根底では思っている。
さっきだって、このトンデモ先輩に対抗できる方法を俺なりに考えてはいたんだ。
どうやら先輩はそうではないらしい。
それが些か癪に障る。
「……佳夏…?」
沙綾は俺の顔から何かを察したのか、踏んでいた足をどけてくれる。
「……いいですよ。先輩」
「?」
「その賭け乗ります」
「……林道さん…っ?」
どうやら紗夜さんも勝ち目は薄いと感じていたんだろう。俺が乗ってきた事に驚きを隠せない様子だ。
「……へー。冗談のつもりだったんだけど」
「それ。本気にしてみせますよ」
「あたしに勝てる?」
「俺がいつ
「……♪」
にこやかな日菜先輩。それに反比例するかのようにピリつく空気。
決めた。
全力で勝ちに行ってやる。
「…ぷっ。あっははは! いいねっ、なんか今グワァーって来たよ!」
「なんすかそれ…」
「んーん…。 それじゃあ佳君。先行ってるね♪」
手をフリフリとしながら俺に背を向ける。
「行ってくるね、おねーちゃん!
「……ひ、日菜…」
日菜先輩はそれだけ言うと、小走りで集合場所へ向かった。
…俺もそろそろ行くか。
「佳夏君! 頑張ってねっ」
「おう」
俺は香澄とハイタッチする。続いておたえ、りみ、有咲とも。
「ところで佳夏。その格好で走れるの?」
「ん?」
最後に沙綾と……と思ったら、沙綾に服装を指摘された。
確かに…俺は今日1日ずっと長袖ジャージを着ている。コレを着たまま走るのはシンプルに邪魔だな。重いし。
「ほら、預かっておくから」
「……」
んー……。俺がジャージを脱がなかった事には理由がある。あまり言いたくないし、
…って、そんな我儘も言ってられないな。ジャージなんか着て走るなんてある意味舐めている。本気で勝ちに行くんだ。四の五の言わずに脱ごう。
「……ちょいまち」
俺はモゾモゾとジャージを脱いだ。
「(佳夏君の腹筋が、見えた…!)」
「(割れてんな…)」
「(鍛えてるのかな…//)」
…なんかジロジロと見られてる。
俺は沙綾にジャージを渡した。
「……ん」
「それじゃあ……いってくる」
「うん。頑張ってね、いってらっしゃい」
最後に沙綾とハイタッチして、俺は集合場所へ向かった。
「林道さん………」
「…紗夜さん」
「……その…」
「…心配なんてしなくていいですよ。
「━━━━━!」
◇◇
「なんか夫婦みたいだな…沙綾と佳夏」
「はわぁ……//」
「え? 豆腐?」
「ちげーよっ」
「?……どうしたの? さーや」
「…ううん。なんでもないよ」
私は香澄の問いかけに笑顔で返す。どうやら、他の4人は気付かなかったみたいだね。
「……」
今日、佳夏はずっと長袖のジャージを着ていた。…て、なんで私ずっと見てるんだろ…// いやっ、佳夏の応援に来たんだから、別に変なことじゃないよね…?
……でもさっき気付いた。佳夏がこんな暑い日でもジャージを脱がなかった理由が。
きっと隠したかったんだね…。
その左腕の大きな傷跡を。
◇◇
『さぁ始まりました! 羽丘体育祭の名物! 学年混合障害物競走っ! 今年は例年に比べ日差しの強い中行われるこの競技ではありますが、我々観客と選手一同はそれ以上に暑く燃えていますっ!』
なんだこれ。
『あ、申し遅れました。ジブン、今年の障害物競走の実況をさせていただきます。2-B、大和麻弥と言います! よろしくお願いしますっ!』
あ、そういうのあるのね。
『そして解説はこの人っ! 我が校きっての王子様! 2-A。瀬田薫さんですっ! よろしくお願いしますね!』
『あぁ。ははっ。まさかこの私が抜擢されるとはね…、さてはファンの要望だったのかな? あぁ儚いっ』
『調子よさそうですね(?)薫さん! そのままお願いするッス』
『任されたよ麻弥。しかし、君の方こそいつにも増して輝いて見えるよ』
『ふへへっ。そうですかね? いやぁ〜この実況テントの中って色々と機材が豊富でいい感じに手狭なんで、気分が弾んじゃうですよねぇ! ふへへっ。ふへへへへへへへへへへへブツン』
…………。
『ガチャガチャ……す、すみませんっ、色々弄ちゃって止まってしまいましたね…。ん"ん。さぁ仕切り直して行きましょー! 先ずは選手紹介からです━━━━━』
元気いっぱいのアナウンスから始まったこの競技。既に障害物のセッティングは済ませており、我々出場者は緊張に包まれながらトラックに立っていた。
「おねーちゃーんっ! 見てるー??」
日菜先輩は例外。
恐らく紗夜さんのいる方向に向かって手を振っている。こっから紗夜さんの姿は見えないんだがな…。まぁ日菜先輩がそっち向いてるならそっちに居るんだろう。
『トップバッターはこの人!』
事前に聞かされていないのだが…なんと選手紹介があるようだな。張り切りに張り切ったハイテンション大和先輩のアナウンスで始まった。
『2-Aより! 赤軍! 今年も現れた絶対王者! その存在は打倒すべきと敵が集う程! あらゆるトップは私のモノ!? 好きな物はるんっ♪とする事とおねーちゃんっ! アイドルだが、その実力は
「わーはははっ! 変な紹介!」
全くだ。コレ誰が考えたんだ?
紹介された日菜先輩は手をブンブンと振り回して観衆に笑顔を向ける。そういうところはアイドルっぽい。
「んぐぐ…! 日菜ちゃんがアイドルしてるぅー…!」
「アヤさんもアイドルですよ?」
「要するに目立ちたいってことですか?」
「うぐっ…、言っちゃダメだよたえちゃん…」
「うわー声援すごい…」
「アイドルになる前から有名人だしね」
『続きまして! 1-Aからこの人だ!』
……あ、そっか。俺のもやるのか。
『期待の白軍1年ルーキー! 奴の周りにはいつも女子! 真面目な顔して節操なし?? お姫様抱っこだろうとお構い無し! その死んだような目で狙うのは1位か? それとも女かぁ!? "修羅場の中心"林道佳夏ぁっ!!』
「ちょっと待てやぁっ!!」
ふざけんなよ。は? え、は? マジで誰だコレ考えたヤツ。
泣いていい?? 泣き喚いていい???
「おー。佳夏が珍しく怒ってる」
「いや…、そりゃあ怒るでしょ」
「でもあながち否定しきれないのがけー君だよね〜」
「なんか佳夏が顔隠してうずくまってる…」
「あの紹介文考えたの、他クラスの男子らしいよ」
「「「えぇ…」」」
『続いてこの方━━━━━』
その後も大和先輩の紹介は続き、その間俺は予想外の精神的ダメージに苦しみ悶えるのだった。
「ねー。佳君大丈夫?」
「つっつかないで……先輩…」
『さて選手紹介とコースの説明も終わりましたが、今年からはなんと男子が参加しますね…。薫さんはどう思いますか?』
『そうだね。出場選手のほとんどが男子ということだが、何か波乱の予感がするね。もしかすると、日菜といい勝負ができるかもしれない』
「あはは。それはどうかなぁ♪」
「……」
くぅ…。なんて余裕そうな顔してやがる。俺はもう緊張でまた胃が痛くなってきた…。ただでさえさっきの紹介で気落ちしてるって言うのに。
どうやらそれは俺だけでは無いようで、ほかの出場者(日菜先輩以外)も緊張の顔色を見せている。
俺の目標は打倒日菜先輩だ。だがそれは俺以外の出場者も同じこと。日菜先輩だけが敵じゃない。心してかからねば。
『それでは始まります! 選手の皆さんはスタート位置までお願いしますっ』
『あぁ、どうか我々に君たちの儚い走りを見せてくれ…!』
……くっそ。瀬田先輩が所々ふざけるせいで妙に緊張感が削がれていく。ある意味助かってはいるけども…。
俺達はスタート位置へ。足が重いな…。
「けー君大丈夫かな…」
「……どうだろうな」
「大丈夫だよきっと! 佳夏君ならっ」
「……うぅ、頑張れ〜…っ!」
「………」
『本気で勝てるの? 日菜さんに』
『さぁな』
『さぁなって…』
『足は確かにあの人の方が速い…。けど、それだけじゃ分からないだろ?』
『…』
『なんたって
『…?』
『…それじゃあ』
『……っ……佳夏』
『ん?』
『…頑張ってね。応援してるから…!』
『………おう。楽しんでくるよ』
「……勝って…佳夏」
「……はぁ」
「あはは、ビクビクしてるねっ」
日菜先輩は笑顔で聞いてくる。この人には緊張とかは無縁そうだな。
「…腕のソレ。大丈夫なの?」
「………」
先輩は俺の左腕に視線を向ける。俺は咄嗟に隠そうとするが、無駄だと気付いてやめた。
「ただの跡ですよ。俺の心配より自分の心配したらどうです? 先輩に勝ちたいのは、何も俺だけじゃないんですから」
「…そーだったね。ごめんごめんっ」
あはは…。と、頭の後ろに手を当てながら、ほかの出場者に目を向ける。
どうにも期待していないような、そんな目で。
「……」
きっと全部勝ってきたんだ。この人は。
"天才"のレッテルを欲しいままにして、あらゆる面で"優秀"の上を行く。
運動も、勉強も、そして楽器も。
俺ならなれるか? そんな人の"対等"に。
「さ。そろそろだね」
「…っすね」
なれるさ。俺のやり方で。
『なれるよ。ケイならね』
『お前と対等に…か?』
『というか……あたしはもうそのつもりなんだけどな』
『…俺はそうは思わない』
『……はぁ。ケイはもっと自尊心を身に付けるべきね』
『…ふん』
『ケイ。あたしね? ケイと出会って分かったことがあるの』
『? なにさ』
『「退屈しないなー」って』
『…? はぁ…』
『ケイはあたしに追いつこうとして諦めなかったし、ケイなりの長所を伸ばしてあたしの隣にいてくれた』
『……』
『ケイは強い人だよ。きっとケイが…なんならあたしが思ってるよりもね!』
『…なんだそれ』
『へへっ。だから…あたしとケイは対等なのっ』
「…先輩」
「ん?」
「退屈なんてさせませんから。安心して」
「………」ゾクッ
俺はもう走るコースしか見ていない。
『
「………」
「………」
『
「━━━━━」
「━━━━━」
パンッ
『スタートしましたっ! 8人いっせいの走り出し! 先頭はやはり……いやっ!! 飛び出しているのは━━━━━』
「━━━っ(嘘っ…)」
『━━━━━佳夏選手だぁっ!!』
「うおー! いいぞ佳夏!」
「と、巴うるさい…!」
「す、すごい…」
「いっけぇー! 佳兄ー!」
『まさかのトップバッター! やはり今年は波乱の予感かっ。続く選手も速い速い!』
『順調のスタートダッシュだね。おや、早速最初の障害物だ』
『来ました! 最初の障害物は平均台です!』
滑り出し順調。できるだけここで他選手との差は付けておきたかった。まぁ日菜先輩相手には期待してないけど。
まずは
━━━━━なん…!
「━━━(お先…!)」
『日菜選手ぅ! なんと平均台の上を
嘘だろ…っ! ヤバい。今ので逆に差を付けられた…!!
『驚異的な体幹だね。演劇でも体幹は必要不可欠だ…。是非とも誘い入れたいね』
『勧誘は後でお願いします! 日菜選手、早速形勢逆転! 佳夏選手も途中から速度を上げますが、後を追う形になってしまったぁ!』
「うえぇ…! 日菜ちゃん凄…」
「さすがヒナさん…まるで忍者です…!」
「あ〜! けいけい越されちゃったぁ!」
「(流石…日菜ちゃん。やることが大体ね…)」
「ふえぇ…。怪我しないでね…!」
なんて思いっきりの良さ…。なんだかアイツそっくりだな…!
切り替えろ。後ろにつく状況は想定内だ。まだやれる。
次。
『やはりトップに躍り出た日菜選手! だがしかし後ろには佳夏選手をはじめまだまだ背中を狙う者達が!』
『…おぉ。どうやら差が開きだしたようだね。やはり先頭2人は躊躇いない分速力があるようだ。……しかし、日菜と佳夏の差は膠着状態が続くみたいだよ』
『日菜選手との差は大体4mと言った所でしょうか! 頑張って欲しいですっ。さぁ次なる障害物は……跳び箱だ!』
跳び箱。2つ目は特に高いが、問題は無い。
最小の動作で越える。
『トップが跳び箱に辿り着きます! さすが速いっ。日菜選手も佳夏選手もこの程度朝飯前だと言わんばかりの軽々しさで越えていく! …おおっと?? なんだか…! 佳夏選手! 日菜選手との差を縮めて行っております!』
「━━━(…っ)」
「━━━(…追いつく)」
「佳夏は競走も得意なのね! 知らなかったわっ」
「けー君頑張れ〜」
「ヒナが追いつかれそうなんて…」
「やはり佳夏はRoseliaのマネージャーに相応しいわ」
「(あんまり……いや全然関係ないんじゃ…?)」
『先頭2人が火花を散らしながら3人目以降をグングンと引き離して行きますっ!』
『………(なるほど…)』
これで先輩との差は大体3m。このまま食らいつく…。
『早くも3つ目! 今度はうんていです!』
『高低差のある障害物だね。文字通りの腕の見せ所だ』
『ある意味では筋力勝負ということですね! さぁ日菜選手! 早速うんていに手をかける!』
「━━━(あ〜…。コレあたし苦手かな…)」
「━━━(…好機)」
うんていならこちらに分がある。リーチも腕力もこちらが上。このアドバンテージを活かせ。
『速いぞ佳夏選手! 日菜選手との差を確実に縮めて行きますっ!』
『やはりこういう所では男女差が出てくるね。あぁ…今年の体育祭はなんて儚いんだ…』
『そうですね!(やけくそ) 先頭2人がうんていを突破ぁ! ……なんとなんとぉ! 日菜選手と佳夏選手との差…目感ですが、1m程しかありません!』
「きゃー! 凄いっ凄いよ佳夏っ!」
「ひ、ひまりちゃん! 見えないよぉ」
「もしかして…もしかするかも?」
「日菜先輩も頑張れー!」
『凄い白熱したレースですが…! 一体佳夏選手はどのような方法で日菜選手に迫っているのでしょうか…っ!?』
『ふむ……それはきっと、障害物競走の"障害物"という点を意識したんだろうね』
『…と、言いますと?』
『彼は恐らく、日菜相手に単純なスピード対決は分が悪いと見たんだ。だから、障害物のある箇所で自身の体格的アドバンテージを活かしつつ、効率良く無駄の少ない動作で追いつこうと考えたようだね』
『な、なるほど…!』
『それにどうやら彼の速さの秘訣は他にもあるようだ』
『おぉ! それは!?』
『トップスピードに到達するまでの速さだね』
「━━━(…なるほどねっ)」
『トップスピード?』
『あぁ。スタートダッシュの時点で分かるように、彼は
『なんと…驚きですっ!!』
『そうだね…『薫さんが真面目に解説できるなんてっ!!』んん…麻弥…?』
「えっとぉ…つまりどういうこと?」
「あ〜…。めちゃくちゃはえーって事だよ…(説明めんどくせぇ)」
「さては有咲、理解できて無いねー??」
「お前ぇに言われたくねぇ!」
『次の障害物はすぐ目の前! S〇SUKE御用達のクワッドステップスです!』
『わざわざ水まで用意したようだね。あぁ…水も滴る少年少女達…ふつくしいね…!』
『滴っちゃったら脱落なんですけどね!』
「━━━(…追いつかせないよ)」
「━━━っ(…うそん)」
『なななんとぉ! 日菜選手、足場を1段飛ばしで走り抜ける!』
『佳夏もそれに習うようだが…如何せん差は縮めまらないようだね』
くっそ。マジで速いよあの人…。これで先輩に追いつける要素が最後の1つに賭けることなっちまった。
確かに俺がこのレースでここまで上手くやってこれたのは瀬田先輩の推察通り。日菜先輩もそれは理解しただろう。まぁ理解した所でどうにかできるものでもないが。
俺が先輩に勝っている要素はフィジカル。特に筋力の部分。速力だけなら勝ち目は薄いが、それ以外の要素を最大限俺の方に引き込めば勝算はあるはずだ。
先輩との距離。ざっと1m。
まだやれる。諦めるな。
次で
◇◇
わぁ凄い…。あたし、焦ってるよ。
後ろから誰かが追ってくる。
それを怖いと思ってる。
…♪ なにこれ…!
背中にゾワゾワぁ〜って来てる。
こんなのはじめてだよ、佳君。
んー。負けちゃうかな…。
このままだと…。
負けちゃうな…。
絶対嫌だねっ!!
おねーちゃんが見てるんだもん!
応援はしてくれないかもしれないけど…。
それでも!
あたしはおねーちゃんに見てもらえるだけでるんっ♪てするから!
それに…あたし、……言ったからね。
だから見てて! おねーちゃんっ!
◇◇
「……………日菜…?」
ありえないような光景。あの無敵のように見えていた日菜が追い詰められている。
理由は何? 相手が男子だから? 違う。その程度の差、あの子には無いに等しい。現に彼以外は殆ど脱落だ。
『俺なりのやり方で、あの人に勝ちます』
彼は、林道さんは…。自身の持てる能力を最大限活かしてる。日菜に対して不利な要素を別の何かで上手くカバーしている。
それが、彼なりの戦い方。
才能に対抗する才能。
…なんて……羨ましい。
それに…。日菜が無邪気に笑っている。
あの子は基本的に笑顔だけれど。あんな笑顔。久しぶりに見た気がする……。きっと他の人に違いなんて分からない。
でも私には分かる。
姉である私には…あんな顔…させてあげられないの?
そして何より。あの日菜が…
『頑張ってくるから』
日菜が、"頑張る"なんて言葉を使った。
………。
林道さん。あなたは凄い人よ。
あなたなら……きっと日菜に勝てるわ。
だから……
「
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━日菜」
◇◇
『これぞデッドヒートォ!! 未だかつてこれ程までに白熱した障害物競走を、わたくし大和麻弥! 見た事がありませんっ!! そもそもあんまり見る機会がなかったんですけどね…ふへへっ』
『今このグラウンドに彼ら彼女らの青春が詰まっているんだね…! なんて儚いんだっ。この瞬間に立ち会えた事…光栄に思うよ…』
「ヤバい…実況と解説がおかしくなってる」
「暑さだね…」
「客席も凄い盛り上がってるよ…!」
「まぁでも、確かに…コレは…」
「「「「どっちが勝つか分からない(よね)」」」」
『さぁ!! 遂に来ました最後の障害っ! ハードルです!! しかしコレは…佳夏選手には苦しい場面かも知れませんっ』
『そうだね…。3つのハードルを日菜より早く抜けなければ行けないはずだが。この障害物の場合、まず失速は免れない。上手く立て直せるかが重要だ』
「━━━━━(絶対に抜かせないよ! 佳君っ)」
あたしが勝つんだから。
「━━━━━(………)」
…………
『日菜選手! なぁ…! なんという速さでハードルをくぐり抜けるのでしょう! 徐々に狭まるハードルを上手く屈みながら抜けていく…!』
考えろ。
考えろ。
どうやって抜ける?
アイツなら。
どうやって抜ける?
━━━━━ハルなら…。
『日菜は佳夏に比べて小柄だ。体格的有利が裏目に出たか……』
『なんと!? ここで佳夏選手、万事休すかぁ!!』
……万事休す…?
「━━━━━っ(逃げ切ってみせ━━━━━
「舐めるな」
━━━━━ぇ?)」
『…何それ……ぁ、なんと佳夏選手ぅ! 3つのハードル全てを━━━━━スライディングで一気に滑り抜けたぁっ!!』
『はははっ。
「……ははっ。林道も大概だね」
「行ける…っ」
「頑張れぇ! 日菜ちゃん!」
「そのまま…! そのままぁ…っ!」
「………(頑張れ…! 佳夏っ!)」
「━━━━━っ♪♪(佳君……君って最高っ!!)」
「━━━━━っ!(ここまで来たんだ…)」
「━━━━━(けど)」
「━━━━━(だから)」
「━━━━━!!((俺)(あたし)が、絶対勝つっ!!」
『遂に遂に遂にっ!! 佳夏選手が、日菜選手に追いついたぁ!
『これで本当に分からなくなったね…!』
「「「わあぁぁぁっ!!」」」
「凄い凄い! 佳夏君すごいっ!」
「(ぴょんぴょんしてるつぐ可愛い)」
「…コレマジで勝っちゃうんじゃない?」
『全ての障害物を乗り越え…! 目の前にはゴールテープ! 一体どちらがこの直線の先を行くのかぁ!!』
『残り20m…』
頑張れ…!
勝って…!
「さーや…?」
「頑張れ…っ」
「さ、紗夜…?」
「勝って…っ」
「佳夏…っ!!」
「日菜…っ!!」
「━━━━━」
「━━━━━」
『残り10m…!』
『………』
『そして今…ゴールテープが━━━━━
━━━━━━━━━━切られましたぁっ!!!!』
「……………………………………」
「……………………………………」
「…………………………………え?」
「………どっちが勝ったの?」
『な……っ。こ、コレは…!』
『……ふむ。まさかの』
『同着ゴールでしょうかぁ!!??』
「え? 同着?」
「どっちも1位って事…?」
「すげぇなぁ…」
「そういうのあるのね…」
「はぁ………はぁ………」
「はっ………はっ………」
客席の人間も、参加した生徒も、皆が皆、歓声を上げていた。
どっちも1位で凄い、だの。どっちが勝ったか分からない、だの。
そんな声が、耳に入る。
違う。
全然同着なんかじゃない。
明確な差があった。
1位と2位がハッキリした。
勝ち負けが着いた。
きっと……。それが分かっているのは俺たち2人だけ。
「はぁ………はぁ………はぁ………あっはは♪」
「はっ………はっ………はっ………あ"ー疲れた」
俺たち2人は。グラウンドの地面に寝転んで。
「………」
「………」
パシンとハイタッチした。
『コレはぁ……どうすればいいんです…ん? ぇ? あ、はい。ええっと…どちら様で? 黒服…さん? は、はぁどうもです。ええっ!?』
…………ん?
『おや? どうしたんだい麻弥』
『な、なんとですね! この黒服さんと名乗る方が、今のレースのゴールの瞬間を"弦巻製超ハイパースローカメラ"で捉えていたそうなのですっ!!』
………いや、何やってんのよ黒服さん。
『……え? モニターに写す? いやあの、そんなモノこのグラウンドには……わぁある?!?』
その言葉と共に、この場にいる人間全員がグラウンドの隅に注目する。
マジであったよ大型モニター。
「ほぇー。いつの間に」
隣にいる日菜先輩は上体を起こしながら感嘆する。
ほんと、いつの間に置いたのやら。下手な映画スクリーンサイズのモニターを見ながら思った。
……でもこれで。
「勝ち負けハッキリするね」
先輩は笑顔で言う。
その表情はどこか清々しく、無邪気だった。
「……ですね」
「まぁ結果は分かってるけど」
「やっぱり…先輩もですか」
俺も上体を起こして、モニターに映し出された映像に注視する。
俺たち2人が横並びに走っているスロー映像。
そこには決定的な勝者が映し出されていた。
『これは……。決まりましたっ!!』
「佳君」
「はい」
「楽しかったね!」
「……はいっ」
『今年の学年混合障害物競走! 栄えある1位を掴み取ったのは━━━━━
◇◇
「はい」
「……あぁ…」
グラウンド隅にへたり込む俺の元に、俺のジャージを抱えながら沙綾が歩いてやってきた。
「風邪ひくから、早く着なよ」
「…ん」
催促する沙綾。汗が冷えると悪い…というのもあるのだろうが。……きっと、この傷を見られたくないことを分かって言っているのだろう。
優しいな、ほんと。
「………お疲れ様」
「あぁ……悪いな━━━━━
━━━━━━━━━━負けた」
「…んーん。凄いよ、佳夏」
「………」
その沙綾の期待に応えられなかったことが、悔しい。
俺は視線を地面に落とす。何故だか彼女の顔を見れない。
ゴール差、僅か0.2秒。
コンマ以下の世界で、俺は負けた。
途中で気付いていたんだ。負けたかもしれない、と。
最後の障害物。ハードルを抜けたとき、俺と日菜先輩は横並びになった。そこで追いついた。
それがダメだった。
あの場面で俺は、あの人を
並ぶだけじゃ足りない。
理由は簡単。あの人の方が足は速いのだから。
速い人と遅い人。全力で走れば差は生まれる。
並走なんか出来ない。
シンプルな速力の不利を、他でカバーしきれなかった。
だから負けた。
悔しいな。
だって、たったの0.2秒だ。
あの時あぁしていれば、って。考えちゃうもんだろ。
可能性はあったんだ。
だからこそ、悔しい。
「……………………くっそ」
つい、ポロッと出てしまった本音。
かっこ悪いこと言うなよ。男なら、事実をしっかり受け止めろ。
「………」
立ち上がる気力の起きない俺の横に、沙綾は無言でしゃがみ込む。
沙綾の顔は見れていない。
「佳夏」
横からゆったりとした口調で優しさに包まれたような、そんな呼び声が聞こえる。
「これは、私の個人的に思ったことなんだけど…」
「………」
俺は続きが気になって。ふと、彼女の顔を見る。
「やっと見てくれた」とでも言うように、目を細めて柔らかく微笑んだ彼女。
「走ってる時の佳夏は、あの場にいた誰よりも…かっこよかったよ」
その言葉と共に、今度は満面の笑みを作るのだった。
「………………………………………………そうか」
嬉しさとか、悔しさとか、恥ずかしさとか、色々な情緒が混ざりあって、結局出たのはそんなセリフ。
"かっこいい"なんて。ありふれた褒め言葉だけれど。
それでも…
『ケイはやっぱりかっこいいね!』
満ち足りてしまうのだから、不思議だ。
「……ありがと」
「…んふふ。さっ、そろそろ閉会式だって」
「ん」
まるでさっきまでの重い思考が嘘だったかのようにスっと立ち上がる。
我ながら単純な男。だがそれも悪くないと、今は思う。
こちらに向かって手を振る上原達が目に映った。
「行こっか」
「あぁ」
俺たちは揃って、ゆっくりと皆の元へ向かった。
「そういえば」
「ん?」
「負けた佳夏には、あの先輩からどんな命令をされるんだろうね」
「わーすれてたーっ」
◇◇
『今年の学年混合障害物競走! 栄えある1位を掴み取ったのは━━━━━━━━━━氷川日菜選手ですっ!!』
麻弥ちゃんのアナウンスを聞いて……あたしは言った。
「……………………やった♪」
つい、ポロッと出てしまった本音。
勝利の余韻に浸る。身体が何だかフワァーってなって。るらるんっ♪ってするの。
凄いよ。あたし…
こんな感覚は一体いつぶりなんだろう。
さっきのレースの中で色んな感情が飛び交っていた。
佳君がついてこれることにゾクゾクっとして。
追いつかれそうなことにゾワゾワァ〜ってして。
追いつかれた時に、身体の底からグワァ〜ってなって。
勝てた時に………ほわ〜んってなった。
もうね。すっっごく楽しかったの!
知らない瞬間ばっかり! 全部が全部はじめての感覚!
あたし絶対。あのレースの間ニヤけてたもん。
なんなら今でもニヤけてる!
「……………っ」
あーっ。ドキドキ収まんないなぁ〜。
「…………」
あたしはそのまま立ち尽くす。
佳君を見た時から、いや、リサちーから聞いた時から何となく直感的に感じていた。
パスパレに入った時に感じたものと同じモノ。
未知の予感。
しかも想像以上の。
でも少し違う。パスパレとも、おねーちゃんとも違う。
彼はあたしと同じ土俵で挑んできた。
あたしの方がスペックは上だと彼は知っているはずなのにね!
あぁ…。楽しかったっ。
おねーちゃん。ちゃんと見てくれたかな?
……。
あっ。おねーちゃんに報告しなきゃ!
言わないと! あたしちゃんと頑張「日菜」
「へ?」
呼ばれた。その方向へ顔を向ける。
「……おねーちゃん」
「………」
………………………おねーちゃんの方から話しかけてくれた…っ!
「………ぁ」
あのね? あたし頑張ったよ!
「……っ」
勝ったよ! おねーちゃんっ!
「……」
あぁ…! なんで? 伝えたいのに…伝えなきゃなのに…っ。
「………………日菜」
「……お…ねーちゃん…」
すると、おねーちゃんは無言でゆっくりと、あたしの元へやってくる。
「………汗、ちゃんと拭きなさい」
「ぁ………うん」
そう言うと、おねーちゃんは持ってきていたあたしのタオルで優しく汗を拭いてくれる。
……昔はお風呂上がりによく拭きあってたなぁ…。なんて、思ってしまう。
「………日菜」
拭きながら、おねーちゃんが言う。
「…その………………おめでとう」
「………」
「………頑張ったわね」
………。
………。
………おねーちゃんは最近変わったと思う。
少し前まではいっつも張り詰めたような、にんじんを食べた時みたいな顔してた。ぎゅ〜って感じで。
けど、少し変わった。
丸くなった、って言えばいいのかな? そう感じることが最近増えた気がする。
でも何故?
……それは今日気付いた。
お昼前。佳君と話すおねーちゃん。
笑ってたよ。
優しく。昔みたいに。
きっと……。彼がおねーちゃんの何かを少しだけ溶かしたんだ。
あの時ね…実はすっごくるんるんきてたんだ。
でも、きっとあたしが行ったら、また元に戻っちゃう。
そう、思ってた。
目の前には…ほんの…ほんの少しだけ笑ったおねーちゃん。
それがあたしに向いているって事実だけで…。
あたしは…
「………うん」
あたしは…
「…頑張ったよ! おねーちゃんっ!!」
満面の笑みで返すのだっ。
「………そう」
「ねぇ、おねーちゃん」
「何?」
「もしかして……応援、してくれた?」
「え?」
驚きの表情を作るおねーちゃん。
「走りながらね? おねーちゃんの声が…聞こえた気がしたの」
『日菜…っ!!』
「………違う?」
それを聞いたおねーちゃんは……何故だか少しだけ顔を赤くする。
「き……気のせいよ…//」
「……そっか!」
んふふ。やっぱりるんっ♪てくるね。
「……私はもう帰るわ」
「うんっ。ありがとう! おねーちゃんっ」
「…最後まで他の方に迷惑をかけないようにね」
「分かってるよ!」
本当かしら…。と、おねーちゃんは言いながら。振り返って歩き出す。
おねーちゃんが見えなくなるまで、あたしは立ち尽くす。
「…………」
やっぱり、おねーちゃんは変わった。
佳君が、おねーちゃんを少しだけ変えてくれた。
佳君が、あたしの何かを変えてくれた。
『退屈なんてさせませんから』
あぁ! そうだ、うんっ。そのとーりだ!
きっと退屈なんてしない。
「あっ。そーいえば!」
彼を知ることに、絶対に退屈なんてしない。
「あたしが勝ったんだよねっ」
きっと知らない何かがもぉーっと見えて、知れて、感じられる。
「何でも1つ命令かぁー」
そう、確信めいた何かがあるっ!
「何して貰おっかな〜」
教えて、佳君。
「う〜〜ん……」
もっと
「そうだ…! あたしも友希那ちゃんみたいにお姫様抱っこしてもらお〜っと!」
それはきっとすっごく楽しい事だから。
「うんそれがいいね! だってその方が━━━━━
……うん。……うんっ。…………ほら、やっぱり━━━━━
━━━━━るるるるるんっ♪ってくるよね…っ!」
そろっと花咲川文化祭編になります。